大富豪の娘(越前一家に遭遇)


 7年前、私は両親に連れられとあるパーティーに参加していた。
 「じゃあ、私たちは皆様に挨拶してくるからな」
 「あなたは大人しくしているのよ」
 「はーい」
 いつもと同じ言いつけにいつもと同じ投げやりな返事を返す。『投げやりな』の意味がわかったら多分もうこんな言いつけはされなくなるだろう。
 両親を見送り、
 「さって今日はどんな料理があるかしら?」
 私はそんな事を呟いていた。念のため強調しておくが、私は別に食いしん坊ではない(もちろん食べる事は嫌いではないが)。ただ、退屈極まりないお偉方の挨拶に、私『の家のお金』目当てで群がってくる男らの、歯の浮く寝言と比べたら、パーティーで一番楽しいのは好きに食べられる食事となるワケだ。実際私のパーティーでの思い出は、どこそこで出たコレが美味しかった、どこそこのアレはマズかったなどといったものばかり。
 そんなワケで今回も『大人しく』料理の並ぶところへ向い・・・
 「・・・・・・あれ?」
 横手に、ソレを見つけた。





△     ▽     △     ▽     △






 パーティーで、誰からも誘われない女の子を指し『壁の花[ウォールフラワー]』と言う。では男の子の場合何と指すのだろう?
 その子は7・8歳位の少年だった。エメラルドグリーンをもう少し濃くしたような髪を持ち、顔つきからするとアジア系だろう。正装にまだ慣れていないらしく、苦しげに蝶ネクタイを何度も直していた。
 やはり私と同じ、親に無理やり連れてこられたどこかのお坊ちゃんだろうか? 何となく同類を見かけ嬉しくなり、私は彼の方へと歩いていった。
 確保していた料理を差し出し、
 「食べる?」
 「え・・・?」
 きょとんとされてしまった。困った。英語は通じないのかもしれない。
 (あと私が話せるのといったら日本語くらいだけど・・・・・・)
 余計に通じないような気がする。あるいはアジア系だし偶然通じるかも。
 なので今度は日本語で話し掛けてみた。通じなかった時のための、万国共通(かもしれない)ジェスチャー付きで。
 「あの、コレ、食べる?」
 ぷっ―――。
 ・・・・・・なぜか今度は噴き出された。確かにやっている私も少し恥ずかしかったけど。
 少年はこちらに手を振り、
 「いやいいよ。これからちっと運動するモンで、食べ過ぎると腹下るから」
 流暢な英語でそう言ってのけた。どうやら最初にきょとんとしたのは、通じなかったからではなくいきなり話し掛けられたかららしい。私1人が馬鹿なメを見たようだ。
 「運動? 女の子でも襲いに行くの?」
 意地の悪い笑みで尋ねる。尋ねてから―――この質問は最悪だったと悟った。
 (まるで私が襲って欲しいみたいじゃない!!)
 確かにお相手はいないサミシイ独り者だし目の前の少年は年齢に似合わない大人びた雰囲気を持ち数年後にはかっこ良くなる事間違いなしの顔だけれど! だがこんな子どもに襲われたいとは思わない。そこまで道を踏み外したくはない。
 が、ヘタに焦ったのが災いしたらしい。
 少年が、顔を近づけにやりと笑った。
 「襲って欲しい?」
 「だ!? な!! そ―――!!」
 慌てて遠ざかる。真っ赤な顔でバクバク言う心臓を押さえつけると、少年は腹を抱えて大爆笑していた。・・・むしろこっちで下りそうだ。
 「悪りいな。俺が『襲う』のは男ばっかだ。弱ええヤツばっか、な」
 「・・・・・・ひょろひょろ君好き?」
 「さあな?」
 肩を竦める少年。その目が僅かに伏せられた。これ以上この会話は続けたくないらしい。
 (何か、苦労してるのかしら・・・?)
 男同士の云々、というのも―――少年の見た目によりだろうか? 思ったよりは嫌悪感はわかなかった。こんな子なら、男女どちらでも興味は湧くだろう。
 (ああ・・・・・・)
 考え、私は静かに納得した。お偉いさんのパーティー。こんなところに連れてこられたこの少年。多分イケニエだろう。なまじ金と地位があるからだろうか。こういう所に来る人は妙な事をやりたがる。何をやっても大抵もみ消せるとなれば当然か。
 程度は違うが私も似たようなものだ。こんなパーティーに連れてこられるのは親の面目を保つため。今こそ自由に動き回っているが、親が取り入りたい相手を見つければ即座にそこに駆り出されるいや借り出される。実の子に親が課す行為だとはとても思えないが、実の子でなければ普通か。容姿を気に入られ、そのために買い取られた『子ども』となれば。
 胸をもたげる、ちょっとした反抗心。この位なら許されるだろう。
 少年に近付き、
 軽くキスをする。
 再びきょとんとする少年に、茶目っ気たっぷりで言ってやった。
 「女もいいものでしょ?」
 言われ、少年は・・・
 ―――にやりと笑った。
 くいくいと人差し指を曲げられる。顔を近づけろという事か。
 今度は彼からされるのだろうか? 奇妙な期待感がこみ上げる。
 顔を近づける私を、
 彼はひょいと避けた。
 代わりに抱きしめられ、耳元に囁かれる。
 「いい情報やるよ。『ゲーム』に参加すんだったら俺に賭けな。ぜってー損はさせねえぜ?」
 「え・・・?」
 逆にきょとんとする私。彼は壁と私の間からするりと抜け、軽くウインクなどしてみせた。それまた子憎たらしいほどよく似合う。
 「さっきのは情報料な」
 つまり誰かに責められたらそう言い逃れろ、と。やれやれ。あんな子どもに気を使われてしまった。
 「じゃあな」
 「あ、待―――」
 手を上げ、少年が人ごみに消えかける。礼を言おうと止める私に振り向き、
 「ああそうそう。俺の名前、越前リョーガってんだ。よろしくな」
 それだけ告げ、少年は完全に消えた・・・・・・。





△     ▽     △     ▽     △






 その後わかった事だが、このパーティーでは余興として賭けテニスをやるらしい。対戦表を見ていき、
 「あ、あった・・・」
 “
Ryoga Echizen”。確かにあった。それも、とんでもなく高いオッズで。
 (まあ当たり前か・・・)
 対戦する相手は如何にも強そうだ。少なくとも子どもが勝てる相手ではあるまい。ただの『子ども』なら。



 『いい情報やるよ。「ゲーム」に参加すんだったら俺に賭けな。ぜってー損はさせねえぜ?』



 あの自信に満ち溢れた言い振り。損はさせない以上、勝つか少なくとも引き分けにはなるのだろう。
 「面白いじゃない」
 くすりと笑い、私は自分の全財産
150ドルを彼へと賭けた。





△     ▽     △     ▽     △






 勝負は本当に彼が勝った。確かに私は損はしなかった。どころか得をした。
 その後、同じ類のパーティーで何度か彼に会った。もうお互い声をかけたりはしない。それでも私は、ありったけの金を彼に賭け続けた。別れ際にあと一言囁かれた彼の言葉をいつまでも信じ。



 『知ってっか? 花っつーのは何もしてねーようでいつだって戦略張り巡らせてる。自分が生き残って、より強ええ子孫残すためにな。
  アンタだって手も足も頭もあんだろ? 欲しいモン掴み取りてえんなら動かしてみろよ。
  じゃあなウォールフラワー』



 そして、現在・・・・・・。





△     ▽     △     ▽     △






 私は故郷、日本へと帰ってきた。彼に賭け貯まったお金で親元から逃げ出し。
 物心ついた時にはもうアメリカにいた。ここには何の思い出もない。
 初めて来た観光客の気分でうろつく。どのくらい移動したか。とりあえず誰にも訊かず元の場所へは戻れなくなった程度で・・・
 「ゲームアンドマッチ! ウォンバイ越前!!」
 (え・・・・・・?)
 たまたま通りかかった公園で、そんな声が聞こえた。テニスは全く知らないものだったが、あの少年―――越前リョーガの試合を何度も観ている間に、今のコールで試合が終わるのだとかろうじて理解出来るようにはなった。
 そっと見やる。公園内にあったストリートテニス場。予想通り、丁度試合が終わったところだった。
 2人が握手している。私の位置から顔が見えるのは1人。それはかの少年とは似ても似つかなかった。
 「か〜。やっぱ強ええなー越前」
 「先輩が弱すぎるんスよ」
 後ろを向く少年、『越前』君。帽子を被っていてほとんど見えないが、下から除く髪は深いエメラルドグリーン。小さいのと人を見下す態度はそのままだった。
 「んじゃ帰ろうぜ」
 「そうっスね」





 帰る2人の後をつける。越前君1人になったところで、声をかけた。
 「久しぶりね、越前君」
 振り向く。あの時の面影をそのまま残した顔で、
 「アンタ誰?」
 「・・・・・・。まあ7年ぶりだし会話したのもちょっとだから忘れてるかもしれないけど」
 「忘れるも何も知らないし」
 「憶えて・・・・・・ないのも無理はないわよね・・・。私・・・・・・パーティーであなたと会ってそれで〜・・・・・・キスして・・・・・・」
 引きつりながらいろいろ言い、言い過ぎて顔を赤くする。
 そんな私を見て、越前君はますます怪しげな顔をした。
 「7年前・・・って、俺まだ5歳だったんだけど。てゆーかそういう尻軽行為すんの俺じゃないし」
 「ちょーーっと待って!!」
 いろいろと考える。よくよく考える。彼、越前リョーガと会ったのは7年前だ。その時彼は推定7・8歳。7年経てば
145歳。
 さて見てみよう目の前の子どもを。小さい子ども。小学生か、かろうじて中学生といったところか。本人も7年前5歳だったというからには丁度その辺りの
12歳らしい。
 越前リョーガに良く似た、本人より少し年下らしい少年。ありえるとすれば・・・
 「ねえ君。君越前リョーガ君・・・って知らない?」
 「リョーガ? 俺の兄貴だけど?」
 「―――おーチビ助! よーやっと帰ってきたか」
 まるで弟君の紹介に合わせるように門から出てきた人物。後ろからのしかかる彼は確かに弟君に―――それ以上に7年前見たあの少年によく似ていた。
 のしかかられ、弟君の方は暫く重そうに暴れてから。
 「この人が『越前リョーガ』。
  んでリョーガ、何か知り合い」
 「ん?」
 弟君の仲介で、ようやく私たちは顔を合わせた。やはりあの時の予想は間違いなく、かの少年はとてもかっこ良かった。
 じっと見つめられ、耐え切れずに先に口を開く。
 「あ、あの私―――」
 「アンタ誰?」
 「・・・・・・・・・・・・」





*注:越前リョーガはリョーマの兄です*






 硬直する私。真っ暗な視界に、かろうじてその兄弟の会話が聞こえる。
 「何? アンタも知らない人?」
 「さ〜。知らねえたあ思うんだけどなあ」
 「その知らない人に俺ずっとつけられてたんだけど」
 「お、チビ助よかったなー! ストーカーまで付きゃ立派に1人前だ」
 「アンタに間違えられたんだよ・・・!!
  何か7年前のパーティーで会ったんだって。キスまでしたらしいよ?」
 「あー? パーティー? 出すぎて憶えてねーや」
 「キスもしすぎたワケ?」
 「そりゃ一晩のアバンチュールっつーの? やっぱパーティー出るからにゃ女子の1人や2人とイイ仲になんねーとな」
 「そーいえばこないだのでも口説きまくってたっけジャージ姿で人の話とことん無視して」
 「はっはっは〜。悔しかったらお前もお兄様くらいかっこ良くなれよチ・ビ・助」
 「いらないし絶対・・・」
 ぱたん。
 話しながら去っていったらしい。視界が戻った頃には、もう目の前には誰もいなかった。いや・・・
 「あーそこのオジョーサン。どうしたんだい黄昏ちまって。サミシーならおじさんが慰めて―――」
 「いーえもー結構です!!!」
 逆方向から歩いてきたちょっと代わった和服姿のオヤジに、私は全ての怒りをぶつけた。





 ―――想い出は想い出のまま残しておくべきだ。そう悟ったとある夏の夕方だった。



―――Fin







 ―――アンケートでは現在リョーガが単独
Topと見せかけ2位。書いてる間に幸村に抜かれました(爆)。しっかし前回書いてビリに落とした事を考えれば大した上がりっぷりです。そんなに人気なのかリョーガ(そりゃそうだろう)!?
 といった事で今回はほとんどピンリョーガ。一応ラストにリョーマと南次郎もちろっと出てきたので『越前一家』と表記しましたが実質リョーガ×自分・・・と見せかけ他人っぽいです。しかしコレで考えてみると、なんと映画に出てくる客のアレやソレが自分かもしれない!? そんな妄想を抱くともうちょっと楽しくなるかもしれません。
 ・・・・・・ところで誰かに遭遇してイイ目に遭える人っていないのか? 最初の腐女子以外みんな嫌がっているような・・・・・・。

2005.5.7