緑の章




本日放課後家でお茶会を開きます。ぜひお越し下さい。
                        不二 周助




 朝満面の笑みとともに彼に渡された招待状。それが全ての始まりだった・・・・・・。





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 部活のない放課後。招待された英二と大石が、一度鞄を置いてから不二家に向かうと、なぜかラフな着流しながら和服に着替えていた不二に案内された。
 首を傾げる中、通されたのは小さめの和室。ここに来てようやく『お茶会』の意味を悟り、黄金ペアはその抜群のコンビネーションで同時に頷いた。
 「なるほど。の『茶会』か・・・・・・」
 「それで不二着物だったんだ〜・・・」
 「うん。最近習ったんだよね。だから一度みんなを招待しようかと思って」
 「みんにゃ? 『おチビを』、じゃにゃいの?」
 おチビ和風好きだしね、とからかい口調の英二に不二は嬉しそうに笑い、
 「けどいきなり越前君呼んで失敗しちゃったりとかしたらイヤでしょ? だからまず2人を招待したんだよ」
 「んじゃ俺達って試しってわけ?」
 「ごめんねv お茶菓子はちゃんと用意するからv」
 「まあいいんじゃないか? 不二と越前のためだ」
 「そうだね。
  ―――よ〜し! じゃあ俺達が2人のために一肌脱いであげましょう!!」
 「ありがとう、英二、大石」





 さすが不二というべきか。最近習ったといいながらもお茶を点てるその仕草は熟練者を彷彿とさせ、お茶はテレビで見る程度にしか知らない英二にも『上手い』とはっきり思わせた。
 が――――――
 
ばふっ
 ((え・・・・・・・・・・・・?))
 抹茶の粉を入れる段階で、びしりと2人の周りの空気が凍った。
 何の疑いもなく棗―――抹茶の入れ物―――をまっ逆さまにしてその中身を全てお茶碗にぶちまけた不二に、恐る恐る大石が手を上げた。
 「質問、なんだけど・・・・・・」
 「どうしたの? 大石」
 「抹茶って・・・・・・・・・・・・そんなに、入れるもの、なの・・・かな・・・・・・」
 震える指でお茶碗を指し、やはり震える声で大石が指摘した。大石もまたお茶については小さい頃からある程度は習っている。最初に不二が自分を招待したのもその辺りが理由だろう。
 何も言いはしないが、隣で英二もぶんぶんと首を上下に激しく振っている。お茶についてはほとんど知らない彼を以ってしても、今の不二の行為は『何かおかしい。それもあからさまに』と思わせるには充分だったらしい。
 そんな2人を見て・・・・・・
 「ああ。これ、『お濃茶』だから」
 「おこいちゃ?」
 尋ねたのは英二。聞き慣れない―――どころか聞いた事すらない単語に首を捻った。
 「普通のお店なんかでも出される、1人1杯飲むのは『お薄』って言うんだけどね、それとは別に1杯のお茶をみんなで少しずつ飲む―――まあ平たく言っちゃえば回し飲みするのが『お濃茶』。少しずつだからその分濃いんだよ」
 「それは・・・わかるけど・・・・・・」
 ・・・・・・と、何ともいえない重苦しい空気の中、曖昧な笑みを浮かべお茶碗の中に視線を送る黄金ペア。お茶碗の中、高さにして約半分ほどが抹茶で埋まっている。それは、これから入れようとしているお湯よりも遥かに多い量で・・・・・・。
 (あれって溶けるの?)
 (いや・・・問題はそこじゃないんじゃないかな・・・?)
 極めて平然とした不二と、今の事態の恐ろしさを知らずかなり的外れな意見を小声で飛ばしてくる英二を前に、大石はこの誘いを受けた事を心底後悔した。
 確かに不二の言葉は合っている。今までの作法を見ても彼が点てていたのはお濃茶だろうと予想はしていた。不二が『回し飲み』と説明したように、このお茶というのはその場にいる全員が同じ器で同じものを飲む。このため1人でもその中で毒を盛ろうとする輩がいれば本人含め全員死亡という事態を招く―――逆説的にこれに呼ばれるという事は、相手にとって自分は信頼されているという意味をもつのだ。不二がどこまで知り、また考えていたかはわからないが、これに関しては光栄に思う。だが・・・・・・
 (毒を盛られるよりやっかいだな・・・・・・)
 実は不二の今行った事は『おおむね』正しい。普通抹茶と言えば茶杓で掬って入れるもの、と思いがちだろうが、お濃茶の場合そんな事をやれば何十杯も掬いつづけるという相当に間の抜けた行為をしなければならない。このため口の小さな棗を回しながらぼそぼそと粉を落としていくのだが・・・・・・間違っても中身を全部ぶちまけるものではない。
 どこからどこまでを『間違い』とすべきなのか・・・・・・。不二の自信満々な(つまりはいつも通りの)様子を見る限り、『ついうっかり』とか『失敗しちゃった』とかいう事ではないのだろう。自分もそこまで詳しくはない以上もしかしたら・・・という思いも抜けない。
 「じゃあ続けるね」
 全く以って疑問が解明したわけではないのだが、黙り込んだ2人に全て終わった、とばかりに『作業』に戻る不二。
 お湯が入り、その細い腕でお茶を点て始めた。
 シャカシャカという心地良い音が茶室に響き渡り―――
 「に゙ゃ〜〜〜〜〜!!!」
 「ふ、ふ、ふ、不二ぃぃぃぃぃ!!!?」
 目の前で起こる不条理な光景に、2人は目を見開いて慄いた。
 「どうしたの?」
 「ど・・・どうしたって・・・・・・!」
 「にゃ、にゃんで抹茶が糸引いてるんだよ〜〜〜!!!?」
 指を指し、唾まで飛ばして尋ねる―――などという穏やかな言葉では表せない事を英二がやってきた。その先では―――
 ―――彼の言葉に違わず、振り向く不二の動きに合わせて茶碗の上に上げられた茶筅から、抹茶・・・という名の粘液が
でれ〜っと重力に(一応)従ってゆっくり垂れていた。
 「? 別に普通でしょ?」
 「え・・・・・・?」
 その言葉にあっさり騙された(笑)英二。
 にゃ〜んだ・・・と頷きかけ―――
 ・・・・・・隣にいる大石がそんな自分にも驚愕の表情を向けている事に気付き、念のため尋ねてみた。
 「ねー大石〜・・・。抹茶って―――糸引くもんなの〜・・・?」
 「普通は引かないだろ、普通は」
 即答。
 しかも殊更『普通』を強調して。
 「・・・・・・にゃんか大石、俺の事メチャメチャ馬鹿にしてない・・・・・・?」
 「い・・・いや別にそんな・・・・・・」
 図星を指され、とりあえず手を振って誤魔化す。
 じ〜っと見てくる英二から視線を逸らし・・・・・・ふと気づいた事を尋ねて(こちらは普通に)みた。
 「ところで不二。よく今音鳴ったね」
 「へ・・・?」
 「ああ。シャカシャカって?」
 これだけドロドロのものを混ぜて(最早『点てる』などといえる代物ではない)なぜあんな小気味いい音が立つのか。よほど激しくやったのだろうか? とてもそうは見えなかったが・・・・・・。
 と、視線をお茶碗にずらした不二に合わせ大石もまたお茶碗に向けた。
 相も変わらずドロドロの液体が、垂れた跡をそのまま残すほどの硬さを持ったそれがあり、そして―――
 「な・・・・・・!!」
 更なる不条理を目の当たりにし、大石が本日何度目になるのか驚きの声を上げた。抹茶の上には白く綺麗な泡が立っていた。そう。白く綺麗な・・・・・・まるでよく泡立てた生クリームを上に落としたかのような泡が。
 (しかもツノまで立ってるし・・・・・・)
 これだけドロドロの液体で何故泡が立つのか。その上普通のお茶―――『お薄』ですらまずないほどの立ちっぷり。
 「どうしたの?」
 これまた本日何度目になるかわからない不二の言葉に・・・・・・
 「い、いや。何でもない・・・・・・」
 訊きたい事は山ほど海ほどこの大地ほどあったが、これ以上疑問を増やしても仕方ないだろう。
 絶対にまともな答えの返ってこなさそうな質問はゴミ処理施設に全て捨て、大石はただ半端な笑みを浮かべ首を、手を振った。
 ―――その手で胃の辺りをさするのもそう遠くはなさそうだった。




 そして・・・・・・・・・・・・
 「ぐはあっ・・・!!!!!
 一足先に飲み、胃に手を当てる間もなく卒倒しぴくぴく震える大石の隣で、一口それを口に含んだ英二もまた、喉を掻きむしって悶絶していた。
 抹茶が苦いのはさすがに知っている。だがこれは―――!!!
 (にゃ、にゃに、コレ・・・・・・)
 苦い、とかそういうレベルの問題ではないのだ。多分苦さだとは思うのだが、あまりの味の凄さに脳が完全にそれを『味』として捉える事を拒否している。
 なんだかわからない味のまま―――本気でなんだかわからないまま意識がぶっ飛ぶ辺りでとりあえずその凄さのみは実感できた。
 やはりびくびくと痙攣する英二を見下ろし―――
 「ああ、少しお湯がぬるくなっちゃってたね」
 やはりというかなんというか、平然と正座したままくぴくぴと『それ』を飲み干し、不二はそう結論づけたのだった・・・・・・。





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 次の日・・・。
 「おチビ、今から俺の言う事ちゃ〜〜〜んときいとけよ・・・!!」
 「はあ・・・。何スか?」
 部活前、突如2学年上の先輩に部室へ呼び出された1年ルーキー、越前リョーマ。これだけを見るとあたかも先輩に苛められているようであり、また向かい合う2人、英二のまるでガンをつけるかのような真剣な表情と、肩に痛いほど食い込む彼の手を考えるといかにもそれっぽいのだが・・・。
 「不二に『お茶会』誘われたら絶対に断れ」
 「はあ・・・?」
 「ああ。何が何でも断れ。なんだったら『用事』はちゃんと設けてやるからな」
 さらに大石もまた、テニス部副部長としての完全職権乱用の台詞を平然と吐く。
 「何で・・・・・・?」
 『なんでも!!!』
 「・・・・・・・・・・・・わかりました」
 見事に息ピッタリの黄金ペアに押され、渋々ながら頷くリョーマ。人の言いなりになるのは好きではないが、2人の様子からただ事ではない、ということは察したようだ。



 ―――こうして、不二の『越前君と2人っきりで告白タイムvv』は悪意なき友人の手によって破棄されていくのであった・・・・・・。





結論―――本人にやる前にテストを行なったその用意周到さは良いと思う。ただ強いて言うなれば・・・次からは別の人でやってくれ・・・・・・。By大石秀一郎

2003.2.15