テニプリ山吹編


 山吹にて文化祭―――全校文化発表祭の開会されるこの日、亜久津はなぜか真面目に朝から学校にいた。
 「けっ! それとこれと言うのも、あのクソババアが文化祭見に来たいなんぞと言いやがるから・・・!!」
 ボヤく。それだけなら問題ないのだ。「だったら勝手に来りゃいいだろ」と一言で切り捨てればよかったのだから。例え来たとしても、説明でもしない限り自分とアレが親子だなどとわかるヤツはいまい。
 が、問題はここから先なのだ。
 「え〜いいじゃん。優紀ちゃんだってぜひ息子も参加する文化祭見てみたいっしょ」
 「俺は参加しねーよ」
 「亜久津つ〜め〜た〜い〜」
 上から降ってくる声に、げんなりとため息をつく。ここは屋上。自分のテリトリー。自分がここにいれば、誰も近付いては来ない―――筈だった。
 自分がいようが平気で近付いてくる2人の内の1人・千石(もちろんもう1人は太一だが)は、自分が背中をつけている吸水塔に腹ばいになり、こちらを見下ろす形で声をかけてきていた。
 これが現在、亜久津が学校にいる『理由』。あの母親は己の希望を自分にではなくコイツに言ったらしい。「ま〜かせて! んじゃあ俺が優紀ちゃんのために亜久津捕獲しとくからね!」と極めて頼りになる返事と共に、本気で亜久津を学校に閉じ込めていたりする。普通にしている分には平気だが、少しでも逃げる素振りを見せようものならどうやって察しているのか必ずその1歩2歩先に現れ連れ戻そうとする。これがせめて太一ならよかった・・・・・・とも言い切れないが。だとしたら殴って逃げるという選択肢も取れたというのに。
 ふてぶてしさと性格から殴ることに関して千石ほどためらいを無くさせる相手もいない。が、殴ろうにも殴れない。元々の身体能力なら自分も自信はあるが、千石も決して引けを取りはしない。その上コイツはどうも自分以上にケンカっ早い人間に日々慣らされて(殴られて)いるらしく、ケンカにおけるテクニックは自分以上だ。しかも最近ではボクシングまで始めたという。当然のように有望な人材として引き抜きまでされそうになったそうだ。
 ・・・・・・頭の中を、千石を日々殴り蹴りしている2人の男というか立場上一応知り合いがよぎる。テメエらのおかげで俺が殴れねえじゃねえかと半ば情けない八つ当たりをしてみたりして。
 虚しさを噛み締め、亜久津は立ち上がった。
 「あれ? どうしたの? 亜久津」
 「気分転換だ。下下りる」
 「んじゃ俺も行〜こうっと♪」
 「テメエは来んじゃねえ」
 精一杯ドスを利かせる。もちろん効果はなし。
 「もうすぐ文化祭始まるしね。せっかく一般公開なんだから、可愛い子ウォッチングに行かなきゃ損っしょ」
 「・・・・・・勝手にしやがれ」
 のれんに腕押しという言葉を連想させる千石の態度に、亜久津はただただため息をつくしかなくて。どうせ本人は言ったとおりのことをするのだろう。しかもそれでありながら隙を作って自分を逃してくれたりなどはしないのだろう。
 ・・・・・・『のれんに腕押し』。それは、亜久津が唯一知る諺だった。





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 というわけで下に来て。
 「んじゃ亜久津、おとなしく優紀ちゃん待ってろよ〜」
 「るっせー」
 いろんな出し物(を見に来た『可愛い子』)を見にだろう、離れていく千石にこちらも背中を向け、亜久津は人気のない裏庭へと出た。文化祭ならば全体的に活気が違うしそれらの発生する場所も異なる事からもしかしたらうるさいかもしれないと思ったが、どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。
 1人になり、ゆっくりとため息をつく。胸ポケットからタバコを取り出し、吐いた分の息を吸い込めば共に入ってきた煙で少しはストレスも収まる。
 「・・・・・・けっ」
 もう逃げる気も起こらない。毎回毎回逃げようとしては連れ戻されるそれらを考えれば、今日1日くらい母親と共にいた方がずっと手間は少ないような気がしてくる。そんな後ろ向きな悟りを亜久津に開かせてしまうほど、朝からの千石の『攻撃』は凄まじいものだった。
 ぼんやりとタバコを吸う、亜久津の耳に。
 わざとらしい足音が迫ってきた。
 「よお亜久津。久しぶりじゃねえの」
 「あア? 何だテメエら」
 「おいおいこの顔忘れたとか言うなよ? この間の借り、たあっぷり返してやるぜ」
 どうやら以前ぶっ飛ばした中で再起不能になりきれなかった誰からしい。全く覚えていないというかそもそも殴ったヤツをいちいち覚えていたりもしないが。
 近付いてくる、7人。手には鉄棒やらナイフやら、何を勘違いしてかメリケンやら。
 一通り見回し、
 「ハッ! 上等じゃねえの。丁度苛ついてんだよ。ストレスはテメエらで晴らさせてもらうぜ」





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 「くそっ・・・!!」
 2人が地べたに蹲った時点で、さすがにそろそろ実力の差というものがわかってきたらしい。まあそもそも前回やられた時点で気付けという指摘も来そうだが。
 残った5人の男らは、一声呻いて自分に背を向けた。逃げるのかと思いきや―――
 「オイ!」
 彼らが選んだ逃走先は、校内だった。
 明らかに不良っぽい改造制服を来た男ら。しかも武器を持った挙句既に数発殴られボロボロの様は、さすがに部外者の多く入っているこの状況でも目立つ。
 自分から逃げた以上、放っておいても自分には害はないだろう。自分には。
 『きゃああああ!!!』
 あちこちから上がる悲鳴に、
 「くそっ・・・!!」
 亜久津もまた、男らと似た呻きを上げ校内へと走っていった。





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 「やあやあ君達激カワイイね〜。どう? 俺と一緒に行かない? 俺ここの生徒だからさ、面白いトコ、案内するよ?」
 「え〜? じゃあお願いします〜」
 「や〜りぃっ!」
 そんなありきたりなやり取りでまず3人。文化祭という少しハイテンションになりやすい環境では、誰もがいつも以上に積極的に行動しだす。例えばこのように。いつもなら乗らないナンパにも乗ってみたりと。
 実にあっさりかかるエモノを満足げに見て、千石はさっそく彼女らを案内しようとして―――
 「きゃああああ!!!」
 亜久津から逃れた男らが校内に入ってきたのは、丁度この時だった。
 入り口からさほど離れていなかった千石。人を掻き分け入ってきたあからさまに物騒な男らと、ついでにラストに入ってきて5人目を殴り飛ばす亜久津を見れば大体の事情は理解出来る。
 「まあ逃げるよりはマシか・・・・・・」
 頭をぽりぽり掻く。ナンパした可愛い子たちは、騒ぎがこちらへ向かっていると悟り即座に逃げ出してしまった。
 「あ〜あ。アンラッキー・・・・・・」
 ぼんやりと呟く。騒ぎこと男らはもうかなり迫っている。しっかり避難して空けられた道に、今立っているのは亜久津含む当事者除けば自分だけで。
 頭に手を突っ込んだまま、千石は視線だけを男達に向けた。剣のような、針のような。切り裂かれるような、突き刺されるような。
 極めて危険な眼差し。
 「んじゃ、とりあえずウサ晴らしくらいはさせてもらうよ」





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 1人目到着―――するまでもなくこめかみに回し蹴りを喰らい、進路変更して壁へと激突。
 2人目。驚いて足を止めたところで逆に踏み込んだ千石に追いつかれ、鳩尾に一発。これまたあっさり昏倒。
 3人目。今度は警戒して突っ込んできた。突き出された拳を軽く交わし、カウンターで下から一撃。アッパーカットにより綺麗に後ろへと吹っ飛んでいった。
 4人目。悲鳴を上げ背を向け逃げ出すヤツの頭に、適当に借りたダンボールでナンパ前に飲んでいた缶を打ちつける。
 ばったりと倒れる4人目。1人目到着以降その間わずか15秒程度。実に鮮やかな手並み。それが、駆けつけた亜久津の見た全てだった。
 それだけの事を成し遂げた男は、全く緊張感のない声で亜久津に手を振ってくる。
 「あ〜亜久津。よかった。ちゃんと逃げてないな」
 「逃げねえよこういうモン見せられりゃ。
  つーか―――
  ―――微妙にボクシング関係なくねえか? 特に1人目」
 「いっや〜。跡部くんもサエくんも足技多いからね〜。どーしてもそっちで慣れちゃってて。マジで最初はやるのキックボクシングにしようかって思ってたんだよね。上半身の力つけたかったから断念したけど」
 「ああそーかよ・・・」
 ため息をつき、亜久津が下がる。と―――
 『キャ〜〜〜〜〜〜vvvvvv』
 なぜか千石の元へと、何人もの可愛い子らが寄ってきた。
 「え? え?」
 さすがに戸惑う千石。それに対し、
 「ありがとうございます! おかげで助かりました!!」
 「凄くかっこよかったですvv」
 「あの、お名前は・・・?」
 「もしよろしければ、これから一緒に文化祭回ってもらえませんか・・・////」
 どうやら先程の千石の行為、あからさまに暴力沙汰なのだがちょっと頭のネジ緩んだ一同にはヒーロー的活躍に映ったらしい。
 事態を察し、
 でへ〜っと千石の鼻の下が伸びに伸びた。
 「やっぱ俺ってラッキ〜・・・♪」





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 そして大勢の『可愛い子』を引き連れ去っていく千石に、
 「勝手にやってろ・・・・・・」
 亜久津はただ、そう呟くだけだった。





 なお彼は千石の監視がなくなってもなお、逃げ出す事はしなかった。鼻の下を伸ばす千石と目があってしまったから。
 顔の締まりはなくなっていても、その目は先程男らへ向けられたものと同じ―――いや、それ以上だった。特にケンカに慣れた亜久津に、本能から恐怖を抱かせるほどの。
 かくて―――





 「仁見〜っけ♪」
 「ああ・・・・・・」
 「どうしたの仁? 元気ないわよ?」
 「・・・・・・・・・・・・何でもねえよ」



―――テニプリ山吹編 Fin








 ―――千石さんが活躍してます! 珍しいです(爆)!!
 さてそんなこんなで予定通り山吹編。全て亜久津視点で行こうとして微妙になんだかわからないまま話が終わりました。あくまで内容に関しては一切突っ込まない自分の肝っ玉の小ささに万歳。いえ実はこの話、全く内容ないんですが。ただ千石さんの活躍が書きたかっただけなもので(再爆)。
 では次は、この流れでくれば来るのはもちろんココ! 青学へんにて前フリだけやった氷帝の番です! さ〜次は誰視点になるのかな〜?

2004.9.19