レツゴ『M.Es』風輪3年編その1
「烈、直也。お前達、文化祭で何やる?」
部活終了後、着替えている最中いきなり話し掛けられ、烈と直也はそろってそちらを振り向いた。
「喫茶店ですけど」
「いきなり何ですか? 三村先輩」
振り向ききる前から言葉を発していた直也。振り向ききってから改めて首を傾げた烈。一見直也の方がそっけない態度ながら、いつも話題は他の人に任せる彼が自ら進んで会話に参加するのは珍しい。やはり兄に対しては気を許しているという事か。
片や感情を映さぬ冷めた目で、片や疑問だけを浮べたきょとんとした目で見つめられ、
三村は手に持っていたクリップボードに目を落とした。
「どこかの時間空いてるか? 開いてるんだったらウチのクラスの手伝いをして欲しいんだが。ああ、もちろんバイト費は払う」
「いいですよ」
「・・・って返事早いよ直也君」
「別にいいんじゃないんですか? 加瀬部長や瀬堂先輩だったら断固拒否しますけど」
「まあその気持ちはよ〜〜〜くわかるけどね。あの人たちの誘いに乗ってロクな目に遭った記憶ないし」
そんな問題児の『友人』を前にボロクソに扱き下ろす2人。いつも誰でもそうする様に、とりわけ三村も注意を払いはしなかった。
淡々と、続けられる。
「そうか。いいか。なら頼むな」
「わかりました」
「ところで結局何やるんですか? 手伝いって」
了解を聞き早くも去りかけていた三村を止め問う。
肩越しに振り向き、
「来ればわかるさ」
三村は実に楽しそうに笑った。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「ハメられた・・・・・・」
「まさか兄さんと瀬堂先輩が同じクラスだったとは・・・・・・」
「あはは。そういえば言ってなかったね」
げんなり呻く2人に、スカートをなびかせ近寄ってきた瀬堂が笑顔で話し掛けてきた。そう。スカートをなびかせ。
念のため確認しておくが、瀬堂は中性的を通り越してあからさまに女性的な姿かたちながら間違いなく男である。ついでにここは日本であり、女性がズボンを履くのは普通に行われるとしても男性が女装を目的としないでスカートを履くのはそうそうある光景ではない。
―――つまりは女装を目的としている瀬堂の格好。そしてなぜそうなるのか同じ事を目的に同じ格好をさせられた烈と直也。白ブラウスに黒のリボンタイとフリフリエプロンをつけ、下は件のスカート(ミニ)に膝丈までのロングブーツ。総じてメイドかウエイトレスといった服装。ついでに言うと、白と黒の葬式カラーであるのはどんな髪色の持ち主にも不自然さがないようにだろう。この辺りも用意周到さが窺える―――というのは自分達の被害妄想だろうか。
3年E組が経営するのは喫茶店だった。その名も『Reverse喫茶店』。
・・・・・・・・・・・・名前と格好で、三村が言っていた「来ればわかるさ」の意味がこれ以上ないほどよくわかる。
「普通に喫茶店やるんだけど、こんな感じで一部のウエイターとウエイトレスが男女入れ代わってて、それをお客さんが見破ると難易度ごとにお代が割り引かれるって仕組なんだ」
「それで、ねえ・・・・・・」
曖昧に頷き、烈が微妙な感じで視線をぐるりと動かした。もちろんこんな扮装をしているのは自分たちだけではない。向かって右にある女子更衣室(仮・カーテン仕切り)近辺にはウエイター姿の女先輩ら数人。きゃぴきゃぴの(死語)可愛い子からまさしく男装の麗人までといった感じ。総じて見ていて和む風景。
さらに左へと移動。正面には瀬堂の姿。165cmと女子中学生にしては少々背が高いが、顔の小ささと手足の細さを考えるとモデルのようだ。かなり大多数の生徒が熱に浮かされた目でそちらを見やっている。これまた納得できる光景。間違いなくこの異色喫茶店は彼(の女装姿を見たい者)のために企画されたのだろう。第二次性徴期にあたる中学生というと、男子は身長が伸びスリムになる一方女子は脂肪がつき丸みを帯びてくる。時期によっては女子より男子の方が細部のプロポーションはよくなるのだ。しかも瀬堂はこれでもれっきとしたテニス部員。体の引き締まりぶりは文句なし。今だけの特権となるのならばそれを拝まない手はないだろう。
そしてさらに左、今度は男子更衣室(同じく仮)を見る。瀬堂ほどではなくとも『可愛い少年』といった感じの人もいれば・・・・・・
・・・・・・とっても目を向けづらい人もいる。
ラストに隣の直也を見、そして自分を見下ろす。共に成長期前といったところの自分達。別に女生徒としても違和感を醸し出さない160cm弱の身長。とりあえず短い(というほどでもないが)髪を隠すために、直也は腰まで届くストレートのロングヘア、自分は肩までのポニーテールのカツラを被り、それぞれ薄くながら化粧までしている。自分の女装の似合いっぷりに関し論じるのは非常に嫌なので、ここは直也に犠牲になってもらうとして。
銀色のロングヘアに、いつもの濃紺より薄めの蒼い瞳。カラコンまでご丁寧に用意されていたのだが、それに件のゴスロリ寸前の服装。スカートが長かったならばフランス人形のようだ(あれは主に金髪だろうが)。全く感情の窺えない冷めた目と合わせると、正しく氷の美貌といったところか。自分が客の立場に立ったならば、コレが実は男だとはなかなかに気付くまい。というより・・・・・・そんな無粋なクイズに答えて去られるのならば何も気付かなかったフリをして最後まで相手させる。ちなみにルールの詳細として、客は自分の相手をする店員の男装女装に気付いた場合、その店員に直接問う。正解だったら割引券を渡し、店員はそのまま去るという仕組だそうだ。
「・・・・・・この喫茶店、儲かるだろうなあ」
「そうですね」
こちらも同じ結論に辿り着いたのだろう(それが誰を見てのものかはあえて問わないとして)。烈の呟きに直也もまた頷いた。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
さて始まった仕事というか店。2人のクラスでの仕事は午後からのため午前いっぱいを手伝う事にしたのだが、誰の効果だか始まっていきなり店は大盛況となった。実際見た者から口以上に早く写メールで伝わり、噂が噂を呼んで雪だるま方式。そして当然の如く、
「戒璃〜! 次行って〜!」
「冷菜〜! 8番テーブル!!」
「直〜! そっち回って〜!!」
順に、瀬堂・烈・直也の事である。名前をそのまま呼ぶとバレやすいため(という名目で)、それぞれの名前を少しずつ文字って作られたものだ。なお烈の名はご存知千城在学の友人をまんまパクったものである。
胸にそれぞれのプレートをつけ、忙しく駆け回る彼ら。初っ端の企画はどこへやら、気が付けば店は指名制クラブのような状況となっていた。そして誰もそれを不自然に思ってはいなかった。つくづくこの企画の提案者に拍手を送りたい誰とは言わないが。こうやって生徒会及び監督となった教師陣を完全に欺いたのだろう。
さて話は戻すが、こんな感じで異常な盛り上がりを見せていれば目を付けられるのもまたごく自然な流れで。
「随分繁盛してんじゃねーか」
「何だあ? 可愛い売り子さんでもいるってかあ?」
「だったらぜひ俺らントコにも来てくれよお」
どこかでというよりどこででも聞けそうな工夫0の台詞にて店になだれ込んで来る男数人。近くにて悲鳴を上げかけたウエイトレス(こちらは本物)の口を後ろからそっと封じ、瀬堂がにっこりと笑って自分を指差した。どうやら彼が『お相手』をするらしい。
普通なら誰もが嫌がるところだろうが、ここはそういう店だ。水その他諸々の載った盆とメニューを手に、笑顔で悠々と近付く。
「いらっしゃいませ。『Reverse喫茶店』へようこそ」
「おう。お姉ちゃんが相手してくれるってのかい?」
「こりゃまた随分べっぴんさんじゃねえの」
朝から酒でも入っているのか、妙なテンションと回りきらないロレツで話し掛けてくる。まさに高級クラブに来た迷惑な客といった構図。如何に穏便に追い返せるかで瀬堂への評価が変わる。・・・・・・いや何かが違うような気もするが。
遠慮なく手を伸ばしてくる男ら。一番近い男の手が、瀬堂の胸(パット入り)に触れそうになったところで―――
ガン!!
顔色ひとつ変えず、瀬堂が肩上に持っていた盆を片手で持ち替え男のこめかみを横殴りしていた。吹き出た血でアーチを作りながらテーブルへと突っ伏すその男。倒れたところで狙い澄ましたように―――ではなく完全に狙って、乗っていたコップが落っこちてきた。最初は水、次いで割れたガラスが男の周りを跳ね踊る。
そしてもうひとつ盆には載っていたものがあった。さらにワンテンポ遅れ―――
シュパシュパシュパッ―――!!
ちゃらんちゃらん・・・
これこそ狙い澄ました攻撃。バスケットに入っていた食具の内、鋭角を持つフォークが男の輪郭をなぞり木製のテーブルへと突き刺さり、スプーン等は全てぶち当てられた。
服ごと拘束され起き上がれない男は見れなかっただろうが、彼の頭の上には一本の手が翳されていた。白魚のような手。その全ての指の間に―――
―――最も鋭く殺傷能力の高いナイフが挟み込まれていた。あらかじめ持っていたのではない。ぶちまけられた中で、そこに落ちるよう狙いをつけた上で受け止めたらしい。何の変哲もないフォークが服を貫きテーブルに突き刺さるほどの威力で落とされたのだ。止められていなければ確実に頭に突き刺さっていた。
いきなりの天才的パフォーマンスに、しかしながら拍手は沸き起こらなかった。周りの者は何が起こったのか理解できず、そばで見せられた加害者かつ被害者候補は目を見開いて震えるだけで。
恐怖の眼差しを前に、最初から全く変わらない笑みで瀬堂は軽くお辞儀をした。
「申し訳ありませんお客様。当店ではそのようなサービスは行っておりません」
あくまで普通の対応に、ますます男らの恐怖は上がっていく。
その中で唯一怯えなかった存在―――直接攻撃を喰らった男が、性懲りもなく拘束を解き起き上がってきた。
「ざけんなガキがああああ!!!」
起き上がり、瀬堂のブラウスを片手で掴み上げる。周りから悲鳴が上がる中、やはり瀬堂は笑顔のままで、
「店内での暴言及び暴行はお止めください。他のお客様のご迷惑になります。お止めいただけない場合、強制的に退場させていただきます」
そんな言葉と共に、今度は左手を一閃させた。
メニュー表を持つ、左手を。
古今東西、紙で指を切った経験のある者は大勢いるだろう(こう書く管理人も数日前模造紙で切ったばかりだ)。だからこそ人前に出すものは紙の強化も相まってプラスチックで補強したり周りにテープを張り巡らせたりする。実際このメニュー表もそうであった。
さてそんなものがこの天才の手にかかると・・・・・・
ザクッ・・・!!
「っがああああああ!!!!!!」
切られた両の手首に、悲鳴を上げ手を離す男。いわゆるリストカット状態。実はただ切っただけではたとえ手を切り落そうが死ぬほど血が出る前に止まってしまうのだが、そんな事は知らない男らは面白いように慌てふためいている。慌てふためき暴れまわり―――余計に血を多く流している。このままでは本当に失血死しそうだ。
だからというわけでは全くなく。
瀬堂は穴の空いたテーブルクロスを引き寄せ、男の手ごと上半身を包み込む。視界をふさいだところで・・・・・・
ごすっ!
鳩尾に膝蹴りを叩き込み、
パンッ!
足払いをかけ地面に転ばせ、
ガンガンゲンガンゴンガンガン・・・・・・!!!
誰かから(これまた誰かは言わず)受け取ったモップ(拭く部分抜き即ち危険物品)で倒れた男を滅多打ちにする。
「ひぎゃあああぁぁぁ・・・・・・!!!」
男の悲鳴が、徐々に小さくなっていく・・・・・・。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
中国に、こんな言葉がある。『殺一?百[シャーイージンパイ]』
1人を無残に殺して、百人に警告するという意味だ。
そしておおむね世界共通でこんな法則がある。『正義は何をやっても正義』
正義という大義名分を掲げれば、どれだけビルを壊そうが惑星破壊をしようが正義であり人々は感謝するというお約束だ。
瀬堂の行為は、どちらにも当てはまっていた。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「覚えてろよ!!」―――という負け惜しみもなく、男らは九分殺しされた男を担いでそそくさと出て行く。
「ありがとうございました」
笑顔で見送る瀬堂。結局始まりから一貫して全く変わらなかったそれ。代表されるように、全てが何も変わらなかった。それだけやって瀬堂は息ひとつ乱さず、どこにも血は飛び散る事無く(テーブルクロスは血を飛び散らさないためにかけられたと確定)、また男含め散乱したものはテーブルクロスごと全て向こうが持ち帰ってくれた。『迷惑料』として有り金全てを置いて。
「戒璃さん・・・。凄いカッコイイ・・・vvv」
「『清く正しく美しく』の体現って感じだな・・・vv」
「可愛いし綺麗だし強いし・・・。俺あの子彼女に欲しい・・・vv」
ますます熱に浮かされる一同を遠目に見て、
「僕らあんまり必要なかったんじゃないですか?」
「そうですね」
烈と直也はこっそりと三村―――間違いなく全ての企画提案者に耳打ちした。
見た目ではわかりにくいが2対の半眼に見つめられ、
三村は軽く肩を竦めた。
「噂の火付け役としては役に立っただろ?」
「もしかしてあの乱入者たちって・・・・・・」
「さあな」
しれっと即答する三村。
半眼をますます細めつつも、
「ま、僕らはバイト費もらえればそれでいいですけどね」
「そうですね」
2人はあっさりと『真実』を切り捨てたのだった・・・・・・。
―――レツゴ『M.Es』風輪3年編その1 Fin
―――女装時の名前を見て、瀬堂の名前を即座に思い出せた方に思いっきり力いっぱい拍手を送ります。かくいう私、名前はともかく漢字間違えてました(爆)。確認してよかった〜・・・。なお彼の正式名称(笑)は人物紹介編でどうぞ。
今回、一応『3年編』だったので3年にのみ活躍してもらいました。おかげで2人の女装の意味がわからなくなっておりますが。
さて瀬堂。序章ラストにおける不来に続き、彼もまたなんだか黒ちっくになってきました。というか最近黒白の基準がわからなくなってきました。これで瀬堂は白だとか言い切っちゃダメですか?
ちなみに余談。乱入してきた客らの『工夫0』の台詞。本気で工夫は欠片もありません。どの位ないかというと・・・・・・テニプリ青学へんその1からまんまパクってくる位のなさです。以上ただの余談でした。
2004.10.18〜19