区役所防犯課職員(せなに遭遇)
私は今年この区役所に就職したばかりの新人公務員。するなりいきなり回されたのがこの課。名前だけ聞くと、わかりやすいようでわかりにくい。結局何がやりたい課なのか。
―――答えを言うと、名称通り犯罪を防ぐ課です。地域をパトロールしたり、子どもに防犯ベル持たせたり、講習会開いたり。それに、事件の調査や訴訟なんかは他の職業の仕事だけど、なかなかしてくれないアフターケアなんかをしてみたり。引ったくりで怪我した人の病院紹介や、空き巣に入られた家のカギ交換とか。
今回は、そんな人の家へと出動です!!
△ ▽ △ ▽ △
「つまり、窓を破られ家に侵入された、と?」
「はい」
一緒に組んでいる(周り曰く『お荷物付属の』。もちろん私の方が荷物ね)ベテランの職員が尋ねるのに、部屋の主らしい高校生くらいの少女は1つ頷いた。作ってもらった書類によると、彼女は刹那冷菜[せなれいな]さん。都立の高校生で、ここで1人暮らしをしているらしい。未成年だし、親にも連絡した方がいいだろうかと思ったんだけど、あまり心配させたくないからと丁重に断られてしまった。よくよく見ると、『親』と苗字が違う。けど結婚はしていないようだ。
・・・どうやら複雑な事情があるらしい。まあ、そこまで踏み込むまでもないだろうけど。
「何か被害は?」
「いえ。窓だけです。お金などには一切手はつけられていません」
「それで、警察へは―――」
「連絡していません。被害はなかったもので。
・・・・・・連絡した方がよろしいでしょうか?」
「う〜ん・・・・・・」
逆に問われ、先輩職員は首を捻って唸った。私も困った。
本当はすべきだろう。が、見たところ部屋は荒らされていないし(本当に綺麗だ。私の部屋とは大違いだ)、被害は0。仮に通報しても、多分犯人を見つけ出すのは不可能だろう。
と―――
ふと、思い当たる事があり私は顔を上げた。
「お金などは取られてないんですよね? 他には?」
「つまり、下着やその他日常品―――ですか?」
「え、ええ・・・まあ・・・・・・」
言いにくくて口を汚す。彼女せなさんは、世間一般の基準に当てはめるとかなり美人の部類に属する。・・・・・・いやもちろん私が見ても美人だけどね。
若い女性しかも美人の一人暮らし。空き巣に次いで多いのは強姦だろうが、ついでに多いのが下着ドロだの隠しカメラだの盗聴器だのだ。実のところ私も経験あり。それを助けてくれたのがこの課だった。だから私は絶対ここに入ろうと誓った・・・・・・と、まあそれは過去の美しい思い出として飾っておくとして。
彼女も思いつく位には意識しているのだろうけど、実際自分がやられるとは考えもしていないらしい。だからまずお金関係だけ確認した。
(ちゃんとひととおり確認した方が良さそうね)
同じ結論に至ったらしい先輩と目配せを交わす。が、
「いいえ、ありません」
肩透かしを喰らい、私は肩をコケさせた。
がっかりする(せっかくいい案だと思ったのにねえ・・・)私と対照的に、先輩が眉間に皴を寄せている。
「また随分、はっきりと言い切りますね」
訝しむ先輩に、
せなさんは相変わらずの落ち着いた仕草で軽く頷いてみせた。
「ええ。だって―――
―――丁度入ってきたところでばったり遭遇しましたから」
「へ・・・・・・?」
思わず素っ頓狂な声を上げる私。つまり・・・・・・
(苦労して入るだけ入って、住人と突き当たったからあっさり引いた・・・・・・?)
一応彼女の全身に目を走らせる。暴行された形跡は欠片もない。
「随分、気質に溢れた窃盗犯だったのね・・・・・・」
「そういう問題じゃない!!」
そんな感想を洩らす私は、次の瞬間には先輩に怒鳴られていた。そういえばそうだった。一歩間違えれば彼女は今頃―――!!
彼女のペースに巻き込まれ何だかのほほんとやっていた私たちに、ようやく危機感というものが芽生えた。
「窓強化ガラスにして、カギも全部取り替えましょう!!」
「そうだな! 今回は引いたが、逆に狙いつけられたかもしれない!! 警報システムつけて警備会社へ即座に連絡―――!!
ああすみません! 電話お借り出来ますか? やはり警察へ連絡しましょう!」
「警察へ、ですか・・・?」
「ええ! そして犯人をしっかり手配しましょう!! 特徴なんか覚えてますか? ほんのささいな事でも構いません。太ってたか痩せてたか、服装はどんなだったか―――!!」
「そうですね・・・・・・」
意気込む先輩に応えるよう、彼女も俯き考え込み―――
「―――年齢20歳代程度の男性。痩せ型。黒のニット帽に、同じく黒のブラウスとパンツ。帽子から覗く髪は薄めの茶色。押さえてるから必ずしもそうだとは言えませんが長めかと。眉毛は完全に剃った上に描いていて、目はタレ目ぎみ。鼻はさほど高くもなく、薄目の唇は少し不健康そうな色をしていますね。近頃の若い人に特有の顎の細さです」
「そ・・・、そーですか・・・」
「よく、覚えてますね・・・・・・」
たった一瞬顔を付き合わせただけで、なぜこんなに覚えているのだろう・・・? それとも突き合わせて暫く固まっていたのかしら・・・・・・?
まあともかく、覚えていて損はないし苦情も言うつもりはない。記憶が新鮮鮮明なうちに―――
「じゃあお手数ですが、警察が来たら同じ事をお願いします。それでモンタージュか似顔絵か作りましょう」
「わざわざ作るんですか?」
「え・・・? ええそりゃまあ、言葉より絵の方がわかりやすいですし印象に残りやすいですし・・・・・・」
首を傾げるせなさんに、私もまた首を傾げた。
(警察と関わるのが嫌なのかしら・・・?)
だが、だとしてもこの質問はおかしすぎる。
などと思っていると、
せなさんは再び顔を下に向けた。
どこかを見やり、
言う。
「なら・・・
――――――直接写真に撮った方が早くありません? いくら仕事とはいえ、余計な手間をかけさせるのも心苦しいですし」
「へ・・・・・・・・・・・・?」
今度こそ完全に意味不明だった。
先輩と見交わし、彼女を見、その視線を追い・・・・・・
「ムグ〜〜〜!! ふみょみ〜〜〜〜〜〜!!!!」
・・・・・・・・・・・・そこで、後ろに手足を縛られ猿轡をかまされた男が奇声を上げているのを見つけた。年齢20歳代程度の男性。痩せ型。黒のニット帽に、同じく黒のブラウスとパンツ。帽子から覗く髪は薄めの茶色。押さえてるから必ずしもそうだとは言えないが推測するに長め。眉毛は完全に剃った上に描いていて、目はタレ目ぎみ。鼻はさほど高くもなく、薄目の唇は少し不健康そうな色だ。近頃の若い人に特有の顎の細さである。
「つまり・・・・・・・・・・・・」
先輩が、額の汗を拭う。その顔には、何とも言えない笑みが浮かんでいた。
せなさんの方を何とか見て、
「あなたは、窓を破り入ろうとしたこの男と遭遇。とりあえず捕らえてから、窓を直してもらうためにうちの課に連絡を入れた、と?」
「ああ、やはり業者の方に直接お願いした方がよろしかったでしょうか? 何分詳しくもなく、またお金もあまり余裕がないので、安く直していただける所を窺おうと思ったのですが・・・」
あくまで窓らしい。空き巣未遂(入った時点でもう未遂じゃないか?)は、窓以下の扱いらしい。
哀れみを持った目で男を見ていると、せなさんは軽く手を叩いた。
「ああ、体型に1つ加えておきますが、あまり筋肉質でもないようですよ? 縄を伝い下りるのにすら苦労していましたから」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・すみません。窓を切って入ったところで鉢合わせしたのでは・・・?」
「鉢合わせしたのはそこでです。それまでは見ていました。『未遂』にするにしても、一度入ってもらわなければならないかと思い」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・)
なんだか見た目と裏腹に凄い人に遭遇してしまったらしい。まあ、ここはマンション7階につき、慌てて追い払い墜落死させたとか言われるよりはマシだけど・・・・・・。
硬直して何も言えない先輩に代わり、私はおずおずと手を挙げた。
「あのすみません・・・
―――この男とあった事、初めから全て説明していただけないでしょうか・・・・・・?」
どうも思ったんだけど、私たちと彼女の間にはとても大きな隔たりがあるような気がする。
少しでも埋めるべくそんな提案をする私に、
「ええ。いいですよ」
せなさんは、にっこり無害な微笑を浮かべ了承してくれた。
「今からおよそ30分前でしょうか、学校から帰り部屋に入ったところ、窓の光が妙な影を作っていました。上から垂らされた縄が揺れていたわけですね。
縄以外何も見えないのを確認し、私は部屋の明かりをつけないままそっと外へ出、鍋に反射させ上下を確認しました」
「鍋?」
いきなり生じたズレに、先輩が声を上げる。私も眉を顰めると、せなさんはちょっと恥ずかしそうにはにかみ笑いを浮かべた。
「こういった際のセオリーはコンパクトにつけられた鏡なのでしょうが、生憎とそのような洒落たものは持っていないもので。代わりのものというと平鍋か包丁しか思いつかなかったのですが、包丁では何かと物騒ですので鍋にしました」
「そ、そうですか・・・・・・」
「では続けますね。
上を確認したところ、人影が―――つまりは彼ですね―――がいました。最初は上の階で何かあったのかと思いましたが、下っているところからするとそうではないようです。下は、この階までしか縄は伸びていませんでした」
「だからあなたは自分の部屋に入ろうとしているとわかった・・・」
「失礼ですが、そこで警察を呼ばれた方がよかったのでは?」
「残念ながら、この時点でまだ彼がどこで何をしたいか判断がつかなかったので、とりあえず実際訊いてみるのが一番いいかと思いまして」
「危ないですよ!!」
「私もそう思い、手段を変えました。
そっと中へ入り、窓を閉め、鍵を開けておきました」
「は?」
「そして代わりにワンタッチ取り付けの鍵を死角に付け、閉めた窓に糸を噛ませておきました」
「はあ・・・・・・」
「準備している間にようやく彼もここまで到達し、座り込んで息をついていたので私は窓の影に隠れました。
彼は窓を見、鍵が開いているのに気付きました。本来ならここで怪しむべきなのでしょうけどね。窓はしっかり閉めレースとはいえカーテンをかけているのに鍵を閉め忘れる筈がない、と」
「まあ確かに・・・」
「み〜〜〜!! むんま〜〜〜!!」
「ですが、特に高層階の住人は安全対策を怠りがちだという世論に流されたのでしょう。何も疑う事なく彼は窓に手を当て開けようとし、引っくり返りました」
「うわ・・・」
ちょっと笑えそうな光景に、思わず私は噴き出してしまった。
話は淡々と進む。淡々と進むからこそ、余計に面白い。
「どうやら鍵が取り付けられている事に気付いたようですね。恥を掻かされた苛立ちでか、開くはずもないのにガタゴトと窓を揺さぶったため、噛ませていた糸が外れました。その先に仕掛けておいた鍋は、外す事もなくドンピシャで頭に落ち、そのまま彼は昏倒してしまいました」
「・・・・・・・・・・・・で、縛ってここに転がしたんですか?」
「いいえまさか。最初はそうしようかと思ったのですが、果たしてベランダに降り立っただけで『不法侵入』と言えるのか。
―――不明だったので実際入らせました」
「それは『不法』じゃないんじゃ・・・・・・」
「いえ不法ですよ? 彼は自分の力で入りましたからね。
昏倒している間に鍵を取り外し仕掛けを回収し、改めて普通の鍵をかけました。鍵外しが出来ないのなら次くるのは窓破りかと思い、ガラス片が飛び散らないよう窓を幅広のセロハンテープで補強し、下にビニールを敷き詰めておきました。
随分苦労されていたようですが、何とか10分で窓も破れ鍵を開け入ってきたので心置きなく倒しておきました。あ、そこにある足跡がその証拠です。1歩は踏み込んでいますよ?」
「・・・・・・・・・・・・さいですか」
犯人もほんっと〜〜〜〜〜〜〜〜に嫌な家を選んだものだ。
「じゃ、じゃあ一応犯罪なので警察に連絡を―――」
「はい、わかりました」
まるで名家のお嬢様のような、決してトロくはないのにおっとり電話へ向かう彼女の後姿を眺め、
「そういえば窓、どうしましょうか・・・?」
「完全に粉砕してるな・・・。そりゃ10分かかるワケだ。ヘタな強化ガラスよりヤなモンになってるな・・・」
「それじっと見てる彼女って――――――」
言いかけ、ふいに気付いた。
学校帰り。なのに私服の彼女に。
台所から、チーンと音が鳴る。チーズとトマトソースの美味しそうな香り。そ〜っと覗いてみれば、小さな器に手作りらしいグラタンかラザニアかドリアかまあその辺りが入っていた。
「あ、夜遅くわざわざご苦労様です。少しですが、召し上がってくださいな」
「は、はあ・・・」
「すみませんわざわざ・・・・・・」
電話を終えたらしい。テーブルセッティングされ、促されるまま小皿の前に腰を下ろす。
彼女はご丁寧に犯人の分も取り分け、
「熱いのでお気をつけ下さい。今飲み物もお持ちしますね」
そう言い残し、台所へと消えていった。
暫くその姿を見送り、
「――――――訂正。見てもいなかったんですね」
私の呟きに、先輩が無言で頷く。
最後の言葉は、私ではなく男に発せられた。
「まあ、
・・・・・・これに懲りたら窃盗なんかからは足を洗いなさい」
「ふぁひ・・・・・・」
△ ▽ △ ▽ △
後日談として、私は危うくこの課をクビになるところだった。彼女をえらく気に入った先輩が、私の代わりにぜひと勧めたらしい。
「お誘いは嬉しいのですが、何分私はまだ高校生ですので・・・・・・」
「・・・・・・そういえば、そうか・・・。残念だ」
「申し訳ありません」
―――危ういところで、私の首は繋がった。
「なら! ぜひ大学卒業後にでも!!」
「っげえええええええええ!!!!!!!!!!!!」
――――――私の首はあと5年!!??
―――Fin
―――リクエストアンケートにて、実は烈兄貴すら上回る支持を得ているせなさん。ついに今回、本来いるべきレツゴキャラを1人も出さない彼女のためだけの話が出来ました!! そして・・・
・・・・・・単体でもなんかおかしいぞせなさん!! やはりレツゴ唯一の常識人はジュンちゃんだけなのか(それもまた違う)!?
2005.9.6