『オレ、烈兄貴の事が、兄貴とかそういうのじゃなくて好きなんだ!!』
その一言ですべてが終わり、またすべてが始まった――。
恋愛ゲーム
「―――何やってんだろ、俺・・・?」
布団を頭からすっぽりと被り、豪はボソリとつぶやいた。何も聞こえないように布団を被ったのについ耳を澄ましてしまう―――本当に何やってんだか!
隣の部屋から聞こえてくるのは『女』の微かにくぐもった喘ぎと、その合間に僅かにする兄の声。記憶の中でほとんど変わる事のなかったボーイソプラノは今、自分の前では決して出される事のない音を紡ぎ上げている。
布団を握る手により力が入る。烈の『彼女』の数はもう数える気にもなれない。お金もあるだろうにホテルにでも行けばいいのに烈はなぜか家に彼女を連れて来る。そして1ヵ月後位にはもう別の人を、というサイクルが出来上がっていた。まるで、
(まるで俺を試してるみたいにな・・・!)
壁越しに聞こえる兄の甘い声に、豪の背中をぞくりと熱いものが走った。思わず一瞬息が止まる。自分に落ち着くよう命令し唾を飲み込む。汗で濡れた手が小さく震えていた。
漏れるのは小さな自嘲。
「3年もたって・・・、今さら俺は何に期待してんだ・・・?」
もしもあの声が壁越しではなかったら? もしもいま彼女に向けられているであろう笑みが自分に向けられていたら? もしも兄に抱かれているのが―――もしくは兄を抱いているのが―――自分だったら?
―――もしも烈の恋人が自分だったら?
「どーせンな事あるわきゃね―んだよ。考えるだけ無駄だっての」
枕に顔を埋めながら、涙が出てしまうのだけはどうしようもなかった。
ψ ψ ψ ψ ψ
『彼女』が眠ったのを確認し、烈はそっと布団から体を起こした。薄めのパジャマをはおり、前は止めないまま窓へと歩む。雨戸を閉めていない窓からは月明かりが優しく降り注いでいた。
「―――何やってるんだろ、僕は・・・?」
漏れるのは苦笑。そしてため息。考えてみれば彼女を抱く度いつも同じ質問を自分にしている。そのまま布団で安らかに眠るなど1度もした事がない。
『オレ、烈兄貴の事が、兄貴とかそういうのじゃなくて好きなんだ!!』
「『けど俺たちは兄弟だ。お前の気持ちには応えられない』・・・」
3年前の弟の告白と自分の答え。今でも一言一句間違えずに思い出せる。豪が微かに息を呑む音も。小さく揺れる蒼い瞳も。
布団で裸で寝ている彼女をチラリと見る。1週間前に好きだと告白してきた1学年下の少女。だがこの子ともすぐ別れるであろう。
自分を見てくれない―――それが今まで自分と付き合い、そして別れた彼女たちの言葉だ。
「当然、なんだよね・・・」
彼女たちを抱いて、気持ちいい、と思った事、ましてや嬉しいなどと感じたことはなかった。いつでもそこに違う者の幻影を見ている。壁を挟み今も隣で寝ているであろう実の弟の。
なぜ『彼女』を作るのか―――名目上は豪に自分の事を諦めさせるためだった。
「名目上[イイワケ]は、ね」
本当は自分が豪を諦めるため。豪ではない誰かを抱く度自分が汚れていくような気がするから。こんな自分では豪には不釣合いだと、そう言い聞かせるため。だが、
漏れるのは小さな自嘲。
「3年もたったのに・・・、今さらなのに、僕は何を期待しているんだろう・・・」
もし今日部屋にいるのが豪だったら? もし今布団で寝ているのが豪だったら? もし抱いていたの―――あるいは抱かれて、か?―――が豪だったら?
―――もし豪が自分の恋人だったら?
「そんな事、ある訳ないのにね」
3年前、自分が選んだのは『恋人』ではなく『兄弟』だった。恋人になるのが怖かった。そうなる事で今まで通りの自分たちではいられなくなるような気がしたから。
一歩踏み出す勇気のなかった自分が今でも弟を傷つけ、彼女たちの心を踏みにじり、そして自分自身を狂わせていく。
「もう、戻れないんだよ・・・」
いつも自分に言い聞かせる言葉を今日も吐き、烈は目を閉じ眠りについた。ベッドには戻らず、窓枠に顔を伏せて。
ψ ψ ψ ψ ψ
予想通り、というよりいつも通り彼女と別れてその夜、烈が1人机に向かっていると部屋の扉がノックされた。
「はい・・・?」
返事をし上半身だけを扉に向けてみるが誰も入ってこない。どころか何の反応もない。
(豪? ・・・ならノックする訳ないか)
いつまでもそのままにしておいても仕方ないかと、イスから立ち上がり烈は扉を開けた。と、
「―――!!」
突如痛いほどの力で肩を掴まれ部屋の中に押し込まれた。
「豪!!」
烈の叱咤の声を無視し、豪は扉を閉めると兄と向き合った。今にも爆発しそうな感情を無理やり圧さえつけ、静かに問う。
「烈兄貴、俺の事心底なめてねえ・・・?」
背筋をゾクリと疾る冷たさ、それと熱さを感じ、烈は両腕で自分の体を抱いた。豪が本気で怒っているのはすぐにわかった。そして自分がこの弟に名前を呼ばれるだけで、見つめられるだけで、彼女を抱くときとは比較にならない程過敏に反応している事も。
「何の事だよ?」
豪の冷たさに合わせるように烈もまた表情を消し、尋ねる。自分よりも10cm以上背の高い弟を見上げての形だが、かもし出す迫力は全くひけを取ってはいなかった。
「3年前、俺は確かに言ったよな? 兄貴が好きだって」
「それで俺も答えただろ? お前の気持ちには応えられないって」
「なら・・・」
その先の言葉は互いの口の中に消えた。突然のぶつかるようなキス。唇を開いた烈の口の中に、豪の舌が乱暴に侵入する。貪るように這い回る豪の舌に、時折漏れる烈の甘い声に、何より今こうして相手が自分のものになりつつある事に2人の身体に今まで感じた事のない程の熱が駆け巡った。
長いキスで力の抜けそうになる体を支えるように豪が烈を抱きしめ、先程消えた言葉の続きを口にする。
「なら、なんで口開くんだよ? なんで抵抗しねーんだよ?」
背中に回した手を片方外し、烈の顔、首、胸となでていくと、烈の強気な瞳が苦しそうに微かに震えた。小刻みに揺れる肩を押さえるためか、握った拳に力が入るが豪は気にせずそのまま手を下に運んでいく。
「んぁ・・・!」
その手が下腹部に到達し服越しに烈自身を掴んだ時、耐えきれずに烈が声をあげた。
「それに、なんでこんなに反応してんだよ・・・!?」
怒っているのに苦しそうな、今にも泣き出しそうな切羽詰った声。できる事ならば今すぐ無理やりにでも犯してしまいたい。2度と彼女など作れないようにメチャクチャにしてしまいたい。だがそれでは意味がないのだ。自分が欲しいのは兄の躰ではなく『烈』そのものなのだから。
「それとも何か? 兄貴は誰にでもこんなふうに反応すんのかよ? 誰でも彼女にするみてえに」
その言葉に烈の顔が歪んだ。自分自身に触れている豪の手を払いのけ、弟の顔に右手を当てる。
殴られるか、と身を竦め目を閉じた豪は、次の瞬間に起こった事が理解できず逆に目を見開いた。首の後ろに回された両腕、つま先立ちのためか寄りかかる体、唇の柔らかい感触。
「な・・・・・・?」
自然と開かれた唇に兄の濡れた舌が納まる。先程とは逆の行為に、今度は豪の鼻から甘く低い声が漏れた。手持ちぶたさの両腕で烈の腰をきつく抱きしめると、舌の動きがより激しくなる。
「―――お前の方がよっぽど反応してんじゃん」
キスの感触を確かめ直すかのように唇をペロリと舐めにっと笑う烈に、緩く抱き締めたまま今度は豪が仕掛けた。
「―――あったり前だろ? 俺は烈兄貴といるだけでドキドキしてんだから」
「ふーん・・・」
呆れたような声でつぶやく烈。その奥に少なからぬ安堵があったりする事は決して弟には教えない。
何度も互いにねだるように、またそれに応えるようにキスを重ねベッドに2人で倒れこむと、烈は隣の豪に挑発的な笑みを浮かべた。
「じゃあ、お前も参加するんだな、『恋愛ゲーム』?」
「恋愛ゲーム?」
「ルールは簡単さ。俺と付き合う、それだけ。耐え切れなくなったらお前の負け」
「耐え切れなくなったら? ンな事ある訳ねーじゃん」
「さあ、どうかなあ? 今までの最高記録は2ヶ月半だけど?」
「なら俺の勝ちだな。俺なんて兄貴の事想ってるだけで3年―――いや、17年だからな」
「生まれた時からかよ。それはそれで凄いな・・・」
半眼でため息をつく烈の頬に軽く口をつけ、豪は耳元を舐めながら囁いた。
「―――で,別れた理由は?」
くすぐったいのか身をよじりつつ、笑いながら烈が答えた。笑ったのは純粋にくすぐったいからなのか、それ以外なのか―――?
「『私の事ちっとも見てくれないのね』だって」
「なら心配ね―な」
自信満々に答える豪。烈の顔の両脇に肘をつき真下に見下ろした。
「なんでさ?」
「俺は烈兄貴が他の奴見てる間、3年間ずっと見続けてたんだぜ?」
「だから慣れた、か?」
「いーや」
烈と同じ挑発的な目つきでニヤリと豪が笑う。
「ぜってー烈兄貴はもう他のヤツ見ないから。だろ?」
「・・・凄い自信だな」
「とーぜん! なにせ兄貴と戦うんだからな。このくらいの自信は持たねーと負けちまうだろ?」
「上等」
力強く浮かべられた笑みはまるでミニ四駆のレース前のようで。ライバル兼恋人、欲しかったのはそんなものなのかもしれない。
ψ ψ ψ ψ ψ
もしも兄貴の声が壁越しじゃなかったら?
もしも兄貴の笑みが俺に向けられていたら?
もしも兄貴と抱き合うのが俺だったら?
―――もしも兄貴の恋人が俺だったら?
「2度と離れね―し2度と離さねーよ。勝つに決まってんじゃん。運は強いんだぜ、俺は。兄貴がかかってりゃなおさらな」
ψ ψ ψ ψ ψ
もし今部屋にいるのが豪だったら?
もし今布団で寝ているのが豪だったら?
もし僕と抱き合うのが豪だったら?
―――もし僕の恋人が豪だったら?
「少なくとももう『何やってんだろ』なんてボヤかずに済むんじゃないかな。『誰か』の幻影と重ねることもね」
狂っていくなら2人で狂おう。墜ちていくなら2人で墜ちよう。
「ゲームは楽しくやらなきゃ、ねえ」
―――HAPPY END(逃)
おまけ) 第3者以上当事者未満の場合
「なーなー、星馬の奴また別れたんだって」
「また? やっぱ理由は『私の事なんで見てくれないのよ!?』?」
昼休み、風輪高校3年のとあるクラスにて。
「えー!? もったいない。あの星馬君と付き合えるんだからその位いいじゃない! ねえ、せな?」
せなと呼ばれた少女は苦笑を浮かべたままうーんと首を傾げた。
「さあ、私は誰かと付き合った事ないから何とも言えないけれど―――やっぱり好きな人には自分の事見ててもらいたいんじゃないかしら?」
「けどそれ位で別れる!? そんなの我慢すればいいじゃない」
「にしてもどーせまた別の奴と付き合うんだろ? いーよなー、そんなにモテるって」
「まさに『来るものは拒まず、去るものは追わず』ね」
(正確には『来るものを拒むから去っていって当然』ね)
皮肉げに笑いながらせなは机に肘をついた。と、
「せなはあの2人と仲いいんでしょ?」
「まあ、ね」
「付き合ったりとかは―――?」
「絶対いや」
ブンブンと首を振り力強く答える彼女に、周りのみんなは不思議そうな顔をした。
「・・・なんで? 烈君は今1人だし、豪君なんてモテるのに全部断ってるんでしょ? それにアンタだって全部断ってるじゃない、もったいない」
「友達として付き合うのなら別にいいんだけれど・・・」
はふーっと長いため息が漏れる。
「え? 別に悪い噂とかある訳じゃないし、友達だろうと恋人だろと変わらないんじゃないの?」
「私としては一番付き合いたくないのは豪君ね。次が烈君」
震えそうになる方を両腕で押さえる。幸い青ざめた顔に気付く者は誰もいなかったが。
「絶対に敵には回したくないからね―――特に烈君は・・・」
「・・・・・・?」
―――happy end v
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でましたねー、せなさん。2度目の登場。私はこの子大好きです。立場としては2人の気持ちを2人以上に早く察した人です。
確かテーマは『ゲームとして接する烈兄貴と本気な豪君』のハズが烈兄貴までメチャメチャ本気になってます。本当はもっと豪君振り回して欲しかったんだけどなー・・・。けどやりすぎるとまた刺されるか(裏Novel【壊れてしまったのは】より)・・・
いやー、想像だけでここまで書くのはムズかしかった。という訳で実際とはかなり異なるでしょう(何が、とは言いませんがね・・・)。ちなみに豪君が烈兄貴の上にいたっぽかったですが、会話の時だけで実際はどうだかわかりません(やはり何が以下略)。なにせこの話テーマにかけて烈×豪、というか攻めの烈兄貴が書きたかった訳ですし・・・。
1日で仕上がって事実上話は4ページ(ルーズリーフにて)。この位っていいですね。目の前を人が通るたびドキドキしましたが・・・