パタパタと。
自分にしては珍しい急ぎ足で、せなは学校の廊下を小走りしていた。
(急がなくっちゃ・・・)
『不思議の国のアリス』に出てくるウサギの気分で呟く彼女の胸元には、何かふんわりと柔らかそうなものがきれいにラッピングされ、抱えられていた。
向かうは2−Hの教室。昼休みは残り20分。何としてでも今の内に彼にこれを渡さなければならない。
なにせ――−今日はバレンタインデーなのだから。
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その日、2−Hの教室ではこの上なく騒がしかった。それはそうだろう。この学校(のみならずむしろこの辺りの地域全体でと言ったほうがいいかもしれないが.)における4大アイドル中3人がこのクラスに所属しているとあれば。チョコと恋心と―−―ついでにまあ野次馬根性と嫉妬心などを持ち合わせている男女は極めて自然にここへと集まってきていた。
「なんだかなあ・・・」
もらったチョコをむさぼりつつ太一が呟く。サッカー部の朝連のため朝早く家を出た瞬間からマンションのエントランスで待つ女子達に捕まらぬように得意のダッシュで駆け抜け、授業中・休み時間問わず渡されるチョコをやんわりとかわすもさすがに名なしで下駄箱に入れられたものに関しては返せるわけもなく、かといって捨てるのも気が引けるためこうして今食べているのだが・・・・・・正直、かなり消耗している。出来る事ならば今すぐ家へ逃げ帰りたいが、あいにく今日は(今日も)部活がある。まさかこんな理由で大好きなサッカーを休む、なんていうのは絶対に嫌だし、帰ったところで家にまで押し寄せて来られれば意味がない。実のところ今朝も早朝5時から5分おきに鳴らされるチャイムに『キレた』家族(+隣人)によって締め出しを食らった状態だったりする。これで帰りまで連れていったりしたら家に入れてはくれないだろう。
いっそのこと全部もらおうか・・・・・・そんなことを考えなくもない。そうすればとりあえず付け回される事はなくなるだろう。
が―−―
目の前で黙々と持参したお弁当を食べ続ける恋人をちらりと見て、その考えを打ち消す。
(かなり・・・怒ってるなぁ・・・・・・)
今食べている2人分のチョコですらもらった(というか押し付けられた)いきさつと返せない理由、そして捨てるのはもったいないだろうと力説してようやく納得してもらったのだ。隠れて食べる案もあるが、それだとなんか相手の気持ちを受け入れたっぽくて気に食わない。だがこれ以上増やすのはさすがにヤバそうだ。最悪今週末の恒例お泊り行事(実質週末婚)が取り消しとなりかねない。
「なんだかなあって―−―何なんだよ」
目の前で憔悴しきっている太一を上目だけで見つつ、ヤマトは意味のない相槌を打った。本気で意味のない事だ。今の太一と同じ顔をしているであろう自分ならば、この太一の呻きの理由がわからない訳はない。いや、むしろ自分の方が疲れは大きいかもしれない。あのデジタルワールドへの冒険以来、少しずつ人と打ち解ける事は出来るようになってきたが、苦手意識は今だに完全には拭えない。いきなり「好きです! 受け取ってください!!」などと白昼堂々叫ぶ見も知らぬ少女らを平然と、しかもやんわりとかわすような器用さ―−―というより器量の大きさは持ち合わせていない。赤面するのを理性で堪え、無理矢理引きつった笑みを浮かべ、泣かれる前に去る。男子からももらいかけた経験上休み時間ごとに男子トイレに逃げ込む手も使えない。
(やっぱこの弁当は正解だったな・・・・・・)
栄養バランスと見た目を年頭に置く自分には珍しい、生野菜と漬物のみの弁当。朝からひたすらに甘いモノの匂いにあたり続けた自分に、辛い漬物はオアシス同然だった。
だが―−―
「―−―少し食べるか?」
ヤマトはT字に合わせた机の斜め前にて、うつ伏せで果てている人物へ漬物の入ったタッパ−を差し出しつつ尋ねた。自分も甘い物がそう得意という訳でもないが、ここまで極端に苦手な人と言うのは初めて見た。
「ああ、サンキュー・・・・・・」
差し出されたタッパーからお新香を1つ摘み、豪はやっと顔を上げた。甘めに味付けされた煮物ですら食べられない自分にとって、朝からの波状攻撃―−―最早『攻撃』としか表現の仕様のないそれは正しく地獄だった。学校があったのに昨日頑張って作ったのだろう。料理を趣味以上のものとして捉えている自分としては、お菓子作りの大変さは十二分にわかっている。が、その成果といわんばかりに体中からチョコを中心とした甘ったるい匂いをまとわりつかせた女子たちににじり寄られ、それでも込み上げてくる吐き気を懸命に堪え、脂汗を垂らしつつも笑みを浮かべる自分は賞賛に値すると思う!
(あ〜、烈兄貴ありがと〜・・・・・・)
毎日の必需品であるペットボトルに今朝いつの間にか入っていたアイスコーヒー(もちろんブラック)を入れてくれたであろう兄に心の中で感謝する。いつも通りの麦茶なら恐らく既にダウンしていたであろう。
現在この3人は、2−Hの総力により教室に匿われている状態だった。女子からよくチョコをもらうというと、特に何ももらえない男子の逆恨みを買いそうなものだが、これだけ大変な状況を見るとむしろ同情心が沸いたらしい。しかも女子は女子でいつもと違う3人を見れると喜びだす始末。立派に見せ物扱いされているのだが、それに不満を訴え本日始めて得た安らぎの場所からわざわざ出る事もない―−―と、3人とも諦めの境地に達していた。
―−―ちなみに余談だが、4人目である彼の人はそもそも学年が1つ上なのでこのクラスにはいない。風の噂―−―といってもほぼ確実だろう―−―によると、教室で飄々とお昼を頂いているらしい。人との接し方も上手く、尚且つ甘い物好きの彼にとってこの行事はさして苦ではないようだ。まあ3年目の慣れというのもあるだろうが。
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そんな3人を見守り―−―訂正、見物する一同を代表するかのように、教室の端から女子2人の声が上がった。
「あ〜あ、大変そーね・・・」
「まーいつものことだし・・・・・・」
ため息を零す武之内空と、ジェスチャーでさじを投げる佐上ジュン。2年で同じクラスになって以来仲の良くなった2人だが、さすがに互いの幼馴染だけあってその言葉は妙に深く響き渡った。
サッカーでは有名なこの高校にサッカー推薦で入り、その実力は超高校生級と賞されJリーグ入り間違いなしとまで騒がれている八神太一。背は180cm弱とそう高くはないが、スポーツ少年らしく均整の取れた浅黒い身体に澄み渡った意志の強い鳶色の瞳。小さい頃から変わらぬ爆発頭(かなり失礼な物言い)は同じく変わらない太陽のよな笑みを助長している。
中学の頃友人3人と始めたバンド『TEEN−AGE WOLVES』のボーカル兼ベースとして活躍する石田ヤマト。フランス人のクオーターにしては異例の完全な金髪に碧い瞳。それでありながら東洋人特有の肌のキメ細やかさや顔の小ささを持つという両方の利点を兼ね備えた見た目は、男女問わず一度見た者を魅了して止まない。太一との身長差は相変わらずで、180cm強と彼より少し高いのだが、細すぎる体つきのおかげでしょっちゅう女と間違われている。ちなみに彼の有するバンドは、インディーズながらも歌の上手さと何より彼の見た目によりそこらのプロ以上に有名であり、なぜプロデビューしないのか周りの誰もが疑問に思っている。
現在陸上部に所属し、弱小なこの部史上初の全国トップ(あるいはトップレベル)を勝ち取り一気に有名人となった星馬豪。遺伝の結果では絶対に在り得ない海よりも深い蒼い髪と同色の瞳。後ろに縛ってちょろっと垂らした相変わらずのそれは、彼の人懐っこい顔や性格に正にぴったりで、イメージ『犬』を不動の地位のモのにするのに一役買っている。身体的特徴は太一とよく似ているが、身長はヤマトと同じく180cm強。
3人それぞれ目立つ容姿と経歴の持ち主だが、何より特筆すべきはそのカリスマ性。意識的無意識的問わず一度知った者をどこまでも引き込む性質により、彼らを慕う者は後を絶たない。
第3者として全くもって恋愛感情を持っていない空とジュンによる公正な判断でもこうである。恋というフィルター越しに偏った認識をする彼ら彼女らにはさぞかし3人は輝いて見えるであろう。
と、その時、教室の扉から静かなノック音が鳴り響いた。
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(あらあら・・・・・・)
2年のクラスのある3階への階段を昇ったところで、せなは足を止めた。予想通りの展開。やはり急いで来て良かった。
1年、2年は共に1学年で1階分を使用する。AからHまで横一列に並ぶ中、階段は2箇所、C組とF組の目の前にあり、これから行く場所の都合上少しでも空いているようF組側のものを使用したのだが・・・・・・既にここから凄い人込みだった。思わず毎朝の通勤ラッシュを思い出してしまうほどに。
女子男子共に半々。内、手に包みを持っているのは女子8割男子2割。一応噂(間違いなく事実)を考慮すれば3人とも特殊ケース(当て逃げ置き逃げ)を除いては一切受け取っていないらしい。バレンタインデーとはいえ普通に授業がある以上、残る大きなチャンスは放課後かさもなければ今かという事になる。―−―ある意味今日が休日じゃなかった事は彼らにとっては感謝すべきかもしれない。おかげで時間が制限される。
(さって・・・・・・)
この人込みを抜けるのはさすがに骨が折れる。あまり好きではないが、せなは自分の『武器』を使わせてもらう事にした。
「あ、ごめんなさい」
包みを抱え直し、少し大きめの声で前の人を軽く横にどかす。脇に押されそうになった女子がキツイ目で睨んできた。訳すると『後から来たクセに割り込むんじゃねえ!』か?
が―−―
ズザァ―−―!!!
・・・と本当に音がしたわけではないが、しそうな勢いでその女子が後ずさった。声に反応したか、周りの人たちもこちらを振り向き―−―同じ事をする。
波のように一瞬で騒ぎは広まり・・・・・・やはり波のように一瞬で収まり、後は静かになった。
大会を2つに裂いたモーゼの気分でせなは出来上がった『道』を、終着点―−―2−Hに向けて歩いていった。
(こう言う時便利なものね、評判って)
太一・ヤマト・豪、そして豪の兄である烈をこの学校の4大アイドルとするならば、女子のそれは(認めたくはないが)自分である。正確には『という事になっている』だが。
それでありながら4人同様(公では)フリーである自分が果たして誰に『これ』を渡すのか、周りはその興味心に負けたようだ。
好きでなかろうが何だろうが利用できるものは利用する。それが自分と、同じクラスで今日ものんびりしている親友、それと今ここで匿われている3人との最大の違いだろう。
こんな計算をしている事などおくびにも出さず、彼女は2−Hの扉をノックした。
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(客寄せパンダ・・・・・・)
そんな少し古い事を考えつつせなは扉の見こうで果てている3人を見つめた。教室はドア以外の部分も壁ではなくガラス窓となっているため中が良く見え、ちょっと動いてはきゃ〜vvvと騒がれ、あからさまに写真まで撮られている彼らは正しく彼女の想像したそれだった。
ノックするまでもなく外の騒ぎに気付いたらしい教室内の何人もがこちらを向き―−―固まった。悩んでいるのだろう。カギを開けるべきか否か。
興味心と、楽園から追放される事になるであろう3人への申し訳なさと、どちらを優先させるべきか。
だが・・・・・・
精神的疲労に脳みそバースト寸前なのかと周りに本気で心配されそうなほど何のためらいもなく、近付いて来たヤマトが扉を開いた―−―。
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彼女から自分を訪ねてくるのは珍しくも何ともない事だ。バンドの曲のアレンジを頼んでいる以上本来なら自分が出向くべきなのだろうが、さすがに3年の教室へそうちょくちょくは行き辛いという事を慮ってくれてか、彼女の方からよく来てくれるからだ。
「何だ? せな」
周りで何かうるさいが、とりあえず無視してヤマトは目の前で俯く少女に尋ねた。そういえば彼女が誰に用事があるのか聞いていなかったが、まあ自分以外ならばそいつを呼び出せばいいだけだと軽く考える。
が、俯いたまま彼女は一向に何も言わない。ただでさえ15cm以上ある身長差の為全くもってその顔色を窺う事は出来ず、彼女が今どういう状況なのかわからない。
さすがに心配になってヤマトは少し屈み、せなの肩へと手をかけようとした。周りからの圧迫に、殺気に近い怒気が混じったような気もしたが、理由がよくわからなかったため気にせず手を進める。
と―−―
突如せなが顔を上げた。驚いて止まる自分の前に綺麗にラッピングしたものが差し出される。
真剣な声が響く。
「一生懸命作りました。受け取ってください!」
―−―場が凍りついた。
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そんな中、唯一何事もなかったかのようにごく自然に『それ』を受け取りかけたヤマトの手は、続く周りの音にならない悲鳴によってようやく止まった。
(え・・・・・・?)
眉を寄せ、ようやく悟る。今日が何の日だったか。そして、今のこの彼女の行動が何を意味するのか。
悟って――−最初に感じたのは警鐘だった。ヤバイ。何がヤバイのかよくわからないが、とにかくこれは危険だ。
潤んだ瞳。上気して僅かに赤い頬。いつもの涼しげな彼女には似つかないその表情は、向けられた者を男女構わず魅了するものであろうが、何故かヤマトの感じたものは寒気だった。背中に直接水を入れられたような―−―そんな寒さ。
(何だ・・・・・・?)
このままこれを受け取れば、自分はせなの『気持ち』を受け取った事になる。いや、この行為だけで既に彼女は自分に対し『そういう気持ち』を持っていたという事をありありと示している。いつから、どういうきっかけで・・・・・・まあその辺りが置いておくとして互いに(公は)フリーな以上、周りは即座にこのカップルを受け入れるだろう。賛否両論は別としても。
だが、本当にフリーの彼女はともかく自分はとことん困る。現に今も、先程まで虚ろな目で置き逃げ去れたチョコを食べていたのにぎらぎらと燃える目で自分と彼女を睨んでいる奴がいる。
しかし・・・・・・。
(何か・・・違う・・・・・・!)
焦りが更に激しくなる。告白されたのはそれこそ無数だし、そのせいでこの親友兼恋人とケンカした事も1度や2度ではない。だが―−―何かが違うのだ。
(何・・・・・・だ・・・・・・?)
息苦しくなり頭に血が昇る中、視界の端に飛び込んできたのは太一の手だった。
「てめー、何やってやがる!!」
激しい怒りと共に駆け込んできた太一に感じるのは―−―既視感。
(――−−――!!)
「待て、太一!!」
太一の手がそれに伸びるより早く、せなの手からあっさりと包みを奪い取り、彼女をちらりと見る。自分の予想を肯定するかの如く、いつの間にかにっこりと笑っている彼女に、ヤマトは本日1番の絶望的な思いを噛み締めた。
机からカッターナイフを取り出し包みを開ける。最初にあったのは衝撃吸収用としてよく入っているビニールのエアパッキンだった。その大きさと弾力から誰もが予想していた手編みのセーターやらなんやらとはどう見ても違う。
『・・・・・・・・・・・・?』
周りが静まり返る中、さらにヤマトは注意深くそれを開けた。中から出てきたものは―−―
「―−―ノート?」
「いや・・・・・・」
首を傾げる太一を否定して、彼女を見ずに口を開く。目を開かずともぴくぴく震える瞼から、こちらの意志は察してくれたであろう。
「何なんだ、これは・・・?」
「楽譜でしょう?」
震える肩に支えられ、折り曲げられそうな『それ』―−―楽譜を指差し、彼女はそのままの答えを返してくれた。
「・・・・・・で、なんで今日持ってきたんだ・・・・・・?」
「今朝できたんですもの。早めに渡したいと思って」
確かに曲の仕上がりに記念日も何もないだろう。ヤマトは続ける。
「・・・なら、この包みは何なんだ?」
「大事な物だから。オリジナルはそれ1つだけだし。傷付けたら悪いでしょ?」
ふと楽譜に目を落とす。全て手書き。つまりは彼女自身の元にすら複写[コピー]したものしかないという事か。
「・・・・・・なんでわざわざラッピングまで?」
「たまには雰囲気を変えようかと思って。こうする方が受け取る側も気持ちいいって前何かの番組出紹介されてたわ」
その言い分を信じるならば彼女は借金した人宛の催促状もこのように送るのだろうか? そんな嫌な考えまで浮かんでくる。
ヤマトはこれで最後になるであろう質問をした。
「・・・・・・・・・・・・。その、顔は何なんだ?」
「ああ、これ?」
せなが少し恥ずかしそうに顔を撫でた。
「実はほとんど今日徹夜で。おかげで目はしょぼしょぼして痛いし、体温低い私にしては珍しく火照ってオーバーヒート寸前で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
潤んだ目も上気した頬も全て納得したところで、まだ良くわからないらしい太一がちょいちょいとブレザーの裾を引っ張ってくる。
「どういうことだ?」
「だから―−―せなに担がれたんだよ、俺たちみんな」
「へ?」
やはりまだわからないらしい。それは周りも同じか? 苦笑してヤマトは続けた。右手に『一所懸命作ったもの』こと楽譜を持ちつつ、
「この間―−―っていっても5ヶ月前か。お前も烈にからかわれただろう?」
「―−―あ!」
ようやく思い当たった事に太一は目を見開いた。5ヶ月前の文化祭シーズン。生徒会アンケートの結果、太一とヤマトにデュエットをして欲しいという要望が多かったという旨を伝えるのに、わざわざ綺麗な封筒に入れあまつさえ「僕(達)の気持ちです!」などと教室のど真ん中で言われたおかげで散々なメに遭いかけた。『それ』に最初から気付いていたらしい豪からの冷めたツッコミがなければどうなっていた事か。あの時の事は今思い出してもぞっとする。間違いなくあれはデジタルワールドに強制的に送り込まれた時に続いて人生最大の危機第2位として、自分の中で永遠に語り継がれるであろう―−―そんな風にすら思わせるほどに。
「けどヤマト君よく気が付いたわね」
「・・・・・・やっぱ確信犯か。
まあさすがに今までいろいろやられてきたからな」
くすくすと笑うせなに苦笑するヤマト。なぜ彼女らは下手をすれば自分すら危うくさせる事に全身全霊を込められるのか。
今だに固まったままの太一へ気だるげに顔を上げた豪の声がかかる。
「ちなみに太一、そいつは烈兄貴と同類だから気をつけろよ・・・・・」
「―−―何がどう『同類』なのかなあ?」
新たにかかった声。いつの間にそこにいたのか、せなが通ってきた扉に片手をかけて烈が冷たく微笑んでいた。
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「烈兄貴!!」
勢いよく立ち上がる豪。周りのキャラリーからも一際高い声が上がった。
(まあしょうがないか。客寄せパンダ大集合だし)
先程のせなとぴったり同じ事を考え、烈は魔の2−H教室へと踏み込んだ。手にしていた手提げ袋を左右に振りつつ、
「じゃあお前はいらないんだな」
「ああ! いります! いります!! 下さいお兄様!!!」
「・・・・・・気持ち悪いなあ・・・」
そう言いながらも烈はその中に手を入れ、中身を取り出した。赤・白・緑、とバレンタインというよりむしろクリスマスカラーと言った方が良さそうな小さな包みを豪・せな・そしてヤマトと呆気に取られたままの太一に順に渡していった。
「サンキューv」
「あら、ありがとう」
「え・・・・・・?」
「・・・本当にやってたのか」
ヤマトが呆れたように呟く。実際にもらうのは初めてだが、話だけは本人から聞いていたのだ。
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―−―2日前の水曜日、ほぼいつもの如く夕方のタイムサービスのためデパートへ行ったヤマトは、バレンタイン用に特設されたお菓子用品コーナーで何故か烈に会った。
自分には関係ないからと最初素通りしようとしたのだが、見慣れた目立つ赤髪に思わず立ち止まった。自分も割と中世的な顔のため女性と間違われる事があるのだが、目の前にいる人物はそれにプラスして170cmちょっとと高校生男子としては平均よりやや低く、目元も柔和なため『そこ』にいて恐ろしいほどに違和感がなかった―−―まあ女に間違われる屈辱感が自分もよく知っているため口に出すつもりはないが。
何をしているのか尋ねた自分に、烈は笑いながらカゴに収まったチョコ菓子作りの材料を見せ、こう言った。
『バレンタインに女の子から男の子にあげるだけっていうのは日本くらいらしいよ。男の子だって普段お世話になってる人に何か送りたいじゃない。けどお中元やお歳暮っていうのはねえ・・・・・・。
・・・・・・まあ――――――本命も含んでるけどね』
肩を竦めつつも珍しく顔を赤らめる烈を見て、そういうものかと納得した。『お世話になっている人に贈り物を』という発想自体女の子のようだと言われてしまえばそれまでだが、確かに男から何かをするという機会はなかなかない。ズボラな父に代わりお中元やお歳暮を渡してはいるが、あくまで近所と父親の仕事先対象だ。
なので――−
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「あ、私も持ってきたの」
「おう! 俺も持ってきたぜ!」
「あ、アタシも〜」
がたがたと慌ただしく動くせな・豪・ジュンを後ろ目に見つつヤマトもまた自分の鞄へ手を伸ばした。甘い物は苦手なのでビターチョコをベースとしたトリュフ。昨日たまたま部活のなかった空にせがんで作り方を教わったものだ。
「へー、本当にやってたんだー・・・・・・」
感心げに呟いて空も荷物を取り出す。元々太一とヤマトには(あくまで義理で)渡すつもりだったが、昨日ヤマトに話を聞いて数を増やしておいたのだ。
「はい。ジュンちゃん、空さん」
「ありがとうございます。せな先輩」
「ヤマト君って確かビターかブラックだったら大丈夫なんだよね?」
「あ、ああ」
「じゃ、これは空とジュンの分な」
「豪! アンタ自分の好みに合わせてケーキ作るんだったらせめて砂糖同封しなさいよ! 全っ然! 甘くないのばっかじゃない!!」
なおもわいわい騒ぐ一同から少し離れ、ヤマトは今だに呆気に取られたままの太一へとそっと近寄った。『義理』というカモフラージュに紛れた『本命』。普段恥ずかしがってなかなか本心を出せない自分にはぴったりかもしれない。
(もしかして、烈もそれが狙いか?)
などと考えつつ太一の手にポンと包みを乗せ、耳元にそっと囁く。
「ハッピーバレンタイン、太一・・・・・・」
――−HAPPY END?
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と、いうわけでフライングバレンタイン企画第一弾にして制作2002年発表2003年おいおいまともに書けよと突っ込みを入れたい作品、です。最悪だな・・・・・・。
この話せなとヤマトの絡みしか考えていなかったためどうやって落とそうかえらく悩みましたが・・・・・・太ヤマラヴラヴかい・・・。まあいーけど。けっこーこの終わり方[オチ]は気に入ってたりしますし。
ところで余談。―−―今ここでチョコをもらってしまったがために今後ますます断りにくくなるということをこの3人気付かなかったのかしら・・・。そして実はそれが烈&せなの企てた『からかい』だったりして。
2003.1.18〜2.5(write2002.2.14〜15)
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