青の章
「買出し、これで全部終わりか?」
「そーっスよ」
「なら帰るか」
「ういーっス」
部活終了後、買出しに出かけたリョーマとそれに付き合う海堂。
海堂は別に買出し要員ではなかったのだが、たまたま部活中にラケットのグリップに巻いているテープがだいぶ古くなってきたことに気付いたのだ。使おうと思えばまだ使えるし、実際レギュラーの中でもこのくらいの状態なら平気で使っている者も多い。が、神経質な自分としては手に当たる感覚の違いがどうも気になる。それで練習や試合に集中出来ないのなら、いっそ勿体無いが変えてしまおう―――これが普段物を大事に使う海堂の唯一の贅沢だった。
「ずいぶん遅くなっちまったな・・・」
空を見ると、既に日は沈みとっぷりと暗くなっていた。
「これで帰ったら『遅い』とか怒られるかもしれませんね。
―――乾先輩とかが遅れた罰とか言って逆光で(注:日は沈んでます)特性汁持って立ってたり・・・・・・」
「縁起でもねえ事言うんじゃねえ!」
らしくもなく怒鳴る海堂。だが乾特性汁に話が及んだ以上仕方のないことかもしれない。
「は〜い」
適当に返事したリョーマにけっ、と舌を打ち、心持ち早めに学校へと向かった。
と―――
「遅かったね」
びくうっ!!!
校門を入ったとたんに後ろからかかる声に、リョーマと海堂はそろって背筋を伸ばした。
そろそろと、振り向く。そこにいたのは・・・・・・
「な〜んだ、不二先輩か」
「脅かさないでください」
「あはは。ごめんごめん。けど誰だと思ってたの?」
そう笑う不二にため息をついて先程話した(?)事を伝える2人。だが2人は気づいていない。そもそもなぜこんなところで不二が彼らを待ち受けていたのか、という事に。
「―――そっか〜。乾か〜。確かに乾ならやりそうだね」
「でしょ?」
「うんうん。実際やっていこうとしたしね」
「「は・・・・・・?」」
「だから、実際やっていこうとした、しね」
「あの〜・・・」
「つまりそれは・・・」
思わず手を上げて確認しようとする2人。だが不二はそんな2人に構わず朗らかに先を続けた。
「けど2人があまりにも遅いから、自主錬があるって帰っちゃった」
「よかった・・・」
「・・・・・・・・・」
へなへなと安心して座り込むリョーマ。表には出さないものの海堂も胸をなでおろしたことには変わりなかった。
「だから―――」
「はあ」
安心からかさほど警戒せず聞く2人に不二は―――
「代わりに僕がやることになったよv」
「「・・・・・・・・・・・・ハイ?」」
「―――というわけで、はいv」
笑顔で手に持つものを2人に渡す不二。
「何スか、コレ?」
今までの乾汁にはなかった青い液体と同色の顔色でリョーマが尋ねた。
「いつも乾の作った汁じゃ飽きちゃうでしょ? だから今回は僕が作ってみたよvv」
「不二先輩が!!?」
「それ人間の飲める代物なんですか!!?」
「・・・・・・・・・・・・。
もちろん飲めるに決まってるでしょ?」
「だったら今の間はなんなんスか?」
「え? いや・・・・・・さすがにそういう質問をされるとは思わなくって」
「するでしょ、誰だって・・・・・・」
笑顔のまま首を傾げる不二にリョーマがため息混じりに突っ込んだ。
「ちなみに訊きますけど、中身なんなんスか、これ?」
「何だろう?」
「「はい・・・?」」
首を傾げあっさりそんな事を言ってくる不二を前に、2人の彼を見つめる目に不信感が5割ほど上がった。
それに気付いたか、不二がぱたぱたと手を振って弁明(らしきもの)をしてくる。
「やだなあ冗談だよ。けど中身先に言っちゃったらつまらないでしょ?」
『全然』
「それにホラ。乾だって中身は言わなかったじゃない」
『あれはまだわかるから』
―――かつてここまでシンクロする2人を見た事があるだろうか。いまやリョーマと海堂、2人の心は完全に1つとなっていた!
「じゃあ、ヒント。『化学でお世話になるもの』」
「化学・・・?」
得意科目化学のリョーマが反応する。その隣で海堂もまた視線を下に彷徨わせ考え込む。
化学。化学で蒼っぽくなるもの、といったら・・・・・・。
ふと、先に気付いたリョーマが口を開いた。
「着色料?」
「化学、かな・・・それ・・・・・・?」
ボツだったらしい。
「紫キャベツを重曹を入れた水で煮た」
「海堂。君も何気に細かいところ突っ込むね。けどそれだと食べられなくない?」
これもだめだったようだ。
「じゃあ何なんですか?」
「ヨードデンプン反応とか」
『はい!?』
さらりと知らされた事実。確かにデンプンにヨードカリウム液を垂らせば蒼っぽくなる。こんな感じで。
が、
「それ、飲めるんスか・・・・・・?」
顔面を真っ青にして海堂が尋ねる。リョーマもうんうんと頷いた。
化学実験で使われる試薬。安全そうなものから劇薬まであるそれだが、ほぼ全てにおいて言えることがある。即ち―――絶対飲みたくはない、という事。
固まる2人に、不二がくすりと笑って文章の続きを言った。
「―――そんなのは全然関係ないんだけどね・・・・・・」
『関係ないなら言わないで下さい』
「まあそんな事より、実際飲んでみれば? そうしたらわかるかもしれないよ」
その言葉に、
「それもそうっスね」
頷きコップを口へ運ぶリョーマ。部活はもう終わっているのだ。こんな所で無駄な時間を使う暇はない。
ごくごくと飲み干し―――
「ぐはあっ!!!」
そして思い出す。
―――そういえばこれは罰であって決して中身当てのクイズではなかったという事を。
「や、やるっスね、不二先輩・・・・・・」
「ん? 何の事かな?」
それを遺言代わりに没するリョーマを見て、もうすっかり体は冷めたはずなのに海堂の頬に一筋の汗が流れた。
相も変わらずの笑顔で、不二がくるりと彼の方を向き直る。
「というわけで、もちろん飲むよね、キミも」
「は・・・はい・・・・・・」
逆らえるわけがない。この先輩に。
にっこり笑った不二の笑顔を、そしてその後ろでピクリとも動かないリョーマを順に見、海堂は強迫観念の元、それ―――結局正体はわからなかった青い液体を飲み干した・・・・・・。
次の日。
「海堂、珍しく昨日自主練しなかったんだね?」
「は、はいまあ・・・・・・」
そう尋ねて来る乾に、半端な返事をする海堂。
「そうか。それはいい事だ。自主練を勧めたのは俺だけど、がむしゃらにやればいいってもんじゃない。たまには休息をいれるのもいい」
「はあ・・・・・・」
納得したように頷く乾を視界の端に捉え、やはり海堂は半端な返事をするしかなかった。
休憩―――は出来たのだろう。今朝、1番に来た大石に発見・介抱されるまでリョーマと2人して気を失っていたいたことを考えると。
「・・・・・・・・・・・・」
虚ろな目で海堂は今も楽しげに河村と話す不二を目で追った。逆らえるわけはないが、従っても結局不幸になる、そんな変わった先輩を。
結論―――如何に接しようと不幸になるのならば、最初から接しないかあるいは最初から諦めるしかない by海堂薫
〜2003.1.26