柳生の場合
「柳生! 今日から俺は詐欺師止めるとよ!!」
「はい・・・?」
次の言葉を発するのに3分かかった。
「つ、つまり仁王君・・・それは・・・・・・」
「文字通りの意味じゃな。他に説明はいらんじゃろ」
説明のないまま理解するのに5分かかった。
「ちなみに質問ですが・・・・・・そこまでに至った理由、というのは・・・・・・」
「つまりじゃな、最近どうも俺は詐欺師として定着しすぎじゃなか思てな」
「まあ・・・、確かにそうですね。仁王君といえば詐欺師と同義語という認識を誰でもするようになりましたし」
「お前も言うのう。酷か男じゃ」
「それで、そのイメージを一新したい、と?」
「そうじゃ! 俺も普通の男じゃいうトコをアピールすると! 覚悟しんしゃい!!」
「すみません・・・。一体誰にアピールして誰に覚悟させたいんですか・・・・・・?」
「行くとね!!」
「ああもう君という人は・・・・・・」
どうせまたいつもの気まぐれ兼からかいだろう・・・と、その時は軽く流した。
まさかそれが本気だったなどとは知る由もなく・・・・・・。
「―――ああ切原」
「あ、仁王先輩ちわっス」
「今お前向こう行こう思とったか?」
「そりゃまあそうっスね。実際こうして走ってますし」
「それじゃったら逆側から回りんしゃい。『急がば回れ』言うじゃろ?」
「はあ?」
「そげんいう事で」
「はあ・・・」
「何だったんだ仁王先輩・・・? まああの人のおかしなトコはいつもだし――――――っておわあ!!」
どんがらがっしゃーん!!
「・・・・・・ってて」
「―――じゃから言うたじゃろ? 『逆側から回りんしゃい』って」
「工事中ならそう言ってください!!」
「フッフフ〜ン。今日は何か安い店ねーかなあ〜♪」
「おおブン太。丁度ええトコおったのう」
「あ? どうした仁王?」
「今そこのケーキ屋通ったんじゃがな、ケーキの安売りしておった」
「ホントか!?」
「行ってみるとよかよ」
「仁王サンキュー!!」
「・・・・・・って誰が行くかっての。ああやって毎度毎度騙しやがって・・・」
「ああブン太。お前どうしてこんなトコいんだ?」
「よおジャッカル。別にどーもしねえよ。俺がンなトコいんのはおかしいってか?」
「おかしいって言うかなんて言うか・・・・・・いいのかよ? お前お気に入りのケーキ屋で安売りしてたってのに行かなくて」
「は!?」
「さっき仁王と買出ししてて見つけたんだけどさ。アレ? 仁王から聞いてねえか? 伝えとくって言ってたが・・・」
「はあ!? マ・ジ・か・よ・・・!!」
「ああ。けど―――」
「こうしちゃらんねえ!! 行ってくるぜ!!」
「あちょっと待てブン太!!」
ぴゅん―――!!
「あ〜あ行っちまった」
「―――『けど』?」
「おわっ! 幸村!!」
「『けど』―――何なんだい?」
「ああそれがよ・・・
―――クリスマスケーキの安売りなんだよな」
「クリスマス、って・・・・・・
・・・・・・・・・・・・腐ってるんじゃない? そのケーキ」
―――ちなみにブン太はこの日から1週間学校を休んだ。
「―――おお真田おったか」
「仁王ではないか。わざわざどうした?」
「先生から言伝を頼まれての。お前を呼んできて欲しいいう事じゃ」
「む? 先生から? わざわざ? お前にだと?」
「そうじゃ。同じ部の部員じゃし学年も同じじゃからのう。頼みやすかったんじゃろ」
「それなら幸村も柳も柳生も丸井もジャッカルもであろう?」
「つまり確率1/6で俺になるとね」
「だが今までお前が何か言伝を頼まれた事などなかろう?」
「そうじゃのう。右から左へただ情報を流すだけなど伝書鳩と同じじゃからなあ」
「・・・・・・つまり何か変えたという事か?」
「安心しんしゃい。かつてそれを32回ほどやって以来頼まれんようになっただけとね」
「やっていたのか・・・!?」
「かつての話じゃ。それも変えたんもせいぜい部活の練習メニューや試合時のオーダー程度。大きな問題にはならん」
「それだけ変えれば十分だ!
―――今回は本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫とね。俺が保障しちゃるよ」
「お前と丸井と赤也の『大丈夫』ほど心配なものもないな・・・」
「副とはいえ部長が部員の事を信頼出来んようでは部も終わりじゃな」
「・・・説得力のある話だったなお前以外が言えば。ちなみに他に保障してくれる者はおらんのか? 柳生等はどうした?」
「なして俺というと柳生をセットにしたがるんじゃろうなみんな。さっき先生にも『柳生はどうした?』訊かれたとね」
「まあ・・・・・・それこそ保証人代わりだろうな」
「がっくりじゃのう。俺の信頼も地に落ちたか」
「元々ないようなものではなかったのか?」
「それもそうじゃな」
「―――弦一郎!」
「む? どうした蓮二。そんなに焦って」
「先程から散々お前の呼び出しがかかっていたんだが、聞いていなかったのか? あまりに来ないので部員全員駆り出されているんだぞ?」
「何・・・!?」
「じゃから言うたじゃろ? 先生に呼ばれちょると」
「ならば最初っからそう言わんか!」
「俺は言うたとね。お前がわき道に逸らしただけじゃ」
「む・・・・・・」
「早よ行かんとマズいじゃろ? 先生かんかんじゃった」
「ぐ・・・!!」
だだだだだだだ・・・!!
「・・・・・・仁王。何の会話をしていたんだ?」
「今度ウチの部に伝書鳩を飼おうかいう話題じゃ」
「伝書鳩・・・・・・?」
『柳生(先輩)!!』
「どうかしましたか皆さん」
「仁王先輩どうにかして下さい!!」
「ちゃんと言うんなら言う言わないんだったら言わないはっきりさせろ!!」
「大体仁王はどうしたいきなり正直になりおって!!」
「どうもそれが・・・・・・」
この間の仁王との話を繰り返す。全員が受け入れるのには最長の10分がかけられた。
「―――という事です」
聞いて、
全員が口を揃えていった。
『迷惑だ!!』
z z z z z
「―――っ!!」
飛び起きるように目覚める。全身には嫌な汗を掻いていた。
「一体、私は何の夢を・・・・・・」
憶えているのは恐怖感。あまりの拒絶反応に内容はすっぽり記憶から抜け落ちてしまったらしい。
「・・・・・・・・・・・・何だったのでしょう?」
暫くベッドの中で悩む。それでも思い出す事は出来なかった・・・。
「おはようございます」
「おっはよー! ってどうした柳生。何か顔色悪りーぞ? さては何か悪いモン食ったな?」
「お前じゃないんだからないだろ」
「あ、ひっでーのジャッカル」
「いやいやその通りっスよジャッカル先輩」
「赤也〜! お前まで言うってのか〜!?」
「わ〜ギブギブ丸井先輩!! ヘッドロックは痛いっス!!」
部室内に広がるいつもどおりの空気。ほっとしたところで、
「おはよーさん」
「よお仁王」
「あ! 仁王先輩助けて下さい!!」
「どうしたとね2人とも」
「聞いてくれよ仁王〜! 俺が柳生の顔色が悪いって心配したら、コイツら柳生は俺みてえな馬鹿じゃねえとか言い出しやがってよ!!」
「いや言ってないっスよンな事!!」
「いいや言った言いましたー!! 俺はこの耳でしっかり聞いた!!」
「お前ら煩いぞ!! 何を部室で騒いでいる!! さっさとコートに出てこんか!!」
「うげ! 真田!!」
「ほら遊んでないで行くぞブン太・切原!」
「は〜い今行きま〜っス!!」
ばたばた出て行く3人。静かになったところで・・・
―――仁王が柳生に近付いた。
「具合悪いとね?」
「え・・・? そ、そんな事はないですよ?」
「目が死んじょる」
「私は魚ですか・・・?」
「熱もあるようじゃ」
「貴方のそのかじかんだ冷たい手で触れば確かに熱いでしょうね」
「言動にも覇気がなか」
「すみません。これがいつもです」
「何かあるんじゃったら言いんしゃい。そのためのパートナーじゃろ?」
「仁王君・・・・・・」
素っ気無い言い方ながらも、その言葉には温かみがあった。普段の仁王にそれを感じないというわけではもちろんないが、それでも今の彼の優しさには嬉しさを感じた。
なので柳生は言った。夢見が悪くそのせいで気分が優れないと。
仁王は何も言わず一通りじっくり聞き、
「じゃけんど夢の内容は覚えちょらん・・・、と」
「ええ・・・。すみません」
「謝る事なか。忘却は立派な自己防衛じゃ。そのまま忘れてしまいんしゃい」
「そうですね・・・」
そんな究極の切り替え案に、柳生が小さく笑った。彼のような詐欺師ならば、そのような事は朝飯前といったところだろう。
(私も出来ますかね・・・?)
心の中で問いかける。答え―――になるかどうかわからないが、とりあえず返事はすぐに返ってきた。
「そうじゃ柳生。気分転換に俺の話も聞いてくれんかの」
「ええ。いいですよ? 何ですか?」
(仁王君が悩み相談ですか。また珍しいものですね)
これまた心の中で思う。今度は問いかけはしない。すればへそ曲がりな彼の事。話を取り下げるだろう。
紳士らしく穏やかな笑顔で頷く柳生に、
仁王は実に晴れやかな笑顔でこう言った。
「柳生! 今日から俺は詐欺師止めるとよ!!」
「は・・・・・・・・・・・・?」
―――朝練から戻ってきた一同が見たものは、気絶してなお直立姿勢を崩さない紳士:柳生とそれを不思議そうに眺める詐欺師:仁王の姿だった・・・・・・。
―――Fin
―――気絶しても直立なままな柳生は映画短編ネタより。しっかし素直な(?)仁王。いまいち表現しにくいなあ・・・・・・。
2005.1.15〜3.3