「今回のウォーゲーム、随分負けが込んでるわねえファントム。

―――次、あなたが行ってみる?」













Quo Vadis Pater
                     〜我が神はいずこに〜
















 明日の対戦に備え、眠りにつこうとしたアルヴィス。辺りの空気の乱れに、ベッドに腰を掛けたまま動きを止めた。
 (ディメンションアーム・・・)
 魔力が混じり、空間が揺らぐ。自分のものではない。仲間のものでもないだろう。空間移動を行えるアームを持っているのはナナシと、恐らくドロシー・アラン・ガイラとでもいったところか。だがいずれにせよわざわざアームを用いこちらの警戒を煽る必要はない。普通にドアから入ってくればいいだけだ。
 外した
13トーテムポールを握り、少し待つ。慌てて動くと隙が出来る。当て逃げ並に攻撃するなら、むしろ座ったままの方がいい。大抵自分と同じ頭の高さを狙うだろうから。
 意外と冷静に分析出来るのは強くなった自分に対する驕りか。それとも・・・
 考えている間に移動が終わった。現れた存在は、いつも通りの楽しくなさそうな笑みを浮かべている。
 「やあアルヴィスくん」
 「やはりお前か、ファントム」
 「あれ? わかったんだ。さすがアルヴィスくん、凄いや」
 「わざわざこんな敵陣のど真ん中に、何の目的もなく現れるどアホウはお前かロランしか思いつかなかったからな」
 「そっか・・・・・・」
 「?」
 (乗ってこない・・・?)
 いつもなら「これも君への愛が僕を駆り立てうわっ!」とか来るというのに。疑問符と共に、力を込めかけていた拳を緩める。
 「どうしたんだ?」
 「何がだい?」
 問われた。やはり笑顔で。
 アルヴィスはため息をつき、
 「用事があるのならさっさと言え。明日に備えて休みたいんだ」
 「ないと駄目なのかい?」
 「お前がまともな用事で俺のところに来た試しなんてないだろ? もうネタが思いつかないんなら帰れ」
 毎日毎日何かと屁理屈をつけ自分のところにやってくるファントム。挙句「用事がなければ造るのみ! さ〜アルヴィスくん一緒に楽しもうね〜vv」などと本末転倒な事をホザいたりもするが、いずれにせよ『ない』―――本当はある事はない。
 (全く・・・・・・)
 
13トーテムポールをサイドテーブルに置き、空いた手で頭を掻く。毎日遭う中でわかってきた事がある。ファントムは決して『己』を見せようとはしない。彼が見せるのは、チェスの司令塔としての冷酷な姿、そして自分の前でのアホな姿。
 思う。










 ―――生ける屍となる前、本当に生きていた頃の彼はどんなものだったのだろう? と・・・・・・。










 見せる気がないからこちらから覗く。言う気がないから無理やり言わせる。
 言うだけ言い、本当に寝る態勢に入ろうとするアルヴィスに、
 ようやく意を決したファントムが行動を起こした。何となく来てしまったが、どうすればいいのかわからなかったファントムが。
 ぽすり、とアルヴィスの隣に腰掛け、
 そのまま体を倒す。いわゆる膝枕。
 アルヴィスの温かさを直に感じながら、口を開く。
 「クイーンに怒られちゃった。僕は役立たずだって」
 何でもない事のような、明るい口調。普段のファントムなら絶対しない口調だ。
 寝転がる準備をしていたアルヴィスの動きが止まった。
 見下ろす。分け目を上にして寝転がったおかげでよりよく見える左眼は、やはり笑みを浮かべていた。
 「それで?」
 「うん・・・。それで・・・・・・何だろ?
  よくわかんないけど、ただ考えちゃってね。










  ――――――僕って何で存在して[いきて]るんだろ? ・・・・・・って」










 右手を見る。完成された、ゾンビタトゥーを。
 「クイーンは言ったんだ。『私たちの永遠のナイトになりなさい』って。
  それだけが僕の在る理由だったんだ。そうだろう? 限りある命を精一杯燃やす事も出来ない僕は、理由がないと在る事すら出来ないんだ。理由があるから存在できる[いきられる]んだ。
  理由も目的もなく、ただ漠然とそれでも存在する事を許されるのは生物の特権だ。道具の僕には許されない。役に立たない道具はいらない。いらない道具は捨てられる。
  捨てられても壊れられない僕は、一体どうしたらいいんだろう? それとも捨てられたら壊れちゃうのかなあ」















 壊れたい――――――死にたい。















 悲痛な叫びが伝わる。言葉を介すまでもなく。
 全て受け止め、アルヴィスはもう一度ため息をついた。
 「それで?」
 「それで・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・・もうないかな?」
 ファントムの頭が僅かに揺れた。苦笑したのだろう。こんな夜わざわざ敵の元まで出向き、具にもつかないグチを零す自分。一体何をやっているのだろう?
 「そうか」
 了承し、アルヴィスが頷く。

























 「言い遺す事はもうないな?」

























 「え・・・?」
 アルヴィスを包む魔力が変わる。それはとても温かく、心地よく、むしろ熱く、力強く、獰猛に、重厚に、相手を殺さんばかりの濃厚さで。
 そう、それは一言で表して、
 ―――殺気。
 「あ、あのアルヴィスくん君は一体何を―――」
 そろそろとこちらを見上げるファントムに、
 アルヴィスは綺麗に微笑んだ。再び握り締めたものを天高く掲げ。










 「せーのっ!!」










 どごぉっ!!
 「うわっ・・・!!」
 立てて振り下ろされた
13トーテムポール(さすがに室内につきロッドバージョン)は、かろうじて身を起こしたファントムを掠め石の床にめり込んだ。
 慌ててファントムが立ち上がる。ばくばく高鳴る心臓を押さえ後ろ向きに下がる彼に、なぜかアルヴィスは舌打ちを送った。
 「(チッ・・・)避けるなよ」
 「いや『ちっ』って。
  避けなかったら死んじゃうじゃないか」
 「それはそうだろうな。殺すためにやったんだから」
 「えっと・・・。
  ―――ちなみに君がそういう行動を取るに至った理由は? 『殺される』前にせめて知りたいんだけどな」
 もちろん生ける屍なのだから死にはしないだろう。だが脳天に力いっぱい鈍器を振り下ろされれば死ぬほど痛い事は想像に難くない。死ぬほど痛い痛みを死ねない体で喰らうのはさすがに遠慮したい。喰らう理由が不明となれば尚更。
 どうにか穏便に済ませようと愛想笑いを浮かべるファントム。対するアルヴィスはなぜかきょとんとして。
 「何だ。殺して欲しいんじゃなかったのか?」
 「いや誰もそんな事ひとっことも言ってないと思うけど」
 「だが今の話を要約すれば、『やる事なくなったから殺してv』じゃなかったのか?」
 「違うから!! 僕は『こんな風に今落ち込んでるから慰めてvv』って意味で言っただけだから!!」
 ・・・どっちもどっちだと思うのだが、アルヴィスは納得したらしい。立ち上がり、

























 「甘ったれるな」
 とんっ・・・

























 
13トーテムロッドの先端で、軽くファントムのおでこを突いた。
 予想外の行動にファントムが2・3歩たたらを踏む。体勢を立て直した鼻先にびしりと突きつけ、
 「キングとクイーンに仕えるのだけが存在理由? 必要とされなくなったら自分は終わり?
  戯言もいい加減にしろ鬱陶しい」
 「う・・・鬱陶しい・・・・・・」
 なぜだかそこにショックを受け崩れ落ちるファントムを見下ろし、アルヴィスはアームを引っ込めた。
 代わりに直接指を突きつけ、
 「チェスの他のヤツはどうなんだ? お前がまとめる十三星座は? お前に仕える下のクラスは?
  ロランなんて例に挙げるまでもなく、お前に賛同したからついてきたんじゃないのか? お前と同じ世界に生きれるよう頑張ってるんじゃないのか?
  お前はそんなヤツらを見捨てるのか? みんなをお前と同じ目に遭わせるのか?」
 「あ・・・・・・」
 ファントムが、顔を上げる。そこに浮かぶは恐怖の表情。
 自分がいなくなってしまえば、ついてきてくれるみんなはどうなるのだろう・・・・・・?
 「お前は一人じゃない。お前は決してクイーンのおもちゃなだけじゃない。
  お前を必要とする人だっていっぱいいるんだ。そうだろ? なあ、ファントム」
 見開かれた目を真正面から見つめ、アルヴィスが柔らかく微笑む。
 ファントムの唇が小さく震えた。
 「じゃあ、君は・・・?」
 「ん?」
 「君は、僕の事を必要としてくれるのかい・・・? ねえ、アルヴィスくん・・・・・・」
 縋りつくように、親の温もりを求める子のように伸ばされた手を、
 パン―――
 ―――アルヴィスは軽く弾いた。
 ファントムの目が絶望の色に染まる。
 力なく垂れ下がる手を逆に引き寄せ―――

























 「―――っ!?」

























 今度こそ本当に見開かれるファントムの目。顔を離し、アルヴィスは今まで触れ合っていた唇で紡いだ。
 「じゃあなファントム」
 にっこり笑い、軽く肩を突く。同時に発動させるディメンションアーム。
 元の在るべき位置へと強制送還されたファントムが、どんな顔をしていたのか。それは―――










 ――――――見なかった事にしておいた。















†     †     †     †     †
















 「うわっ」
 どさっ。
 明らかにわざとだろう。実際の位置より少しだけ上に移動させられたファントムは、いつものイスにぼすりとめり込んだ。
 「あーびっくりした」
 ばたばた足を振って身を起こす。どうせもう誰もいないだろうと声に出し唇を押さえ、
 「―――お帰りになりましたか、ファントム様」
 「あれ? ペタ。
  どうしたんだいまだいて? 今日の仕事はもう終わっただろう?」
 首を傾げるファントムに、脇に控えていたペタは長々とため息をついた。
 「出かけるのならせめて用件と場所を言ってからにして下さい。何かあったのかと心配します」
 「心配した? 本当に?」
 謝るでもなく、なぜかそんなところを訊いてくる。
 ため息をつく代わりに吸い込んで、
 「しましたよ」
 「絶対? 間違いなく?」
 「・・・つまり?」
 「それは僕が司令塔だからかい? それとも僕自身をかい?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 (またこの方は、誰から何を吹き込まれたのやら)
 じっと見つめてくるファントム。その目は恐ろしく純粋だ。
 まるで幼い子どものよう。どれだけ永年存在した[いきた]としても、止まってしまった時間が動く事はないらしい。
 きっと、彼よりも遥かに長く『生きて』しまった自分は、彼とは相容れないものとなっているのだろう。だから自分の言葉では彼には伝わらない。
 だから―――
 (子どもの相手は子どもが一番、か・・・)
 僅かな苦笑を浮かべ、ペタはファントムから顔を背けた。
 入り口に目をやり、
 「そんなに疑うのならご自分の目で確かめてください」
 「え・・・?」
 同時に、扉が開いた。
 「ファントム〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!」
 扉をぶち壊す勢いで開き、誰の許可もなく乱入してきたロラン。両手を広げ爆走し、ファントムに擦り付く彼の体では耳と尻尾がぱたぱたと〜・・・はさすがに揺れていなかったが、それでもそんな錯覚を覚えるほどにこの時のロランは犬と化していた。
 「も〜こんな夜遅くどこ行ってたんですか〜!! 心配しましたよ〜!!」
 「―――という事だそうです」
 「そう・・・なんだ。よくわかったよ、うん・・・・・・」
 さすがのファントムも、涙を流して抱きつくこの様は疑いようがなかったらしい。意見が取り下げられる。
 その間にもひとしきり感動の触れ合いを追えたロランがきっ!と顔を上げ、
 「誰ですか僕のファントムをこんな夜遅く出歩く不良にするのは!! そうですかアルヴィス君ですねじゃあ今すぐ滅殺―――!!」
 「しなくていいから」
 拳を固め反転しつつ立ち上がるロランの首筋に手刀を入れ、抱きかかえ再びイスに。
 「で?」
 「何がですか?」
 「君の答え。まだ聞いていないよ?」
 ファントムが面白そうに笑う。もう答えなどわかりきっているだろうに。
 (全く。目覚めてからというもの、随分ファントム様も遊びが好きになったようで)
 最後にもう一度だけため息をついて、
 ペタは口を開いた。










 「貴方は我らの司令塔であり、同時にかけがえのない仲間です。仲間の身を案ずるのは至極当たり前の事でしょう?」










 「・・・そっか。そうだねペタ」
 礼は言わない。ペタは『当たり前の事』をしているだけなのだから。
 苦笑いして上を見上げる。頭の中で、最後にアルヴィスが放った言葉が蘇った。

























 ―――『俺は俺お前はお前。わかるようになったらまた来い。いくらでも相手してやる』


























 (ねえ、それってこういう事なのかなあアルヴィスくん)
 自分のそばではこうしてロランやペタがいてくれて。
 きっと今頃、轟音に驚いたギンタやベルなんかがアルヴィスの元へ駆けつけているだろう。
 自分たちの立つ場所は別であり、自分たちの存在は別である。
 ―――だからこそ、お互いを認め合う事が出来る。自分たちは決して孤独じゃない。
 「じゃあロラン・ペタ。今日はみんなで一緒に寝ようか」
 「はい・・・?」
 「わ〜いいいですね〜そうしましょうvv」
 「2対1ではい決定。じゃあもう夜も遅いし寝ようね」
 「は〜いファントムvv」
 「・・・・・・。
  全く・・・」


















































その夜、夢を見たんだ。


真っ暗なところに、僕だけがいた。


光が当たって、周りにみんながいたのがわかった。


光で照らしてくれたのは、










―――君だったよ、アルヴィスくん。



















































†     †     †     †     †
















 次の日、さっそく答えを発見したのでアルヴィスに会いに来たファントム。
 「やあアルヴィスくん。今日もまた君のために僕はひゃああああああ・・・・・・!!!!!!!」
 窓から侵入しようとし、丸太代わりに仕掛けられていた
13トーテムポールの振り子により遥か彼方へと吹っ飛ばされた。










 「ふ・ふ・ふふふ・・・。わかってるよアルヴィスくん。これもまた君の愛情だって事はvv」
 「夜間外出に続いて今度は怪我まで!! 許せませんよアルヴィス君!!」
 「はあ・・・。
  次からは出来たら行く可能性のある場所まで言ってから出かけてください。探すのに苦労しました」















†     †     †     †     †
















 罠が作動した(
Notアームが発動した)のを確認し、アルヴィスはむくりと身を起こした。遠ざかっていくファントムを確認し、寒いので窓を閉める。
 「やれやれ。昨日のおしとやかさはどこへ行ったんだか。まあ、アイツにそんな殊勝なもの求めるだけ無駄だろうけどな」
 思い出す。昨日別れ際の彼の顔。嬉しそうな、幸せそうな顔。
 ―――見た瞬間大体は諦めていた。どうせまたこんな騒ぎに戻るのだろうと。
 だが、
 「大人しくされてても調子狂うしな。暫くはこのままでいいか」
 さあって明日はどんな罠を仕掛けておくか・・・と楽しげに今日の分を回収するアルヴィス。
 その顔は、ファントム同様幸せそうだった。










―――Fin















†     †     †     †     †


 ―――補足として最初に拳を緩めたアル。その手にはもちろん
13トーテムポールが握られてました。やっぱりアルといえば鈍器攻撃(たまに手でもやってますが)・・・。
 さて、世のファントム様
Fanに多分最も需要がないだろう情けない彼の話。こういう弱い部分を持つ彼も、実はけっこー好きだったりします。逆に逞しいのがアルヴィス。最初は普通に慰めたり怒ったりしてあげるはずが、なぜこういう事に・・・? かつてTop絵で予言した恐るべき未来通り、だんだん彼もテニプリのサエ化していっているようです。となると今回のファントムは千石さんか・・・。ヤな組み合わせだなあ。どうりで尻に敷かれるはずだ・・・・・・。
 話題を戻してしかしこれだともしや・・・


 ・・・・・・ファントム総受けに見える!?

2005.11.1412.4