跡部家使用人(跡部親子に遭遇)
私はここに来て1年目のまだまだ新米メイド。花嫁修業代わりに、ここの主の親の家で長年勤めている両親に連れて来られました。そしてあわよくばご主人様に取り入り玉の輿!!
・・・・・・になりたいな〜と夢見ちゃってたりしたのは仕事開始3日目辺りくらいまででした。両親は端から1%も期待していませんでした。理由は2つほど。
ここのご主人、跡部景吾様は現在男盛りの28歳。元プロのテニスプレイヤーで、その活躍ぶりはテニスなんてロクに知らない私ですらよく知っているほど。さらに顔よし頭よしお金ありの3拍子が揃えば寄ってこない女性はいない・・・というのはさすがに過言ですが、それでも普通はモテるでしょうに。なのになぜか男やもめですらなく相手なしのシングルファザー。恋人もいないそうです。彼はそこらへんに興味がないとか。これが1つ。
そんな彼の息子さんが跡部周吾君10歳。父親に全く似ていないのが特徴といった感じの、こちらは笑顔の可愛い男の子。この子が理由の2つ目。別に懐いてくれないとかクソ生意気とかそういうのではないんですけどね。ただ・・・
・・・・・・お父さんはものすっごい親馬鹿でした。
△ ▽ △ ▽ △
朝。
あくび混じりに部屋から出、廊下を歩いていたら同じく部屋から出てきた周吾君に出会った。
「周吾君おはよーv」
とびっきりの笑顔で挨拶。
「おはよーv」
周吾君も笑顔で返してくれた。それを見るだけで朝から幸せに―――
―――なれないのがこの家の常である。
「何やってんだてめぇ。ああ?」
「すいません申し訳ありませんでした」
次いで出てきたお父さんから視線を逸らし両手を上に上げる。据わった目のお父さん。とっても怖いデス。
「あ、お父さんおはよ〜vv」
私に対するそれとは全く別の笑みを浮かべ挨拶する周吾君。
「よお周、早ええな」
「うんv 早くお父さんに会いたかったからねv」
「何言ってやがる」
そう返しながら、お父さんも瞳を細め周吾君を抱き上げる。そのままおはようのちゅーになだれ込む2人はいいとして、
・・・何かいろいろ不条理さを抱くのは私だけですか? やっぱこの辺りは親子と、同居人とはいえ他人との差ですか?
「じゃ、私は食事の仕度して来ますねー」
そんな一生解けそうにない疑問は捨て、私は2人に背を向けた。
「おう」
「美味しいのよろしくねー」
―――とりあえず返事が返ってくるのには喜ぶべきだろう。
△ ▽ △ ▽ △
庭師は別にいるため庭はそちらに任せ、なのにそこにいるのは窓掃除をするためである。
中庭に面した窓を掃除する。中庭には跡部さん(自分が仕える主なら『様』付けが普通だろうけど、ここの主はそう呼ばれて必要以上に敬われる事を嫌っているため普通に『さん』付け。跡部さん曰く、「バイト員が店長に『様』つけてる店なんぞねーだろ? そういうモンだ」だそうだ)の友人の佐伯さんが作った、タイヤや廃材で作ったアスレチックがあり、現在ここでは跡部さんと周吾君が遊んでいた。跡部さんと周吾君が、である。決して『遊ぶ周吾君を跡部さんが見守っている』のではない。
「お父さんこっちこっちー」
「待てよ周!
―――くっそ佐伯のヤロー。ちっちぇえモンばっか作りやがって・・・!!」
お父さん大変です。お父さん頑張ってます。
お子様の周吾君が遊ぶのに丁度良く作られたアスレチック。作った佐伯さんもまさかこれでお父さんが遊ぶとは想定していなかっただろう。背丈の違いは屈めばどうにかなるとしても、肩幅の違いは痛いものだ。今も土管を易々くぐる周吾君に対し、肩でつっかえた跡部さんは最終手段に出ようとしていた。
「くっそー!! こーなったら―――!!」
「うわわわわわ!! 跡部さんストップストップ!!」
先に止めたのはそばにいた庭師の青年。後ろからがっしり両肩を拘束した。
「放しやがれ!! 俺はぜってーここを潜り抜けてやるんだからな!!」
「だからって関節外さないで下さい!! 両肩外したら誰が戻すんですか!?」
「うっせえ! ンなモンちょっとどっかで支えて押し込みゃくっつくんだよ!!」
「そう言ってホントにやるの止めてください!! クセになっちゃいますよ!!」
なおもぎゃーぎゃーやりあう2人を他所に、私は汚れた水を替えに水道へと向かった。そこでは周吾君がこくこくと水を飲んでいた。
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
「どうしたの?」
「周吾君・・・・・・、
・・・・・・アスレチックにいなかった?」
「いたよ? 1周回り終わったから休んでるんだ。喉も渇いたしね」
「・・・・・・・・・・・・。お父さんは・・・・・・」
「頑張ってるみたいだから邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
後ろを振り向く。木と建物が少し邪魔だが、それでもアスレチックの一部は良く見えた。今だに庭師と争っている跡部さんが。
「・・・・・・確かに、『頑張ってる』わねとっても」
その後、(周吾君の提案で)土管は迂回して1周回った跡部さん。今度は周吾君と、坂状に縄網の張られた高さ3m位の・・・上り台?のてっぺんにいた。ちなみにコレ、片面専用で高さ3mの直角三角形。縄網の張っていない部分は飛び降り専用垂直落下台―――となっているとさすがに危ないので、一応地面までロープが吊るされている。捕まらなければ結局垂直落下だけどね。佐伯さんも実に凶悪なものを作ったものだ。
てっぺんに腰をかけ脚をぶらぶら振る跡部親子。もちろん向いているのは危ない方向。それでも2人とも特に怯える様子はない。まあ・・・・・・安定のいい背もたれなしのイスに座り、後ろにならまだしも前に落ちる事はあまりないからだろう。意識して下りるか、
―――さもなければ余程の事態がない限り。
ビュッ―――
いきなり突風が吹き、周吾君が被っていた麦わら帽が飛んでいった。「あっ・・・」と見送る2人。この後地面に落ちたのを拾うのだろう。よほど飛ばされない限りここは跡部さん家の敷地内。他に人もいないのだからそれで問題はない。のだが、
反射神経に優れた親子というのは時に、実に厄介なものと化すらしい。
手を伸ばした周吾君。麦わら帽に届き、ついでに体が前に泳いだ。
「危ねえ周!!」
落ちかけた周吾君の体をとっさに引き寄せる跡部さん。そこまでは親子の情愛溢れる光景だと思うけど・・・
・・・・・・そんな事をすればもちろん今度は跡部さんの体が前に行くワケで。
「うおっ・・・!!」
「お父さん!?」
お父さん危ないですううう!!!
そんな風に頭の中で思っても、もちろん念動力なんてない以上止まりはせず、跡部さんは、そのまま頭から転落していった。
――――――途中まで。
「こなクソっ!!」
彼の人柄をよく表す掛け声と共に、跡部さんは上を向いた脚を伸ばし、網に突っ込み引っ掛けていた。
地面まで残り1m。網と足首は、跡部さんの体重をかろうじて支えていた。
上から見下ろす周吾君。
「大丈夫〜?」
「おう。何とかな」
「よかった〜vv」
ほっと胸をなでおろし、
―――そこから軽〜く飛び降りてきた。
「・・・・・・・・・・・・周」
「ん? 何? お父さん」
「お前・・・・・・そっから飛び下りれたのか?」
「? 飛び下りれるよ?」
それがどうしたの? と首を傾げる周吾君に、
「・・・・・・・・・・・・いや。何でもねえ」
跡部さんはそう答えるしかなかったようだ。
△ ▽ △ ▽ △
昼下がり。日なたでは日差しがかんかんと照っているが、木陰ではそれも遮られ、さらに木が蒸し暑い空気を冷ましてくれる。
1人用のベンチ・・・とでも言うか、海辺やプールでよく見かけられる寝転がれるヤツ・・・に体を沈め、跡部さんが眠りこけていた。やっぱ子どもに張り合って疲れたのだろうか。
神経質な体質のため、あまり近付くと目を覚まされる。なので木の陰に隠れこっそり見守るなどという、彼に想いを寄せる純情少女的行為をしていたところ、
くいくい。
後ろから袖を引っ張られた。振り向くというか見下ろす。周吾君がこちらをじ〜っと見上げていた。
「ん? どうしたの周吾君?」
「お父さんそこ?」
「そうだけど?」
「何してるの?」
「寝てるわよ?」
場所を譲ってやる。周吾君もそれを確認し―――
にや〜〜〜〜〜〜っと笑った。
「・・・・・・。どうしたの?」
「え〜? 別に〜? ただ・・・
――――――そろそろ夕方だし、起こしてあげないとなあ〜♪」
実に楽しそうに笑う周吾君。気取られないよう迂回して回る様はどこのプロ!?
そして、いよいよ跡部さんの目の前に立ち、
「どーん!!」
「誰が喰らうか!!」
一気に飛び乗ったところ、寸前で気付いた(いやこの様子だと割と前から気付いていたのか?)跡部さんに身を捻ってかわされた。弾力あるベンチの上に周吾君不時着。上から跡部さんがのしかかり、逃がさないよう腿でがっちりホールドした上でくすぐりまわした。
「てめぇ俺様の寝込み襲うたあいい度胸じゃねえか! 返り討ちにしてやるぜ!!」
「あははははははははははははははははは!!!! お父さんギブギブ!!」
「まだまだあ! しっかり反省させてやっからな!!」
「もーダメ――――――あははははははははははははははははははははっははははあははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!」
△ ▽ △ ▽ △
そんなこんなで今日も1日終了。今日はもちろんの事、昨日も一昨日もその前も遡ってみてもず〜〜〜〜〜っと、跡部さんは周吾君と遊んでいた。別に財産は十分あるんだし、悠々自適の生活そのものはいいのだろうけどふと思う。
―――こういう人を間違って旦那に持ってしまったらどうなるのだろう、と。
「奥さん随分サミシイ目に遭いそうねえ・・・・・・」
旦那は構ってくれず、子どもは旦那に取られ。
世の浮気する夫の心理を、なぜか独身女性の身で体験するハメになった。ついでに結婚願望がどがどが下がっていき・・・・・・。
「―――ま、いっか」
私は気楽に肩を竦めた。どうせここに勤める限り結婚は絶対無理だろう。
△ ▽ △ ▽ △
そして今日もまた、家には跡部親子の笑い声が広がる・・・・・・。
―――Fin
―――さってこのシリーズで周吾に会いたい。要望はとても多く、周吾の人気振りを表していますが・・・・・・実はこれが意外と難しい事になっていたり。なにせ設定上(というかお父さんの教育上?)、周吾はめったな事がなければ外には出ず人にも会わない。というワケで、今回はそんな彼に会える数少ない中の1人、使用人その1です。・・・とりあえず、周吾に使用人が最低限しか接しないワケが判明した感じで。
そしてこの主人公、同じ境遇の庭師と結婚しそうな気がしてたまらない・・・・・・。
2005.5.17〜20