メルヘヴン、心の底から誤った鑑賞法
〜こんな展開だったらイヤだ〜
注:これはファントムの夢の中です。
どこかの森の小道での事。静かなそこにいるのは自分達2人だけ。
「どういう・・・事、だ・・・?」
静かに告げられた事に、アルヴィスは静かにだが激しく混乱していた。
全てが混濁し表情には何も表れない。きょとんと問うだけの彼にファントムは、こちらは元から何も表していない表情で繰り返した。
「だから、『僕たち別れよう?』って言ったんだけど?」
「なん、で・・・?」
ようやく浮かべられたのは泣き顔のような笑い顔のような。
曖昧なものを浮かべさらに問う。常にはない子どもっぽい口調に、さすがに苦笑いが零れた。自分は今どれだけ動揺しているのだろう?
ファントムは気付いているのか否か。対照的に、全く揺らがない様で返してきた。
「君がなんでそんな事を訊いてくるのかな?」
「え・・・・・・?」
「君の方が、別れられて清々しているんだろう?」
「何・・・?」
質問の意味がわからない。促すしかないアルヴィスに、ファントムははっきりと言った。
「アルヴィスくん。君、結局僕なんて愛してなかったんだろう?」
「・・・・・・?」
最早言葉すらも出てこない。唇を震わせながら、アルヴィスは今問われた事を頭の中で繰り返した。
(俺は、コイツを・・・・・・)
最初に仕掛けてきたのはファントムの方だ。タトゥーを刻み、それをネタに近寄ってきた。
敵の、それも最上級に極めて近い立場なのに。なのにそういった威厳などは全く見られる事もなく。本当にコイツが司令塔で大丈夫かとため息をついている内に、気がつけばすっかりこの男のペースに乗せられていた。彼の存在は、自分にとってなくてはならないものにまでなっていた。
(愛して?
ああなかったさ。なかったに決まってるだろ?
――――――それを俺に植え付けたのは、お前だろう? ファントム・・・・・・)
幼い頃に戦争があって。ただ戦い方と魔力の操り方だけを学んできて。
クロスガードに属して、『仲間』と呼べる存在は大勢出来た。それらは大切に思う。だが愛は?
―――『大好きだよ、アルヴィスくん』
呪いに蝕まれる恐怖と仲間を殺された憎悪。そんなものばかりを抱え生きてきた中で囁かれたその言葉。とても信じられるものではなかった。だからずっと跳ね除けてきた。
なのになぜだろう。聞く度に、不思議と胸が温かくなって。
それが何なのかわからなかった。ただわかったのは、自分の中で何かが変わりつつあった事。
そして、
―――自分はそれを、拒絶した。
変わる自分が怖かった。憎んでいるはずのファントムが憎めなくなってきたのが。
拒絶して。それでもめげずに近寄ってくる彼に安心を覚えた。
ファントムが勝手に来るんだと。そう思い込む事で心の安定を図っていた。そうしなければ、自分は壊れてしまいそうだった。
自分の中で、彼がどんどん大きくなる。もう否定できない。
これは、・・なのだと。
何も言わないアルヴィスに小さく小さくため息をつき、ファントムは言葉を続けた。
「最初は、敵同士なんだから嫌われてても仕方ないって思ってた。好かれるような触れ合い方はしてなかったからね。
実際君は僕を拒絶した。うん。これはいいんだ。きっといつか受け入れてくれるだろうって、そう信じてたから。
何度も会ってて、少しずつ君は変わっていった。気付いていたかい? ほんの少しずつだけど、僕を見る目が柔らかくなってた。
嬉しかったんだよ? 君は信じられないだろうけど、僕は本当にね。こんな風に、敵対してしか君と触れ合えない僕を、それでも君は受け入れてくれた。
僕はね、アルヴィスくん。君に笑顔をあげられるなら、何でもしたかった。チェスを―――クイーンを裏切り戦争を止める事だって構わなかった。
けどね―――」
ファントムの笑顔が、歪む。
「君は最後まで僕を愛してはくれなかったんだね」
「違―――!」
「何が違うんだい!? 君を変えたのは僕じゃない! メルのみんなだろう!? 大勢の強い仲間が、君の閉ざされた心を溶かした!! だから君は柔らかくなっていったんだ!!
ああわかってたよ。そうなんだって。
それでも・・・
・・・・・・少しだけ期待してたよ。いつかは君が、僕にもその優しさを向けてくれるんじゃないかって」
「ファントム・・・・・・」
顔から力を抜くファントム。ともすれば笑顔にも見える哀しげな目元から、透明な涙が伝い落ちた。
目を閉じ、全てを洗い流し。
再び開いた彼の目には、今までアルヴィスの見た事のない冷たさが宿っていた。
「やっぱり大っ嫌いだよこんな世界。誰も僕を受け入れてくれない。
バイバイアルヴィスくん。次会う時は、正真正銘の敵同士だね」
「待てファントム!!」
声は、すんなりと出た。自分でも、何を今までためらっていたのか不思議なほどに。
わかっている。この胸を締め付ける気持ちが何なのか。別れを告げられ苦しいのがなぜなのか。
これは、・・なのだと。
これが、愛なのだと。
踵を返すファントムへ、アルヴィスが駆け寄ろうとする。
肩を掴もうとしたその手を、
―――ファントムは無造作に払った。
「何かなその行動? 君は『メルのメンバー』で、僕は『チェスのNo.1ナイト』なんだよ?
次そういう事やったら、宣戦布告とみなして殺すよ?」
「あ・・・・・・」
ファントムの体から溢れ出る魔力。それは、間違いなく自分へと向けられていた。殺意を篭めて。
真正面から浴び、アルヴィスが凍りついた。
怖い。力の強大さがじゃない。それを、ファントムから向けられるのが。
・・・・・・ファントムに、捨てられるのが。
「じゃあね」
もう、一切の反抗をしないと悟ったのだろう。ファントムが、魔力を消した。
再び踵を返し、歩き出す。
1歩。
(もう、否定しないよ俺は・・・)
背中を見つめ、アルヴィスは己の拳を固めた。その手に嵌められたアームを握り締める。
2歩。
(だから・・・)
魔力を、練り上げる。己の命を燃やし、
3歩。
祈りを捧げる。
(・・・・・・戻ってきてくれ、ファントム・・・・・・・・・・・・!!)
「ダークネスアーム“スィーリングスカル”!!」
「―――っ」
振り向こうとするファントム―――の動きが止まった。呪いを受け、半分振り向いた状態で固まる。
「ぐ・・・う・・・!!」
同時に、アルヴィスの全身にいつにない激痛が疾る。ファントムほどの魔力の使い手を封じるのだ。返って来る代償も半端なものではない。
が、それでも完全に封じる事は出来ないようだ。ファントムは、動揺を一瞬で掻き消し冷めた目でアルヴィスを見下ろしていた。服に爪を食い込ませ、片膝をつくアルヴィスを。
「で、どういうつもりだい?」
問われ、アルヴィスが顔を上げた。苦痛に歪んだ顔に、無理矢理笑みを浮かべ。
「言っただろ・・・? 『待て』って・・・。
行かせないぜ、ファントム・・・!!」
「それは・・・・・・」
世界のため? それとも、君自身のため?
問い掛けて、止めた。この期に及んで、自分は何を期待しているのだろう?
苦笑いは心の中に留め、ファントムは別の言葉に差し替えた。
「この程度で、僕を本当に止められたと思っているのかい?」
「なら・・・出てみろよ!!」
「そうさせてもらうよ」
呟く。アルヴィスの魔力がさらに上がった。
(強いね。十三星座でももう、何人が君に勝てるんだろう?)
確かに彼は強い。だが、
――――――その強さは果たして何に起因しているのだろう?
今度は心の中に留められなかった。苦笑いが洩れる。
思う。それが自分への憎しみだったとしたらどんなに良い事か。
何とも思われなくなるのなら、いっそずっと憎まれていたかった。世界平和の願望も、仲間意識も、彼には何もなければいいのに。ただ自分を恨み、その怒りだけで強くなったのならば―――
―――そんな彼に殺される事こそが、自分にとって至上の喜びとなっただろうに。
ファントムも魔力を練り上げる。アルヴィスのかけた呪いを解くため――――――ではなかった。
魔力の変化を感じ取り、アルヴィスもアームに集中する。その分、他の箇所の魔力管理が疎かになった。
確認し、ファントムは魔力を篭めていった。己の右手。そこに刻まれた、ゾンビタトゥーへと。
「う・・・あ・・・、ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
アルヴィスが体を仰け反らせた。タトゥーの共鳴。増殖しようとする呪いを、彼には止める事が出来なかった。
最後の足掻きだ。もうこんなものに意味はない。もしこれで呪いが完成し生ける屍になったとしても、決して自分たちは分かり合う―――仲間になる事は出来ないだろう。
・・・それでもただ、覚えておいて欲しかった。刻み付けておいて欲しかった。自分という存在を。
集中が途切れ、アームの効果が失せる。自由を取り戻し、ファントムは振り向きかけていた体を前に戻した。後ろで、軽い音を立てアルヴィスが倒れた。
歩き出そうとし・・・止まる。後ろからズボンの裾を引っ張られた。
「なんだ。まだ・・・・・・」
肩越しに見下ろし、言葉を止める。アルヴィスはもう気絶していた。していなかったとしても、とてもまともな状態ではなかった。
うつ伏せで手を伸ばしていたアルヴィス。もう眼球を動かす事も出来ないらしい。横たわったまま、それ以上動こうとはしていなかった。
焦点の合っていない彼の目から、涙が零れていた。
「・・・・・・・・・・・・」
しゃがみ込む。
手を外そうとするファントムの耳に、声が届いた。
消え入りそうな声で、
「行かな・・・で、くれ・・・。ファン・・・トム・・・・・・。
あ・・・してる・・・・・・。
きら、に・・・、なん・・・な・・・・・・で・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこで、アルヴィスの意識は完全に途切れたようだ。瞳も閉じられ、手の力もなくなった。
絡んでいる手を放させ、
ファントムは、アルヴィスを抱き上げた。きつくきつく抱き締める。
「ずっと、その言葉が聞きたかったんだよ。アルヴィスくん・・・・・・」
本当に嬉しそうに微笑む。その目からは、止め処もなく涙が溢れていた・・・・・・。
・ ・ ・ ・ ・
涙の冷たさで目が覚めたファントム。朝食そっちのけでアルヴィスの元へ赴き、さっそくそれを大声で話した。
「―――という夢を見たんだ!!
やけにリアルだったし、正夢になるかもしれないよ。気をつけてねアルヴィスくん」
「何でだ?」
しーん・・・・・・・・・・・・
この上なく冷たい返答に当てられ、場が5秒ほど凍る。
真剣な表情のままファントムも固まり、
ぽん、と手を叩いた。
照れ笑いで頭を掻く。
「ああなるほど。僕たちは決してそんな事にはならないって言いたいんだね? 僕とした事がそんな事にすら気付けないなんて失敗失敗。
もちろんそうだよねvv 僕ってば何余計な心配してたんだろ?」
ごん!
花を飛ばし喜ぶ馬鹿男の頭に、アルヴィスは夢とは異なり13トーテムロッドを振り下ろした。
「大前提としてその夢は間違ってるだろ? そもそも俺とお前がいつ付き合った?」
「え・・・・・・?」
(さしたるダメージを受けなかった)ファントムがきょとんとする。顎に手を当て悩み込み・・・
「確かに、『いつ』って改めて訊かれると困るね・・・。気がつくとそうなってた、っていうか、自然となるべくしてなった、っていうか・・・。
も〜アルヴィスくんってばそんな恥ずかしい事言わせないでよvv」
ごきん!!
「いつの事を振り返ったらそんな勘違い以下の妄想が出来るんだ? 『全くなった形跡がない』が正解だ。
始まってすらいないんだから終わるワケがないだろ?」
「つまりこれから始めるんだね?」
ごがきん!!!
「ありきたりなボケをありがとうなファントム。多分次辺りで首の骨折れるから気をつけろよ?」
「うん。気をつけさせてもらうよ。何かちょっと鼻血出てきちゃったし」
スノウに取ってもらったティッシュをいそいそ詰めるファントム。ティッシュを染めるものは青いが、それでも流れるのがあまり良い事ではないのは人間も生ける屍も同じらしい。ただし普通の人間なら2発目で頭蓋骨が粉砕していただろうが。
ファントムが机に肘をつけはふ・・・と息を吐く。別に鼻が詰まっての口呼吸ではない。それは、憂い溢れるため息だった本人談。
「けど、おかげでよくわかったよ。君の冷たい態度も単に照れ隠しだったんだねvv ふふ・・・vv」
ごんごんがんげんげん・・・!!!!
・ ・ ・ ・ ・
「・・・・・・何を『気をつけた』んだろファントム?」
「ここまで徹底して過ちを冒せるコイツって、やっぱスゲーな・・・」
スノウとギンタが哀れみたっぷりの目で見やる。ひたすらロッドに打たれるファントムを。
そしてその後ろで、ドロシーとナナシも見ていた。ひたすらロッドを振り下ろすアルヴィスを。
「とりあえず1つ証明されたわね」
「せやな。アルちゃんがファントム止めるんにそないまどろっこしい方法は取らんやろ。普通にがんごんがんでジ・エンドや」
・ ・ ・ ・ ・
ファントムを殴りながら、アルヴィスは口の中で小さく呟いた。
「夢の中だろうが次『別れる』なんて言いやがったら本気で殺すからな」
不機嫌にむくれるその顔は、少しだけ赤くなっていた。
―――Fin
―――まあ、ファントムの夢ですから。
2006.4.17〜26