手塚の場合
この時、俺は夢を見ていた。
「よお手塚」
「跡部か」
実にリアルな会話。こちらに手を上げる跡部へ、俺は目線を上げ返事した。これが夢だと言い切れる理由。簡単だ。
―――ばったり遭遇したところがスーパーの野菜コーナーとなれば。
自分がここにいるのは珍しくも何ともない。母の言いつけでよく買い物に来るからだ。学校から少し足を伸ばしたところにあるこのスーパー、部活帰りの時刻に丁度タイムサービスをやっているのである。夢に見るほど思い入れがあるワケではない・・・と思うが、それでも日常頻繁に足を運ぶところとして記憶にもよく残っていたのだろう。
さて、ではなぜこのような場に跡部が出てくるのだろう?
「買い物か?」
「ああ」
「なら丁度いい。一緒にしようぜ」
「・・・ああ」
前を歩く跡部についていきながら―――ただ進路上前に跡部がいたからなだけだ。込み合う通路を2人並んで歩くのは迷惑だからな―――、俺は少し首を傾げた。
跡部と自分の関係というのも奇妙なものだ。客観的に捉えれば、他校のテニス部部長同士。交流があったところで不思議ではないだろう。実際幸村や橘とも同じ立場として交流はある。が、
(それらとは・・・少し違う、のだろうか・・・・・・)
彼らと接するとき考えるのは、やはり自分もいるテニス部の事だ。向こうの様子はどうなのだろう。青学は勝てるだろうか。悪く言えば腹の探り合い。ただしそれはお互い様だ。
跡部といる時は・・・・・・ふいにテニス部の事を忘れる。いつまた対戦出来るのだろうか。次は自分が勝てるだろうか。同じようで違う。『青学テニス部部長』ではなく『手塚国光』として接している。
(なるほど、な・・・・・・)
こんな夢を見る理由を、少しだけ納得した。自分個人で考えるからこそ、他のメンバーのいないこんな時が出てくるのだろう。
「―――んで後は・・・」
メモを見ながらカゴに放り込んでいく跡部。ついて行きながら、自分も頼まれていたものを選んでいく。テニス部部長同士でやるにはあまりに的外れな事。それでも俺は、それを何の抵抗もなく受け入れていた・・・・・・。
z z z z z
そんな夢を引きずり次の日。やはり母親に買い物を頼まれ、手塚はそのスーパーへと来ていた。
買い物カゴを手に野菜コーナーをうろつき、思い出す。
(そういえば、この辺りで跡部に会ったな・・・)
思い出し、心の中で笑う。あの跡部が買い物。それもスーパーの野菜コーナー。いくらなんでもありえなさ過ぎるだろう。夢とはいえ、よくあの跡部を普通に受け入れられたものだ。
と―――
「手塚ぁ!!??」
「む・・・!?」
夢と違い、今度は後ろから声をかけられた。反射的に呻く。この声、まさか・・・・・・
振り向く手塚。そこには夢を再現するかのように買い物カゴを手にした―――いや、さらにバージョンアップしてカートをがらがら押す跡部がいた。
「跡部・・・・・・!!」
確認するがこれは夢ではない。しっかり自分は起きている。その証拠に、いきなりの大声にこちらを見る周りに視線が痛い。
・・・異常事態に、鉄仮面の裏で少々パニックを起こしている手塚。その間に、こちらもパニックのまま跡部が近付いてきた。
「てめぇ何ンなトコいんだよ!? ありえなさ過ぎだろてめぇが買い物なんぞ!! 『事実は小説より奇なり』っつーが現実が夢より奇でどーすんだよ!? 昨日の夢ですら笑い堪えんのが大変だったってのに、どーしたお前!? 夢遊病か!?」
「・・・・・・・・・・・・その台詞はそっくりそのままお前に返させてもらう」
指差し慄く跡部と拳を固め戦慄く手塚。暫しそのまま意味不明の睨み合いが続き、
さすがに周りの視線に気付いたのだろう。跡部がこほんと咳払いをし、警戒を解いた。
「・・・まあ改めて、だ。
何だよ、珍しいじゃねえのてめぇがンなトコいるなんてよ」
「それは俺の台詞だ。俺はよく来ているぞ」
「俺もよく来てるぜ?」
「む? なぜだ?」
「オイオイ・・・。スーパーに来て何やらせるつもりだ? 念のため言っとくが、強盗でも食い逃げでも宿探しでもねえぞ」
「つまり買い物だと?」
「大丈夫か青学!? こういうの部長にしといて!!」
「先程から失礼な奴だな」
「てめぇに言われたかねえよ・・・!!」
今度戦慄いたのは跡部だった。さらっと流し、手塚は別の話題を引き出した。
「しかし会話は戻るが、なぜお前が買い物などに来ている?」
「家に持って来させると配送料がかかるからだろ(即答)。ついでに生●協同組合じゃタイムサービスはやってねえからなあ」
「・・・・・・今お前が言うには非常に相応しくない言葉が羅列されていたような気がするのだが」
「何かあったか?」
「いや、もういい」
「そっか?
―――ああ手塚、お前卵買うか?」
「いや? 別に買わないが」
「んじゃ金払うから一緒に買ってくれねえか?」
「・・・つまり?」
「今日サービスで安いじゃねえか。けどお一人様1パックだろ? ウチ食うヤツが多いから1パックじゃ足んねえんだよな」
「そんなに多いのか? 菊丸の家のような大家族なのか?」
「ンなワケねーだろ。家族は両親と俺の3人だ。同居人が多いからそうなるだけだ」
「『同居人』?」
「ああ。何せ親の唯一のワガママででかい家作ったはいいが3人で暮らすのも寂しいモンだろ? それに掃除1つで大変なメに遭うからな。だから空いてる部屋解放してんだよ。1部屋支給でバス・トイレその他は共同・・・ってあんま条件良くはねえが、一応高級住宅街で交通の便は良くて月1万円。差し引き0の妥協なラインでな」
「差し引き0か・・・? お前の家に月1万で住んで」
「お? 何だったらお前も来るか? 学生も可だぜ。家賃が払えねえんだったら代わりに働きゃいいし、家の手伝いだから労働法その他にゃ引っかからねえ」
「つまりは使用人になれ、と?」
「ンな固く考えんなよ。家の手伝いなんてお前だって普通にやってんだろ? 親に使われてるなんて考えるか?」
「いや・・・」
「住むだけ住んで仕事は自由にやってて良し。何もなければ使用人みたいに働いても良し。ウチじゃそれだけだ。別に俺とかと他のヤツの間に何か上下関係なんてモンもねえな。あるとすりゃ普通に年上敬うか、さもなきゃ給料日に親父に媚びる程度だな」
「ほお・・・。それはまた、変わったシステムだな」
「そうか?」
「てっきりお前の家ならばお抱えの使用人が大勢いるものだと思っていた」
「そうそう世話させる事もねえだろ。別に小さかったりどっか不自由だったりする事もねえし。強いて言や、俺がまだ免許持ってねえから車に乗せてもらう程度か。後はみんな自由だ。自分のやりたいようにやるって感じで」
「ならば今のお前もそうなのか」
「これか? こりゃ・・・・・・
・・・・・・・・・・・・買出しのじゃんけんで負けただけだ」
視線を逸らし口だけで笑みを浮かべる跡部。僅かに顔が赤いところからすると照れ隠しらしい。
「・・・なるほど」
「って笑ってんじゃねえよ!!」
一応普通に頷いたつもりだったが、やはり跡部相手では通用しなかったようだ。後ろから小突かれる。
改めて、手塚はふっ、と笑った。
「まあ・・・
―――お前にも意外と普通のところがあったという事か」
「あん? どういう意味だよ?」
「大した意味ではない」
「・・・お前もわっかんねえヤツだな」
ぽりぽり頭を掻き、跡部もまた軽く笑ってきた。
2人で買い物をする。買い物をしながらぼちぼち話などしてみて。
「じゃあな手塚」
「ああ。また会おう跡部」
「また?
・・・ああ、大会でか」
「いや」
「?」
首を傾げる跡部に、
口端を上げ、囁く。
「その様子ではまた買出しに来るのだろう? 俺もよく来るからな。また会うかもしれん」
「・・・うっせーな//。今度こそ俺が勝つに決まって―――」
「だが『よく来てる』のだろう? よく負けているのではないか?」
「ぐ・・・。
にしても、今まで会わなかったじゃねえか」
「しかし今日会った。ならばまた会うかもしれないぞ」
「それもそうだな。
んじゃまたな手塚。楽しかったぜ」
「ああ」
本当に楽しそうにけらけら笑い、跡部は両手に持参した買い物袋(それでしっかりスタンプをもらっている辺り、相当来慣れていると考え間違いないようだ)を下げ去っていった。今まで見た事のない彼の一面。今日はいっぱい見れたものだ。さてでは・・・
(『俺も楽しかった』と言ったら、アイツはどんな顔をするのだろうな)
そんな事を考えつつ帰る手塚。その様はとても楽しそうだったというのが、買ってきたものを受け取った彼の母の言葉。
―――Fin
手塚と跡部がスーパーで買い物。特売品漁って店員相手に値切り合戦。淡々と攻める手塚にガン付けの跡部。店員さんタジタジ。一緒に手に取り「コレは俺のだ!!」「俺が先に取っただろう!!」。
―――いや〜。まさに夢ですね。現実でもやってましたが。なお跡部家はこういうものが理想。使用人従えて王様気分vなんて事はやってないんじゃないかな〜とこの家族。ちなみに『親の唯一のワガママ』で出来たアトベッキンガム宮殿。一族ではともかく、この親子名義の家やら別荘はコレと千葉に1つだけのような気がします。ロクに使わないものいくつも持つような、金ドブに捨てる真似はしないでしょう。それなら普通に旅館泊まった方が遥かに安いですし。千葉のはもちろん、かの一家に会いに行くためですな。団体で行ってお泊りする時はそっちの別荘の方使ってそうだ。佐●家に余計な布団はないだろう。
2005.4.14