訪問販売員(跡部親子に遭遇)


 「あったあった。ここね」
 その家―――今回のターゲットである某豪邸を見上げ、私はひとつため息をついた。東京のど真ん中に馬鹿デカい豪邸。それだけ稼げる人は羨ましいものだ。
 「・・・・・・っと、仕事仕事」
 感嘆悲観で腹は膨れない。膨れるためにはこの家に住む人にこの、1枚幾円かの高級布団を買ってもらわねば!!
 ・・・・・・悪徳業者? 何を言う。こんな家に住む人に1枚ご―――!! ・・・・・・・・・(こほん)円の布団買ってもらうなんて、一般ピープルで曰く百均商品売りつけるようなモンよきっと!!
 「で、この家の住人は―――」
 手にしていた顧客(予定)リストで確認。闇ルートで手に入れたもの+他の方々の汗と涙の結晶によると、この家の主人は跡部景吾さん
28歳。
 (うあ・・・。
28歳でこの豪邸! きっとどーせ親の財産食いつぶし組よ!!)
 ひがみ完了。気を取り直しさらに下へ。彼は現在息子の周吾君、さらにお手伝いさん数人と暮らしており、妻はいない―――男やもめではなくそもそも結婚していないらしい。
 (ならばぜひ私が花嫁候補その1に―――っていかんいかん。落ち着け私。相手は客だ)
 冷静になって状況分析。この手の客で一番困るのは・・・・・・誰にものを勧めるか。単純にお金を握っているのは主人たる跡部さんだろう。が、こういう人が布団についてなどまず興味は持たない。気にするのはお手伝いの人だ。ただし払う額が半端ではない(一般庶民にとって)。主と息子の2枚だとしても万札が束になる。雇われ手伝いの一存で決めるのは難しいだろう。
 「・・・・・・よし」
 
10秒ほど悩み、結局私は手伝いの人をターゲットに決めた。そこから主に意見してもらおう。





△     ▽     △     ▽     △






 呼び鈴はライオン口輪ではなく普通のチャイムだった。押してみる―――と、チリチリチリとベルを手で握り込んで鳴らすような反響0の音がした。
 (・・・・・・壊れた?)
 それとも壊したのだろうか。困った。昔から静電気体質で、痛いだけに飽き足らずしょっちゅう火花を飛ばし周りから拍手されていたのだが・・・・・・それにしても、今は静電気のシーズンではないだろう。
 心配になっていると、インターホンから声が流れてきた。
 《はい》
 「あ、こちら布団の訪問販売をさせて頂いております者です。お宅に新しい布団を、いかがでしょうか?」
 《お入りください》
 「では、失礼致します」
 随分簡単に入れてくれるものだ。門前払いが当たり前なのに。
 (お金持ちは心も広いのかしら? それともたまたま丁度布団が欲しかった・・・・・・・・・・・・りしたらいいなあ無理だけど)
 見えないだろうが軽く会釈をし(最近の防犯設備とは随分進んだものだ。時々この辺りでもうカメラ監視が入る。声だけ作って仏頂面で入り嫌な顔をされる同業者も多い)、私は大きく重厚な―――というと語弊がありそうな門を開けた。遠くから見るとどっしりした印象だが、刑務所のような無骨さだけではない。年代ものと思わせる錆び擦れツルツルになった濃い褐色の細い柵には緻密な細工が彫り込まれており、光を鈍く反射していた。開くと見た目に相応しくキー・・・と軋み音がする。
 (こういうのを『金持ちの道楽』って言うのかしらね)
 そんなに築何年も建っていないだろうに、全体的にわざと中世の城を彷彿とさせるような古い作りをしている。それもきらびやかなヤツではなく、戦いが起こると拠点として機能しそうなそんな感じの。
 最初のチャイムも狙ってだろう。あれでピンポーン♪とか鳴ったらイメージ総崩れだ。
 敷地からすると意外と短い正面の庭を進む。ここでも思うことはいろいろあるが、一々感動していても物悲しくなるだけなのでスルーするとして。
 「こんにちはv」
 開いた扉の前でにこやかにご挨拶。扉の向こうは―――
 ―――誰もいなかった。
 (うわさっみし〜・・・・・・)
 つまりは嫌がらせだったと。布団を担いでえっちらおっちら歩いてきた私は馬鹿を見ただけだと。
 無性に泣きたくなる私の耳に、
 「いらっしゃいませv」
 こちらもにこやかな声が届いた。下の方から。
 「え・・・?」
 きょとんとして下を向く。誰もいなかったというのは誤りだった。小さくて視界に入らなかっただけだった。
 まだ
10歳程度だろう多分男の子。にこにこ笑ってこちらを見上げていた。
 「もしかして君・・・
  ・・・・・・跡部周吾君?」
 「うん! そうだよ」
 (や〜んカッワイ〜〜vv)
 主の息子の周吾君。なぜ彼が出てくるのかは不思議だったが、「うん!」と大きく頷く様に私は一発
KOされた。
 ついついああこの布団にくるんで持ち帰ればきっとバレないだろうななどと誘拐の算段を考え・・・
 (だから違うって! 客! この子も客!)
 「それで周吾君、誰か他の〜・・・大人の方、いるかな?」
 客ではあるが・・・・・・実際売り込むのは他の相手にした方がいいだろう当たり前の話。
 尋ねる私に、周吾君は小さな手で自分を指差した。
 「僕がお姉さんの相手するよ」
 「『お姉さん』!?」
 (くくぅっ!! 嬉しい事言ってくれるじゃねえの!! ・・・ってだから落ち着け私!!)
 向こうからしてみれば『お布団売りのおばさん』なのにいつもは!!
 感激のあまりさらに誘拐したくなる。が、そこも理性で押さえつけ。
 「それで、お布団だよね?」
 「ええ。そうそう」
 自然な笑顔を振り撒き担いでいた布団をどん!と下ろし―――
 ―――再び顔を上げた時、私の目は向こうからやってきたお手伝いさんらしい恰好の人と合った。
 こちらにはあからさまに不審げな目つきをされる。それでもめげずに会釈などしてみると、周吾君も気付いたらしく後ろを振り返った。
 「あの、周吾君・・・・・・。
  ――――――こちら、お客様?」
 明らかにこちらに聞かせる口調の耳打ち。不審者は出て行けと、全身で如実に語っていた。
 それを聞き、周吾君は・・・
 「うん。僕のお客様v」
 「(くっ・・・!)」
 「(ははん! ざまーみろ!)」
 死角で顔を顰めるお手伝いさんに、私も死角で鼻で笑ってやった。・・・・・・いや、これから布団売る相手にケンカ売ってどうする。
 それでも退散したお手伝いさんに旗(をイメージしたハンカチ)など振ってやっていざ周吾君に!
 「それで、今日持ってきたのはこの布団なんだけど―――」
 「いくら?」
 こちらの売り口上を遮りいきなりの先制パンチ! 周吾君何者!?
 この手の商売で、値段は大抵ラストに言うものだ。美麗字句で飾られた商品は、たとえ少々お高く聞こえようがそれで納得してしまうからだ。
 逆に、最初に高い値段を聞いてしまえばその後どんな美麗字句を並べ立てようが「でも高いから」の一言が歯止めとなってしまう。
 黙りこくる私に、周吾君はさらに無邪気に訊いてきた。
 「で、いくら?」
 「ご・・・」
 「『ご』?」
 「・・・・・・・・・・・・ごじうまんえん、ほど」
 「
50万円?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さいです」
 「ふーん。
  じゃあどうぞ」
 「はい?」
 「商品説明。
  値段に見合う内容だったら買うよ」
 (うわ〜! ついてけねーよ
10歳児!!)
 自分が
10歳だった時の事を思い出す。もう少し可愛げはあったような気がする自画自賛ではないが。
 (時代の差かしら? それともやっぱ金持ちと一般ピープルの差!?)
 突き詰め哀しくなる問いは放置し、私は持ってきていた布団を取り出した。
 「まず、こんな感じの布団ね」
 「わ〜。ふかふか〜vv」
 いきなりお子様ちっくになる周吾君。布団にぱふっと転がり楽しむのをこっちも見て楽しむ。
 「この布団はまず中の素材が違うの」
 「ふむふむ」
 ―――以下
45分間、確か小学校の1時限分か? 私はひたすらにくっちゃべった。
 そして・・・
 「(ぜ〜は〜ぜ〜は〜)・・・で、どうかしら?」
 凄絶な笑みで尋ねる。
 一方周吾君は最初から変わらぬ笑みで一言。





 「いらない」





 「何で!?」
 「何でも」
 「どうして!?」
 「どうしても」
 「・・・・・・もしかして、訪問販売撃退法とかどっかで見たり聞いたりした?」
 「昨日テレビでやってた」
 「つまり私は実験台?」
 「もちろんv」
 (こ、の、くそガキぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!)
 私は血涙を流し拳を震わせた。如何なる理由で断られようが、大抵の場合それに対する返答マニュアルというのはあるものだ。逆に―――
 ―――何の理由もつけずに断られると、こちらも何の返しようもない。
 にこにこ笑顔を見て、よっぽど本当にさらってやろうか悩む私の後ろで、
 がちゃり。
 「あ、お父さんお帰り〜vv」
 「おう周。帰った―――」
 聞こえてきた声が、そこでぴたりと止まった。何となく先程のお手伝いさんとの事を思い出す。
 (落ち着け私。『お父さん』っていう事は、この人こそこの家の主・跡部景吾さん! ここでコビ売らずにいつどこで売る!?)
 にっこりと、満面の笑みで振り向く。その先にいたのは、
 ――――――なぜかぶるぶる拳を戦慄かせた人だった。
 「あの、私―――」
 「てめぇ周に何しようとしてる!?」
 「え・・・!? あ、あの・・・!!」
 「とっとと失せろ!! それとも叩き出されてえか!?」
 「は、はい!!
  失礼しました!!」
 あまりの怖さに、広げたままの布団を担ぎ私は家から飛び出した。
 車に戻り、ばくばく脈打つ心臓を落ち着かせながら呟く。
 「何であっさりバレたのかしら・・・? 心の中でしか思ってなかったのに・・・・・・」















△     ▽     △     ▽     △






 「お父さん、あの人ただのお布団売りだよ?」
 「ああ? ンなモンが何で家になんぞいるよ?」
 「僕が招いたから」
 「・・・・・・あん?」
 「昨日お手伝いさんと見てたテレビでね、訪問販売撃退法っていうのやってたんだ。丁度ヒマだったし面白そうだったから試してたの。ホントに効くんだね。びっくりだよ」
 「・・・・・・・・・・・・。
  なあ、周」
 「ん?」
 「もしかしてで思うんだけどよ、
  ―――俺は今の相手に対してとんでもねえ事やっちまったか?」
 「まあ、人間誰にでも間違いはあるものだよ。どんまいお父さん」
 「ああ・・・・・・。ありがとよ周」
 「いえいえvv」



―――Fin







 ―――周吾の最強最悪振りを改めて確認したところで跡部家の事情
Part2。途中で出てきたお手伝いさんは、Part1の『私』です。なお訪問販売撃退法ははな●より。いろいろ勉強になるなあはな●。

2005.6.1728