跡部の場合


 「なあ景吾、俺たち、もう別れよう・・・?」
 「・・・・・・あん?」
 横からかけられた声に、俺は暫く経ってからようやく反応した。何を言われたのかよくわかっていなかった。
 見る。預けていた肩を起こし。
 見上げた先で、佐伯はじっとこちらを、自分を見つめていた。
 真剣な眼差し。決してふざけた様子はない。
 息を吐き、
 「今てめぇ何か言ったか?」
 「言ったな。『別れよう』って」
 「何でだ?」
 「わざわざ理由が必要か? どうせこんな付き合いなんていつまでも続けられないんだ。だったら早いうちに終わらせた方がいいだろ?」
 「それでも
OK出したのはてめぇだろ? そんな事考えてんだったらそもそも最初に断りゃよかったじゃねえか」
 「ああそうだな。あの時は俺もどうかしてたよ。お前に告白された。それだけで舞い上がってた。他に何も考えられなくなってた」
 「・・・・・・だから、終わりにするってか」
 「お前だってずっと続くなんて思ってなかっただろ?」
 「・・・・・・。
  ―――続かねえと思ったんだったら、端から告白なんかしてねえよ・・・・・・」
 ぼそりと呟く。聞こえはしなかっただろう。聞こえたとしても無視するだろう。
 確かに自分たちは男同士でありまた子どもである。一時的な気の迷いと、そう言ってしまえばそれで終わりだろう。
 だからこそ、続けたかった。決して気の迷いではないと、証明したかった。
 ―――2人でなら、出来ると信じていた。
 「・・・・・・・・・・・・わかった」
 「なら・・・」
 立ち上がる。ズボンについた土をぱたぱたと払い、
 俺はこれで最後となるであろう笑顔を向けた。極上の、晴れやかな笑顔で。
 「いままでありがとな佐伯。楽しかったぜ」
 「景吾・・・」
 伸ばされた手に背を向け、
 「じゃあな」
 笑顔のまま、俺はそこを立ち去った・・・・・・。





z     z     z     z     z






 にゃ〜・・・・・・
 目覚まし時計代わりの愛猫の鳴き声。ゆっくり目を開ける跡部の両頬を、涙が一筋ずつ流れ落ちていった。
 重い頭を起こす。枕元に手をやれば、しっとりと濡れていた。
 確認し、
 跡部は小さく笑った。
 「俺らしくもねえ」
 夢で泣くなどというやわな精神ではなかったはずだ。それともあれは予知夢だったのだろうか。
 カレンダーを目で追う。何にしても、最悪なタイミングで見てしまったものだ。
 「今日は・・・、1ヶ月ぶりにアイツに会う日、か・・・・・・」





 「なあ景吾、俺たち、もう別れよう・・・?」
 バスの中で告げられる、夢と同じ台詞。
 夢と同じやりとりをするのは嫌だった。最短で終わらせるべく、跡部は話題を一気に核心へと持っていった。
 「何でだ?」
 「だから・・・・・・」
 夢と違う反応をしたからだろうか。続く佐伯の言葉もまた、夢とは違うものだった。
 わなわなと震える手で、前を指差す。料金表示の出ている電光掲示板を。
 「今ここで降りなきゃ次料金上がるんだよ!! これ以上お前に付き合ってられるか!!」
 「いいじゃねえか!! どうせ上がるっつったって
30円だろ!?」
 「
30円!! それだけあったらどれだけの事が出来ると思ってんだ!? 朝顔洗って歯磨くのにわざわざ近くの公園行って水もらって来ずに済むんだぞ!? 夜月明かりだけ頼りに家うろついてコケずに済むんだぞ!? しかも往復考えると60円も得するんだぞ!?」
 「あーわかった!! だったら帰りはハイヤーで家まで送ってやる!! そしたら
60円といわず3000円くらいは浮くんだろ!?」
 「よっし景吾ナイス!! さすが持つべきものは恋人だ!!」
 「てめぇはもうちっと何か言いようはねえのか・・・・・・?」
 「それじゃ決まった暁にさっそく同意書を作ろう!! ここで後で忘れ去られると困るからな!!」
 「別にンなモンなくったって忘れね―――」
 「じゃあ景吾、ここにサインと血判よろしく」
 「血判!? ハンコじゃねえのか?」
 「だってハンコ作ったらハンコ代に朱肉代までかかるだろ? シャチハタでもさあ。
  血判だったらタダじゃん」
 「まあ・・・・・・タダ、ではあるなあ・・・・・・」
 「血っていうのはいいモンだぞ? まあ図書券がなくなったのは残念だけど、採ってもらうだけで菓子食い放題飲み物飲み放題。水筒と袋を持って行けばその後1週間くらいは豪勢な食生活が送れる!」
 「なあ・・・。献血って確か―――
18歳からじゃなかったか?」
 「まあまあそんな細かいことは気にすんなよv」
 「保険証今必須だろ? よく通るなてめぇは」
 「そこは俺の人徳だな。よく来てくれるって褒められてるし」
 「いいのかよそれで・・・・・・」





 そんなこんなで跡部と佐伯。もし別れるとしたら男同士だの子どもだのいうより、金が尽きてだろう。
 以上。『金の切れ目が縁の切れ目』を見事実践している2人の付き合いである。



―――Fin







 最近いろいろシリアス話(かつ暗くて重くてなかなか終わらない)を書く反動か、こういう本気で内容のない話を書きたくなります。ちなみにこの『別れ話』ネタは不二リョでもやったのですが、こっちの方が本気でどうしようもない事になってるようです。まあ一応本人らが幸せならいいようですが。

2005.3.5