この世に災い起こりし時

だが本当に災いなど起こっていたのだろうか




神に仕えし者

引き換えに世界を敵にし者




その力を持って

その力に弄ばれ




災いを鎮めたらん


自ら災いを引き起こせ












          序章 〜恐怖の始まりに〜





 暗闇の中に、自分がいる。まるで本を読むように言葉を紡ぐ自分。自分・・・・・・自分?

 ではそれを聞いている私は誰なのだろう? 分からない。そして頭の中に響くこの声は・・・・・・

 光。

 全てを言い終えると同時、前から光が溢れる。信じられないほど明るく。そしてゆっくりと。

 腕で顔を覆おうとして、腕が動かない事に気付く。いや、それだけではない。瞼も、足も、体中どこも動かない。存在すらしていない。

 あるのは感覚だけ。

 光に包まれる。目が眩み、意識が遠のく・・・・・・。












 光が消える。

 意識が戻り、周りのものが見えるようになる。そこは丘だった。

 森の中にある空白点。

 風が吹き、芝生のような小さな草が、さざなみのように揺れる。空には小さな雲が転々とするだけで、今まで見た事がない、どころかこんな空があるなんて想像もしていなかった程、青く澄み渡っていた。

 遠くのほうに街があった。石造りの、中世ヨーロッパ風の家が並んでいる。

 再び―――光。








 次に現れたのは、街の中の光景だった。石で造られた噴水。石畳の広場。規則的に立っている木。3階建て位のアパートの群れ。

 目の前を子どもが走っていく。元気の固まりと呼ぶに相応しい彼らは、親の心配を他所にあちらで走り、こちらで跳ねていたりする。誰もがほっとする時間と場所。ここはまさにそんなところだった。

 また、光が現れる。












 目に映ったもの、それは先程と同じ街だった。だがそう気付くまでに時間がかかった。

 確かによくよく見てみれば同じ街だ―――建物は壊され、地面に血まみれの人々が横たわってはいたが。

 自分の中で何かが崩壊する。誰もがほっとするような空間はそこにはなく、少し前まで遊んでいた子どもたちは、まるで遊びの延長であるかのように、皆真っ赤になって地面に横たわっていた。

 叫びたくなった。内容は何でもいい。ただ、体の中で湧き上がるものを解放させたかった。

 だがその願いも叶わず、光が溢れた。








 最初の頃にいた丘の麓に再び戻ってきた。前とは違って全てを焼かれ、荒野と化した地に立っている。そう、立っている―――今までとは違って、目には見えないが立っていることがはっきりとわかった。

 足元には累々と横たわる死体、死体、死体。自分はその隙間に立っていた。

 全身が総毛立ち、汗が噴出す―――感覚的にだが。思わずその場に崩れ落ちそうになった時、遠くから爆音が聞こえた。助けを求めるようにそちらの方を向くと、丘の上に2人がいた。・・・・・・いや、それを『2人』と称していいのか。

 1人は全身鎧姿で大きな剣を持った人。そしてその人と刃を交えているのは・・・・・・赤い翼の生えた何かだった。何か。形は人間だが、当然の事ながら人間には翼は生えていないし、目の前のもののように宙を飛ぶことも、ましてやファンタジーものでよくあるように、手から破壊的な光を生み出す事も出来ない。

 『2人』の足元にも死体が転がっていた。というより死体の山の上で『2人』は戦っていた。

 脳が見ている事を受け入れられず、痺れたような感覚を残し、停止する。目から涙が零れるのが、感覚ではなくなぜかはっきりとわかった。

 その時、後ろの方で微かに音がした。麻痺した脳が、それでも本能的に後ろを振り向けと命令する。

 それに従い急いで振り向くと、一体どこにいたのか、全身ズタボロの男が自分を殺すために剣を大きく振り上げていた。

 いつもならすぐによけられた―――いや、そもそもいつもなら気が付いていたはずだ。だが、停止した脳はそれに気付くことも、避ける事も出来なかった。

 刃が、自分に向かって振り下ろされる。一筋の線。それが瞬きする暇も与えられず自分に迫ってくる。

 口が微かに震えた。意識がはじける。

 ヤメテ――――――!!!!











 その瞬間、光が溢れ、意識が闇に沈み込んだ・・・・・・。











ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 ガバッ!
 もみじは掛け布団ごと上半身を起こした。全身から汗が噴出て、パジャマを湿らせる。周りに聞こえるくらい、心臓が激しく鼓動を打っている。胸がムカムカする。
 「またか・・・・・・」
 ぐったりとした頭を手で支え、彼女はウンザリとしながら呟いた。














Survival Start





 「おはよう、もみじ・・・・・・って、単刀直入に聞くけどどうしたの?」
 友達の戸張美夕に肩を叩かれ、もみじはそれまで伏せていた机から顔を上げた。決してヘアマニキュアなどの類では出せない、鮮やかな赤髪を腰の下まで垂らし、同色で大きな瞳をした彼女は思わず抱き締めたくなるような可愛らしい容姿の持ち主であったが・・・・・・目の下にクマを作り、どんよりしているその様子はまさに死にかけた魚である。
 「おはよ〜美夕〜。特に何にもないんだけどね〜、まあいつもの事ってヤツよ・・・・・・」
 「そ・・・・・・そう、かしら・・・・・・?」
 虚ろな目で微かに微笑む・・・・・・なんというかモロに意識して笑いました的なにや〜っというかへら〜っというかそんな笑みを向けられ、後ずさりながらも何とか相槌を打つ美夕。こちらもまた笑みを、眉を寄せたあいそ笑いを浮かべる。
 いつもの事―――妙な夢を時々見る、と前に聞いた事はあったが、ここまで酷い状態になる事はなかった。
 「ねえ、本当に―――」
 どうしたの? と美夕が訊こうとした時、教室の扉が開き、数人の女子生徒が入って来た。
 「おっはよ〜もみじ! 美夕! っておわっ!! もみじ、どーしたの!?」
 朝からハイテンションな彼女らもさすがに気付いたようだ。まあ、いつも最もハイテンションな人がこうなのだから、気付かないわけはないだろうが。
 「おはよ〜。うん、ちょっと最近夢見が悪くって・・・」
 「夢? どんなの?」
 「聞きたい? ど〜っしても聞きたい? まあそんなに聞きたいのなら止めはしないけど・・・・・・。本っ当〜に! 聞きたいのね!?」
 虚ろな目のまま顔を近づけられ、女生徒達がしどろもどろしているのを横目で見ながら、美夕は手に顎を当て、考えていた。
 「―――ああ、そうだわ」
 ふと顔を上げて呟き、満足げな顔で頷く美夕の後ろでは、今だにもみじと女生徒達のわけのわからない会話が続いていた・・・。







ψ     ψ     ψ     ψ     ψ








 この日、この地域全体はまさに快晴と呼ぶに相応しい天気だった。空には雲1つなく、春独特のぽかぽかとした陽射しが背中に温かい。そんな中、もみじと美夕の2人はビル内の、展望室のような喫茶店にいた。午前中は下のデパートを探索し、今は休憩兼少し遅めの昼食中である。
 展望室と呼ばれるだけあって、そこからの景色はこの辺りでは一番いい。まだ開発途中だけあって、緑の多い街―――良く言えば自然と調和している、悪く言えば中途半端に都会ぶった田舎―――に、遠くの方には若葉の鮮やかな山々が、空の青さに溶け込んでいる。あまりいい表現ではないが、飛び降り自殺するならおススメの場所である。が・・・
 もみじは外も見ずに、すでに飲み終わったアイスティーの氷をストローでかき回していた。
 (あの夢・・・、どういう意味なんだろ・・・・・・)
 今朝も見た夢を思い出す。もういちいち考えなくても内容がはっきり思い出せる、見慣れた夢。だが慣れる事は決してない夢・・・。
 初めてこの夢を見たのは5歳の時。母親が殺され、その直後、暴走し、気を失った中でだった。その時はあまりのリアルさと悲惨さで、目覚めてすぐ洗面所に駆け込んだ。他の人たちは母親を殺されたショックからだと思っていたようだが。
 それ以来、度々思い出したかのように見た。だがここ最近ではその感覚が短くなり、近頃ではほぼ毎晩見るようになっていた。最初の頃のように吐く事はなくなったが、気持ち悪い事に変わりはなかった。それに―――
 (今日のは何となくいつもと違ったような・・・・・・)
 内容はいつも通りだったが、いつもより緊迫感があったような、そんな感じがした。これは一体―――。
 「―――ってもみじ! 何ここまで来てうじうじ悩んでんのよ」
 いきなり思考の中に割り込んできた声にびくっとしながらも、なるべくそれを表に出さないようにしてもみじは目の前の友人を見やった。
 美夕は半眼でぼやいてから、さっきまで口に運んでいたフォークをぴこぴこと動かしながら言った。
 「あのねえ。何のために今日ここまで来てるのよ。落ち込んだ気分を明るくするためでしょ? さらに落ち込んでてどうするのよ。あんたが落ち込んでるからクラス皆で沈んじゃってるじゃない!」
 「あ・・・うん。ごめんごめんv」
 謝りながらもみじは苦笑した。言葉こそはキツ目だが、美夕は自分の事をよく理解し[わかっ]ている。人に踏み込まれていることに怯えている自分の事を。
 もみじはまだ口をつけていなかったサンドイッチに手を伸ばしながら訊いた。
 「で? これからどうしよっか?」
 「え? それはもちろんさっき目をつけていた4階のお店へ行って、その後・・・・・・」
 美夕もお皿の上の野菜にフォークを突き刺しながら言った時―――
 ガタン!
 突然足元が揺れた。テーブルが持ち上がるほどの揺れ。
 「え? 何・・・?」
 いきなり起こった地震のような現象に、美夕も含めてその場にいた全員がうろたえる。地震、じゃ、ない。いきなりの揺れ。その前にあるはずの余震がなかった。ここがビルの上だからよく揺れる、そんな言い訳では通用しない異常事態。
 そんな中―――
 もみじは下ではなく上を見上げた。
 (何・・・・・・?)
 確かに聞こえた。





 来なさい―― 私の元へ・・・・・・





 それは、夢の中で聞いた声だった。
 「何か、聞こえた・・・・・・」
 「え? 何かって・・・何が?」
 『地震』の収まらない中、美夕は頭を手で庇いながらもみじの方を見た。もみじはまるで地震など起こっていないと言うかのように、1人平然と立っている。心ここにあらずと言った虚ろな眼差しで、虚空の一点だけを見つめて。
 「何? ねえ、・・・・・・どうしたのよ!?」
 おかしい彼女の様子に気付いて、必死で呼びかける美夕。だがそれを邪魔するかのように一際大きな揺れが襲ってきて、彼女はバランスを崩しその場に倒れた。
 そしてその瞬間、もみじは気を失った・・・・・・。










 さっきまで続いていた地震は、まるでそれが夢であるかのようにいきなり収まった。
 「―――い、た・・・」
 倒れたはずみで打った肘を押さえながら、美夕は立ち上がった。幸い、店の方はそれほど大きな被害もなく、ケガ人も出ていないようだ。
 「何だったのかしらね、もみじ・・・・・・」
 言いながら、美夕は今まで友達の立っていたほうを見たが―――そこには誰もいなかった。
 「え・・・・・・? もみ、じ・・・・・・?」
 全ての後には、彼女の小さな呟きだけが残された・・・・・・・・・・・・。







ψ     ψ     ψ     ψ     ψ








 背中に当たる、太陽の光が心地良い。春という事で薄手のブラウス1枚だけだったのだが、どうやら丁度良かったようだ。微かに髪をなびかせる風が先程から吹き続け、辺りでは衣擦れのような音が響く。
 頬や手を撫でる草がちょっとくすぐったい。息を吸うたんびに青々とした草の匂いがする。この匂いが嫌だと言う友達は多いが、どちらかというと自分は好きなほうだ。こうして匂いを嗅いでいると、自分が辺りの自然と1つになれたような気がするからだ。と・・・・・・
 ここにきて、やっともみじは自分の置かれている状況を理解した。
 「・・・・・・って! ちょっと待てえ・・・い・・・・・・」
 上半身を一瞬で起こし、叫びかけ・・・・・・周りを見てだんだん声をすぼめた。
 辺り一面の森。地面に生えた小さな草。遠くに見える、石造りの家の多い町並み。澄み渡った青い空。
 ―――ここはまさしく、夢で何度も見たあの丘だった。
 「えっと・・・、いや、あの・・・その・・・・・・」
 もみじはパニック寸前の頭を何とかなだめ、今までの事を回想してみた。
 (え〜っと、今までの事っていったら・・・、あたしは火流もみじ。火流隆二と里美の間に生まれて現在14歳、中学2年生。身長は・・・・・・って、ちっが〜〜〜う!!!)
 どうやら頭は完全にパニックを起こしているらしい。自分で突っ込みを入れて、今度こそ真面目に考える。
 (さっきまでは喫茶店にいて、突然地震が起こって・・・・・・そう、その最中。声が聞こえて・・・。その後、夢と同じ様に光に包まれて、意識が遠のいて・・・・・・)
 見た限りではどう考えても自分の住んでいる地域ではない。ましてやさっきまでいた喫茶店などではない。気を失っている間に誰かに運ばれたのかもしれないが、周りにはそれらしい人影はない。まあ運んでおきながらそのまま放置、なんてことは普通ないだろうが。
 「と、ゆーよりここはマジでどこ!!?」
 とりあえず立ち上がってみたが、その後何をすればいいのか分からずそのまま呆然としてみる。
 その状態で何秒経ったのだろうか、もみじは意識を忘却の彼方から現実に引き戻した。周りの『現実』は変わっていない。それに対する絶望―――は、後でにおいておくとして。
 周りの森から何者かの気配がした。
 体は動かさず、目だけで周りを見る。さっきまでと変わった様子はなかった。
 ―――が、彼女は自分の勘を信じ、警戒心を解かなかった。
 そのままの状態でいると、後ろの方で微かに草を踏む音がした。足音の主は彼女の後方に立ち、ありきたりな言葉を言った―――陳腐な脅し文句、と言った方がいいかもしれないが。
 「よーねーちゃん。ここらへんは危ないって聞いてなかったのか? それとも、それ知っててあえて来たってのかい? まあ、どっちにしろ今なら金目のモン置いてったら見逃してやるよ。じゃなかったら明日から鏡見れなくしてやってもいいんだぜ? ん? どーする?」
 もみじはゆっくりと振り向いた。急いで振り向くとかえって隙ができる―――まあこの連中がそれに気付くかはともかくとして。
 そして彼女は話し掛けてきた相手を見―――その場に硬直した。相手は、一言で称するに『平凡なヤツ』だった。平凡な現われ方に平凡な文句、まさに平凡街道まっしぐら、といった感じだった。
 ―――ただし人間としての。
 目の前にいたのは獣だった。形は狼に近いが、二足歩行している。しかも言葉を話している・・・・・・・・・・・・。
 「ゔ・・・・・・」
 硬直が解けるにつれ、もみじの頭の中は再びパニック状態に襲われた。くどいようだが、彼女が今まで生活していた地域にこんな生物はいない。もちろん世界中どこを捜しても。強いて言うなら本やらテレビやら、つまるところ架空の世界の中でのみである。こんなものがいたなら生物学者が全財産はたいて捜索するだろう。
 「うどひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」
 彼女にしては珍しい悲鳴を上げるもみじ。が、それが彼らを刺激したのか、周りから同じような獣がわらわらと出てきた。
 「てめえ! 俺らに逆らう気か!?」
 何をどう判断した結果こういう結論に至ったのか全く以って謎でたまらないが、獣はそれを合図にいっせいに彼女に飛び掛った。
 「えぇ!? ちょ、ちょっとぉ!!」
 理不尽と言えばあまりに理不尽すぎる展開に、死を想像する事すら忘れてもみじは非難の声を上げた。それと重なる様に、静かな声が辺りに響く。
 「風よ―――」
 同時に飛んできた何かが、さっきまで話しかけてきていた獣の体を上下2つに断ち切った。
 「・・・・・・は?」
 もみじは目を点にしてそれの飛んできた方を見た。もちろん不可視のそれそのものが見えたわけではない。自分と獣のいた場所、そして獣の体の裂かれ方からおおむねの見当をつけただけだ。
 だが、どうやら合っていたらしい。そこだけ草が不自然に揺れ、一部はふつりと切られ、風に乗って空を舞っている。
 自分の斜め前、獣の陰になって今まで見えなかったところに、1人の男が立っていた。年の頃は25といったところだろうか。この森の中を歩くにはあまりオススメ出来ない格好―――執事のような服装だった。
 「この付近一帯で最近『獣人』に襲われたという被害報告が相次いで出たので来たのですが・・・・・・どうやらあなたたちのようですね」
 「な・・・・・・!」
 静かに問いただす男に、獣人と呼ばれたそれらはまともにうろたえた。たが・・・
 「へ、だったらどーすんだよ」
 「もちろん―――こうします」
 柔和な笑みでそう言いながら、男は右手を上げた。手の平が、今話した『獣人』の方を向く。ただそれだけなのだが―――
 獣人たちは今度こそ完全に顔色を変えた。何をどう『こうする』のか、もみじにはさっぱり分からなかったが、彼らは理解したようだ。
 「に、逃げろーーー!!」
 この言葉を発したのが誰(どれ)だったか、だが全ての獣人たちが、全力で森の方へと走っていった。
 「逃がすと思います?」
 笑みを浮かべたままそう言い、男は逃げようとしていた獣人に手を向けたまま、やはり最初同様静かに呟いた。
 「風よ・風を司りし大いなる神よ・刃となりて目の前の敵を打ち倒せ―――かまいたちよ」
 男の声に合わせ、手の平の先に突然、ブーメランのような小さな白いものが幾つも現れた。それらは獣人たちの方へ、文字通り風を切り裂いて飛んでいき、その全身を切り裂いた。
 獣人たちは暫くぴくぴくとしていたが、やがて、動かなくなった。その凄惨さに、もみじが僅かに目を見開いて息を呑んだ。一方的に男が悪いわけではない。男の言葉を信じるならば―――自分も同じ目に遭い途中だった以上疑う理由もないが―――原因をつくったのは獣人たちだ。だが、
 逃げようとする相手にそこまでする必要があるのだろうか?
 「て・・・てめえ―――!!!」
 逃げられないと悟ったのか、それとも仲間を殺された恨みか、獣人たちは男の元へと向かって行った。
 ―――しかもその内何匹かはもみじの方へも。
 「てめえも道連れだ!!」
 「はあ!?」
 もみじは今日何度目だろうと静かに考えながら目を点にした。今、もの凄く納得しがたいことを言われなかったか・・・・・・?
 そんな事を考えている間にも、獣人たちは彼女のほうへと近付いて来る。
 「ふ・・・・・・」
 怒りがふつふつと込み上げてきた。こめかみの辺りがピクピクと痙攣する。毎日妙な悪夢にうなされ、気分転換に出かけてみればいきなり変なところへ連れて来られ、珍しくパニックになってみれば平凡なやつらに因縁つけられ、あげく自分とは関係ないのにノリで殺されそうになる。
 (あたしの人生でここまで侮辱されたのは初めてよ!!!)
 「ふざけんじゃないわよ!!!」
 気合一発。逆恨み万歳。
 叫んでもみじは一番近くにいた獣人を、全身のバネを使って殴り飛ばした。人間ならばみぞおちにあたる部分だったのだが、どうやら体の構造は人間と同じらしく、獣人は短く呻いてそのまま気絶した。
 しかしもみじの方も、まるでタイヤを殴ったような感覚に右手が痺れていた。
 「いった〜・・・・・・」
 顔をしかめ、左手で右手を擦っている間にも左右から別の獣人が走ってくる。
 「よくもやってくれたな!?」
 右側の獣人の顔面に、底の固い(特注品)ローファーで蹴りを入れ、その反動を使って左足を軸に半回転。左から来た獣人をかわし、抜けざまに肘を首筋に落とす。どちらもよく利いたようで、1匹目と同じ結果を辿る2匹を足元に従え、もみじは背中に手を伸ばした。
 伸縮自在の特殊警棒。なぜかよく巻き込まれるトラブルに対し、常日頃携帯しているそれを一閃する。
 カシャン―――! と音を立て、腕と同じ程度の長さに伸びた警棒を掲げ、にやりと笑う。
 「あたしにケンカ売りつけた以上、たか〜く買い取ってあげるわよ。感謝しなさい・・・・・・・・・・・・」







ψ     ψ     ψ     ψ     ψ








 全滅した相手を見下ろし、もみじはふぅ〜っと息を吐いて警棒を背負っていた黒の小リュック―――の影に隠れた、体に直接つけられる専用ホルスターにしまいこんだ。
 「あ〜スッキリした〜vv」
 よくよく考えなくとも問題は何も解決してないような気もしたが、とりあえず自分のストレスは解消された。めでたしめでたし。
 「さ、て・・・・・・」
 くるりと振り向く。八つ当たりしながら―――もとい戦いながらも助けに来てくれた男の方には注意を払っていた。最初に見せられてわかったように、彼にとってこの程度の相手はザコとも言えない程度らしい。あっさり片付け、残るは1匹となっていた。
 (あ・・・・・・)
 ふと思い出す。あの夢の中でもこんな風に戦っていた事を―――まあ、もっと激しかったが。
 ―――などと考えている間にも、これまたあっさりと決着はついたようだ。男がもみじの方を見た。その顔には相変わらずの笑みが浮かんでいる。獣人をなぶり殺しにする間にも変わらなかった、その笑みが。
 「ご無事ですか?」
 「ええ・・・まあ。助けてくれてありがとうございます」
 礼を言いながらも、もみじは警戒を崩さなかった。冷たい言い方だが、助けてくれたからといって味方とは限らない。彼女はそれを嫌というほど体験してきた、
 「ところで、今の、なんだったんですか?」
 「ああ、あれは『獣人』といって・・・まあ、野犬みたいなものですよ。ただし御覧の通り二足歩行しますし人語も話せます。彼らは集団で森の中で生活し、そこを通りかかった人たちをさっきのように襲います。かなり乱暴で気は短く、襲われた人のほとんどが言われた通り金品を差し出したのに暴力を受けたそうです」
 「へえ・・・。それはまた凄い・・・・・・」
いろいろな意味で感嘆の声を上げるもみじに、男は苦笑しながら言った。
 「しかし、何も知らずに彼らに向かってあれだけのことをやる貴女の凄さには負けると思いますが」
 「わけもわからず襲われるのは慣れてますし、何か頭にきたもので・・・・・・・・・・・・え?」
 何も知らずに、というのは獣人の事に対してなのか、それともこの世界そのものを指すのか。
 男の曖昧な態度からはどちらとも―――いや、何も読み取れずに、もみじは訊き返そうとした。が、それよりも先に男が口を開く.
 「まあこんなところにいるのも物騒ですし、とりあえず私の家にでも行きませんか?」
 もみじは男のほうをちらりと見てから考えた。さっきも言った通り、まだこの男が味方だという保証はどこにもない。しかし、この男が何かを知っているならば聞いておいたほうがいい。少なくとも、自分よりはこの世界についての知識があるだろう。
 「わかりました。いいですよ」
 悩んだ結果、結局もみじは誘いに応じる事にした。理由は―――いつまでもここにいても虚しくなるから、だったりしたが・・・・・・。






―――そして男の説明へ・・・

















ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ

 よ〜やく序盤が出来ました。はい。こんな感じで我らが主人公火流もみじちゃんは異世界に吹っ飛ばされたんですね。で、男にいろいろと聞いて、弟子入りする、と。そんな感じに続きます。
 しっかしこの文章、書いたの多分7年以上前(一部手直ししましたが)・・・・・・。うっわ〜。かなり文章の書き方変わったな〜っとついパソコンに写しつつ思いました。

up 2003.6.12

ラストに
 これから説明してくれる方、彼が一体誰なのか・・・・・・説明できる程話が進むといいなあ、と思います(爆)。