裕太のクラスメイト(不二姉兄弟に遭遇)


 キーン コーン カーン コーン・・・・・・
 「やっべ〜。もーこんな時間か〜」
 「終わらなかったね〜」
 学校退去命令の合図(もうちょっと何かいい呼び方だったような気がするんだけどね、こっちの方がわかりやすいし)に、裕太君は顔を上げて時計を見、向かいにいた私は苦笑いを浮かべた。
 私たちは今、美化委員としてポスター作りをしていた。これから梅雨シーズンだし、特に衛生に気をつけようという事で。
 ・・・・・・で、こんな台詞が出る事からわかるように、さっぱり終わらなかった。文章だけじゃ堅苦しいし、絵をつけようにも2人とも絵心はなし。いえ、見たままを描けと言われたら描けるけどね上手い下手は問わず。問題は、何もない状況でアイディアを出す発想力がない事。『衛生に気をつけよう』なんてアバウトなお題じゃ何も浮かばなかった。
 「どうしよ。寮でやる?」
 「無理だろ。夜間の寮の出入りは禁止だからな」
 「あそっか」
 男子寮と女子寮。夜間の出入り―――行き来禁止なのはもちろん『不純異性交遊』防止のため。つい忘れて誘った時点で、私は裕太君の事をそういう目で見ていない証明になった。裕太君も規則だから覚えてたという程度だろう。男女で同じ委員会だったりすると何かと言われるが、やりたいものに手を挙げたらたまたまそうなっただけだ。まあおかげでいい友達にはなれたけど。
 「じゃあ土日に―――」
 「ああ悪りい。俺家帰るんだよな」
 「ああそっか。裕太君の家、東京だっけ」
 「おかげでちっとでも休みあると帰って来い帰って来いうっせーからな」
 「愛されてる証拠だってv」
 「いやどっちかっつーとオモチャ待ち構えてるって感じで・・・・・・」
 げんなり呟く裕太君。何か・・・・・・まあ、家庭にはそれぞれ事情っていうものがあるし、同じく愛情にも個性は出るし・・・・・・。
 裕太君はぽりぽり頭を掻いて、
 「だから俺やっとくぜ」
 「え・・・? でも悪くない?」
 「別にいいぜ。姉貴ならセンスあるしこういうの得意だし」
 「むう・・・」
 口を尖らせ―――怒ってるワケじゃないわよ。考える時のクセよ―――呻く。このまま2人で頑張っても多分無駄だろう。完全に袋小路に入っているし、どうにか抜け出たとしても大した案は出てこない。彼のお姉さんの意見を借りた方がいいものが出来上がるかもしれない。というか出来るだろう。が、
 (けどお願いした上裕太君1人に任せるのは・・・・・・ねえ)
 案だけもらって2人で仕上げてもいいのだろうが、案が出たら自然とその場で描き上げる事になるだろう。彼ならそうするだろう。
 (ああそうだ)
 「じゃあ私もそっち行こ♪」
 「は!?」
 「土日ヒマだしね。たまには外出しないと」
 「い、いやけどよ・・・。ホラ、ウチなんてわざわざ来てもらうほど大したモンじゃねえし・・・・・・!!」
 私の提案に、なぜだか裕太君は面白いように慌てふためいた。遠回しに言ってるけど、よっぽど私を家には上げたくないらしい。
 「あ、大丈夫。お家にお邪魔するような事はしないから。
  近くに喫茶店とか何かあるでしょ? そこで仕上げようよ」
 「あ、そ、そーか・・・・・・?
  んじゃ、それでいいんならそれで・・・・・・」
 明らかにほっとした言い振り。
 (はは〜ん・・・・・・)
 これはもしや・・・・・・
 「家の方に、彼女とかいちゃったり?」
 「んな//!? な・・・!?」
 「いっや〜♪ な〜るほど〜。
  そっかそっかそれじゃあ私連れて行くワケにはいかないわよねえ彼女に誤解されちゃうもんねえ。
  にしても裕太君に彼・女! テニスばっかに明け暮れてそういうの興味ないかと思ったけど〜・・・・・・あ。もしかしてそれ繋がり? 頑張る裕太君にその子が一目ぼれ!?
  か〜!! わっかいねえ!! 青春だね〜!!」
 「違げーよ//!! つーかお前いくつだよ!?」
 「うん大丈夫大丈夫v 誤解されないようにするからvv」
 「おい待て聞けよ人の話!!」
 「じゃあそういう事で、また明日vv じゃ〜ね〜♪」
 「だから―――!!」
 ばたん。
 何か言おうとしていた裕太君を放って、私は早々教室を後にした。





△     ▽     △     ▽     △






 次の日、早朝から電車で裕太君の家へ。
 「―――え? お家オッケーなの?」
 「ああ。やっぱせっかく来てくれたんだし、待たせんのも何だしな」
 「でもそれじゃ彼女に失礼―――」
 「だからいねーっつってんだろ!?
  昨日電話で姉貴にお前の事話したらさ、ぜひ会いたいって。
  準備して待ってるから・・・・・・まあお前が良かったら来ないか?」
 一瞬のためらい。瞳を逸らしての誘い。こちらに遠慮している。
 ―――これらから導き出せる答えといったら・・・。
 私も頬をぽっと赤くし、
 「そ、そんないきなりご家族の皆様にご挨拶なんて・・・//。ああどうしよう。こんな事ならもっとちゃんとした服着てくればよかった・・・//」
 「違げーだろーがそーいう誘いじゃねえよ!!」
 「ちっ。残念」
 「あのなあ・・・・・・」
 ため息をつき、
 裕太君は私の両肩を掴みじっと目を合わせてきた。
 「な、何・・・?」
 真正面から見つめられちょっとドキドキ。その位真剣な眼差しで・・・
 「そういう事は冗談でもぜってー家で言うなよ?」
 「・・・・・・? そりゃまあ・・・言わないけど」
 「ならいいんだ。
  とにかく絶対だぞ!?」
 「?」





△     ▽     △     ▽     △






 お家についた。高級住宅街にある、ちょっとした豪邸(私視点にて)。
 (うっわ・・・。スポーツ特待生だっていうから私と同じ貧乏人だと思ってたのにいいトコの坊ちゃんか・・・!!)
 ますますこんな服装―――気の抜けたTシャツとGパンで来た事を後悔した。
 やっぱ引き返そうか。そう私が告げるより早く、
 「ただいま〜」
 声をかけながら、裕太君はもう扉を開けていた。今からダッシュで逃げたら怪しい人確定!!
 「お邪魔します・・・・・・」
 後ろから私も身を小さくしながら入って・・・・・・
 「お帰り〜裕太〜vvv」
 どん!!
 「うおわっ!?」
 前にいた裕太君は、さらに前にいた何か―――誰かに抱きつかれ、後ろへと仰け反った。・・・・・・私のところに。
 がん!!
 閉じた扉に頭をぶつけ蹲る。
 「だ、大丈夫か!?」
 「へーき・・・・・・」
 頭を押さえ涙目で見上げる私。見えたのは、心配そうな裕太君と―――彼に抱きついたまま冷たい目で見下ろす人だった。
 (うわ・・・・・・)
 痛いのも忘れ、私は思わずその人に見惚れてしまった。茶パツのさらさらショートカット、整った小さな顔に細長い四肢。裕太君は否定してたけど、きっとこの人が彼女なんだろう! 反応の早さから考えて、帰ってくる時間聞いて玄関でずっと待ってたんだろう。なのに他の子が一緒でヤキモチ妬いて。そのいじらしさもまた可愛い!! 私もこんな彼女欲しい!! ・・・いえ別に同性愛好家じゃないけどね。
 と・・・
 「つ・・・か・・・、兄貴、今日部活だったんじゃねえのか・・・・・・?」
 「部活? 裕太が女の子連れて帰ってくるとなったらそんなの休むに決まってるじゃないか! 手塚だってちゃんと了承してくれたよ」
 「・・・・・・すみません手塚さん」
 (え・・・・・・。兄・・・貴・・・・・・?)
 呆然と見上げる。その人―――裕太君のお兄さんは、彼から離れ私の方を向いていた。
 「大丈夫かな? ごめんね。つい遊んじゃって」
 「い、いえ・・・。すみません」
 向けられる柔らかい笑み。差し伸べられた手を取りながら、私もついつい顔が赤くなった。さっきそう見えた冷たい目も、いきなりぶつかって蹲った私に驚いたからだろう。パニクった一瞬というのは、頭がそれについていけないからか意外とみんな無表情になるものだ。
 立ち上がったところで、
 「あらあら。なかなか来ないと思ったらまだそんなところにいたの?」
 ぱたぱたスリッパ音を響かせこちらへ来たのは、このお兄さんの方をさらに年上にした雰囲気の女性だった。
 「ああ姉さん。今連れて行くところだよ」
 「周助も。お客様に失礼のないようにしてね。せっかく裕太が連れてきてくれた子なんだから」
 「うん。わかってるよ由美子姉さん」
 何か交わされる会話。ザ・上流階級といった感じで、ともすればあははうふふと笑い声が響きそうだ。
 「ねえ裕太君」
 私は彼の耳にぼそりと呟いた。
 「もしかして裕太君って、橋の袂で拾われた組?」
 「違げえよ!!」
 ぬう。あんま似てない外見といい雰囲気といい、絶対そうだと思ったのに・・・
 (はっ! 拾われたのはキャベツ畑でか!?)
 問おうとしたところ、周助さんの声の方が早くかかった。
 「まあこんなところで立ち話もなんだから、入って入って」
 「じゃあ、お邪魔します」
 「どうぞ」
 「あ、ありがとうございます・・・//」
 中へ招かれ、上がり口にスリッパまで用意されてしまった。うわ〜。気分は王子様に尽くされる姫〜vv ・・・って王子様は自分でスリッパ出したりしないか。
 何にしろ周助さんは本当にイメージ『王子様』の人で。なのに尽くすのも自然な感じ。周助さんがもう少し年齢上だったら『紳士』って言うんだろう。
 手で先に示されて奥へ。次いで裕太君と周助さんも来て―――
 ちらっと見ると、後ろでこんなやりとりをしていた。
 「で、裕太」
 「・・・何だよ」
 「わざわざ僕遠ざけようとするって事は、彼女コレ?」
 「違げえよ!! つーか自覚あんなら直せよ!!
  ・・・ったく。何で俺の周りにゃそういう話ばっか飛び交うんだよ」
 「裕太が可愛いからでしょ」
 「嬉しくねえよ!!」





△     ▽     △     ▽     △






 そんなこんなでリビングへ。裕太君は部屋に行くと言ってたけど、お兄さんお姉さんには逆らえないみたいで、結局こっちになった。
 由美子さんの手作りラズベリーパイ(すっごい美味しかった!!)と紅茶で一息。裕太君の事で話題が盛り上がる。私は家での裕太君が聞けて面白かったし、やっぱり家族としては学校でどんな風か気になるみたいで。気がつけばポスターそっちのけですっかりトークショーになってたり。ネタにされた裕太君は真っ赤になっていた。
 「―――んじゃあ、そろそろポスター作ろうぜ!」
 食べ終わるや否や、無理やり話題を切り上げさせ準備に入る裕太君。微笑ましい様にみんなで笑い、
 「で、裕太は否定してたみたいだけど実際のところはどうなの?」
 「え・・・?」
 「裕太が家に女の子連れてきたのなんて初めてだからね。仲いいんだね」
 「そ、そんな・・・。ただクラスメイトで同じ委員会で今ポスター書いててそれが終わらなくてだから―――」
 慌てて手を振る私に、由美子さんと周助さんも笑って手を振った。
 「ごめんなさいね妙な質問して」
 「ついつい可愛い弟だから敏感になっちゃってね」
 「あ、ああ・・・。そうですよね。わかります」
 「そう?」
 「ええ。私も兄がいるんですけど、離れてるからってより心配なみたいで。学校で話してるんだから当たり前なのに、男子の声が聞こえたりすると怒り出したりして」
 「ははっ。うん。それはあるなあ」
 「そうねえ。この子もちょっと何かあるとすぐ『裕太が裕太が』って」
 「酷いなあ姉さん。僕だけ?」
 「あら? 私がいつ言ったかしら?」
 「言ってるじゃないか」
 「周助が言った後にね」
 くすくすと笑い合う。そこに流れる温かい空気は正に家族のものだった。ふいに故郷が恋しくなる・・・・・・。
 「ところで―――」
 「はい?」
 首を傾げる私に、2人はそろって尋ねてきた。同じ笑みで。
 『そろそろ眠くならない?』
























































△     ▽     △     ▽     △






 ふっと目を開ける。見慣れた寮の部屋。相部屋の子は今日デートだとか。
 「えっと・・・、何やってたんだっけ・・・・・・?」
 呟き・・・・・・膝に置いてある本を見て私はようやく思い出した。せっかくの休みなんだから、のんびりしようと思っていたんだ。
 「のんびりしすぎて寝ちゃったか・・・・・・。
  疲れてんのかな?」
 立ち上がり大きく伸びをする。時計を見れば、もう夕方だった。
 「うわやば。今日何やってたんだろ・・・」
 貴重な一日を無駄にしてしまった・・・。
 もしかしたらさらに何かやってはいないかと確認を取る。
 「ええっと・・・、課題類は特になし・・・。数学の予習は終わってる・・・。英語は〜・・・・・・まあ明日やればいっか。
  後は美化委員のポスター・・・・・・これは裕太君がお姉さんに聞いてくるから月曜でオッケー・・・。
  ―――あ、久しぶりだし家に電話しよ。もうお兄ちゃんも帰ってるでしょ」















△     ▽     △     ▽     △






 部屋から道具を持って降り、リビングに入ると姉と兄に迎え入れられた。
 「え、っと〜・・・・・・」
 「さ、じゃあ裕太、始めましょうか」
 「始める、って・・・・・・何を?」
 「もう。ポスターの案出し、やるんでしょ?」
 「やだなあ裕太。何ぼんやりしてるのさ」
 「ちゃんと作っていかないと、同じ委員会の子に怒られちゃうわよ」
 「あそっかそっか。家で訊いてくるって言っちまったもんな」
 「じゃあ僕も協力するよ。裕太頑張ってv」
 「おう」



―――Fin







 ―――不二家にちなんでちょっぴり怪奇現象風に。やっぱ弟に近付く子は許さないみたいですお兄ちゃんお姉ちゃん。そして前回に続き今回も脇役気味の不二お兄ちゃんの方・・・。リクエストは多いのに・・・・・・。

2005.6.11