レツゴ『M.Es』千城へん
「よう来たなあ、烈」
「やあ、久しぶりだね不来」
「存分に見てって来[き]い。楽しいで」
「うん。楽しんでくよ」
「あ、せや。
俺今はムリなんやけど、午後交代で休みなんよ。そしたらウチのクラス来いや。案内したるで」
「え? 普通自分のクラスにって、働いてる時来いって言わない?」
「ええやんええやん。俺も『客』として入りたいんよ」
「? そう? ならいいけど・・・」
「せやったら決まりな」
「じゃあお昼までは好きに回ってるね」
「おう!」
本日では不来らも通う千城学園にて、文化祭が開催された。丁度タイミング良く(というか図られて)風輪も部活は休み。「丁度ええやん。来いや」という不来の誘いに乗る形で、烈は今、千城へと足を踏み入れている。
「やっぱ私立。なんとなくだけど僕らより豪華なような・・・・・・!」
そんな、僅かな敗北感を持たせつつ待ち合わせの午後となり・・・・・・
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「・・・・・・で、ここが君達のやってる店だ、と?」
「せや!」
自信満々に頷く不来を前に、烈が覚えたのは軽い眩暈だった。廊下から見てもわかる。周り一面に垂れこめた暗幕。壁には必要以上の血飛沫(風ペンキ)に入り口からぶらさがるガイコツ。これで中から時折悲鳴とか薄ら寒い音とかするのだから確実だ。
―――彼らのクラスの出し物がお化け屋敷だと。
「大丈夫烈君? 顔なんか青いけど」
ちょっと立ちくらみを起こしたかもしれない。フラついた自分を支えるように、せなが―――こちらもこのクラスにてお化け屋敷に精を出し、あまつさえ受け付けとして人を恐怖に陥れる手引きをしている彼女が―――近寄ってきた。瞳に浮べられるは純粋な『心配』。だからこそ全てわかった上でからかっているのだと悟る。彼女自身気付いているのだろうが、彼女の言動は嘘をつく時ほど真剣味を帯びる。普段微妙に合ってないような気のする焦点をはっきり合わせ、笑み以外の表情を知らないような気のする顔に様々なものを浮べ。そうやって、わかる相手にはわざと嘘だとわからせる―――からかいを自覚させるため。本気で嘘がつきたいのならばむしろ普通通りにするだろう。
なので・・・
「いや、何でもないよ。ありがとう」
こう答える烈の口調は恐ろしいまでに棒読みだった。
「せやったら、さっそく入ろか!!」
「お〜・・・・・・」
といった感じで、入場料50円を払って入ってきた烈。「知り合いなんだからタダにしろ」という申し出はあえなく却下された。まあ以前行われた風輪の文化祭にて、飲み食い代金はもちろん『騒乱料』などといって本来ない分まで巻き上げた烈が頼むのだ。そりゃ却下されるだろう。
(落ち着け・・・。全部ニセモノだ。張りぼてとか、不来のクラスメイトとかだ・・・。大丈夫。本物のお化けなんて出るワケないだろ・・・・・・?)
呼吸を落ち着け竦む足を叱咤し、
「・・・・・・どないした?」
「いや? 何でもないよv」
1歩前を歩いていた不来へと、当社比200%の笑みで答える。満点のサービス精神に不来が影で笑いを堪えているが、最早それすら気付かないほど烈は立派にパニくっていた。
(大丈夫だ大丈夫だ。何だよたかがちょっと暗いくらい・・・! いきなりどっか突き破ってばん! とか何か出てくるワケもないし・・・! そんな事したら1人ごとにセット造り直しじゃないか・・・。
そう。それに悲鳴だって別にだれか上げたものであってキャー!! とか聞こえたところで僕は―――)
「キャー!!!」
「うわああああああああ!!!!!!!???」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
入って30秒。不来がふらふらと入り口から転がり出てきた。
「あら? どうしたの? 不来君」
「どないしたも・・・・・・」
近寄るせなの前でブルブルと震え・・・
「あ〜っはっはっはっはっはっは!!! オモロい!! 烈オモロ過ぎや!! 何もまだやっとらんっちゅーのにあのアホ悲鳴にビビって走っていってもうたわ!! しかも戻るんやのうて奥行く辺りがさっすがアイツ、前向きや!!」
「あらあら・・・・・・」
受け付けの机をばんばん叩いて大笑いする不来に、せなは口元に手を当て苦笑した。ここに来た時の様子からして多分苦手なんだろうなあと予想してはいたが、まさかそこまで極度の怖がりだったとは・・・。
(惜しいわ・・・。一緒に入ってみたかった・・・・・・)
不来を前にとても口には出せないが。
心底残念そうに首を振る。本気だからこそ表面に表す。ただし表面に現したものと実際が決して一致しないのが彼女ではあるが。
倒れてビクビク痙攣する少年とそれを見下ろし残念そうに首を振る少女。なんだかそれだけで死人寸前とそれを宣告する医師っぽくってますます周りの客候補らに恐怖を与えていたりする。
そんな彼らの元へ次なる犠牲者もとい客が―――
「大変大変!!」
―――来たのはどうやら客ではないらしい。
報道委員(放送から学内新聞から、情報源たるものを一手に引き受ける委員)の子が、ばたばたと足音うるさく駆けていった。
眼鏡を外し溜まった涙を拭きつつそれには気付いたらしい。不来が一瞬で身を起こし、走り過ぎようとしていた委員の腕を掴んで引き寄せる。
勢いにつんのめる彼女を半回転させ自分達に向かい合わせ、
「どないしたん?」
「いや出来ればアタシとしては無理矢理引き止める前に声かけて欲しかったな〜っと。肩脱臼するかと思ったわ」
「気にすんなや細かい事は。それに脱臼しとっても大丈夫や。ちゃんと元通り治したるさかい」
「お願い。脱臼させない方向で話進めて」
「それよりどうしたの?」
「ねえせな、アンタさりげに人に『人でなし』とか言われた事あるっしょ?」
「特にないわよ? むしろ私といると話がまともに進んで助かるって日々感謝されているけど」
「・・・・・・もういいです。
それより!!」
せわしない報道委員(事の重大さというより元々のテンションの高さによりだろう)は、走って来た時同様ばたばたと下げていたショルダーバッグからカメラとメモ帳を取り出し、
「あのね! 重大ニュース!! なんと近頃お騒がせの引ったくり犯がこの学校に逃げ込んだらしいの!! それで今警察の人とか来てて、けど今日って文化祭じゃん? 部外者多くってしかも身体検査とかしたらせっかくのお祭り台無しになるし、仕方ないから私服で警邏してるらしいわよ!!
んでコレがその引ったくり犯!!」
と、見せられた似顔絵。もちろん見覚えはない。というか客1人1人の顔など覚える以前に見てはいない。が―――
「残る範囲はここらへんだけで、だから注意するように今促してるみたい! みんなも気を付けてね!!」
「そら全力で気ぃつけるけどな・・・・・・」
頭の中で事態を整理し、不来はぼそりと呻いた。今までなんとなく説明されなかったが、彼らが運営しているこのお化け屋敷、便宜上『クラス』と言ってはいたが厳密には教室ではない。不来とせなが生徒会を丸め込み、体育館1個丸ごと借りた巨大特別会場だったりする。位置としては建物の中では一番奥。しかも1階にプールやら小体育館やらがあってここは2階。入り口は普段開いていない非常階段除けば特別棟から続く通路ただひとつ。袋小路に追い詰めるにはまことに都合のいいステージだ。警察がここを選んだのもわかる。まさかこんな事に使用されているとは思ってもみなかったのだろう。
呻きを続ける。
「なんちゅーか・・・・・・めちゃめちゃ結末見える展開やな」
「でもさすがにそのご都合主義的結末はフィクションの中でのみのような・・・・・・」
同じ結論に辿り着いたのだろう、隣ではせなが苦笑を浮べていた。
「せやけどな・・・・・・通常『フィクション』でしかあらへん事をふっつーにやってのけるんがアイツやで・・・?」
「それに関しては否定しないけれど・・・・・・」
「どないする・・・? もういっそ無視しとこか」
「・・・・・・そうね」
そんな薄情な会話がなされていたことなど知る由もなく、問題の体育館内では・・・・・・
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「な、何だよ何だよよ悲鳴だけかよ僕は負けないからな・・・!!」
涙目で半ば人格を壊しつつ、ついには声に出して呟き出す烈。むしろこっちの方が遥かに恐怖を煽るのだが(特に知り合いに)、本人がそれに気付く筈もなく。
「大体なんで体育館なんかでやるんだよ・・・! 出口までどれだけ歩かせる気だよたくっ・・・!!」
八つ当たりを四方八方に向ける―――ようでいて実は1ヶ所にしか向けていない。
「って何か答えろよ不来!!」
なかなか返って来ない反論なり賛成なり総じて返事に、烈が頭を抱えたまま呼びかけた。もちろんこの時点で烈はまだ、不来が自分を残し出て行った―――というかむしろ自分が不来を残し爆走していた事に気付いていない。
「・・・・・・・・・・・・不来?」
さらに返って来ない声に、ようやく烈が顔を上げる。辺りを見回し、誰の気配もない事を察し・・・・・・
「な、な、なん、な、な・・・・・・」
なんで僕1人なんだよ!! そんな言葉も発せないほどに慌てふためいた。
慌てふためいて、パニックに陥って、正常な判断力を失い―――
―――それでありながら正常な感覚は失わなかった事が、『犯人』にとっては一番の不幸であった。
普段以上に過敏になった耳が、割と近くから音を拾う。同時に感じる、己に近付く気配。お化け―――ではなく脅かし役の人だろうか? 自分を驚かそうとひたひたと忍び寄り・・・・・・
(いや・・・・・・)
イメージとして『ひたひたと』と来る時点で脅かし役は裸足だ。立派に偏見だがそれの判断が付くほど烈がお化け屋敷に慣れているわけはない。
だが、近付く足音はゴム底の靴を履いている。時折床をこするキュッ! という高音が響いていた。
思い出す。不来が履いていた靴。普段は室内では上履きだろうが、まさか来客を片っ端っからスリッパに替えさせられる筈もなく、それに合わせ生徒も本日は靴となっている。この辺りは風輪と―――恐らく大抵の学校の文化祭と同じだ。
不来が履く靴ならば運動靴だろう。ゴムかスポンジかはさすがにわからないが、普段から機動性重視のため洒落たついでに斬新な靴は履いていない。ならばこの足音は―――
(不来がちゃんと来てくれた・・・・・・!!
・・・・・・わけはないな)
感動3秒で終了。
(どーせアイツの事だ。後ろから驚かして、叫んだ僕見てさんざんに笑うつもりだろ・・・!? 忍び寄ってきたところでその手は食わないからな・・・!!)
烈の中での不来のイメージはこんなものである。間違ってもピンチの時助けに来てくれる王子様的認識は欠片も持ち合わせていない。
(あーだんっだん腹立ってきたな・・・。そもそも何も教えず引っ張り込みやがって・・・。挙句いくら戻って来ようが僕放っとくだあ? ざけんな不来・・・!!)
一旦パニック状態から脱すると、人間次に覚えるのは安心かさもなければ怒りかだろう。とりあえず今回に関して烈は後者だったようだ。
怒りゲージがんがん上昇中の烈はまたしても正常な判断力を失っていた。そう。何かやる前に相手を確認するという『正常な判断』を。
近寄ってきた相手が、自分の肩へと触れる。肩から下げたバッグの紐越しにそれを感じる―――と同時!
「お前フザけんのもいい加減にしろよ不来!!」
どがっ!!
振り向き踏み込み鼻柱へパンチ。こう書くと可愛いが、全身のバネを利用した一撃は相手を2mほど吹っ飛ばすに充分な威力を発揮した。
「ったく。考える事がガキなんだよ」
動かなくなった相手を見下ろしぱんぱんと手を叩く。それこそ手に付いた血飛沫が飛び散りちょっとしたホラー映画状態だが、自分がした事に関しては恐怖を抱かないのが烈である。あくまで彼が怖いのは『原因不明の現象』だ。でろでろぐちょぐちょはむしろ平気で見られたりする。
「ほら、行くぞ不来」
倒れたまま動かない相手に近付く。ここで烈にとっても犯人にとっても利点であり欠点である事が2つ。お化け屋敷ゆえここは暗く、また烈は目が悪い。
倒した相手を不来だと思い込み、全く疑っていない烈は、相手の顔をロクに確認しないままずりずりと引きずっていった。
「さっさと行くぞ。まだ回ってないトコ多いんだからな」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「かかる時間の平均からすると、そろそろ出てくる頃かしら?」
「せやなあ。走って蹲って走って蹲って。繰り返しとったら普通に歩くんと大体おんなじになるか」
2人のやりとりを合図としたかのように、烈が出口から出てきた。
「ほら不来。お前ちゃんと歩けよな。引きずる僕の身にもなれよ」
そんな言葉と共に。
「おー烈、お疲れさん」
「無事に出て来れてよかったわね」
「ああ不来にせなさん・・・・・・・・・・・・不来ぃ!?」
「・・・・・・お前反応遅いわ」
「え!? じゃあこれって・・・・・・」
そろそろと振り向く烈。合わせて2人もまたそちらを注目する。
引きずられていた存在。それは、あの似顔絵にそっくりの男――――――だったようにも見えた。
恐らく現れた途端烈に瞬殺されたのだろう。挙句暗闇の中でどうやら烈は手首と足首を間違えたらしい。ずりずりと引きずられ、しかも走って曲がる度角にがんがんぶつけられ・・・・・・
・・・・・・などといった中での様子を容易に想像させるほど、男の顔は血まみれて腫れ上がり以下自主規制といった感じだった。
「え〜っと・・・・・・」
烈もまた、事のヤバさを理解していく。いや・・・
烈はまだコレの正体を知らない。彼からしてみれば、無害な客その1に対しあらん限りの暴行を働いてきた事になる。
「・・・・・・・・・・・・」
暫し続く、無言の時。
ぽんと手を叩き、
「考えてみたらお前がいきなりいなくなるのが原因だよな。しかも1人きりのところでコイツ後ろから足音忍ばせてくるしさ。暗闇でそんな事やればどう見なされどうなるか位誰にだってわかるだろ? 僕のせいじゃないよなあ」
「うわ逃げよった・・・・・・」
「烈君・・・。それは立派にテロリストの理論・・・・・・」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
なおも何かを続ける烈から遠く離れ・・・・・・
「俺今日ひとつ悟ったわ・・・・・・」
「奇遇ね。私も多分、ひとつ理解したわ・・・・・・」
「アイツと・・・・・・
―――今後絶対お化け屋敷は行かへん」
「同感」
―――レツゴ『M.Es』千城へん Fin
―――わ〜いこちらも久々『M.Es』。た〜のし〜いな〜不来烈掛け合い漫才今回あんま絡んでないけど。さあこのリベンジは風輪へんで果たされるのか!?
そういえば今回、相手もちょっと変わって引ったくりとなりました。今まで通りの普通の因縁付けらはやはり風輪へんでか・・・?
2004.9.20