紫の章





 「跡部!」
 練習中のちょっとした休憩で、額を流れる汗を拭き取っていた跡部に声がかかった。
 「不二・・・・・・」
 「練習大変そうだね」
 「まあ、もうじき関東大会だしな。
  ―――そういうお前は?」
 関東大会が間近に迫っているのは青学も同じ。ならこんなところで
No.2が油を売っているのもどうかと思うが。
 「ああ、僕? 今日はちょっと・・・・・・君に会いたいなあ、って思って」
 「不二・・・・・・」
 俯き、はにかむ不二に跡部の心臓が今まで以上に高鳴る。いや既に汗をかく程の激しい運動をしているにも関わらずそれ以上に心拍数が上がるのはさすがに危険じゃないかという指摘も来そうだが、とりあえずそこは『作者の都合』というもので抹消される。
 それはともかく―――
 「不二が、わざわざ俺のところに・・・? ふっ、そうか。ようやく不二も俺の魅力に気が付いてきたか。
  恥ずかしがりながらも来るところなど、なかなかに可愛いじゃねえの。ならあと一押し、つったトコか。ここで不二の心を掴んでおけばもう不二は俺様のものだな。
  それにはまず警戒心を解く事か。さりげなく、あくまでクールに・・・・・・」
 「めっちゃ声出とるで跡部」
 1人顔に出さず計画を練っていた(はずの)跡部に、丁度同じく練習が一区切りついたらしい忍足が近寄っていく。
 「忍足・・・・・・」
 「へえ。なんだよ跡部、部活に恋人同伴? 部長の権限形無しじゃねーか?」
 その影からひょいと身を現し、向日が小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。そしてさらにその隣には宍戸。いつも1セットの印象の強い鳳は、恐らくタオルか飲み物かでも取りに行ったのだろう。
 だがさすがは俺様至上主義の跡部。それらのからかいに屈するわけはなかった。
 「解ってんだったらどっか行って練習続けろ。邪魔すんじゃねえ」
 「職権乱用かいな。俺ら練習終わったっちゅうねん」
 「だったらそこらで見てろ」
 「うわ自慢かよ。すっげーヤな性格」
 「まあ跡部だしな」
 などといいつつ本気で見物するらしく、3人は跡部のすぐ後ろという絶好のポジションに陣取った。不二側から見れば相当に怖そうな光景だが、そんな事は一切気にしてないのか―――というか3人の存在(
&やり取り)にすら気付いていないのか上目遣いで跡部を見上げてきた。
 「もしかして・・・迷惑だった?」
 潤んだ目で、ほんのり上気した頬で見つめてくる不二に、何とか理性を保ちつつ跡部は微笑んで見せた。
 「んなワケねえだろ?
  それよりどうだ? どっかもっと休めるとこ行かねえか?」
 「うん・・・。けどその前に―――
  ―――跡部、練習疲れたでしょ? 差し入れ持って来たんだけど・・・・・・」
 そう言い持っていた鞄をごそごそと漁る不二。そして―――
 「何[なん]? 差し入れ?」
 「けっこー脈ありじゃねーか」
 後ろからのしかかり不二の鞄を覗き込んでくる忍足と、こめかみをうりうりと拳で小突いてくる向日を軽くあしらい、悠然と跡部が(鼻で)笑った。
 「(ふっ)当然だろ」
 そうこうしている間にも目的の物を見つけたか、不二が鞄から手を出す。その手に握られていたものは、水筒、そしてガラスコップ。
 「なるほど、愛情の篭った飲み物ってワケか・・・」
 口元から洩れる笑みを隠そうともせず跡部が呟く。そのあまりにも自信のありすぎる態度に、隙あらばからかおうとしていた3人もやる気が失せた。
 「なんだ、つまんねーな」
 「せやな。行くか」
 「そろそろ鳳も来るだろうしな」
 その場を離れかけた3人。しかし―――
 
こぽこぽこぽこぽ・・・・・・
 ―――コップに注ぎ込まれる紫色の液体と、その量に比例して徐々に青褪めていく跡部を見て、もう少しここにいようと決意を固めた。
 完全に蒼くなった跡部が、『それ』を指差し、呟く。先ほどとは打って変わって自信のなさそうな声で、
 「なあ・・・コレ、冗談抜きで何が篭ってんだ・・・・・・?」
 「
敵意だろ」
 「
悪意じゃねーの?」
 「ちゅーか
殺意やろ」
 「・・・・・・うるせーぞ、後ろ3人」
 一応突っ込む。だがどれ1つ取ってみても否定できる要素はどこにもない。が、
 「やだなあ。もちろん僕の気持ち、だよ?」
 その1言で決定された。
 「ならありがたくいただくぜ、不二」
 「どうぞvv」
 にこにこと笑みを浮かべる不二からコップを受け取り、一気に飲む。そりゃもう銭湯において風呂上がりビン牛乳を飲むオヤジの如く!
 そして!
 「
ぐぁ・・・・・・・・・・・・!!!
 当然の事ながらその場で倒れる跡部。ぴくぴくと痙攣する彼を笑顔のままつまらなさそうに見下ろし、不二がクリップボードに何か書き込んでいた。
 「なんだ。跡部ならいろいろ常人と違うし、味覚も違うのかと思ってたのに・・・・・・」
 それはむしろお前だろ? とその場にいた3人が突っ込んだかどうかはさておいて―――
 「―――残念っスね、不二先輩」
 「ほ〜ら、だから俺の言ったとおりだったじゃん」
 「う〜ん・・・。残念だったなあ・・・・・・」
 いきなり物陰から現れ、なんだか物騒なことを言い出すリョーマと英二。この様子からすると、どうやら3人グルになって跡部にアレを飲ませたようだ。
 「じゃあ賭けは俺と大石・海堂・あと手塚の勝ちね」
 「仕方ないなあ。バーガーショップの何かセットでいいんだよね」
 「あーあ、俺今月金ないのに・・・」
 和気あいあいとその場を去ろうとする3人。
 ふと気になって、忍足はそんな不二の背に向け尋ねてみた。
 「なあ、さっき言うとった『僕の気持ち』って何や?」
 ああもはっきり言ってのけた以上、『それ』が篭っていた事に間違いはなかったのだろう。だが跡部曰くの『愛情』にはとても思えない。
 「ああ、跡部の味覚は異常なのかそれとも正常なのかっていう素朴な疑問だよ。一回考え出すとどうしても気になるからね」
 「成る程なあ・・・」
 そういうとことん物事にこだわる性格が、一見実戦不可能なトリプルカウンターを生み出したのだろう。
 賭けの対象にされた跡部を見下ろし笑い転げる向日と必死で堪える宍戸。彼らの中で、ただ1人忍足は妙に爽やかな気分になっていた・・・・・・。





結論―――跡部の味覚は正常であり、また同時に不二は目的(楽しみ)のためなら手段葉選ばない(他人は犠牲にする)らしい。 By忍足侑士

2002.12.1