待ち合わせ |
Act1.烈の場合
デパートの前の通りにて、豪は壁に取り付けられた時計を見やった。現在9時半。デパートの開店兼待ち合わせの時間までまだ30分もある。
半眼で、呻く。
「いくらなんでも・・・・・・早すぎじゃねーの?」
「お前はいつも遅すぎなんだよ」
豪のすぐ隣に立っていた烈が、同じく半眼で返した。
「それを考えたらこの位早く来させるのは当然だろ?」
「だからって、ここまで早く来る事たあねーんじゃねーの・・・?」
「あのなあ・・・・・・」
ため息をついた烈を見て、豪はしまったと舌打ちした。このままだとこれから30分間ひたすら延々と兄のお説教を聞く事になる。
と―――
「誰か捕まえて! 引ったくりよー!」
遠くのほうから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「何だ・・・?」
呟いて、豪が体ごとそちらを向いた。視界の端では、こちらは壁にもたれたままの烈が、顔を僅かに動かし目だけで声のした方を見ていた。
通りの角を見る事少し。そこから男が飛び出してきた。前に深く被ったスポーツ帽のせいで顔はあまり見えないが、体つきと動きの素早さからすると自分達より少し上の20歳といったところか。
男はGパン黒シャツという姿から―――というよりその性別からは明らかに浮いた淡いピンク色のバッグを左肩に掛け、2人の方に疾走して来た。
「なるほど・・・」
男ではなく、その周りで急いで避難する人たちを見て烈は頷いた。良い判断だ。
男の右手には少し大きめのナイフが握られていた。あの興奮状態からすると、自分を邪魔した(と本人が判断した)奴は容赦なく刺すだろう。
即座に男のために道が開けられ、そこに残されたのは豪と烈の2人だけとなった。
「どけどけーーー!!!」
ナイフを振り回し叫ぶ男を見ながら、豪はためらいなく横にずれた。別に見て見ぬ振りをするわけではない。だが、わざわざ真正面から取り押さえるような危険を冒す必要もない。
が、
烈もまた、1歩動いた。『道』のど真ん中へと。
「どけー!! そこのガキーー!!」
ナイフを前に突き出し、男が凄みを見せる。そうでもすればすぐに脇に避けるだろうと考えてか、進路を変更すらしない。ましてや、なぜこの『ガキ』が自分の進路を妨害するように動いたのかなどという疑問は思いつきすらしないようだ。
迫る男を前に―――烈はにっこりと微笑み、右手を軽く差し出した。まるで、迷える子羊を正しい方向に導く天使のように、まるで罪びとをその罪ごと己の腕に抱き込む神のように。
そして・・・・・・まるで罪人を死刑台へと連れて行く死刑執行人のように。
「―――!!」
周りの人々[ヤジウマ]から悲鳴が上がる。踊るナイフ。ぶつかる体。倒れる2人。
ざわめく中、豪は1人静かにため息をついた。確かに今のは刺されたように見えただろう。同時に倒れ込んだのだから。
全てが一瞬と言えるほど短かったため、何が起こったのかわかったのは被害者たる男含めて恐らく皆無であろう。自分と―――後は張本人の烈自身位か。
起こった事そのものは単純だった。そして極めて恐ろしいものだった。烈の笑顔に訝しげな表情をし、僅かにペースを落とした男の右手首を左手の手刀で打ち、落としたナイフを左足で後ろに払う。そのまま左斜め後ろに下がり、男とすれ違いざま右手首を返し首を掴んで下に下げ、相手の姿勢を崩す。そして転びかけた男の脚に右足で脚払いをかけ、右手に体重を乗せ烈もまた後ろ向きに倒れたのだ。
ごん、という(男のみが)地面に倒れる音と、ざり、と地面に(やはり男のみの)顔面の擦れる音と。それを聞きながら、烈は自分を見下ろし肩を落とす弟へと微笑みかけた。
「よかったな豪。ちょうどいいヒマ潰しが出来た」
「・・・どーでもいーけど踏み台にすんのはさすがにマジーんじゃねーの・・・?」
「別に踏み台にはしてないだろ? ただ丁度いい支えにしただけで」
そう言いつつ烈は体の重心を変え、男の首と肩近辺に掛けっ放しだった体重の一部を左足へと移した。ついでに絡め取ったままの右手を折りたたんでやる。振り上げていた右足の小指側を手首にかけ肘を踏み込むと、上手く極まったらしく男が悲鳴を上げてジタバタともがいた。
「それに―――」
右足はそのままで立ち上がる。
「踏み台にするのはこれからだし」
「・・・・・・結局すんのかよ」
「警察が来るまでだよ。何せもう待ち合わせの場所だから動く必要は無いし」
烈のその言葉が終わるのを見計らったかのようなタイミングで、男と同じ場所から女性が飛び出してきた。白のスーツにパンプス姿。息を切らした様子からすると、この引ったくりに遭ったのはどうやら彼女のようだ。
意識朦朧としながらもこの通りを占める異様な空気に気付いたか、女性は立ち止まったままの野次馬たちを見、そして彼らの視線の集中している1箇所―――烈及び彼に踏まれて藻掻く男に目をやった。
烈が人当たりの良い笑みを浮かべ、足元を指す。
「あの、これあなたのですか?」
指された先にはバックがあり―――当然そのバッグを持ったまま暴れようとする男がいた。だが烈は道端に落ちていた小銭を偶然見つけたかのようなニュアンスしか含ませずに彼女に尋ねた。下を向きすらしない。
「え・・・、ええ、私の・・・です・・・・・・」
「そうですか。よかった。持ち主が見つかって」
口調も態度も、烈そのものは親切な好青年だった。下さえ見なければ、『ちょっといい話』で終わったであろう。
「という訳で―――」
烈が初めて下を向いた。爽やかな笑みのままで。
「返してくれないかな? それ」
だが男は腕の痛みから己を解放すべく身をよじって無駄な抵抗をするので精一杯だった。実のところ本格的に極められた状態で下手に暴れれば、より酷い状況―――具体的には脱臼やら骨折やら―――になるのだが、激しい激痛の中それを思い出せるほど冷静でいられる人はむしろ少ない。
「・・・・・・・・・・・・」
無言のまま、烈が踵に体重を乗せた。悪質に。グリグリと。
「ひぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・!!!」
男が悶絶して大声で叫び―――その声がだんだん小さくなっていく。
余韻まで完全に消え、口から泡を吹きつつぴくぴくと痙攣するだけになったところで、烈は改めて男に手を伸ばした。
ただ一言、先程と同じ事を尋ねる。
「返してくれないかな? それ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」
従順になった男が肩からベルトを外し、震える左手を烈の方に伸ばした。
「ありがとうv」
皮肉も何も込めずに素直にお礼を言う烈に、女性含め全員が恐怖の眼差しを向ける。
「―――はい、どうぞ」
「あああ・・・ありがとう・・・・・・、ございます・・・」
にこやかに差し出されたバッグを受け取る女性の手もまた、隠しようがないぼど震えている。
「じゃ、じゃあ私はこれで―――」
一刻も早く(むしろ速く)この場を立ち去ろうとした彼女を、烈が呼び止めた。
「あの、すみません」
「は、はい! 私何か致しましたでしょうか!?」
哀れなほどに肩をびくりと揺らす彼女に、誰もが深い同情を示す。
「悪いんですけど、近くの交番で事情を話して誰か連れて来てもらえませんか? あなたが直接仰った方が警察も動くでしょうし、それに僕らはここから離れられませんので。
もちろん、烈と豪は待ち合わせであるここを離れるわけには行かないという理由のみでの台詞である。
(まあ・・・・・・兄貴らしーよな・・・・・・。スッゲー・・・・・・)
心の中だけで呻く豪。ただし言われた女性の視線が烈の足へ移り、そして頷いたところからすると彼女は別の理由で納得したようだったが。
「はい! わかりました!」
言葉の終わりには既にダッシュで遠ざかっていく女性を暫し見送り、その姿が見えなくなってから豪はく口を開いた。
「なあ・・・」
「ん?」
「烈兄貴ってもしかしてさ―――Sのケ、あり?」
S―――サディスト。加虐趣味の性的異常者。いけないとわかっていても今の烈を見ていればつい訊いてしまいたくなる質問だった。
(殴られっかな・・・?)
ビクビクと烈の『返事』を待つ。が、なぜか烈は顎に手を当て考え込んでいた。
「どっちかっていうと・・・M、かなあ・・・?」
「はあ!?」
力いっぱい豪が疑問の声を上げる。そんな弟に、烈はくすりと笑いながら熱っぽい眼差しを向けた。
「なんなら・・・・・・、試してみる? 今夜」
「れ・・・・・・烈兄貴・・・!?」
真っ赤になりながら目を見開く豪を観察し―――烈は盛大に吹き出した。
「ホンットに馬鹿だなーお前! こんな事本気でいう訳ないだろ!?」
「・・・・・・・・・・・・。
だよな。そーだよな・・・」
安堵したようながっかりしたような複雑な表情で、豪が口を動かした。
「―――にしてもさあ、どこでンなモン覚えたんだよ?」
ため息をつく豪の先には、既に抵抗する気を無くしたらしい男がうつ伏せでじっとしていた。
「ああ、コレ?」
言いながら烈が再び足元を指す。ただし今度は自分の足を直接。
「この間読んだ小説に右足1本で人を拘束してるシーンがあったんだけど、本当にできるのかなって思って」
「・・・・・・それ以外は?」
むしろどちらかというと倒すまでの事について知りたかったのだが。
「何となく」
返って来た答えはえらくあっさりとしたものだった。
(なんとなくで倒されたコイツって・・・・・・)
同情を示したくもなるが、ここでそれを示せば次は自分が烈の『実験台』となる。涙を呑んで豪はそれを諦めた。
代わりといっては何だが―――
「兄貴って、自分の使い方100%よくわかってるよな・・・」
「ありがとうv」
豪のぼやきに烈はそれこそ『可愛らしく』笑顔で答えた。
それから15分が経ち、現在9時50分。今だにあの女性は帰ってこず、当然の事ながら犯人を渡すべき警官もいない。少々遅すぎるような気もしたが、考えてみればこの辺りに交番はなかった。既に終わってしまった事件のためにわざわざ110番というのも大人気ない。
というわけで相変わらず烈は男を足踏みしながら、豪はそれを全く気にしないまま世間話に打ち興じていた。ギャラリーもまたほとんどが動かずに2人を見ている。休日の10時前、仕事に出るには遅すぎるしかといって店はまだほとんど開いていない。そんな微妙な時間の暇つぶしには打って付けの見せ物だった。
「―――ところでさあ、烈兄貴・・・」
「ん?」
「前から気になってたんだけど・・・・・・なんでンなゴツいブーツ履いてんだよ?」
「ああ、これか?」
笑いながら烈もまた豪と同じく足元へ目を向ける。
ブーツ―――というと少々誤解を生むかもしれない。その靴は足首少し上までしか覆っていない。が、一般的に履く人の多い運動靴や革靴などとは明らかに異なっていた。基本は紐靴だが、堅めの素材でガチガチに固められた周り、底はご丁寧に鉄板が仕込んであるとかで妙に分厚い。普通の靴屋ではまず売っていないシロモノだ。恐らく売っているのは登山用具の専門店か―――あるいはサバゲー用品取扱店[そういうみせ]位だろう。
華奢な烈にはいかにも似合わなさそうなものなのだが・・・・・・余程履きなれているのか、その姿には全く違和感も不安定さもなかった。
「いろいろ便利だろ? 例えば今みたいに」
「なるほどなあ・・・・・・」
気のない様子で頷く豪。自分で訊いておいてなんだが、今の質問に対し、他にどう答えればいい? 下手に反論やら興味やら占めそうものなら即座に『証明』しようとするであろう。この兄ならば。
「な〜んだ・・・」
頷いて、含み笑いを浮かべる。きょとん頭に疑問符を乗せた烈を横目でちらりと見つつ、豪はもう一度頷いた。
「そっか〜。てっきり俺と並ぶと身長差が理想の恋人っぽいって女子に言われたからじゃ―――おわ!?」
それに気付いた豪が後ろに下がるよりも速く、男に足を乗っけたまま動けぬ烈が人差し指だけを向けてきた。目からせいぜい1cm。触れられ、揺れる睫毛がくすぐったい。
固まる豪から手を引っ込めつつ、烈はにっこりと笑った。
「次はもう1cm進めるからなv」
もう1cm―――言うまでもなくそこには瞼があり、その内には眼球というものがある。豪はためらわずかくかくと頷いた。
―――ちなみに余談だが、理想的な男女の身長差は8〜15cmと言われている。これは女性の方がヒールのある靴を履く事が多いためそれを考慮しての差だが・・・・・・現在烈は平均並みの171cm。豪は校内でもトップクラスの183cm。確かに女子たちの言葉も頷けるだろう。
と、そんな微笑ましい会話を2人がしていると、
「―――あ、あそこです!」
甲高い声―――先程の女性のものと思しきそれと共に人垣が割れ、当人と、制服に身を包んだ警官が2人(+α)の元へ近付いて来た
制服警官が必要以上に胸を反らし、高飛車な態度で何かを言い―――かけ、烈に踏まれたまま助けてくれと言いたげな視線を送ってくる男を見て、口篭もった。
「君たち・・・かね・・・・・・? ええとその、その犯人を捕まえてくれ―――もとい、捕まえて下さったのは・・・・・・?」
「ええ、そうですけど」
柔らかな笑みを浮かべ、烈は男から足をどけた。警察が来た以上もう意味は無いし、第一もうすぐここにはあと2人が来る。となれば最早『ヒマ潰し』はいらない。
「これはこれは。どうもありがとうございました」
妙に腰の低くなった警官が無抵抗の男を捕縛しようとした。その時―――
「何―――!?」
一動作で男が立ち上がり、腰をかがめていた警官にタックルした。突如の反撃。何も出来ないまま声だけ上げて、警官が倒れた。
男は低い姿勢のまま先程烈が蹴り飛ばしたナイフに飛びつき、一目散に走り出す。
叫び、逃げ惑う群集。そこへ突っ込んでいく男。鼻血まみれの顔に血走った目。その姿はたとえナイフなど持っていなかったとしても、本能的に逃げたくなるだろう。
そこはさながら阿鼻叫喚の地獄絵図のようで。
「あーあ・・・。どーすんだよ・・・・・・?」
「どうするって、ここから先は警察の仕事だろ?」
この事態の90%以上の原因が飄々と答える。
「けどさあ―――」
「あ・・・・・・」
豪の非難を無視する形で、烈が通りの向こう側を見て呟いた。男が向かう先、丁度群手が左右に分かれたそのど真ん中に『後の2人』―――ジュンとせなの姿があった。
Act2.せなの場合
それは偶然だった。たまたま待ち合わせの場所に行く道すがら、せなはジュンに出会ったのだ。同じ目的地に行くわけだし、前を行く彼女のすぐ後をストーカーのように付きまとうのはどうか、と少しペースを上げ、ジュンの肩を叩き―――後はまあ当然の如く一緒に行く事になったわけだが。
「先輩、今日の服どーしたんですか?」
横を歩くジュンが、ふと視線でせなの体を舐め回しつつ尋ねた。
「ああ、大した意味はないんだけれど―――おかしいかしら?」
首を傾げ、せなは服の裾を摘み上げた。彼女の髪と同じ緑濃色[ダークグリーン]を地としたチャイナ服は、華やかさにはかけるものの彼女自身のほっそりとした体をより強調しており、とてもよく似合っているといえた.実際、男女問わずすれ違うほぼ全員が彼女の事を見ている。
せなの動作につられるまま、服のスリットが広がり、周りの人の視線がそこへと集まった。地味な見た目とは裏腹に、この服のスリットはかなり大胆に入っており、腿の付け根まで一気に開く。それを知っているジュンは、逆にさっと目を逸らした。
期待が―――ため息に変わる。中には明らかに肩を落とした者までいた。
(まあ・・・無理もないけどね)
実のところジュン自身も最初同じ反応をした。別に変態趣味がある訳ではないが、同じ女として―――そしてスタイルの良さに少しは自信のある自分の目から見ても、彼女の華奢な身体つき[スレンダーボディー]は魅力的だと思う。だからこそ最初スリットが開いた時、綺麗な脚が見えるのかと期待していたのだが・・・・・・。
見えたのは黒のズボンだった。名前は知らないが、割とゆったりしたもので、裾を紐で止める形となっている。ちなみに靴は同じく黒で柔らかめの布製のもの、バッグは紺地で肩から下げる巾着もどき、と全体的に中華風に統一していた。
と・・・
「あら?」
丁度角を曲がったところでせなが気の抜けた声を上げた。ここから待ち合わせの場所であるデパート前までは一直線なのだが―――なぜか出来上がった明らかに不自然な人溜まりに隠れ、よく見えなかった。
「どーしたんです・・・か・・・・・・?」
首を傾けたせなにあわせるようにさらりと揺れる髪に見惚れていたジュンもまた、それに気づき眉を潜めた。平日ならともかく休日の、しかもこんな時間。普段なら人通りもまばらで、間違っても人込みなどできる事はなかった・・・筈だ。
(今日何かセールでもあったっけ?)
とりあえず今目の前で起こってしまっている事を否定しようとしても仕方がない。ジュンは考えられそうな可能性を思い浮かべてみた。彼女の考えを裏付けるように、人溜まりはデパートを中心として広がっている。
「あの、すみません・・・」
ジュンがそうしている間にも、せなはさっさと行動に移ったらしく、人垣の1人の肩をポンポンと叩いていた。
「この人混み、何かあったんですか?」
「ああ・・・」
その声に人の良さそうな中年男性[おじさん]が頷き、予想通りデパートの方を―――といってもよく見えないが―――指差した。
「なんでも引ったくりがあってな、そいつをたまたまそこにいた小僧が取り押さえたらしいぜ」
「「少年・・・・・・?」」
話の中の1センテンスに、せなとジュンの声がハモる。
「あの、もしかしてそれって赤髪だったり青髪だったりして・・・・・・?」
オズオズとてを挙げ、ジュンが尋ねた。口元に浮かぶ半端な笑みは、既に確信しているからかそれとも否定してくれる事を願ってか。
だが、目の前の男の顔が驚きを表しているところからすると、どうやら(やはり)肯定だったらしい。
「嬢ちゃん、あの小僧と知り合いかい?」
「え・・・ええ、まあ・・・・・・」
「俺は最初から見ちゃいなかったんだが、何でも凄かったらしいぞ? なにせ刃物持った奴一瞬でねじ伏せたっていうしな。
―――いやー、人は見かけじゃわかんねーな」
「そ・・・そおですか・・・・・・」
(間違いなく烈で決定ね・・・・・・)
心の中で冷や汗を流しつつ、頷く。隣でせなが苦笑しているところからすると、彼女も同じ結論に達したようだ。最も、他のものには達しようがないが。
「それで、その少年たちはどうしました?」
「今もそこにいるよ・・・っと、やっと警察が来たみたいだな」
人垣の一部が綻び、中へ誰かが入っていく。周りから伝わる安堵からすると、見せ物の終焉[クライマックス]―――『少年』が犯人を警察へ渡すところなのだろう。
―――などと2人でのんびりと考えていると、
人溜まりが混乱に包まれた。
「何!? 何!?」
「さあ・・・?」
疑問の声を上げる2人(?)を他所に、人溜まりが2つに分かれた。まるで元々そう打ち合わせしてあったかのように整然と。
結果。
出来た『道』に取り残されたのは7人となった。
自分達2人。制服姿の警官。社会人らしき女性。
「何あれ! キモチ悪ぅ〜・・・・・・」
ジュンが口を尖らせた。その視線の先にいるのは、顔面からおびただしい血を噴出しナイフ片手にこちらへ走って―――訂正。突っ込んでくる男だった。恐らくあれが『引ったくり犯』なのであろう。
そして―――
「あ・・・・・・」
その後ろで、こちらを見て上げた彼の声だけは、なぜかこの騒ぎの中でもはっきりと聞き取れた。これのみが既に予想されていたことだったからだろうか?
「あら、烈君、豪君」
「そんな事やってる場合じゃ―――」
2人に向けて軽く手を振るせなへ、ジュンは的確な突っ込みを入れた。
「それもそうね」
「え・・・?」
あっさり頷くせな。(さして珍しいことではないが)その態度の豹変振り・・・厳密にはここまで徹底して何も変わらない様・・・についてジュンが尋ねる―――より早く、彼女は肩から下げていたバッグの紐部分を右手にかけ、血まみれの男こと引ったくり犯(推定)に向き直った。
ナイフと共に迫る男を前に―――せなはにっこり微笑み、右手を前に差し出した。男の顔がまともに引きつる。
が、男はペースを崩さず突っ込んできた。彼女はもちろん知らないことだが、ここでペースを落とした結果、やたらとヒドい目に遭ったのはつい20分前の事だ。女ならば大丈夫だろう、とタカをくくって意を決したこの男は・・・・・・まだまだ世の中、見た目によらない人は多いという現実を理解していなかったようだ。
せなの右手が動いた。手首の回転だけでバッグを回し、上へ放り投げる。なかなかいい具合に力配分がきまったらしく、それは真っ直ぐ上へと飛んでいく。
―――とよくわかるのは、それを追ってせなもまた顔を上に上げたからだった。さすがにこんなリアクションは予想していなかったか、それともなけなしの知識が罠だと告げたからか、男もつられるように上を見上げる。
と、
ゴスッ―――!
突如進路上に出されたせなの膝が男のみぞおちに見事に入った。今まで走ってきた勢いを衝撃として十二分に倍加されての蹴りに、苦悶の声を上げる男。彼女はそこから膝を抜くと、さらに骨格とスリットを限界まで広げるように脚を振り上げ―――膝を追って前に屈みこむ男の首筋へと振り下ろした。
脚線美から繰り出されたかかと落としに、男が完全にノックダウンする。それを見届ける事もなく、せなは再び上を見上げて手を軽く差し出した。その中に、落ちてきたバッグが計算されたかのようにすっぽりと収まる。
「ご苦労様v」
皮肉も何も込めずに素直にお礼を言うせな。無論微笑みも忘れない。
「―――あれ? 2人とも結構早かったね」
作られた『道』を急ぐでもなくゆっくりと歩きながら、烈がにこやかに声をかけた。後ろからは豪もついてくる。
「で? 何だったのよ? アレ」
目だけを一瞬向けジュンが尋ねた。ちなみに『アレ』こと哀れな被害者は、現在警察に介抱されているが、それ程簡単には目を覚まさないだろう。
「ああ、アレ? なんか引ったくりらしいよ」
それを倒した挙句踏み台にまでしていた男が無邪気に答える。
「あら、大変ね。じゃあ気をつけなきゃ」
さらにそれに蹴りを2発も入れ気絶までさせた女が驚いたような―――それでありながら全く崩れる事のない笑顔で言った。
(・・・・・・お気の毒に・・・・・・)
(・・・・・・けどまー、仕方ねーだろ・・・?)
(そーね。運が悪かったのね。すっごく。しかもダブルで)
それぞれの額に一筋ずつ汗を垂らし、豪とジュンが呟いた。
「「何? 2人とも」」
「「いーえ別に何でも!!」」
笑顔で首を傾げる2人へと、異口同音に即叫び返し―――
こうして波乱万丈な休日のお出かけが始まった。
―――続く。かな?
う〜みゅ。ラストは語呂で『休日ダブルデート』にしたかったのですが、そうするとどうWにするか疑問で・・・。烈兄貴と豪だとするとせな&ジュン。けどこの2人は完璧ただの先輩後輩(ただし学年で、のみ。部活が一緒なワケではありません)。烈&せな・豪&ジュンてのもいいなあ、とは思うのですが、だとすると『デート』には程遠そうだ・・・。色恋関係抜きでこのペア(というかタッグ)は気にいってるんですけどね。ラスト1つ・・・考えたくないなぁ。烈&ジュン・・・(Fanの方すみません)。
さて今回、タイトルの都合でせなさん1人で活躍してますが、2人で協力してもいいなあと思いました。男が気を捕られたそのスキにジュンちゃんの上段回し蹴り。ちなみにこの話のジュンの服装は、本編には出せませんでしたが黒革ベストに黒のキュロット、下は烈兄ちゃん譲りの(もちろん直接もらったわけではありませんが)ゴツいブーツ。しかも膝下まで、とおみ脚のよく見える感じで。でもってその後はこんな感じで。
―――男を踏んづけガッツポーズのジュン。そこへたどり着く星馬兄弟。ジュ:「これぞ女子ソフトボール部エースの力よ!!」 豪:「(半眼で)エースってお前ピッチャーだろ? 強肩とか言うんだったら殴れよ・・・・・・」―――は! これ何気にオチがない! 閉められない!! ・・・よかった。やめといて。
え〜っと、これ、続くかは疑問です。続けるとしたら(というか同じメンツなだけですけど)、『銀行強盗レツゴ編』という事で。ちなみにさらに『デジレツ編』も在るんですよね。好きだな〜。自分。銀行強盗。というか人質。しかしレツゴ編はまたもや豪君の影が薄く―――というかより薄くなりそうです。頑張れ豪! というか最強兄貴万歳!
2003.3.31(write2001.9.29〜11.8)