黄色の章





 「タカさんお疲れ様」
 それは練習で疲れた体を癒す一番の特効薬だった。好きな人から声をかけられ、振り向いたその先にはタオルを持った彼の姿が。
 彼―――不二は誰にでも優しい。一緒にダブルスをやる仲ではあるが、このようなことをしてもらえるのは自分だけではない。それはわかっているが、一瞬でもその笑みを自分のためだけに向けられると、それだけでその瞬間は至福の時となる。
 が・・・・・・
 本日の河村の『至福の時』は、振り向いた瞬間に終わりを告げた。
 「不二、サンキュ・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、
  それは・・・?」
 いつもの笑顔で、いつもどおりタオル片手に、だがなぜか不二は逆の手にいつもとは違うものを持っていた。
 「ああ、これ?」
 やはり笑顔で手に持った『それ』を掲げてみせる不二。
 「僕の特製スペシャルドリンクv」
 『それ』はガラスコップに入った物体だった。なかでぴちゃぴちゃ揺れているところからすると水と同等程度の液体なのだろう。だが・・・
 「なんで、黄色いんだい・・・・・・?」
 黄色い液体。それ自体は珍しくはないだろう。バナナジュースなどを例として挙げられるように。
 「黄色いもの混ぜたから」
 「ま、まあそうだろうけど・・・・・・」
 だが、乾汁もそうであるように普通物を加えれば色は濁るものだ。もちろん商業的に作られたものは別とするが、家庭でミックスジュースなどを作ればまず間違いなく。
 なのになぜかそれは綺麗に澄んだ黄色だった。コップの向こうに添えられた不二の細い手がはっきりと見えるほどに。
 例えるなら―――カキ氷のレモン味のシロップ。あるいは栗きんとんを作る過程でクチナシを溶出させた砂糖水。そんな原色そのままの黄色。
 ―――ちなみに余談だが、このような例えに至る河村は、当然のことながらおせち料理をほとんど家で作っている。
 (まあ、いいか・・・なあ・・・・・・)
 なにせ不二がくれるのだ! 色などどうでもいいではないか。そう、不二が自分のために作って―――!!
 「不二の・・・特製・・・・・・?」
 そこで、はたと気付く。
 (乾の、じゃないのか?)
 変な汁(失礼)といえば乾。テニス部員の中では常識の如く覚えこまされているこの事実を覆す彼の行動。その理由がわからず河村は首を傾げた。
 「うん。
  タカさんいつも筋力鍛えるために激しいトレーニングしてるでしょ? だから疲労を早く回復できるようにv」
 「不二・・・・・・・・・・・・」
 不二は誰にでも優しい。だが、自分のためにここまでしてくれるとは・・・・・・!!
 (くうっ! 嬉しいぜ!!)
 微妙なバーニングで感動しつつ、もちろんそれは表に表さないで河村はコップを受け取った。
 「あ、ありがとう、不二」
 受け取り―――そして飲み・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・
 数秒ほど硬直した後、
 「あ、ありがとう・・・。凄く・・・おいしかったよ・・・・・・」
 笑顔でお礼を言う。その顔からはだらだらと脂汗が流れ、コップを握る手はぶるぶると痙攣していたが、それでも彼は不屈の精神で笑顔を保ち続けた!
 「ほんと?」
 「うん。助かったよ・・・・・・」
 「よかった・・・」
 対する不二もまた笑顔で、それもいつもの笑みではなく、本当に嬉しそうな笑顔で。
 もちろんそれを崩させるわけも行かず、河村は「じゃあ俺汗かいたから顔洗ってくるよ・・・」とその場を離れるまで笑顔で在り続けたのだった。
 そして、それを見送った不二は・・・・・・。




・  ・  ・  ・  ・






 「―――にゃ? 不二、どったの?」
 目を見開いて、それどころか口まで軽く開いたまま立ち尽くすという、彼がするにしては極めて珍しい仕草に、英二は心配そうに肩を叩いて後ろから覗き込んだ。
 が、それに答える不二は―――
 「新鮮な反応・・・・・・」
 「へ・・・?」
 謎な一言を呟くと、なんとポッと頬を赤く染める。
 「ふ、ふふふふふふふ不二ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!?????」
 そのあまりの異様さにずざざざざっ!! と
10mほど後ずさりつつ英二が悲鳴を上げた。
 それに気付いた何人もがまた2人に注目し―――
 ずざっ!!!
 「ふ、不二先輩・・・!?」
 「不二・・・これは一体・・・・・・?」
 「今までのデータにはない行動だな・・・! ぜひデータに取らなければ・・・・・・!!」
 なんだかさりげなく周りからぼろくそに扱われている不二だが、そのような事には一切気にせず―――というか周りは一切見えてない状態で、ただ河村の去っていった方を見つめていた。
 「タカさ〜ん。待って〜〜vvv」
 満面の笑顔で走り去っていく不二に、実は最初からしっかりその様子を見ており、しかしながら不二を止める根性は持ち合わせていなかったために河村の冥福を祈るしかなかった者達は―――
  (((((((逃げろタカさん、殺されるぞ・・・・・・)))))))
 やはり心の中でそう思うしかなかった・・・・・・・・・・・・。





結論―――災害には断固として立ち向かうべきであり、けっして遠慮をしてはならない。 by青学レギュラー残り7名
2003.1.28