「迷ったり悩んだりしながらも、それでも必死に生きる。
俺は師匠や仲間に会ってそれを学んだ。
それは、悪くないものだぞ」
「私は、もう失うのは嫌なんです! やはり私にはファントムしかいない・・・!」
「目を覚ますんだロラン! お前の生きる道は、ファントムだけじゃない筈だ!
お前さえ望めば、今とは違う道が開かれる。
今ここでだって! 俺たちとだって!!」
「貴方がたと共に歩む人生・・・?」
「そうだ! 自分の足で歩く、本当の人生だ」
「わからない! 私にはファントムしかいない!
私には・・・」
「ファントムを完全に肯定するのはたやすい。お前自身は何も決める必要がないからな。
だけど、それではお前の本当の人生とは言えない」
「止めるんだロラン! 目を覚ませ!」
「嫌です! 私は怖いのです!」
「ファントムは歪んでいる! なぜそれに気付かない!?」
「知らない! 聞きたくない!
ファントムは私の全てです!」
聞きながら、
(ロランーーーーーー・・・・・・・・・・・・!!!!!!)
キャンディスは、肩を震わせる程に下げた手を固く握り締めていた。
永遠の束縛
(ロラン、アンタ何て事言ってんのよ・・・・・・!!)
込み上げるのは、怒りと失望、そして哀しみ。これではまるで・・・・・・。
(アンタ、タトゥーがあるからファントムについていってるだけなの・・・・・・・・・・・・?)
大切な人が死ぬのが―――大切な人を失うのが嫌だから。だから決して死にはしないファントムを選んだ。ただそれだけ。
ファントムがどんな人間かも関係なく。タトゥーを持っているのが他の人間だったら、彼はそちらについたのだろう。例えば今彼と戦っているアルヴィスなどにでも。
だからこそファントムという人間が否定されても反論出来ず、だからこそ差し伸べられた手を取ろうとする。
それがファントムでなかったとしても・・・・・・!!!!!!
血反吐を吐いて叫びたい思いだ。悔しくてたまらない。
誰もが様々な考えの元ここにいる。中にはファントムを憎く思う者もいるだろう。全く興味を示さない者も。
それらはそれでいい。結果的に司令塔たる己の命に従ってくれれば、名称通りの駒になってくれれば、それで構わないとファントムも思っている。ファントムが許すものを自分が怒っても仕方ないだろうし、やっているのは戦争の引き起こしなのだ。そんな綺麗事だけで全て片付くワケがない。
それでもいるのだ。いる筈なのだ。ファントムを慕う者が。彼を『駒』とは見なさないでいてくれる者が。
(そうでしょう、ねえ・・・?
じゃないとファントム可哀想過ぎるでしょう・・・・・・?)
たとえ命を下す存在だとしても、ファントムは決して配下の者を『駒』とは見なしていない。『仲間』として、慕い、愛し、慈しんでいる。勝手に他のメンバーを殺したラプンツェルへの制裁がいい例だ。
そして、居場所を失くしたキメラやさらにはロランを受け入れたのもまた・・・。
「ねえキャンディス」
「―――っ・・・!!」
静かに呼びかけられ、キャンディスは意識を現実に戻した。
イスに座り、同じ光景を見聞きしていたファントムへと、無理矢理造った笑顔を向ける。
駄目だ。こんな汚い気持ちを見せてはいけない。彼はとても優しく、とても脆いのだから。
「何? ファントム」
いつも通りの明るさで首を傾げると、振り向くファントムもいつも通りの笑みをくれた。
いつも通りの困った笑み。本当に、困っている笑み。
(ファントム・・・・・・)
キャンディスの笑みが崩れた。開いた口元から息だけが洩れる。
ファントムは、確かにいつも通りだった。いつも・・・・・・自分とロランがファントムを巡って全力で争い、2人とも煩いです城が壊れますとハンマー片手にロコに怒られ、さらにひっつくシャトンがスパイクを直接打ち込まれ、唖然とするハロウィン笑うアッシュの隣でペタが重く重く溜息をつき。そんな一同を見て浮かべる笑み。
それと同じようでいて・・・
・・・・・・・・・・・・中身は全く違っていた。
いつもは困るその奥で嬉しそうだった。世界は臭いもので溢れ、全てを失くすため自分たちは戦争を仕掛け。それでも、ここは楽園だった。いつまでも続けばいいなと、心から願えるところだった。だからファントムも笑っていた。本当に笑っていた。
今は表情通り困っていた。怒りたいのに、哀しみたいのに。それなのに、それすらも出来ない。
優し過ぎる彼は、そんなロランすら許してしまうから。たとえタトゥーだけだとしても、己を求めてくれる者を決して見放す事は出来ないから。
何も言えないキャンディスに向け、ファントムは決して崩れる事のない笑みで尋ねた。
「ねえキャンディス・・・。
――――――僕って、何のために在[い]るんだろう・・・?」
「ファントム・・・・・・」
今度は言葉が洩れた。呼びかける言葉だけが。
先が続かない。何を言えばいいのかがわからない。
きっと今の彼には何を言っても通じないだろう。この質問は、彼自身にしか答える事が出来ないのだから。
だからキャンディスは、違う事を答えた。
「わたしじゃ、駄目かな・・・?」
「え・・・?」
ファントムが顔を上げてくる。何が言いたいのか、きっと彼にはわからなかったのだろう。
目の前に立ちタトゥーの刻まれた右手を持ち上げ、キャンディスは自分の存在を確かめさせるように、頬を撫でさせた。
微笑み、誓う。
「わたしはずっとずっと、ファントムのそばにいるよ?」
「キャン、ディス・・・・・・」
ファントムの笑みが、初めて崩れた。
縋るような眼差しで見つめられ、
やがて落ちる。
「けど・・・・・・」
永遠には無理だろう?
言葉には出されなかったが、言いたいのはそれだろう。
確かにタトゥーを持たない自分は老い、やがて死ぬ。彼と真の意味で永遠を遂げるのは無理だろう。
だが・・・
眼差しと共に落ちようとしていた手を、握り直す。そのままキャンディスは、今度はお腹へと持って行った。
ぴたりと当てさせ、その手ごと自分を抱き、
「確かに、わたしは永遠にはそばにいられない。
けどわたしが死んだら次はわたしの子が、その子が死んだらまたその子どもが。
ずっとあなたと一緒にいるよ、ファントム・・・・・・」
「キャンディス・・・・・・」
ファントムの目から、涙が零れる。
その目を細め、ファントムが微笑んだ。
「うん、いいね。
とても良い案だよ、キャンディス・・・・・・」
嬉しそうで、でも哀しそうで。
本当にそんな事が出来る保障はどこにもない。それでも永遠を信じ、タトゥーを与えたロランにも裏切られたのだ。
ましてやキャンディス当人はともかく子ども以降はまた別の存在。自分と一緒にいるかなど、実際現れないとわからない。無理強いしても意味がない。
キャンディスにもわかっていた。結局自分が彼に永遠など与えられはしないと。自分は永遠の存在ではないのだから。
だからこそ、今この時を捧げる。今だけでも、孤独から解放したい。
あなたは独りではないのだと、伝えたい。
言葉の代わりに行動を起こす。
キャンディスはファントムを、そっと抱き締めた。
まるで母親が子どもを抱[いだ]くように。壊れてしまわないように。壊してしまわないように。
ファントムも、ゆっくりと手を回してきた。やはり強くはない。きっと、同じ事を思われているのだろう。きつく抱き締めれば壊してしまうと。
そんな事はないと、そんな儚い決意ではないと。わからせるように、抱き締める手に力を込めていく。ファントムから伝わる力も、だんだん強くなっていった。
満足げに瞳を閉じる。これが彼の思いの強さ。たとえ孤独を埋める相手としてだけ求められていたとしても、それで自分には十分だ。
ファントムからは見えないところで、キャンディスは一筋の涙を零した。
胸の中だけで告げる。
(本当はね、ファントム・・・。
―――わたしが欲しかったんだよ、タトゥー・・・・・・・・・・・・)
誰よりも優しい彼へ。辛さも苦しさも全て笑顔で隠し、ただ温かさだけを分け与えてくれる彼へ。
小さ過ぎる私たちは、あなたの大き過ぎる愛全てに応える事は出来ないけれど。
それでもこの両腕を精一杯に広げ、あなたの想いを受け止めたい。
ただ私は、そう願う。
そっと部屋から出てきたペタは、
後ろ手に閉じた扉に凭れ、溜息をついた。肩の力が抜け、自然と視線が上を向く。
「私も、ずっと貴方をお慕いしているのですがね、ファントム様・・・・・・」
「―――ならそれでいんじゃん?」
声をかけられ、横を向く。人を馬鹿にしたガイコツの笑みが、こちらを見てやはり笑っていた。
「アッシュか。何の用だ?」
「い〜や別に? ただ君とファントムはわざわざ出渋って何やってんのかな〜って見物に来ただけ」
飄々とアッシュが言う。本気なのか冗談なのか区別の付かない軽さながら、とりわけ怒りは沸いてこない。彼の態度は仲間になった時から一貫してこんなものだ。
ペタはアッシュと目を合わせる事もなく、逆方向に体を動かした。
後ろへと告げる。
「ならば帰れ。邪魔だ」
「そうする〜」
「む?」
やけにあっさり同意された。振り向くペタにアッシュは肩を竦め、
「今入ったら本気で邪魔っしょ。そこまで気ぃ利かずになんのもねえ?」
「・・・どこまで知っている?」
そういえば先ほどかけられた言葉もだ。何も知らないのなら随分おかしい内容だった。
尋ねるが、
アッシュは首を振るだけだった。
「いーや何も?」
「なら―――」
続けようとした質問が、遮られた。
「けど俺は、これでも子持ちの親なんでね。子どもの気持ち、ちょっとはわかってるつもりさ。
―――見てたよ。さっきの、ロラン対アルヴィス戦。
ロランを責めちゃいけない。親を亡くした子は俺もいっぱい見てきた。
縋るものが必要なんだよ、みんな。ただロランには、それがあまりにわかりやすい形で目の前にぶら下げられてただけ。
今は何も見えなくても、いつかはきっと気付くさ。ロランも。
そして同時にキャンディスもね。優しすぎて臆病なファントムには、あのくらい積極的なアタックも必要だ。君のは少しばっかりわかりにくい」
「・・・・・・・・・・・・」
本当に彼には全てが見えているようだ。もう一度溜息をつく。
「私はお前の子どもになったつもりは微塵もないが?」
「ええ? 君みたいな無愛想な子の親ぁ〜・・・・・・?」
「なったつもりはないと言っているだろう。何を真剣に悩みこんでいる」
「な〜んだ残念〜」
溜息がさらに深まった。ついでにもう一つ尋ねてみる。
「アッシュ。
お前はファントム様をどう思う?」
「ん? 俺がファントムを?」
「ああ」
暫く首をあちこちに振り・・・
「俺がチェスに入ったのは、戦争を早く終わらせてこれ以上不幸な子どもを増やさないためだから。
そんな俺が答えてもフェアじゃないと思うけどね」
「構わん」
「あっそ?
じゃあ―――」
と前置きして、答えた。
「俺はクイーンやキングについて今だによく知らなくてね。俺の中じゃ、『チェス=ファントム』だ」
「それで?」
「そんで〜・・・・・・」
伸ばしていた声が切れた。
やはり肩を竦める。小さな笑い声を零して。
「ファントムがファントムで良かったな、って思うよ」
「・・・・・・・・・・・・。
そうか・・・・・・」
ペタの顔にもまた、小さく笑みが浮かんだ。
歩み去り様、アッシュはペタの肩を軽く叩いた。
ガイコツの仮面を取る。そこにはごく平凡な男の、ごく平凡な笑みがあった。
「頑張れよ。
君には君の役目がある。他の誰にも出来ない、君だけの役がね」
「お前はそのスタンスを保つ事、か」
「ハハ。そだね。
俺はこうやってみんなを見物してるだけだ」
「ならば私も似たようなものか。お前の言うところの『少しばかりわかりにくい』ものだな」
「アハハハハハハハハハ・・・」
ガイコツをかぽりと被り直し、笑いながらアッシュが去っていった。
じっと見送り、
ペタは最後に、ぽつりと呟いた。
「頑張るさ。お前に言われるまでもなくな。
当然だろう?」
・・・・・・ただ私は、貴方の幸せを望むのみなのだから。
―――Fin
ξ ξ ξ ξ ξ
という事で、いろいろ納得出来ないと方々で語っていた71話《永遠の刹那》。納得出来なさすぎて危うくメルヘヴンから手を引きかけましたが、こんな形で自己満足してみました。
そしてこの話(アニメの方)を観て自覚しました。私アルよりファントムの方が好きでした。
CPで攻めの方が好きだとはっきり自覚したのは今回が初ですね。今までは受けの方が好きかどっちも好きか。一応例外になるかもしれないのがテニプリの虎跡ですが、それでもこのCPを書く上であえてサエの方が好きだと考えた事はないですし(実際の内容、幸不幸度はその限りではないですが)。
なので今回はファントムを救済する(のを目標として掲げていた)話でした。何だか微妙に不幸なままですが、それでも彼を慕う人はいっぱいいるんだよ〜・・・と。
・・・いろいろ語りたかったような気もしますが、何だかぶちまけている内に何を語りたかったのかよくわからない事になってきたので割愛します。そちらでこそロランとアルをぼろくそにけなしそうですし。あるいはいずれ上げるかもしれませんが。
ちなみに補足。手をつけるのが遅すぎたおかげで現時点で既にファントムvsギンタ戦始まっているのですが、この話はあくまで71話終了時点での推測(なのでファントムの過去やペタとの関係?
というかペタの運命はまだ知らなかった)という事でご了承ください。
さてここからは続編です。ファントム救済の煽りを受け悪役扱いされてしまったロランとアル。しかしながら2人もそれぞれファントムを想っているんだよ、という話です。そしてファントムが見出した答えとは・・・?
ではどうぞv
続編―――
全てを拒絶するように、キャンディスの胸に顔を埋めるファントム。全てから守るように、ファントムを抱き締め続けるキャンディス。
それこそ永遠に続きそうな刹那の平穏を、
崩したのはキャンディスだった。
ふと顔を上げる。試合はまだ続いていた。ロランがアルヴィスに打ち倒され、起き上がる。
「ファントム、ねえファントム」
「ん・・・。
何だいキャンディス・・・」
泣き疲れてうとうとしながらファントムが顔を上げる。まるで本物の子どものようだ。
その前からそっとどき、キャンディスは闇に投影された映像へとファントムを導いた。傷つきながら、何とか起き上がるロランが映る映像を。
起き上がったロランは、
困った笑みを浮かべていた。困った―――そして、嬉しそうな。
「見てよファントム。
ロラン、いい顔してるよ」
「え・・・?」
「――――――っ!!!」
アルヴィスの13トーテムポールに吹っ飛ばされ地に舞い落ちる。攻撃の衝撃で、激昂していた頭が冷めた。
(私は今、何をしていたんでしたっけ・・・・・・?)
ぼんやりと考える。
(そうだ。アルヴィス君に説得されて・・・・・・)
自分の意思で生きろと。ファントムだけに支配されるなと。
言われ、手を差し伸べられた。共に生きよう、と。
ぼんやりと、思い出す。
同じ光景を自分は知っている。
(ああ、そうだ・・・・・・)
――――――最初に手を差し伸べてくれたのは、ファントムだった。
両親を亡くし独りで生きるのに疲れ果て。俯く自分に差し出されたのが他の誰でもないファントムの手だった。
ファントムは笑顔をくれた。食べ物をくれた。そして、
生きる意味と、居場所をくれた。
(なぜ私は忘れてしまっていたんでしょうね。こんな大切な事を)
ファントムの手を取ったのは自分だ。おいでと言われついていったのは紛れもない自分の意思。
あの時は、タトゥーの有無など関係なかった。
ただファントムと共に生きたかった。
彼の作る世界を見てみたかった。
その手助けを、したかった。
ステージに倒れ込む。衝撃で息が詰まる。幻影が全て消えた。
残ったのは現実だけ。
もう一度瞳を閉じる。思い出す。ファントムと初めて会った日の事を。
それが今だったら、どうなるのだろう。
自分はファントムとアルヴィス、どちらの手を取るのだろう?
(そうですね・・・・・・)
悩む必要はなかった。答えは最初から出ていたのだから。長い時の中で、忘れてしまっていただけなのだから。
立ち上がり、
ロランは微笑んだ。
(ごめんなさいアルヴィス君。僕は君の思いを無駄にします)
心の中で詫び、
口では答えを告げる。
「ファントムは、確かに歪んでいるのかもしれません。
それでも私は・・・・・・
・・・・・・・・・・・・私は彼が好きなんです」
他には何もいらない。あなただけがただ、私の生きる道です。
困ったような、その奥で本当に嬉しそうな幸せそうな笑みを浮かべるロランを見、
アルヴィスは小さくため息をついた。
きっとロランは気付かなかっただろう。その答えを受け、彼の表情が僅かに柔らかくなったのには。
「話しても、わかってもらえないようだな・・・」
それで良かった。この程度で揺らぐ決意の元、ファントムの下にいないで欲しかった。
誰よりもファントムが、それを望んではいないのだから。
だから自分は敵対の道を選んだ。それが自分の意思だから。
決して自分はファントムの思いに納得しない。納得出来ない。だからこそ、決して彼の仲間になりはしない。
(たとえこの身が、人でなくなったとしても・・・・・・)
同族意識などという生易しいものはいらない。それなら手を取り合うべき人同士が戦争を起こすのがまずおかしい。
正義も愛も、何もかも奪い尽くし焼き尽くすのが戦争だというのなら、最後に残った己自身を貫かずにどうしろというのだ。
(お前だって、そうなんだろう? なあファントム・・・)
クイーンの駒として生きているだけではあるまい。確固たる己を持っているから、こうして彼に賛同する真の仲間が集まるのだろう。
その考えが違うだけで、ダンナと何も変わりはしない。
考えに、生き方に、人柄に惚れ。自分はダンナに、ロランはファントムについた。己の意志で。
何も、変わりはしない。
だから・・・
アルヴィスは、悠然と微笑んだ。魔力を練り上げて。
「ならば力づくで―――」
ξ ξ ξ ξ ξ
「ファン・・・トム・・・・・・」
倒れたロランに背を向け、アルヴィスは空を見上げた。
「お前が出会っていたのが、ファントムでなくダンナさんだったら・・・。
―――ダンナさん、あなただったら、彼を・・・・・・ロランを救えたのかもしれませんね」
呟き、俯く。
瞳を閉じて、下を向き。
・・・髪に隠れたその口元は、微かに笑みを湛えていた。獰猛な笑みを。
(それでもファントムを選ぶのならばそれでいい。
見せてもらうぜロラン。お前の選んだ道の先を。
そして・・・
――――――これが俺の、選んだ道だ。ロラン、ファントム)
前を向く。自分を迎え入れるメルのメンバーがそこにはいた。
彼らを見つめ、
アルヴィスは力強く笑った。
「ロラン・・・・・・」
呆然とするファントム。確認し、キャンディスは完全に身を引いた。
「さ、て、と。
じゃ、わたしはあっさり負けちゃった馬鹿ロランの回収に行ってくるわね」
「キャンディス・・・」
呼び止めようとするファントムに今度こそ極上の笑顔を見せ、ディメンションアームで移動をする。
一人取り残され、
ファントムはぽりぽりと頬を掻いた。
「まいったなあ・・・」
苦笑いを浮かべ呟く彼に、新たな声がかけられる。
「みんなイイ子過ぎちゃって?」
「あはは。そうだねアッシュ」
闇の奥から出てくる。シルエットだけならペタにも似た男。だが醸し出す雰囲気はまるで違う。
自由に空を舞い踊る風のようなその男は、チェスのNo.1ナイトというこちらの肩書きも全くお構いなしにずけずけと踏み込んできた。
「で? 答えはもう見つかったのかい?」
尋ねられ、
「いいや? まだだな」
ファントムは首を振った。
「まだ? なんで?」
「答えにはカギがかかっててね。それもいっぱい。
僕はそれを探さなくちゃいけないんだ。そうしないと解けそうにない」
「ありゃりゃ。大変そうだね。
壊しちゃえば?」
「そう出来れば、いいのかもしれないけどね・・・」
尋ね返す。
「ねえアッシュ、君はどう思う?」
「何を?」
「僕は何のためにここに在るのかな?」
アッシュはそう問うファントムを見つめた。とても、穏やかな笑みだった。
鼻から小さな笑いを洩らし、
彼は、キャンディスには言えなかった正解を述べた。
「さあね? 俺にはわかんないな。俺は君じゃないから」
「そっ・・・か」
ファントムの視線が下に泳いだ。
見つめたまま、アッシュはさらに正解の先を言った。
「けど、アドバイスだけなら出来るな」
「え・・・?」
視線が戻って来る。
まっすぐに捉え、
言う。
「君は君のために在ればいいと思うよ。そして、君の望むがままに動けばそれでいい。
君は他の誰のものでもない、君自身のものなんだから」
「アッシュ・・・」
呟くファントムに肩を竦めて応える。ガイコツ越しにもわかる、おどけた表情を浮かべて。
「これも、カギの1つになったかな?
存在理由なんて誰にもわかっちゃいないもんさ。それを探すために存在してみるっていうのも、乙なもんだと思うよ。
・・・・・・ついでに俺は、このまんまここに在ると不幸になりそうだから在なくなるけどね」
「え・・・・・・?」
ファントムの呟きと、
「ア・ア・ア・ア・ア・ア・ア・ッ・シュ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ・ウ・・・・・・?」
「うわ怖・・・」
地の底から響いてくるような声が発せられたのは同時だった。
地の底よりもさらに深い闇から這い出てきた―――じゃなかった。試合会場からアームで戻ってきたキャンディスが、後ろからアッシュのフードを片手で鷲掴みにした。
「はいはいアンタな〜にわたしがいない隙狙ってファントムんトコ来ちゃってるワケ? ほらさっさと来なさいロラン回収に行くわよ」
「あちょちょちょ〜っと待ってキャンディスそんなに引っ張んなくてもついてくってかアームあんのに何で引っ張ってんのそこまだ身ぃあるから髪の毛ヤバいって俺そーいうのそろそろ気にしなきゃいけない年代なんだから―――!!」
ビュゥゥゥゥ―――バシュッ!
そして再び、そこにはファントム1人となった。
ファントム1人・・・・・・
「―――いるんだろう? 出ておいでよペタ」
「ハ・・・」
いつもそばにいてくれる側近は、今もまた隣に控えてくれていた。ずっとずっと昔から、それは変わりない。
しずしずと現れ、
ファントムの前に、頭を垂れた。
「残念ながら、私は貴方の求めるカギを差し出す事は出来ません」
そう言う彼を見下ろし、ファントムは優しく瞳を細めた。
「それはそうだろうね。
君が今ここに、僕の目の前にいる事。それが一番重要なカギなんだから」
「身に余る光栄で」
「僕のね」
ファントムが、くしゃりと髪を掻き上げた。タトゥーの刻まれたその手で。
震える声で、呟く。
「本当に、みんな良い人過ぎるよ。
こんな僕のためにそんなにしちゃって。される価値なんてないよ僕には」
髪と手で隠された目元は見えない。見るつもりもなかった。たとえ微笑む頬を雫が伝っていたとしても。
ファントムに忠誠を尽くし、彼の望むがままに生きる。自分はそう誓ったのだから。
そしてそれは・・・
「恐れ入りますが、1つだけ言わせて頂きます。
貴方の価値は貴方が決めるものではありません。貴方の周りにいる者が、貴方に関わる者が決める事です。
そして我々は、貴方と共に歩む事を選びました。
それが貴方の価値です。ファントム様。
たとえここに在る理由を失くし、ここから去ったとしても、それは貴方の自由です。
ただそれでも、
――――――貴方が今ここに在る事を、我々は嬉しく思います」
「そ、か・・・」
顔を上げるファントム。涙で濡れた顔は、
―――とても幸せそうな笑みで、彩られていた。
―――Fin
ξ ξ ξ ξ ξ
という事で、ロランとアル絡みのその後話でした。本編からやけに時間経過が短い(口語訳:ファントムの立ち直りが早すぎる)ですが、その辺りは軽く流して下さると嬉しいです。
本編でキャンディスに怒ってもらった通り、ロランの言動には怒りを覚えたというのが率直な感想でした。だからこそ「ファントムが好き」の発言がとても胸にきました。そしてアルのかの台詞はこのように解釈してしまいました。
2006.9.22〜26