コンビニ強盗(リョガサエに遭遇)



 深夜2時程度。私たちはコンビニ正面の駐車場にいる。そこで中の様子を見ている。
 人は多かった。深夜なのに。夜型人間となった若者達を嘆かざるを得ないようだ。ただし一番夜型なのは、そこでバイトしている店員だろう。
 店員を見る。これまた高校生程度だ。髪を銀髪に染め上げている。私の世代では考えられない事だ。バイトとはいえ仕事だろう? なぜそんなちゃらちゃらした格好で出来る? それで受かる? 時代は変わったものだ。
 しみじみ考える。実のところ答えは簡単だ。採用した店長(か?)に人を見る目があった。見た目に惑わされず中身を重視したのだろう。
 繰り返すが深夜2時。昼夜逆転していようが眠いものは眠いだろう時間。残念ながら声は聞こえないため詳しくはわからないが、そのバイト―――佐伯というらしい。先週の調査時見た名札によると―――は、柔らかいが行き過ぎてはいない笑みを絶やさず向け、挨拶もまた爽やかだった。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またどうぞ」できゃーきゃー言える女子の気持ちもわかる。レジ以外でもよく気付く。ちょっとした空きの時間を見つけては休むでもなく掃除や整理をし、店内を綺麗に保っている。他のバイト員にもそんな点含め慕われているらしく、彼がバイトに入っている時は店内に明るさが満ちている。
 総合評価で『好青年』。少し出来すぎな感も否めないが、それでも嫌味に見えないのは決して驕り昂ぶっているワケでもなくそれが自然体だからだろう。・・・こういう息子がいればいいものだ。
 そう考えると少し心が痛い。これだけ頑張っている彼の評価を、これから私たちは下げようとしている。
 コンビニ強盗。
 今や特にマイナーではなくなったこの犯罪。おかげで多くの店には防犯カメラが設置されるようになり、その他対策も出来てはいるだろう―――が、所詮それは都会での話。こんな田舎でまさかそんな事が起こるとは思われてもいない。
 ならばなぜ私たちはそれをするのか。答えは今頑張っている彼である。彼がバイトを初めて以来、このコンビニは飛躍的に売上を伸ばしている。彼目当てに入る女性たちがいいカモ―――購買客になっているからだ。もちろんコンビニは買わずにうろつくだけでも良し。ただし、より会話をし印象を植え付けさせようと思ったら物を買うしかない。しかも若い女性らが多く入っていれば、それを目当てに中年サラリーマンも入る。つくづく彼の採用者はよく考えたものだ。店員1人分のバイト費でガンガン儲けている。
 ―――という事で、私たちはその売上を少し無断拝借否返済しようと思う。
 待っていると、ふと客足が途切れた。夜間が一番混み合うコンビニだが、なぜか時折、こういう『空白の時間』が出来るものだ。助手席で眠る相棒を叩いて起こし、さっそく店に入り込む。
 「いらっしゃいませ〜」
 声だけ聞こえる。凹面鏡で確認すると、佐伯君は床にモップをかけていた。
 レジに陣取り、声をかけようとして―――
 「ああすみません。今行きますね」
 ―――先手を取られこちらに小走りで来られた。本当によく気のつく少年だ。
 カウンターを挟み向かい合う。私が交渉役、相棒は何かあった時のための補佐だ。
 向かい合いながら、私が商品を何も持っていない事に気付いたらしい当たり前だが。彼は笑顔のまま、こちらが声をかけやすいようにきょとんと首を傾げてきた。
 「何をお求めでしょうか?」
 不審には思われていない。当たり前だ。タバコ・切手・小包その他エトセトラ。コンビニではカウンターで直接言い渡すものが多い。
 私は財布を出すようにポケットに手を入れた。握ったのは拳銃。今時このくらいのものは簡単に手に入る。・・・・・・少し高かったが。
 中でハンマーを起こし、
 取り出す。
 「金をよゴッ!?」
 ゴスッ!!
 目の前に火花が飛んだ。一瞬誤って撃ってしまったのかと思った。
 衝撃に押され、後ろに仰け反る。かろうじて意識は保ったまま横を見ると、目を口を大きく開いた相棒がこちらも拳銃を抜いた。
 「このヤロ何する―――!!」
 その台詞もまた途切れる。目の前を何かが掠めて。
 そして再びこの音。今度はちょっと響きが違ったが。
 ゴキッ!!
 今度はちゃんと見極めた。佐伯君が、立てたモップの金属部を相棒の頭に振り下ろしたところを。
 ようやく納得する。どうやら最初の音は、私に当てられたものらしいと。
 佐伯君はモップをカウンター内に持ち込んでいた。端からこちらは怪しまれていたのだろう。足に軽くひっかけ、蹴り上げすぐ持てるよう置かれていた。
 私が拳銃を取り出す間に彼もまたモップを手に取ったらしい。シャレではないが、柄の先端で額を突かれた。
 相棒を掠めたのはモップの拭く部分だろう。突いたものを手首の捻りだけで逆にし攻撃。相棒が後ろにたたらを踏む隙に片手でカウンターを飛び越えつつ、逆手で柄の中央を持っていたモップを手の中で回転・滑らせ、端を持って振り下ろしたようだ。
 ・・・と私がのんびり考えているのは、カウンターを飛び越えた彼が倒れる私の上に着地し、動きを止められているからである。もちろん直接ではない。それなら考える余裕もなく悶絶している。
 完全に気絶した相棒には興味を無くしたらしい。彼は、私の胸元に片足を乗せ(私が少しでも妙な動きをすれば即座に踏み潰すのだろう)、左手に持っていたモップでトンと軽く床を叩いた。
 彼を見上げる。彼に見下ろされる。こちらから見る彼には何の変化もない。相変わらず爽やか好青年の笑みだ。
 「で、何をお求めでしょうか?」
 普通に訊かれたので・・・
 「あ、あの・・・。カ―――」
 カツッ。
 普通に答えようとし、阻害された。口の中にモップの柄を突っ込まれて。
 「ハ・・・ガ・・・・・・あ・・・・・・」
 口が閉じれずアの音しか出せない。
 なおも意味の無い声を上げていると・・・
 佐伯君が、くすりと、同じ笑みの中に僅かに苦笑らしきものを混ぜ込んできた。
 「申し訳ありませんお客様。何分私めはバイトを始めてまだ間もないド素人でして、満足な応対も出来ずお客様を不快な思いにさせてしまっているでしょう。
  失礼を承知でもう一度お尋ねします。
  ―――何をお求めですか?」
 この瞬間、私の中に言い知れぬ恐怖が疾った。人間は本能を忘れた動物だと言うが、断言する。今私は本能から彼に怯えている。
 苦笑らしきものの意味はわかった。彼は本当に申し訳ないと思っている。そして―――
 ―――何と答えるかによって、私の運命・・・というか生死は別れるのだろう。
 何と答えればいいのか。何と言えば私たちは生き延びる事が出来るのか。
 わからず戸惑う。それもまた察してくれたのだろう。滑らかな口調で佐伯君は続けた。ごく普通の宣伝文句を。
 「我がコンビニは『広く深く』をモットーに、幅広い品揃え、そして商品の質の高さを売りにしております。
  空腹を抱え来られたならば、お弁当やおにぎり・パン・惣菜・麺などはいかがでしょう? 深夜だからと決して商品を売り切れにしたりはしません。ふと食べたくなるあれこれが、
24時間いつでもあなたをお待ちしております。
  食べ物を買うなら飲み物もセットでどうぞ。今話題のお茶やスポーツドリンクから、他の食べ物と一緒に買われると割引されるお得なものまで。単体でも飲み物は大事ですよ? 今は脱水などが特に起こりやすいシーズンですからね。持ち運びがしやすいペットボトルでぜひこまめな水分摂取を。
  ああ、飲食物以外でも様々なものを取り揃えております。定番の文房具、行楽にはカメラ、いきなり必要になる電池など、『え? こんなものまで置いてるの?』と思われる物まで。
  さらに最近ではあらゆる事がコンビニで可能になりましたからね。銀行や郵便局など、定時で閉まってしまいなかなか寄れないという方はぜひコンビニへ。自販機が撤去されている今、好きな時にタバコが買えるのはコンビニだけですよ?
  そして当コンビニ1番の目玉。冬の定番として有名なおでんを、1年中いつでも販売しております。暑い時こそ開き直って熱いものを! そんな熱狂的なファンの要求に応えついに敢行しました。あつあつおでんに冷一杯! それこそ夏の贅沢! 安上がりで済み大量に飲み過ぎないと、会社帰りのお父さん方に絶大な支持を受けております!
  ―――あ、残念ながら私は未成年のため、直接試した感想は述べられませんが」
 ・・・もしかしてこのコンビニは、呼び込みというものまでやっているのだろうか? それとも全員、一通りの説明を覚えさせられるのだろうか。
 疑いたくなる程佐伯君の説明は流暢だった。全く詰まりもなく、適度なイントネーションが丸暗記でない事を窺わせる。だんだんテンポを上げたのは、より盛り上げ相手を引き込ませるためだろう。手振り身振りをつけ、聴覚だけではなく視覚もまた引き付ける。そして一番盛り上がったところで冗談。ガンガン攻められれば引く人も、笑いの中では警戒心を緩める。和んだ雰囲気の中、軽い気持ちで相手に物を買わせる。セールストークとして完璧だ。
 思わず本気で聞いてしまった。
 トークが終わり、口から柄を抜かれ。
 「おでんを・・・・・・、大根と、はんぺん・卵・もち巾着・ちくわぶを、それぞれ2個ずつ・・・。
  それと、何かカップの酒を2つ・・・・・・」
 「かしこまりました」
 飛び切りの笑顔で微笑まれ、上からどかれる。
 起き上がり、ごほ・・・と咳き込んでいると、陳列棚に行っていた佐伯君が戻ってきた。手にはカップの酒2つ。
 カウンター内に戻りおでんを入れようとして・・・
 「―――あーもーどっから突っ込みゃいいのかわかんねー位徹底しておかしい事やってんなお前」
 「よっ、リョーガ。今日は休みじゃないのか?」
 店の奥から、こちらも高校生位の少年が現れた。話からすると、彼もバイト員らしい。以前来た時にはいなかった。たまたま休みだったか、新人か。
 思っている間にも、彼らの話は進んでいた。
 「ああ、家いてもヒマだしな。ここ来りゃお前とずっと一緒にいられんだろ?」
 「プラス、大勢のお客様とな」
 「客・・・・・・」
 彼―――会話によるとリョーガ君が頭をぽりぽり掻いて、
 「・・・で、その客が―――」
 「『お客様』」
 ゴッ!!
 ・・・今だ持っていたらしい。モップの一撃でリョーガ君が倒れた。気のせいか、私たちに向けられた時より動きが速いよう感じる。
 やはり額を突かれのけぞったリョーガ君。完全には倒れず、腹筋の力で戻ってきて。
 「そのお客様が―――」
 しっかり言い直した。2発目はさすがに危険だと悟ったようだ。
 「なんで座ってんだ?」
 「疲れたからだろ。それに『レジで待っている間座っていてはいけません』なんていう規則はないからな」
 「なら隣のお客様が大の字で気絶してんのは?」
 「深夜だからな。眠くなっても仕方ないさ」
 「ちなみにそこに転がってんのは拳銃だと思うんだけどよお」
 指摘に私は動揺した。倒れたはずみに手からは飛んだが、確かに私と相棒の近くにはそれぞれの拳銃が転がっている。夏のため手袋など付けられなかったし、成功する事を前提としていたため指紋はしっかりついている。佐伯君はなぜか私たちを強盗犯として突き出したくはないようだが、リョーガ君の証言だけで十分銃刀法違反だ。
 焦る私に対し、佐伯君は相も変わらず冷静だった。彼が感情の起伏を見せたのは、セールストークの時だけだ。
 「アンティークだろ。ほらあるだろ? 拳銃型のライターとか」
 「アンティークかそれ? しかもあっても持ち運びゃしねーだろ。かさばるし」
 「話のネタになるぞ?」
 「確かになるわな。ンなモン持ってくる上マジで使ってんの見せられたりすりゃな」
 「問題は解決したな」
 「してねえよ」
 「かくなる上はお前の口を塞いで―――」
 「何でそーなる!?」
 「ああ、監視カメラのテープもちゃんとすり替えておくからな」
 「カメラ? あんのか?」
 「店長の趣味でな。あちこちにさりげなく仕掛けられてるぞ」
 「そりゃ盗撮だ!!」
 「大丈夫だ。主に撮る対象は店員だから」
 「何がどう大丈夫なんだよ!?」
 「文句を言うと即座にクビになる」
 「よけーに問題だらけじゃねーか!!」
 「職場なんてそんなもんだ。給料=迷惑料だと思えば楽しくなってくるだろ?」
 凄まじく悟りきった発言だ。まだ正式に仕事に就いてもいない学生がコレでいいのだろうか・・・。
 と、全て包み終えたらしい。カウンターにビニール袋が2つ置かれる。おでん用と、酒用。酒が温まらないよう配慮したのだろう。
 「はい。全てで
1050円です。
  ただいま真夏のおでんフェアにつき、おでんは平均
100円前後のところ全品70円にて販売しております。お気に召されましたら今後もぜひよろしくお願いします」
 「はあ、じゃあ―――」
 一応持っていた財布を取り出し、金を探す。
 渡そうと顔を上げると―――
 ―――カウンター内に入ったリョーガ君が、佐伯君に話しかけていた。
 「けどよお佐伯、いいのか? 警察突き出さなくて」
 「は? 警察? 何で?」
 「だってコイツら―――もといこのお客様ら、少なくとも強盗未遂だろ?」
 「何をワケのわからない事を言ってるんだリョーガ? お前頭大丈夫か?」
 「お前の方だろやべえのは!!」
 リョーガ君の言い分は無視し、佐伯君は手で私たちを指し示した。
 袋をくいと持ち上げ、
 「どこをどう見てもお客様じゃないか」
 「お前が強制的にしただけ―――」
 どごすっ!!
 今度は後頭部への一撃だった。たまらず倒れるリョーガ君を、首を振って見送る。
 「
1050円、ぴったりですね」
 乗せていた手からそっと金を取られ―――
 「―――っ!?」
 最後の音―――こめかみを打たれた音を、私は聞く事が出来なかった。















△     ▽     △     ▽     △






 最も復活の早かったリョーガは、昏倒した男2人とそれを頬杖ついて見下ろす佐伯を交互に見やった。
 後頭部をさすりながら、ボヤく。
 「お前が一番酷かったに
10点」
 「犯罪防止に協力するのが市民の義務だ。店の売り上げを伸ばすのが店員の義務だ。どっちも守ったぞ」
 「あーそーかよ。買わせるまであくまで気絶させなかったのはそういう理由でかよ」
 「それだけじゃないぞ。『防犯カメラ』の映像はちゃんと警察に届ける」
 「それが?」
 「マスコミが嗅ぎ付けるだろ? 未遂とはいえ、拳銃持った強盗犯2人を3秒で無力化させたとなればそれなりにニュースになる。タダで宣伝してもらえるというワケだ。近隣住民なら名物店員見たさに1度は来るだろ」
 「エグいなお前・・・・・・」
 ふっふっふと笑う佐伯に、リョーガはため息をついた。儲け道具にされた哀れな男2人に同情しつつ。
 「せめて協力料っつー事でその金は返してやったらどーだ? 結局食ってねえワケだし」
 「いいや?





  ――――――これから食うのさ」





 「・・・・・・は?」















△     ▽     △     ▽     △






 警察に突き出され、強盗未遂と銃刀法違反その他諸々で私たちは刑務所へ送られた。相棒は不服そうだったが、あそこまで完敗してしまえば文句の言いようもない。
 せっせと刑務所ライフを送る。模範生として褒められたが、他にやる事もないため頑張るしかない。
 そんなある日、私たちに差し入れが届いた。





 おでんと、お冷。





 持って来た相手の事は聞かなかったが、
 ――――――――――――あえて訊くまでもないだろう。



―――Fin







 ―――なぜだかこのシリーズに多い犯罪者。今回はコンビニ強盗に挑戦だ!! 大方の予想通り、あっさりさっくりやられ挙句利用され尽くしてます。さすがサエ。しっかしコンビニバイトは
OKなのか中学生!? そしてそれ以上に、【PP】の海の家店長といい今回といい、なんでサエがバイトする先の責任者はことごとくおかしいんだ(失礼)!?

2005.8.1330