千石の場合


 それは夢だった。紛れもない夢だった。絶対絶対どーしよーもない位
100%確実に夢だった。
 (まあ、あのサエくんが素直になってるなんてねえ・・・・・・)
 顔を背け乾いた笑いを浮かべる。背けた理由はもちろん自分の腕の中にある。
 「千石・・・。大好きだよ・・・・・・」
 (うわあ・・・・・・)
 腕の中で、こちらの胸にもたれかかり甘く囁く佐伯。うるんだ瞳で見上げられ、おぞましさに・・・・・・もとい嬉しさに冷や汗が・・・・・・・・・・・・あいや涙が流れる。
 「サエくん・・・・・・」
 呼びかけ、頬を撫でる。嬉しそうに擦り寄ってきた。
 (ありえなーい!!!)
 乾いた笑いは大絶叫となり、冷や汗(最早断言)は顔といわず全身からだらだらだらだら流れ出した。
 「なあ、キスしてよ・・・・・・」
 (えええええええ!!!???)
 もーありえない感じのオンパレード。言い終わる頃にはこっちの首に腕絡めて顔近づけてきたり。
 超積極的な態度にこっちが赤くなる。
 「なあ、ダメ・・・?」
 小首を傾げられ、
 「もちろんオッケーに決まってるっしょ!!!」
 俺はあっさりと理性を捨てた。



 目覚める寸前の真っ白いまどろみの中で思う。
 (あ〜、あんなサエくんがホントにいたらな〜・・・・・・)





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 次の日。
 「・・・・・・それ、マジ?」
 「ああ、本当だ」
 乾の言葉に、千石は目をぱちくりとさせた。
 乾の説明はこうだった。人間の理性というものに対する脳のメカニズムを解明する最中云々・・・・・・つまり『嘘をつけなくする薬』の開発に成功したらしい。
 「さっそく試してみたんだが、青学レギュラーでは残念ながらテスターとして適さなくてな。あまりいいデータが得られなかったんだ」
 「つまり?」
 「ウチの部員はどうも素直過ぎるヤツが多いみたいでね。飲んだ前後の変化がほとんど現れないんだ」
 「そうか・・・なあ・・・? 越前くんとか手塚くんとか絶対効果現れそうな気するけどなあ・・・」
 「越前は生意気な態度ではあるが嘘つきじゃない。手塚は表に現す事は少ないが別にだからといって本心を隠していたりするわけじゃない。総じてテスターには不向き、と」
 「・・・不二くんは?」
 嘘の代名詞っぽい人(失礼)。彼なら随分いい『データ』が取れそうな気もするが・・・・・・。
 「残念ながら不二は普段のデータが少なすぎる。仮に薬を飲み何か変化が現れたとして、それが薬による効果なのかそれとも意図して不二が変えた―――それこそ『嘘』なのか区別がつかない」
 「は〜。なるほど・・・。
  大変なんだね実験って」
 それが、千石の下した結論だった。思う。何で自分が呼び出されこんな説明を受けているのだろう?
 「そこで千石、訊きたいんだが・・・・・・
  ――――――お前の周りに嘘つきはいないか?」
 「へ・・・? それって〜・・・・・・」
 「つまりテスターとして相応しい人材だな。青学から出せなければ他校に頼るしかない。そのため現在テスターを募集中なんだが」
 「ちなみに俺はテスターとして不向き、って判断された?」
 「お前は不二と並んで嘘本当の区別がつかないからな」
 「あ〜なるほど〜」
 特に反対する理由もないため頷く。つまり乾は自分のデータもまだ完全には取れていないという事か。
 (ま、食わせ者がそうそう簡単に全部暴かれちゃ商売上がったりだしね。
  にしてもテスター・・・・・・、わかりやすい『嘘つき』ねえ・・・・・・)
 考え―――
 ぽんと手を叩く。
 いるではないか丁度良い『テスター』が。
 「いたか?」
 「いるよいるよすっげー良い人材!!」
 というワケで・・・・・・



 さっそく飲ませてみた。もちろん佐伯に。



 そして結果は―――





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 「ねえねえサエくん!! 俺の事好き!?」
 「はあ? 何言ってんだお前?」
 「え゙・・・!? あ、あのさあ、もうちょっっっと何か言う事ない?」
 「何を?」
 「いやだからさっきの質問に対してさあ・・・」
 「え〜っと・・・」
 どごすっ!!
 「もう一回質問よろしく」
 「あ、あの・・・。いきなり蹴られた理由がよくわかんないんですけど・・・・・・」
 「いやもしかしたら一時的な錯乱状態かな、って思って。これでもう一回同じ質問したら次は熱測るからな」
 「すいません。こういう場合普通熱測る方優先させません?」
 「測るの時間かかんじゃん」
 「今時耳に当てて
1.5秒じゃなかったっけ?」
 「ほお・・・。つまりそれは今や懐かし水銀計しか持ってない俺に対する宣戦布告だと・・・?」
 「めっそーもありません!! あー確かに時間かかるねえ
15分だし蹴った方が早いねえ!!」
 「で、質問は?」
 「今度は蹴ったりしない?」
 「おいおい。人暴行魔みたいに言うなよな? 別にしないぞ? 蹴ったり殴ったり落としたり沈めたりは」
 「その他崩したり砕いたり割ったり斬ったり当てたりも!?」
 「しないって。せいぜいぶつける位?」
 「何を!?」
 「質問か答え」
 「あのさあサエくん。俺の事好き?」
 「お前頭大丈夫か?」
 「・・・うん。すっげーぶつけられた!! って感じ。めちゃめちゃ痛いよ。
  この際だから痛いまんま訊いてみるけど俺とキスしてみたくなったり―――とかは〜・・・・・・」
 「やっぱ病院行きか」
 「サエくんの馬鹿あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」





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 「全っ然!! 効いてないんだけど」
 「む・・・。おかしいな・・・・・・」
 物陰にて。全て観察していた乾に思い切り詰め寄る。
 「でもっておかげでまた病院送りにされそうになったんだけど!?」
 「『また』? 以前もあるのか?」
 「これで
48回目位?」
 あっさり何事もないような普通な様子で言い切る千石に、
 乾は今見たものと合わせ結論づけた。
 「千石、非常に言い難い事だが・・・・・・
  ――――――佐伯はあれで地じゃないのか?」
 「へ・・・・・・?」
 「つまり・・・あの状態で『素直』―――元々嘘はついていないんじゃないか?」
 「じゃあ、俺って・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・まあ、お前なら3ヶ月以内に次の相手を見つけられる確率
98%だ」
 「そ〜んな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」





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 「千石も何気に馬鹿だよなあ。ひとつも俺答えてないんだけどな」
 呟く佐伯。その手には、出会い頭いきなり千石に渡された缶が握られていた。既にプルタブが開けられていた缶。間違いなく怪しいと思い飲むフリしかしなかったのだが。
 「なるほどねえ。これが周ちゃんの言ってた『素直になる薬』か・・・」
 呟き、一口飲む。味はスポーツドリンク。どうでもいいがこれをオレンジジュースの缶に入れるのはマズいだろうに。
 飲み―――
 「―――ちゃんと訊いたんなら答えるのになあ。『好きだよ』って」
 そう言う佐伯の顔には、
 それこそ嘘のつけない天使のような笑みが浮いていたという・・・・・・。



―――Fin







 ―――まあこんなやりとりをしつつ今だに(病院送り
48回目)両想いな時点で意外と上手くやってるようですけどね。そして『素直になる』云々。きちんと答えない限り嘘もへったくれもありませんからねえ。サエと千石さんの会話、さりげに質問攻めにされているようで会話を逸らし逆に質問攻めにしているのはサエのほうだったり。なおどうでもいいネタとして、せっかく千石さんが使ったので缶にしました(笑)。

2005.1.15