ただ今臨死体験中(千歳・仁王・不二・幸村に遭遇)


 目が覚めると、そこは一面の花畑だった。向こうには川が見える。総じて・・・
 「これは夢、と」
 現在ほとんどの川は安全その他いろいろ考えコンクリで補強されているはずだ。こんな自然に出来たそのままなんてものはまずない。
 あったとしたら、流れる水量は常々変化するのだから川の周りは石や土ばかり、あってコケか雑草ちろちろといった程度だろう。
 それにそもそも、自分が住んでいるのは東京のど真ん中(というと語弊アリ)であって、一面花畑なんて景色は映像投射でもしない限り拝めるものではない。
 結論付ける私に、そばにいた人が話し掛けてくれた。背の高い若者で、コスプレでしか見れないようなローブ姿。あるいはどこかの外人さんだろうか?
 「起きたと?」
 「は・・・? あ、あの〜・・・・・・」
 「ようこそ・・・って言うてええかはわからんが、ここは冥界ばい。でもって俺は渡し主の千歳とね」
 ・・・・・・とりあえずわかった事。彼はバリバリ日本人、それも多分西の方の人らしい。
 「―――って冥界ぃ!?」
 がばりと起き上がり尋ねる。
 「そうとね」
 「て事は何!? 私死んだ!?」
 「理解早くて助かるとね」
 あっさり認められたッ!?
 「否定してよ!!」
 「どう否定せえと? まあ正確に言えば死ぬのは川渡ってからじゃけど」
 ぴっと差されたのは向こうに見えた川。いわゆる三途の川というヤツ。
 「すみません帰ります」
 「そうとね? 元気でな」
 こっちもあっさり!?
 軽く手を振る彼―――渡し主の千歳さんに慄く。これで仕事成り立ってるの?
 呆れ返っていると、再び千歳さんはぴっと指を差した。今度は川とは逆の方向。
 そちらを見ると、
 ―――そこには3枚の扉が立っていた。
 「帰るんじゃったらそこからばい。好きな扉選びんしゃい。運が良ければ帰れるとね」
 「運?」
 「言うじゃろ? 『三途の川は運次第』」
 「言わない言わない。それは『地獄の沙汰も金次第』」
 「・・・・・・そうだったとね?」
 ぱたぱた手を振り否定する私に、千歳さんは小首を―――とはいってもこの大柄な体だとそれも大きく見える―――傾げてきた。
 ため息をつき、
 「まあ、お金要求されるよりは帰れそうね。確率
1/3だし」
 「行くとね?」
 「行きます!!」
 景気付けにびっ!と手を挙げる。
 「中には案内人がおるから、そいつらに従ったら送ってもらえるとね」
 「そうですか。ありがとうございました」
 「まあ・・・
  ・・・・・・気をつけて行くばいよ」
 一瞬の空白が気にならなくはなかったが、私も首を傾げるだけで終わりにした。何となくだけど、あんまり長時間ここにいると余計戻れないような気がした。
 扉を選ぶ。こういうのは直感勝負。散々悩んで外した時ほど虚しい事はない!!
 (よし! これだ!!)
 キュピーンと選び、親切にしてくれた(一応)千歳さんに手を振りいざ出陣!!
 「行ってきまーす」





△     ▽     △     ▽     △






 少女の消えた扉を見て、
 千歳は誰にともなく呟いた。
 「まあ、





  運だけで帰れるんじゃったら千石でも連れてこんとな」








選んだ扉は

   中央   








































 

左の扉―――案内人:仁王


 「来おったか」
 「は、はい・・・・・・」
 銀髪で、先っちょの毛だけちょろちょろ長い冷めた目の少年に、私はおどおどしつつ頷いた。
 (うわ・・・。何か失敗っぽい? いやでも、こういう無口で無愛想タイプが実は優しいナイスガイだっていうのが世のお約束・・・!!)
 希望と絶望の間のどこかで悩む。そんな私を完全に無視し、少年はこちらに向き直ってきた。
 「俺は仁王。お前をこれから現世に送るとね」
 「ホント!?」
 「・・・・・・止めるか」
 「すいませんでしたごめんなさい!! もう疑いませんので止めないで下さい!!」
 「じゃったら話は最後まで聞きんしゃい。
  お前は今悪霊を抱えておる。それに連れられてお前はここに来たんじゃ」
 「ここって・・・冥界まで?」
 「そうとね。悪霊はお前を完全に乗っ取って自分のモンにしよ思っちょる。乗っ取られたらお前は死ぬばい」
 「じゃあ・・・」
 「悪霊を退治したらお前は現世に戻れるとね」
 「なるほど〜・・・」
 悪霊だのなんだのはどうも関わりがなくわかりにくいため変換するとして。
 まあつまりは、ガンにかかったようなものだそうだ。侵された部分を摘出すれば問題なし、と。
 「やって、くれるんですか?」
 「俺はそれが仕事とね」
 (冥界のお医者さん・・・?)
 また珍しい体験をしてしまった。帰ったら家族に自慢しておこう。
 「受けるか?」
 「えっと・・・、お金とかは・・・・・・」
 医者と言えば金。多めに包んでおけばいろいろ良くしてくれるだろう!!
 思ったのだが、
 「いらん。あっても使わんとね」
 「そりゃまあ確かに・・・・・・」
 こんな冥界で金だけあってもどうしようもないだろう。
 (そういえば、『地獄の沙汰も金次第』って・・・・・・金請求して何に使うんだろ閻魔様は・・・?)
 絶対に答えの出ないであろう問いは考えなかった事にして、
 「じゃあ、お願いします仁王さん」
 「さよか」
 神妙な面持ちで頷く私に、仁王さんは代わらぬ冷めた目で返事した。
 返事して―――





 ――――――懐から、メスを取り出した。





 「ちょっとタイム!! ホントに取り除くの!?」
 「何を今更言うとるとね? そう説明したじゃろ?」
 「他の方法は!? ホラ放射線とか!!」
 「オゾンに護られちょらんと当たった途端死ぬが、まあそれでもいいんじゃったら」
 「良くない良くない!! じゃあせめて麻酔は!?」
 「痛みは気持ちの問題とね」
 「精神統一しても痛いものは痛いわあ!!」
 「それが生きとる証拠じゃ」
 「痛くてショック死するでしょーが!!
  ああもお!! じゃあ切るんならせめて輸血用の血液とか、縫合用の針と糸とかは!?」
 「なかと」
 「開き直るなああああ!!! 死ぬわマジで!!」
 「悪霊取り除くだけじゃ。お前の体には影響なかとよ」
 「・・・・・・ちなみに、その悪霊? のいる場所は?」
 「心臓」
 「嫌ああああああああ!!!!!!!!! 誰か助けてええええええええええ!!!!!!!!!」















△     ▽     △     ▽     △






 ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・
 ピ――――――――――――
 「ご臨終です」
 神妙な顔で患者に一礼をしながら、
 仁王は心の中でため息をついた。
 (じゃから、移植したら助かる言うたんじゃがね)



―――人生リセット(最初に戻る)








































 

中央の扉―――案内人:不二


 「やあ、こんにちは」
 「あ、はいこんにちは」
 にっこり笑顔で微笑まれ、私も笑顔で微笑み返したところでこの文章『笑』が多すぎ。
 「千歳君から説明受けたかな? 僕は不二。これから君を元の世界に返すため頑張るよ」
 「宜しくお願いしま・・・・・・
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『頑張る』?」
 なぜだか耳に聞こえたような気がしなくもないと断言できるような感じの一言。それを確定させるため―――どちらかというと否定してもらうため―――私は不二さんに半眼を向けた。
 向こうで、やはり不二さんはにっこり笑ったまま、
 「上手く出来るよう祈っててね」
 「・・・そりゃまあ全力で祈らせてもらいますけど」
 ダメだ。この扉は失敗だった。
 早くもそう確信する私を他所に、不二さんはいそいそと(楽しそうに)準備を始めた。
 「はい、そこ立って」
 「はい」
 「コレとコレ持って」
 「はい」
 「それ頭に乗っけて」
 「はい」
 この手の輩に逆らうと、余計悲惨な結果を生む。イエスマンの如く私は言われたとおりに動き・・・
 「・・・ってコレどー見ても邪神へのイケニエ儀式じゃないの!!??」
 真っ赤で奇妙奇天烈な魔方陣の上に立たされヤヴァい色したヘビと黒焦げのトカゲを持たされ、頭に牡牛の頭蓋骨を乗せられた時点でようやく何かが違う事に気付いた。我に返ってみれば、青かった空はいつの間にか暗雲立ち込め生暖かい風がロウソクの炎を揺らし、遠くから誰が鳴らしてんだかどんこどんこ太鼓の音が響き渡る。
 ―――コレで現世には帰りたくない。というか絶対帰れるトコは現世ではない。それが私の結論だった。
 ヘビとトカゲと頭蓋骨を地面にたたきつける私に、不二さんが笑顔一転ムッとした表情で反論してきた。
 「僕のやり方に文句があるの?」
 「あるに決まってんでしょーが!! 何なのよこの謎の儀式は!!」
 「現世に戻る手順に決まってるじゃないか」
 「念のため訊くけどコレで現世に帰れた人いるの!?」
 「僕が知るわけないでしょ? 僕は死者が対象なんだから」
 「死んでない!! 私はまだ死んでない!!」
 「あれ・・・?
  ・・・まあ、どっちでもいいよそんな細かい事は」
 「細かくないでしょしかも何よ今の『あれ?』ってぇ!!??」
 涙目で訴える。不二さんはそれをちゃんと聞き入れてくれて・・・・・・
 「じゃあどっちだかわからない際の簡易的解決策として、実際殺してみよう。そしたら絶対『死んだ』って言い切れるよ?」
 「ちょっと待てえええ!!! 生き返らせてくれるんでしょ!? 殺してどーすんのよ!?」
 「あれ? 生きてるの?」
 「生きてるわよ!!」
 「じゃあ僕の関与するところじゃないね。君の好きにして―――」
 「だからあ!! 生きてるけどなんかここ来ちゃって帰れないからその帰り方教えてって言ってんのよ!!」
 「でも僕の管轄は・・・」
 「わかったわよ死ねばいーんでしょ!? じゃあ死ぬからちゃんと生き返らせて現世に帰してよ!?」
 「もちろん」
 地団駄踏んで暴れる私の頼みを、不二さんはいとも軽く了承してくれた。
 一度は捨てたヘビとトカゲと頭蓋骨を拾いそれぞれ指定位置に装着して、
 「じゃあ行くよ?」
 「ええ・・・・・・」
 どんこどんこ太鼓の音に合わせ、不二さんの朗々とした呪文が響き渡る。
 謎の言葉の嵐の中、目を閉じかろうじてわかる部分を繋げてみると・・・・・・





 「穢れなき乙女の魂を受け取りたまえ 魔王ルラウグ様」





 ――――――――――――――――――――――――ちょっと待て。















△     ▽     △     ▽     △






 「これでよし、と」
 魔方陣と手に持った本を見比べ、満足げに頷く不二。ふいに後ろから声をかけられた。
 「あら周助、何やってるの?」
 「ああ姉さん。ちょっとした実験だよ。今度こそ現世に帰したよ」
 「そうなの? けど―――」
 由美子は地に描かれた魔方陣を眺め、小首を傾げた。
 「―――どう見ても邪神へのイケニエ儀式なんだけれど」
 「ああ、さっきの子にも言われたよ。
  でも大丈夫。ちゃんと本にも《我が元への還り方〜処女編〜》って紹介されてるし」
 「ちょっと見せて」
 不二の持っている本をぱらりとめくり、最後のページを見てみる。
 「著者・・・・・・、
  ―――魔王ルラウグになってるけれど」
 「・・・・・・・・・・・・」
 3分ほど、無言の時が続いた。
 不二はぱたんと本を閉じて、
 「つまりそこへ還ったんだから実験は成功だね」
 「・・・・・・。まあいいけれどね」



―――人生リセット(最初に戻る)








































 

右の扉―――案内人:幸村


 「やあ」
 「あ、どうも」
 ごく普通に挨拶され、私もごく普通に挨拶を返した。
 「俺は案内人の幸村。よろしくな」
 「こちらこそ」
 言葉に反して柔らかい口調と笑み。差し出された手も、温かで綺麗だった。
 (をを!? 何だかここは正解っぽい!?)
 胸の中で希望のラッパが吹き鳴らされる。いかにも彼、幸村さんは天使っぽい!! 生気を全く感じない辺りがまさしくそう!!
 「じゃあ、行こうか」
 「はい!」
 差し出された手を受け取り、私たちは生き返るための旅をする事になった!!





△     ▽     △     ▽     △






 ・・・という程盛り上がる事もなく、らせん状の階段へと辿り着いた。
RNAを彷彿とさせ・・・るわけはないそれは、上は天を貫き下も天を貫いていた。
 非常にわかりにくい説明だったが、つまるところ私たちのいるここが雲の上のようなところだった。青空にところどころ浮かんだ白い雲。階段はそれをずぶずぶ貫いているため、上も下も雲に遮られてよく見えないというのが正確なところだ。
 (けど、きっとこれを下に下れば地上へ到着〜♪)
 「じゃあこれを進むんだ」
 幸村さんにも勧められ、踏み出したその先は―――
 ―――上りだった。
 「あの、すいません・・・・・・」
 「ん? 何だい?」
 「コレ・・・。上るとどこに辿り着くんですか?」
 「もちろん天国さ」
 事も無げに言われた。
 「すいません・・・」
 次の声は、さらに小さくなった。
 「何だい?」
 「・・・私その、
  まだ死んでないんですけど・・・・・・」
 「また面白い事を言うね」
 「いや冗談じゃなくて、
  今中途半端な状態で、生き返るためにここまで来たんですけど」
 「本当に?」
 「はあ・・・・・・」
 言われると確信が持てない。そもそも自分では死んだ―――死にかけた憶えもないのだから。
 「一応、千歳さんがそう言ってたんですけど・・・・・・」
 「千歳が?
  ―――そうか」
 千歳さんは、どうやらかなりの発言者というか地位の高い人らしい。
 「悪かったね。俺の早とちりだった」
 「いえそんな」
 幸村さんにも納得してもらい、
 「じゃあこっちだ」
 示されるまま、私たちは今度は階段を下へ下り・・・・・・・・・・・・





△     ▽     △     ▽     △






 ・・・・・・・・・・・・辿り着いたのは地獄だった。
 「あの・・・・・・・・・・・・」
 「最近死んだ人はみんな天国が確保するからこっちは人材不足でね、来てくれて嬉しいよ」
 「だから私まだ死んでないって!!」
 「ああ大丈夫。わかってる。もちろん生き返らせるさ。これにサインしてくれたら」
 渡されたそれは、契約書だった。
 極めて簡素な契約書。たった一枚で終わったそこにはただ一言。





 《私は死後必ず地獄へ行きます》





 「嫌よそんなの!!」
 紙を丸めて捨てる私に、幸村さんはやはり生気のない目で頷いた。
 「そうか。なら生き返るのは諦めてくれ」
 「何で!?」
 「言っただろ? サインしてから生き返らせるって」
 「そんなの脅迫じゃない!! していいと思ってんの!?」
 「地獄だからな。この位は日常茶飯事だ」
 「帰ります」
 踵を返し階段を上る。下から幸村さんが声をかけてきた。
 「天国は寛容なところだからね。全て等しく受け入れてくれるよ」
 「それって・・・・・・
  ――――――死にかけ関係なしに問答無用で送り込まれる、と?」
 「地獄なら自分の罪状を告白する機会に恵まれる。何せ俺が聞き手だからな。言いたい事は何でもぶちまけていいぜ? その上でどうするか決めるから」
 「もしかして幸村さんって・・・・・・閻魔大王ってヤツですか・・・?」
 「現世ではそう言うな」
 しれっと肯定されました。幸村さんは地獄で一番偉い人(?)でした。
 「ちなみに・・・・・・自力で現世に戻る方法は・・・・・・」
 「階段の途中の隙間から戻れるらしいよ。柳のデータによると、見つかる確率
0.0000000000000000000000000000000125%くらいだそうだけど」
 「『三途の川は運次第』・・・・・・・・・・・・」
 千歳さんの言葉の意味がようやくわかったような気がする。その天文学的な数値を乗り越え『奇跡の生還』が出来るらしい。あるいは・・・・・・
 私は泣く泣く階段を下りていった。幸村さんの前に立ち、
 「すみません。ペン貸して下さい」
 「はい」





△     ▽     △     ▽     △






 「――――――あ、お姉ちゃん!!」
 「よかった!! 生き返ってきてくれたんだね!?」
 推測するに病院のベッド。家族に喜びのハグを喰らいながら、
 ―――私は出来るだけ健康に長生きしようと、心に固く誓った。



―――Fin







 ―――さてヘンな話が出来上がりました(爆)。このシリーズ初の分岐話。どれを選んでもロクなメに遭えないのは毎度恒例です。
 心臓にガンは出来るのか? 問わないでくれるとありがたいです。いや普通に心筋梗塞だったりしてもいいですし、もうちょっとありえる部位で肺とか胃とか膵臓とかいろいろ考えたのですが、やはり言われて一番ヤな場所は心臓かと。しっかし仁王医師には世話になりたくないなあ・・・。
 最近本気で不二の人となりがわからなくなってきました。天然ボケ標準装備でオッケーでしたっけ?
 そして幸村というと、天国より地獄の方が似合うような気がしてたまらない。だからといって残る2人が天国ちっくなのかというと全くそうは見えず。実は千歳にそのまま案内されるのが一番まともに天国に行けたような気がします。・・・・・・いやまだ死んでませんが。

2005.6.27