テニプリ氷帝編
氷帝の文化祭。噂の金持ち学校の、普段は決して拝めないであろう中へ自由に入れるとなれば来たがる者は大勢いる。そして人が大勢集まれば当然何らかの問題も起こるものだ。実際毎年大なり小なり問題は発生している。それを最小限に抑えているのが、毎年生徒会中心に有志で作られる自警団の存在である。
「つーわけだからてめぇらも参加しろ」
引退後、それでも元部長権力を存分に行使し久々に部室に元正レギュラー一同を集め長々と・・・1分ほど演説した後、跡部はそう結論づけた。
「ちょっと待てよ! 『有志』っつー言葉はどこ言ったよ」
「そら立派に『強制』やん」
「強制はしてねえよ。断ってもいいんだぜ? ただし断ったヤツのクラスは文化祭費半分しか出さねえ」
「会計の仕事だろそりゃ!!」
「会計なんぞ会長の俺様に従うに決まってんだろ?」
「脅しじゃねえかそれこそ立派に!!」
全体的に旗色は悪いようだ。猛反対する一同―――せっかくの文化祭を丸2日警察の真似事なんかに費やさせるとしたらまあ当然の反応だろう―――を前に、それでもなぜか跡部は余裕の笑みを浮べるだけだった。
「まあ聞けお前ら」
「・・・・・・?」
「別に自警団になったから何かしろってワケじゃねえ。普通に文化祭回ってていい。入りたきゃ好きなトコ入っていい」
「・・・・・・それで務まんのか?」
「自警団っつっても実際は抑止力として働いてもらうのが目的だ。パンフを初めとしてその存在はしっかり宣伝する。お前らはただ自警団だって証明する腕章つけてりゃいい。本当に回ってるとなればそうそう妙な事もしねえよ」
「でもよお、どうせ何かあったら働けっつーんだろ?」
「まあな。だが―――」
跡部がにやりと笑う。
声を抑え、
「―――1人捕まえるごとに1万円・・・・・・でどうだ?」
『乗った!!』
消極的態度から一転、身を乗り出したのは、はっきりきっぱり庶民で24時間金欠の宍戸、家はある程度金があるが遊びに費やして金のない向日と、同じく家には金があるがお菓子に費やしこちらも金欠のジローの3人だった。
んじゃこれが腕章な。しっかり働けよてめぇら俺様のために。当り前じゃんよ金のためなら!!
―――そんなやり取りの後ろで、
「ちゅーかホンマ『有志』はどこいったん・・・・・・?」
「ですねえ・・・・・・」
そんな言葉も、聞こえなくもなかった・・・・・・。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
ささいな問題も軽くスルーして始まった文化祭。鳳のいる2年8組は、喫茶店を営んでいる。
さて文化祭。他校同様、そして初っ端に跡部が解説した通り、部外者も多く来る以上その中にはこんなヤツらもいてみたりして。
「ほ〜。さっすがおぼっちゃん校は違うねえ」
「けっこー本格的じゃねえの。マジで今すぐ店出来んじゃねえ?」
「イメクラ? キャバレー?」
ぎゃははと広がる下品な笑い。店に入るなりそんな事を言い出す彼ら4人の男に、誰もが嫌そうな顔をするも直接文句を言いに行く輩はいない―――どころか誰も視線を合わそうとすらしない。客の中にはそそくさと出て行く者までいる。
「ね、ねえどうしよう・・・」
「誰か、先生かあるいは・・・・・・」
ひそひそ話していた女生徒らの視線が、なぜか鳳に集まる。
自分を指差し首を傾げる鳳。なぜか全員が頼もしげな眼差しで見つめ、頷いてきた。
(そんなに俺ってケンカ強そうに見えるのかなあ・・・・・・?)
確かにガタイはいい方だろうしスポーツやってるし・・・・・・と考え、
(あ・・・・・・)
ようやっと理由に思い至り、鳳は静かに納得した。腕につけた腕章を見る。鳳が彼らを押さえる『理由』。
(でもいっくら何でも本気で問題が起こるなんて跡部さんですら思ってなかったような〜・・・・・・)
訝しげに思う。妙に軽かった跡部の物言い。本気で人が足りないのであれば全校生徒に呼びかければいいだろうに。特に何だか強そうな格闘技系の部員など進んで受けたのではなかろうか。
(それに1人捕まえるごとに1万円って・・・・・・)
あの時は興奮した3人に押されついつい聞きそびれていたが・・・・・・そもそもその金は一体どこから出るんだ? 文化祭費か? いくら会長権限だろうといくら出るかわからない以上あらかじめ予算に組み込んでおけたわけないだろうし。
(となると跡部さんのポケットマネーかなあ・・・? 跡部さんなら普通にやりそうだけど・・・・・・)
それだとますますわからない。跡部がそこまで自警団を自分の身内たるテニス部員から出したがる理由が。
(まあ何にしろ、ここは俺が止めるのか・・・・・・)
同じ2年に日吉と樺地もいるが、生憎クラスは同じではない。まさか呼んでくるわけにもいくまい。3年の先輩なんぞもっての他。
胸にいつもつけているシルバークロスを握る。神に願いを託すわけではないが、それでも自然と気持ちは落ち着いていった。
息を吐き、再び吸う。足を踏み出し、男らの元へ―――
「あの、すみません」
「ああ?」
「何だあ?」
ドスの入った声。しかしながら―――
(ドスなら跡部さんとか宍戸さんとかの方がずっと入ってる・・・。よし。大丈夫だ!)
非常にイヤな氷帝テニス部の裏自慢。はっきりとガラの悪い生徒が多い。あそこで慣れれば大抵の世界では生きていけるだろう。例えば今のように。
「すみません。店内でそのような態度でいられますと他のお客様のご迷惑になります」
「ほお・・・。だから?」
「ですから・・・・・・」
再びクロスを握り、
「もしこれ以上続けられるようでしたら、出て行ってください」
鳳はそう言いきった。きっ、と強められた眼差しがそれを裏付けている。
ここで常識と良識のある大人ならば、子どもにこんな注意をされたのが恥だと謝るか出て行くかするだろう。が、
ここにいるのは常識も良識もない大人だった。
「ああ!? ガキが生意気言ってんじゃねえよ!!」
「中坊は黙って大人に従ってりゃいいんだよ!!」
「俺らは客だぞ!?」
いきり立つ『大人』達。さすがにこの展開は鳳も予想していなかった。迫り来る男らを前に、気圧され2歩3歩と下がる。
「おらおら最初の勢いはどうした僕ちゃん!?」
「大人に生意気言っちゃダメなんだぞお!?」
「お坊ちゃん校のクセして教育なってねえなあ! 俺らが教育し直してやるよ!!」
「そりゃいいぜ! ほらよ!! 俺達の『教育』、受け取りなあ!!」
『きゃああああ!!!』
言葉と共に振り上げられる拳に、鳳はただ竦み上がるしかなかった。一見スポーツマンならこの位避けられると思われるのだろうが、鳳からしてみればスポーツとケンカは別物だ。とても避けられるものではない。現に跡部と宍戸の日々の取っ組み合いなど、自分は目で追うだけで精一杯だ。
・・・・・・ちなみにこのように思う鳳。普段格闘技など観ない彼は、身内のケンカレベルがこんなチンピラを通り越し既にプロ級に達していることをもちろん知らない。
運動神経の有無とは別に誰にでも起こる反射行動として目を閉じる。衝撃を覚悟して歯を食いしばり―――
どごげっ!!
「ぐぎゃっ!!」
「え・・・・・・?」
妙な鈍い音と、さらに妙な呻き声。目を開ける鳳の前に、殴りかかろうとしていた男はいなかった。
代わりにいたのは自分もよく知る彼。
『跡部様!!』
生徒らの敬愛の眼差しを一身に受け、
「つーかてめぇらの方がまず教育なってねえよ。配布資料[パンフ]は最初にちゃんと読め」
上げていた足を優雅に下ろしつつ、跡部が半眼でため息をついていた。その腕にはやはり件の腕章が。
いきなり1人倒され動揺する男らによく見えるように、持っていたパンフを広げる。
最初の1ページを指差し、
「<校内で問題を起こした際は、内容の如何によらず自警団員の判断により即刻退場させますのでご注意ください>。
そこにいる自警団員が『出て行け』っつったな。なら問答無用でてめぇらは退場だ」
「何だてめぇ!!」
「いきなり来て何ワケわかんねえ事言ってやがる!?」
「殺されてえか!?」
一瞬は驚いていた男らも、跡部の宣告の間に立ち直ったらしい。あるいは跡部を見てか。実際によく見たらそんな事はないのだが、いかんせん鳳に比べると身長も低く体型も華奢と言えるほど。顔も見たものにある種の畏怖を覚えさせるほどの綺麗さではあるのだが、彼らのような馬鹿にそのような高次な反応を望んではいけないだろう。そんな彼が『イキがった』ところで虚勢にしか見えないだろう。知らない者にとっては。
ターゲット変更。跡部に詰め寄る男らを見て、むしろ鳳の胸にあったのは安心感だった。もちろん自分が安全になった事に対するものではない。跡部の武勇伝をよく知っているからこその安心感だ。不意打ちとはいえ1人目を倒し倒された手並みを見比べると、跡部と男らでは歴然の差があった。万に一つの奇跡が起ころうと男らに勝ち目はない。3対1もハンデとすらならない。人質など取るヒマすら与えられない。
そう思ったのだが・・・・・・
「え・・・・・・?」
再び間抜けな声を上げる。詰め寄られ、襟首を掴まれ。なぜかそれでも跡部は無抵抗だった。
「そのお綺麗な顔、今すぐぐちょぐちょにしてやるよ。覚悟しな」
またも振り上げられる拳。上がる悲鳴が自分の時より大きいことに僅かな不条理さを覚えるがそれはともかくとして。
男が拳を振り上げるのに合わせるかのように、跡部もまた左手を上げた。なぜかその顔に浮かぶは笑み。
大体上まで上がり―――
パチ―――ン・・・・・・
跡部お得意の指鳴らしが決まる。今回の合図は・・・
「おらエサの時間だぜ野郎ども!! 敵は3人計3万! 金が欲しけりゃ働きな!!」
『おう!!』
跡部の一声と共に、教室内に数人なだれ込んできた。
「宍戸さん! 向日さん! 芥川さん!!」
「オラてめえら1万よこしやがれえ!!」
「ずりーぞ宍戸!! 俺だって1万欲C〜!!」
「バーカ!! だから1人1万だろ!? 今回は山分けすんぞ!!」
「や〜りぃ!!」
突入してきた宍戸・向日・ジローの3人。宍戸は正統派ちっくに真正面から殴り倒し、向日は扉の枠に手をかけ体を振り上げ一気に飛び蹴り。ジローはそこらにあった道具でポカポカ殴りつける。さりげにコレが一番痛くて悪どい。
静まった教室内で。
「んじゃ約束の3万だ。そいつらしっかり片付けとけよ」
「サンキュー」
「うっへ〜。諭吉だぜ〜? しかもぽんと出しやがった。さっすが跡部。気前いいな〜」
「山分け山分け♪」
すっかり黙り込んだ4人をずりずり引きずり、跡部から報酬を受け取った3人が退場していく(最初の1人を倒したのは跡部だが、後始末は押し付けられた)。
1人残った跡部が教室をぐるりと見回す。セット、人員の被害を確認し、
「よし。これなら続けられるな」
頷き、自分もまた出て行こうとした。そこへ―――
「あ、あの跡部さん!」
「あん? 何だ? 鳳」
「あの・・・・・・本当に、ありがとうございました。おかげで助かりました」
ぺこりと頭を下げる鳳へ、
跡部は薄く微笑みかけた。
「バーカ。最初に動いたのはお前だろ? お前が動いたおかげで被害がこれだけで済んだ」
「いえ、俺はそんなとても・・・・・・
――――――ん?」
照れてはにかみ笑いをしかけ・・・・・・ふと止まる。
「どうした?」
「あの、今の跡部さんの言葉って・・・・・・」
思い出す。跡部は先程何と言っていた? 『そこにいる自警団員が「出て行け」っつったな』? なぜ跡部がそれを知っている?
「まさかとは思いますけど〜・・・・・・」
はにかみ笑いが、引きつっていく。
鳳の予感を、
肯定するように、跡部があさっての方向を向いて軽く舌を出した。普段なら絶対しない行動。する理由は1つ。
それも含めた予感どおり、跡部は胸ポケットから何か小型の機械を出してみせた。
告白する。
「最近の盗聴器ってヤツぁ便利だよなあ。小型で持ち運び簡単、どこにでも仕込める。発信機とセットにしときゃ完璧だ」
「・・・・・・・・・・・・やっぱあの腕章、何か付いてたんですね」
「だが本気でてめぇがいてくれてよかったぜ、鳳。丁度俺らのいた場所こっから遠かったんでな。行くまでの間に何かあったらどうしようかと思ったぜ。
・・・・・・どうした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ。もういいです」
ハンカチを噛み締め1人泣く鳳。出来れば腕章を外して噛み締めたかったが、そんな事をすれば跡部が怒りそうだ。
一応、もうわかりきっているが、それでも一応尋ねておく。
「じゃああくまで自警団の話、俺らに頼んだのは・・・・・・」
「身内だったらバレても揉み消すの簡単だろ? 最近の法ってのは窮屈だよな。ちっと何かやるだけですぐ違法違法言いやがる」
「一般人が盗聴器仕掛けるのは立派に違法行為ですたとえどこであろうとどんな目的であろうと・・・・・・」
「あん? 何か―――?」
「言ってませんよ。ちなみにさっき渡したお金って・・・・・・」
「お前のクラスの売上からさっ引いとく。会計は既に抱き込み済み。これでプラマイ0だ」
「・・・・・・。念のため訊いておきますが、報酬までつけて人に仕事押し付けたのは・・・・・・・・・・・・」
「おいおい押し付けたとか言うなよ。俺が悪りいみてえじゃねえか。
けど単細胞っていいよな。すぐ踊らされやがる。金のために何でもやってくれるからなあ。危険な真似含めて。
お? すっかり長居しちまったな。そろそろ行くぜ。お前らも頑張れよ。なにせ3万マイナスだからな。しっかり取り戻しとけ。赤字なんぞ出しやがったら次はてめぇの体で払ってもらうからな」
『跡部様ぁ〜vvv』
一同の悶えるような声に見送られながら、軽く手を上げカッコ良く去っていく跡部。一応自分も一緒に見送り、
呟く。
「ウチが平和な理由、何となくわかったような気がするなあ・・・・・・」
―――テニプリ氷帝編 Fin
―――金を使って手駒を操る策士な跡部様。たまにはこんな彼もいいような・・・。どうもおバカな彼ばかり書いていたような気がするもので・・・。しかし思う。こんな彼というかこういう策士、なぜか今後出てくる別ジャンルの某兄貴を彷彿とさせる・・・。
では気を取り直してテニプリラスト、自分のみ待望のドス黒サエへGo!!
2004.9.19