4月10日。今日は僕の誕生日。
 ・・・・・・だということをすっかり忘れていた。





 「おめでとう、烈君」
 「え・・・・・・?」
 「誕生日でしょう? 今日」
 「あ・・・ああ、そういえば」
 朝、クラスメイト兼生徒会の友人に言われてようやく気付いた。





 
18歳。諸外国ではもう成人。けど日本ではまだ未成年の年。
 いわゆる、『大人でもない、子どもでもない年』。
 ―――だからといって何かが変わるわけでもなく。
 むしろ『高校3年生』という位のほうが重要視される、この年。
 今更ひとつ年をとったからといって「わ〜いわ〜い」と喜ぶ年でもないけれど。





 ちょっと位何かを期待する僕はまだ子どもなのかな?








BIRTHDAY EVENT







 「・・・・・・よ〜くわかった」
 「へ? 何が?」
 「誕生日であろうがなんでもない日であろうが結局『何もない日』は存在しないんだな。お前といる限り」
 半眼で烈が隣にいた弟に呟いた。さらに周りにはカジュアルな服装をした男が5人。かなり険しい表情で自分達を見ている。厳密には内1人は地面に這いつくばって気絶していたが.
 ついでに言うとここは裏路地。商店街をぶらぶらしていた筈が何でこんなところにいるのか。
 答えは―――全て自分が呟いた通りであった。








○     ○     ○     ○     ○








 4月
10日。この日ももちろん学校は普通にあったが、珍しく放課後は生徒会の仕事も進学や就職に関する連絡なんかも一切なく、部活をやっていない烈はさっさと帰る事にした。
 帰ると―――台所で母・良江が何か作業している。時間からすれば夕食を作っているのであろうが・・・・・・
 「今日はアンタの誕生日だからね! 母さん腕によりをかけて美味しいものいっぱい作るよ!!
  ―――というワケだから、アンタは夕食出来るまで外でぶらぶらでもしてなさい。出来たら電話するから」
 「はーい」
 誕生日だからと言って自分自身が喜んでいる訳ではないけれど、周りの反応となるとそれは別物だ。こんな年になれば『もーガキじゃないんだから!』と反論するのが普通かもしれないが、実際の年は関係ない。親にとって子どもはいつまでたっても『子ども』である。たとえ名字が変わり、戸籍上他人になろうとそれは変わらない。親が子どもに愛情を注ぐのは当然だ―――という偏見をするつもりもないが、こと我が家に置いてはこれが『普通』だ。今更わざわざ変えるつもりも無いし、第一それが嫌いなわけじゃない。
 ―――そんなわけで、烈は素直に母親の命令に従って外に出かける事にした。とりあえず制服から着替えて、いつものブーツを履いて。
 (時間つぶしかあ・・・。どこに行こうかな)
 思いついたのは風輪商店街。わざわざ電車に乗って遠くまで行く必要もない。あそこならぶらぶらしていれば1・2時間は軽く潰せるだろう。受験勉強の息抜きにもなる。
 並んでいた洋服を適当に見て、本屋で雑誌をパラパラ見て、そして佐上模型店にも寄ってみて。生憎ジュンは部活があっていなかったが、代わりにおじさんと少し話をして。そしたら店に来ていた子どもがミニ四駆片手に話し掛けてきた。公の規則上公式レースに出なくなってもう5年。なのに今でもよく子どもたちに話し掛けられる。
 (ちょっとくすぐったいね、こういうのも)
 直接自分を知っている、とも考え難い。目の前にいる子ども―――小学校高学年に手が届いたかどうか位のその子からすると、自分が
WGPに出ていたりした頃はまだ小学校にも上がっていなかったかもしれないだろうに。ファイターにでも聞いたのだろうか。まだ現役で―――そしていろんな意味で『頑張ってる』あの人に。
 「ねえねえ、ここってどうやったらいいの?」
 「ん? ここはね―――」
 
WGP開催を機に、ミニ四駆の世界も大きく変わった。外国の製品なんかもよく入るようになり、お互いしのぎを削りあった結果凄まじい勢いで進化している。今この子が持っているマシンからするとかつてWGPにて活躍したソニックは骨董品並に古く見えるだろう。
 だがもちろんそれで満足する気もない。ソニックも―――自分も。新しいのをがむしゃらに取り入れるような馬鹿な真似をするつもりは毛頭ないが、それでもソニックもまた今でも日々進化している。今でも十分第一線として活躍出来るだろう。
 (負けず嫌いだからね。ソニックも。もちろん僕も)
 「―――といった感じにするといいよ」
 「ありがとう! 烈お兄ちゃん!」
 「どういたしまして」
 笑顔で店を出て行く子ども。
 「ご苦労さん、烈」
 「別に『苦労』じゃないですよ。ああいう子を見るのは楽しいですし」
 「そうかい?」
 「ええ。土屋博士の気持ちが良くわかりますね」
 去り際のあの子の笑顔を思い出す。本当に嬉しそうだった。説明を聞いている間も真剣そうで、『ミニ四駆が大好きなんだ!!』と全身で語っている。
 「博士から見たら僕たちもきっとこうだったんでしょうね」
 「そうだなぁ」
 烈の言葉に佐上が懐かしそうに目を細めた。思い出すのは彼ら兄弟がここの常連だった頃。確かにあの子どもと何ら変わりはなかった。
 そして見る。今の彼。
 (今でもあんまり変わってないようにも見えるけどな)
 外見は変わった。当り前だが。だが中身はそれほどに変わってはいない。落ち着いた烈。どたばた騒がしい豪。そして―――輝く瞳で『ミニ四駆が大好きなんだ!!』と語る彼ら2人。
 (ま、変わればいいってもんでもないしな)
 「じゃあ僕そろそろ行きますね」
 「お。もうそんな時間か? じゃあ、またな」
 「では」
 頭を軽く下げ出て行く烈に、佐上も軽く手を振って答えた。







 そして、その後。
 いい感じに日もとっぷり暮れ、小腹も空いてきた頃。店の冷やかしもさすがに飽きて、代わりにファーストフード店だのレストランだのについつい視線が流れていく。
 (そろそろかな・・・・・・?)
 鞄から携帯を取り出す。2分前に着信メールあり。≪ご飯出来たから帰っておいで≫といった内容に、返事を返すよりも直接家に帰る方が早いだろう、と烈が踵を返したところで―――
 「よお、お嬢ちゃん」
 「さっきからヒマそうにぶらぶらしてるけど、だったら俺達と遊ばない?」
 「ご飯食べたいんだったら奢ってあげるからさ」
 (そんなにもの欲しそうに見えたか・・・・・・)
 声をかけてきた5人の男達を一通り眺めながら、とりあえず烈はそんな事を思った。外にはそう出していなかったつもりなのだが、人から見てバレる程だったとは、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
 (まだまだだね、僕も)
 なんとなくとある関係で知り合った少年の口癖を真似してみる。
 何も言わない烈をどう思ったか、近寄ってきた男達が馴れ馴れしく烈を取り囲む。
 「な? いいだろ?」
 「別になんか下心があるってわけじゃねーぜ」
 「俺達は単に君みたいなかわいい娘と友達になれたらいいな、って思っただけ」
 「僕と、ですか?」
 「『ボク』だって」
 「かわい〜v」
 「そうそうv お兄さんたちは『ボク』と遊びたいんだけどね」
 「・・・・・・・・・・・・」
 人違い、ではないらしい。違う相手を呼び止めているのだったら止まって構えた自分は相当に恥ずかしい人だったのだが、どうやらその恥は免れたようだ。
 さて、ここからが本題だ。わかっていることは2つ。1つ。どうやら彼らは自分をナンパしたいらしい。
 そしてもう1つ。どちらかというとこちらの方が自分には重大な問題にも思えたが・・・・・・彼らは自分を女の子と間違えているようだ。確かに着替えた服は男女どちらが着ても不思議ではなさげなもの。まああからさまな男子の制服である学ラン姿でも間違えられた経験がある以上服装はあまり関係ないようだが。そして自分の身長は高校生男子としてはちょっと低めの
171cm。底の厚いブーツを履いているが(念の為言っておくが、別にシークレットブーツの類ではない。機能美重視のその構造上底が厚くなっただけだ)それでも175cmよりは低い。長身の女性も増え、尚且つ厚底ブーツやらハイヒールやら履いていればこの程度の身長は珍しくないか。ついでに彼らにとっては幸いな事(だろう)に、彼らは全員弟の豪ほどとまではいかないが180cm近くの長身。
 以上の事からわかるように彼らが自分を女の子と間違える要因はたっぷり。ついでに声変わりが今だ来ない(というかこうなるともう一生来そうにない)自分の声は幼い頃から変わらずの高音。ずっと聞いている自分ですら時々女性のものかと思えてくるのだ。初めて聞いた彼らが間違えるのも無理はない。
 (いっそ次から『俺』って言おうかな・・・・・・)
 弟相手にはいつもこう言っているのだ。別に不自然さはない。が―――
 (ムダか・・・・・・)
 この高い声で『俺』と言ったところでイキがってるようにしか聞こえないだろう。目の前で必死に媚び売っている彼らのような人相手では。
 それよりも・・・・・・
 (マズいな・・・)
 人の視線が集まり始めている。まるで絡まれているようにも見えるこの様は見せ物としてはまあまあいい方だろう。
 注目を浴びるのは元から好きではないが、こういった形なら尚更遠慮したい。
 「じゃあとりあえずこっちに行こうぜ。いい店知ってんだよな、俺」
 肩に手を回し明るく言う男に、困った振りをしながら素直についていく。ヘタに今からここで断れば余計な悶着が起こる。それ自体はどうでもいいが、こんなところで騒ぎを起こせばさらに注目が集まる。
 男達に気づかれないよう小さく肩を竦め、ついでに肩から下げたバッグに入れっぱなしだった手で、烈はメールを送り返した。
 ≪じゃあすぐ帰るね≫







 そんなこんなでやってきたのは裏路地―――という言い方ではわかりにくいか。つまりは商店街と住宅街の境目、丁度人通りの少ない通りだった。
 (こんなところから行ける店なんてあったっけ?)
 冗談と本気を足して2で割った辺りの関心度で考える。小さい頃からここに住み、おおむねの地理は把握しているつもりだがもしかしたら『隠れた店』なのかもしれない。第一何の店に連れて行ってくれるつもりだったのか聞いていなかった。会話の流れからすると食べ物屋か。名目上は。
 (さ、て)
 約束を守るのは大事だと思う。なにせ破ると信用が下がる。『すぐ帰る』と送った以上こんなところで油を売っている暇はない。
 「悪いんですけど、僕すぐに帰らないといけないので・・・・・・」
 一般的断り方に合わせ、烈もまたあいそ笑いと苦笑いの中間近辺の笑みでそう言った。とりあえず最初は穏便にすべきだろう。
 「まあまあそー言わずにさ。ね?」
 「いーじゃんちょっと位」
 「それとも門限でもあるのかなあ?」
 「ええ、まあ・・・・・・」
 そんなものある訳はない。特に生徒会の用事やらで帰りがかなり遅くなるのはざらだ。そして我が家はかなりの放任主義である。信頼されている、と言うのと同じ意味だが。
 「けどちょっと位さあ」
 「大丈夫。ちゃんとお兄さんたちが送ってあげるから」
 などなど言いながら、人の姿がないのをいい事にさらに近寄ってくる。『肩を抱く』を通り越して今ではほとんど抱きつかれている状態だ。
 (場が読めてない。完璧素人だね)
 ナンパに慣れた人間ならさっさと諦めて次へ行くだろうに。それとも強気に押せば簡単に落とせるとでも思っているのか。
 (あるいは―――)
 1人を5人がかりで誘う。ナンパにしては不自然だ。そして連れて来られた人通りのないこの場所。ご丁寧に近くには大きめのワゴンまで止まっている。暗い中、運転席の男は明かりも付けずにこちらに身を乗り出してにやにや笑っている。見られていないと油断しているようだ。
 (6対1、か。どうしようかなあ・・・・・・)
 このまま相手の思い通りにやらせるのも面白くない。あのバカ弟に操を立てたつもりは全くないが、相手に主導権を渡したまま、というのが一番ムカつく。
 「すみません。帰りたいんですけど・・・・・・」
 2度目の警告。従わなければ後は好きにやらせてもらおう。
 男達の間を急いですり抜けようと(やはり振り)した烈の腕を男の1人が掴んだ。
 「いいじゃねーか、つってんだろ?」
 「このまま帰れるって本気で思ってんのか?」
 「ここまでついて来て何甘っちょろい事考えてんだよガキが」
 一気にテンションダウンする男達。いや、むしろ上がっている、というべきか。
 別にどっちでもいいが今まで下手に出ていた男達が険悪なムードになった。
 (・・・・・・・・・・・・)
 それを見て、ため息をつく烈。さてどうするか。全員叩き伏せるか、それとも自分は男だと素直に言うか。結末はどちらもあまりかわらないような気もしたが、とりあえず後者を選んだなら男達も諦めて帰り、もしかしたら争いは回避されるかもしれない。逆上してつっかかってきたならねじ伏せても正当防衛として扱われやすそうだ。
 (じゃあこっちにしよっかな)
 「えっとですね・・・・・・」
 一応そんな考えなどおくびに出さずに可愛らしく言ってみる。自分で寒気がしなくもなかったが、バカの相手はバカっぽく。ヘタに冷静に対応するとそれだけで逆ギレされる。
 「実は僕―――」
 実はも何もそもそも自分は『女だ』などと一言も言った覚えも無ければ男らの言った事に一言たりとも賛成していないのだが・・・・・・
 ―――などと烈が1人突っ込みを入れていると、
 「烈兄貴!!」
 どが!!
 聞き覚えありすぎる声と―――あとまあついでになにやら痛そうな音と共に、自分に抱き着いていた男が吹っ飛んだ。
 「大丈夫か!?」
 「全然・・・・・・」
 どこからともなく現れると自分を後ろに庇って男達と対峙しつつそう呼びかけてくる弟に、ウンザリと答える。
 (これじゃ俺達が加害者だよ・・・・・・)
 珍入者の乱入と共にあっさり崩れ去った計画に、烈はこめかみに指を当ててため息をついた。








○     ○     ○     ○     ○








 「―――そういやお前今日遅かったな。部活なかったんだろ?」
 地面に倒れ、完全に沈黙した男達(運転手含)は放っておいて、家に帰る道すがら烈は豪に尋ねた。部活があろうがなかろうが『一緒に帰ろーぜ!』と騒がしい豪が今日は先に帰っててくれと言うから不審に思っていたのだが。
 「ああ、ちょっとな。買い物あって」
 歯切れ悪く返事する弟に、
 「ふーん。別にいいけどな。
  ―――ああ、ちょうど夕飯出来たらしいぞ。タイミングよかったな」
 「って烈兄貴〜」
 「なんだよ?」
 「ちょっとは不思議にとか思わねーの!? どうして今日帰るの断ったか、とか、商店街で何やってたか、とか!!」
 「別に」
 「ゔゔゔゔゔ〜〜〜〜〜!!!!!」
 「はいはいうるさいなあ。で? 『どうして今日帰るの断ったんだ?』と『商店街で何やってたんだ?』だっけ?」
 「・・・・・・すっげー棒読み」
 「そうか言いたくないのかやっぱりならいいんだ」
 「言います言いますわかりました!!」
 いつもの兄弟でのやり取りを一通り終え、丁度家の前まで到達したところで豪が足を止めた。
 ごそごそと、鞄を探る。
 「ほいっ。はっぴーばーすでー」
 「え・・・・・・?」
 飾り気のない言葉とともに、烈の頭にふわりと何か乗せられた。落ちそうになるそれを手を伸ばして支え、尋ねる。
 「なんだよ、コレ?」
 「まあまあ。鏡見てみ、って」
 取り外して直接見てもいいが、一応せっかく頭に載ったものなのでそのままにして鞄から鏡を取り出す。
 手に持った鏡の高さと角度を調節して、
 「――――――!!!」
 硬直した。
 それは小さな王冠だった。
100均ででも売ってそうな、パーティーにでも使えそうなそれ。当然、普通の場所でつけると凄まじく恥ずかしい格好となる。
 「どー、いうつもりだ・・・・・・?」
 震える肩を抑え、何とか言葉を紡ぎ出す烈。対して豪はあっけらかんと笑って答えた。
 「え〜? 烈兄貴っていったらそんなイメージだし。あ、王様ってより女王様の方が―――だ!!」
 「余計なお世話だ!!!」
 にやにや笑う弟をかかと落としの一撃で黙らせる。底に鉄板の仕込んだ頑強なブーツでそんな技を喰らった哀れな弟は、先程の男らと同様の運命を辿るハメとなった。
 やはり倒れた豪は放っておいて門を開けかけ―――ふと立ち止まって見下ろした。
 誕生日に王冠を贈ってくるバカな弟。恋人相手なら贈るものなどもっといくらでもあるだろうに。
 「ほんっとバッカだなー。お前は」
 堪えきれずにくつくつと笑う烈。その頭にはまだ安物の王冠が家のライトを受け光り輝いていた。



―――Fin













○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○

 さてそんなワケで烈兄貴の誕生日SS、限りなく一人称に近い三人称にてお送りいたしました。しっかしこの人、どこまでが『日常』でどこからが『誕生日イベント』として期待した辺りだったんだろう・・・?
 まあそんなのは放っておいて、烈兄貴、
HAPPY BIRTHDAY!!

2003.4.1013


補足というかなんと言うか。
 烈兄貴の言っていた『とある関係で知り合った少年』・・・・・・テニプリの越前リョーマですな。「まだまだだね」といえば。ちなみに『とある関係』は企画だのメチャバト
SSだのいろいろです。なんだかこのサイト内、変な友人関係が積もりに積もりまくってるみたいです(自分でやっておきつつ無責任な台詞を吐くこの管理人・・・・・・)。