料理教室講師(リョーマ・不二に遭遇)
ここは都内某所。私はここにある料理教室で、特に初めての方へ教えるスタッフその1である。
ところで料理教室。唐突な事が、昨今料理を習いに来るのは結婚を控えたうら若き女性たちだけではない。健康志向が広がり(ついでに財布の中身は軽くなり)、外食やコンビニ弁当ばかりでなく手料理に切り替える男性陣も多くなってきた。私は主にそんな方々が担当である。私も料理がヘタだから―――では断じてない! ただそう見られやすいからなだけだ。経営者曰く、「こういうヤツでも料理が出来るといういい見本だ」だそうだ。私は最低レベルの踏み台ですか?
そんな私情はともかくとして、今日は男子学生対象の講習である。
△ ▽ △ ▽ △
がやがやと―――いや意外と静かに入ってきた10人の少年たち。これが多分『少女』だったらさぞかし騒がしい事になっているんだろうな〜などと思ってみたり。
見た目大体は高校〜大学生くらいの子たちだった・・・・・・あら? 1人小学生発見。まあ今時小学生だって料理出来る子多いものね。わざわざ習いに来るなんて感心感心。
―――ところであの子・・・・・・男の子よねえ? 何か凄い見た感じ女の子っぽいんだけど。目も大きいし。
でもそれを言うと、一緒に来てるこっちは高校生っぽい子なんて余計に。茶髪のショートヘアで私より背は高いんだけど、ずっと柔らかい表情で微笑んでて。何か・・・ぶっちゃけむさ苦しい男の園の中で、そこ2人だけ異色の空気を放っているような・・・・・・。
とりあえずそこだけ観察してても仕方ないので、私はみんなに挨拶して今日作るものを説明した。
今日作るのは、トンカツ(千切りキャベツ添え)・煮物・みそ汁・ご飯。食べ盛りにつきがっつける感じのもので。
メニューを聞き、
「・・・・・・魚じゃないんだ」
「まあ越前君。トンカツも美味しいし。ね?」
「別にいいっスけどね、不二先輩」
・・・とりあえずここにいたのは全員少年だった事が判明した。今のは文句を言う小学生の子を笑顔の子がフォローした形。『君』付けで呼ばれたのは小学生の子だけだけど、笑顔の子も女性にしては声が低い。
さてさっそく料理にかかる。まずはお鍋でご飯。今時炊飯器でピッてやれば終わりでしょうけど相手は学生。親元離れて1人暮らしなどやった場合、そこまで手が(というか金が)回らず炊飯器のない家もある。
お米を洗い―――
「洗剤をつけるなあああ!!!」
水で磨ぎ―――
「流すなザル使ええええ!!!」
鍋に入れ水を注ぎ―――
「ミリリットルとリットル間違えるなああああ!!!!!」
火にかけ―――
「鍋溶かすなエプロン焦がすな火加減注意しろおおおおお!!!!!!!」
「・・・・・・アンタうるさいんだけど」
「アンタが注意させるような事ばっかするからでしょ!?」
小学生の越前君。とことん料理はド下手な事が判明しました。こりゃ親もさじ投げるわ。
「まあまあ越前君も。
すみません先生。彼は僕が責任持って面倒みますから」
そんな事を言ってくる笑顔の不二君。そう言うだけあって、彼の方は全く何の問題もなくご飯を炊き上げた(まだ炊けてないけど)。
「あ、そうですか・・・? じゃあ・・・・・・」
彼に任せ、私はその場を後にする事にした。料理教室に来る意味がなくなりそうだけど、越前君についてたら他の人絶対見られない。5秒目離すと何やるかわかんないわこの子。
続いてはダシを取る間に野菜の準備。包丁使いは個性が出る。かなり慣れた様子の子から手を切らないか心配な子。機械でも使った並に正確に切り分けていく子に、説明無視で独創的な切り方をしていく子。そして・・・・・・材料を完全に消滅させる子。
(見ない見ないあの子は見ない。それもまた個性の1つ・・・)
すっからかんになった手を見不思議そうに首を傾げる越前君に、不二君が笑って実演をしてみせてくれた。とっても上手だった。はっきり言って、何でこれだけ出来る子がわざわざ教室なんかに通ってるのか不思議でたまらなかった。
煮物とダシの準備が終わった。ダシは入れすぎ火にかけすぎ沸騰させすぎ蒸発しすぎ漉せば下にボール置かず流れていく・・・などごくありきたりなミスにより、当初の1/4以下になった子もいたけど(あえて誰とは言わず)大丈夫。こんな事もあろうかと・・・というかどーせこんな事になるんだろうと、こちらでもしっかり作っていた。それも大鍋いっぱい。テイク20位まではいけそうな分量。
そしていよいよトンカツだ! 豚肉に塩こしょうをまぶし柔らかくなるよう隠し包丁―――で肉を裂断するのはお約束なので軽く叩く程度にして・・・
「すんませーん。ミンチが出来たんスけど」
「はいはい次は軽〜く叩きましょうね」
毎度恒例の彼に、余分に買っていた分を出す。ミンチまでは考えなかった。私もまだまだね。
小麦粉をつけ、卵をつけ、パン粉をつけ。薄くつける子から肉の3倍以上の厚さつける子まで。その中の一部はきっと、肉が高級で買えないからこうやって食べる量を増やそうとしているのだろう。2度付け、3度付けをしている子を見ると妙に親近感が沸く。
さて・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・『揚げる』。
とりあえず消火器は手にしっかり持ち安全ピンを抜き、火災報知器のスイッチを確認した。出来れば消防車に来て欲しかったし連絡もしたが、実際火災が発生していないと出動できませんとすげなく断られた。
他の8人を守るべくガスの元栓を一部切り、ガス台の故障を理由に彼らから一番離れた講習台で調理させる。混み合って不平を洩らしていたが、焼死よりはマシだろう。死に方の中で一番辛いと何かの本に書いてあったし。
全ての準備が整ったところで本番が始まった。右手の肘から手首にかけて包帯を巻いた越前君がガスに火を点す。ちなみにその包帯は、キャベツの千切りをする際、絶対爪か、最悪指まで一緒に切っていきそうだったのでピーラーを渡した結果だった。実演販売で話題のピーラー。巧い人が使うとそりゃあもう何でも切れるが、それでも腕の皮一面削ぎ切りした人は初めて見た。越前君の器用な一面を発見。ただし使い道はなさそうだが。
油の温度が上昇している。越前君がじ〜っと見守っている。
上がっていく。見守っている。
さらに上がる。まだ入れない。
煙が出た。頷いた。
・・・・・・どうやら水の沸騰と混同しているらしい。このままだと確実に火がつくので止めさせようとしたところで、彼は肉を入れた。上からばっしゃんと。
油が飛び、ガス台の火に引火した。
「火事だああああああ!!!!!!」
そう叫んだのは誰だったか。少なくとも私ではない。あまりに予想通り過ぎる事が起こると却って冷静になれるものだ。今もそう。何だか三文劇を見ているかのようだ。
越前君の反応は実に素早かった。自分が起こした罪悪感もあるのだろう。逃げるのではなく、炎を消すべく隣にあった鍋いっぱいのみそ汁を一気に注――――――
「待ってええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
ぼわっ!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・火事の被害は一気に5倍ほどに達した。
△ ▽ △ ▽ △
「ホラやっぱ焼き魚の方がよかったじゃん」
「あはは。まあそう拗ねないで」
むくれる越前君に笑いながら、不二君は最後の盛り付けに入っていた。火災騒ぎで越前君だけではなく他の8人の料理も駄目になった中、なぜかすぐ隣の台でやっていた筈の彼のみ完全無傷で仕上げられていた。
博愛主義者らしい優しい不二君は、「みんなで食べましょう」と作った物を全て11等分してくれた。1口大以下の小さなものとなったが、それでも心打たれ私たちは感動して食べ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・親から見放されたのは不二君の方だったと悟ったのは、それから2日後の事だった。病院で目を覚ました時、周りは新型の食中毒か毒物かと大騒ぎだった。
入院費の書かれた領収書を見ながら思う。
―――これは労災が適応されるのだろうか、と。
―――Fin
―――アンケートにてこのところずっと上位の不二の話・・・だったのでしょうか。8割方リョーマの話だったような気もしますが、調理光景が楽しいのはリョーマだしなあ・・・。不二は試食場面は楽しいが調理は普通以上にやってしまうためどうも・・・・・・。
しっかし不二にスポットの当たる話って難しいなあ・・・と今更ながらに思ってしまった。かつては不二が中心の話ばかり書いていたような気もするのだが・・・。意外と今良く書いているメンツの中で不二って平凡・・・!?
2005.5.17