大石の場合


 目の前で、信じられない事態が発生している。
 「乾先輩! 乾汁最高っス!!」
 ごくごくぷっは〜と一息に飲み干し、グー! と指を立て叫んでいる越前。
 「乾! これからも汁はお前に任せた!!」
 手塚まで満面の笑みでそんな事を言い出す。他の部員もそれに大きく頷いた。
 (何・・・、が、起こったんだ・・・・・・?)
 今まで乾の苦・・・だけではない汁を舐めさせられどころか飲まされ続けた身として断言する。古今東西乾汁が美味かった事など一度としてなかった!!!
 恐る恐る見やる。誰もが美味そうに飲む件の汁。今回はイカ墨を溶かしたかのように真っ黒だった。
 見やり・・・、
 ・・・・・・口の端にちょびっとだけつけてみた。瞬間!!
 (ぐっ・・・・・・!!)
 思わず目を見開く。口の中に広がり鼻を抜けていく、挽きたてのコーヒーのような香ばしさ。さらりとしているようでその味はまったりと口腔を広がり、それでありながら喉元はするりと通っていく。舌の奥で感じる苦味は決して不快なものではなく、またブラックコーヒーのようなのにミルクを加えたような甘さが下全体を包み込みああもおワケわかんなくなってきたので以下略。
 とにかく一言でまとめると美味かった。誰もが言っている通り。
 「乾・・・・・・」
 はらはらと、涙を流す。乾が、あの乾が、ついに美味しい汁を開発したとなれば。
 「乾・・・・・・!!!」
 白んでいく視界。夢の終わりが近付きつつある証拠。
 これが夢だとわかっている。現実がこんなに甘いわけはないと。
 だからこそ・・・・・・
 (ああ、いい夢だったなあ・・・・・・)
 感慨にふけりつつ、俺は夢から地獄へと覚めた。



 ―――が。



 現実は、夢以上に恐ろしかった。





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 次の日、今年初練習に来た大石の目の前で、信じられない事態が発生していた。
 「乾先輩! 乾汁最高っス!!」
 ごくごくぷっは〜と一息に飲み干し、グー! と指を立て叫んでいる越前。
 「乾! これからも汁はお前に任せた!!」
 手塚まで満面の笑みでそんな事を言い出す。他の部員もそれに大きく頷いた。
 (何・・・、が、起こってんだ・・・・・・?)
 頬を引っ張る。もちろん痛い。どうやら夢ではないらしい。
 まさかと思い、真っ黒な物体を口の端につけてみる。瞬間。
 (ぐっ・・・・・・!!)
 マズかった。恐ろしくマズかった。いつもどおりのマズさだった。これはこれでもう解説はいらないだろう。そんなマズさだった。
 (もしかして・・・・・・飲まされすぎてみんなの味覚がおかしくなったのか・・・!?)
 ならば自分もまたおかしくなっている筈だ。どうカウントしても自分が飲んだ量は手塚よりは多い。
 よくよく見てみる。全員の様子がおかしい。美味しくて感動しているというより・・・・・・かなり『ヤケクソ』の響きが篭っていた。
 「お、おおおおおおおいし〜・・・・・・」
 ハイな集団の中から、ふらふらと英二がまろび出てきた。大石の腕の中で、安心したのかぐったりと力を抜く。
 「え、英二! どうしたんだ!?」
 慌てて問う。が、答えを知る筈の者はまるで狂ったかのように同じ台詞を吐くばかりで。
 「大石・・・・・・。乾汁は美味い、にゃ・・・・・・」
 「英二!! どういう事だ英二!!」
 だんだん静かになっていく英二。最後のひと絞りで・・・
 「・・・・・・『マズい』って言うと・・・、不二汁が待ってる・・・・・・。お前も、気をつけ・・・・・・ろ・・・・・・・・・・・・」
 それが、英二の最期の言葉だった。
 「英二いいいいいいいいい!!!!!!!!」
 没したパートナーに嘆く大石。その後ろに忍び寄る2つの影。
 そして―――
 ―――左右両方から、双方共に謎な液が突き出された。
 真っ黒のそれと、レインボーのそれ。
 鼻を突く臭さと、鼻を捻じ曲げる臭さ。
 光るメガネと、光る笑み。
 そして・・・・・・
 ・・・・・・少なくとも命の保障はされている方と、命の保障すらされていない方。冗談抜きで不二の『手料理』は病院送りになる。それを決定たらしめた伝説として、かつて不二の創った物を食わされた跡部はその場で気絶。3日間昏睡状態でその後4日絶対安静もちろん絶食。その間胃洗浄を5度繰り返したらしい。
 一瞬も悩むことは無く、
 大石は乾の方の汁を手に取った。
 ぐびぐびぐびごくぷっは〜!! とリョーマ以上のハイペースで飲み、
 「ああ、乾汁は最高だなあ!!」
 (英二! お前の死は無駄にはしないぞ!!)





 こうして、今年もまた地獄の日常生活が始まる・・・・・・。



―――Fin






 ―――久々の汁ネタ。そしてそれ以上の汁の誕生・・・。とりあえず乾は超えてはいけない一線はまだ越えてないような気がします不二と違って。

2005.1.3