8月1日
 ・・・・・・を、次の日に控え。





 「う〜ん・・・・・・・・・・・・」
 「あら。どうしたの?」
 毎日恒例行なわれる生徒会の集まりにて、クラスメイト兼生徒会のメンバー兼・・・・・・結局どう表しようが最終的には『悪友』としか落ち着き様のない、そんな友人に話し掛けられ、烈は顔を上げた。
 「明日さ、8月1日なんだよね」
 「まあ当り前ね」
 「8月1日って言ったらさ、あのバカ弟の誕生日なんだよね」
 「ああ、豪君の。それはおめでとう」
 「僕に言われても仕方ないけどね。しかもフライングだし」
 「それもそうね。で?」
 「どうやって『お祝い』しようかな、って思って」



 4ヶ月前の自分の誕生日、恋人の誕生日だと言うのに
100均で買ってきたかのような王冠をプレゼントした挙句『烈兄貴と言えばそんなイメージ』などとのたまってきたあのバカ弟に―――。



 「僕もそれ相応の対応をしなきゃ・・・・・・」
 ふふふ・・・とどす黒い笑みを浮かべる烈に、話し相手たるせなは笑みを全く以って崩さないまま、こんな提案をしてみた。
 「ああ、じゃあこの間出来たっていう屋上観覧車にでも誘ったら? 『喜ぶ』んじゃないかしら?」
 確かに高所恐怖症たるかの弟をそんなところに連れて行ったならばさぞかし『喜ぶ』であろう。―――誰が、とは言わないが。
 が・・・・・・
 「それなら似たような事去年やったから」
 「・・・・・・ちなみに感想は?」
 「凄く怒った」
 「でしょうね」
 「だから今年はそれ以上の事をやらなきゃ・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」





 ここまで聞けば、もうわかるだろう。今年の烈の誕生日、豪はなんのつもりで王冠など贈ったのか・・・・・・・・・・・・。





 と―――
 「―――ねえ、せなさん」
 「何かしら?」
 「君確か、小手先芸得意だよね」
 「ものにもよるけれど?」
 「で、あいつにお祝いの言葉言いたいよねえ?」
 「まあ一応友人の1人としては」
 「なら1つさ―――








  ――――――明日、僕に雇われてみない?」








COUNTER BIRTHDAY EVENT






 ジリリリリリリ―――!!!
 「んあ・・・・・・・・・・・・?」
 朝早くから鳴り響く目覚ましに、豪は不機嫌も露に身を起こした。普段なら寝たままでも取れる枕もとにおいてあるはずの目覚まし。それが何故か今日は机の上でひたすらにがなりたて続けていた。
 「何だよ、こんな朝っぱらっから・・・・・・」
 呻いて、目覚ましを止める。その目が、下に挟まれていた紙を発見した。
 「ん?」
 綺麗な字で書かれた文章。そこにはたった一言、




<本日午前8時まで、××遊園地前にて待つ>





 どばん!!!
 ばたばたばたばた!!!
 「あ、豪! 朝ご飯は!?」
 「食ってる暇ねえ!!!」
 慌ただしく廊下を駆け抜けていく豪を呆れ顔で見送る良江。
 「なに
17になっても相変わらずどたばたやってるんだろうねえ・・・」
 ため息をつく彼女の後ろで、騒動のおかげで激しく揺られ、今にも落ちそうな壁掛け時計が午前7時
30分を示していた。





○     ○     ○     ○     ○






 8月1日。もちろんこの日は自分の誕生日。
 リュックを片肩に下げ、陸上部エースたる自慢の脚力を遺憾なく発揮させつつ、豪は指定された場所へと爆走していた。
 (マジかよ・・・。兄貴からの誘い・・・・・・?)
 槍が降る確率よりは高いが、雪が降る確率よりは低い。それほどの珍しい事態だ。
 なので―――
 (あ〜v 何なんだろうなvv 遊園地前って事は、やっぱ遊園地デート・・・vvv)
 このように激しく浮かれる豪を責められる者もいないであろう。よしんば去年の悲劇を覚えていないのかなどと嘲える者もまた。
 (去年は屋上観覧車だったよな・・・。けどあそこのはそこまで高くはねーし・・・・・・)
 ・・・・・・しっかり覚えていたらしい。
 (それに・・・・・・あの兄貴が2年連続で同じ事やるなんて絶対! 在り得ねえし・・・・・・)
 ・・・・・・・・・・・・そんな信頼の仕方もあるようだ。
 そんなこんなで、待ち合わせ場所に辿り着き―――





 「―――2分
53秒遅刻」
 「はあ!?」
 やったら細かい指摘に驚愕する豪の前に、ストップウォッチが差し出される。確かに、部活でもそしてミニ四駆をやっていてもよく見慣れた代物は、彼の人物が呟いただけ0から進んでいた。
 「・・・って、それが?」
 「ちゃんと書いておいただろ? 8時『まで』待つって」
 「じゃあ―――」
 「お前はそれに遅刻した。その時点で俺の発言は無効。守る義理はなくなったわけだ」
 「わ〜〜〜!!! 待った待った!!!」
 さあ帰るぞ、と踵を返す烈。その細い体にしがみつき、豪は全力で歯と足をくいしばった。
 「・・・・・・なんだよ」
 「だから! デートの誘いじゃなかったのかよ!?」
 だからこそ遅刻した自分をそれでもちゃんと待っててくれたのではないか? そう思うとこの冷たい兄の態度も恥ずかしがってる裏返しに見え、ついついしがみつきながらも豪は嬉しさに笑みを浮かべた。
 その怪しい笑みを見て、
 烈が可愛らしく小首を傾げた。
 「デート? 何の話だ?」
 「は・・・・・・?」
 「俺はただお前の遅刻癖はどの程度のものかと実験しただけだけど?」
 「え・・・・・・・・・・・・」
 ひゅ〜・・・・・・と、冷めた風が吹き抜ける。
 その風に押されるように、両手を地面につき、豪が崩れ落ちた。
 完全に果てた豪。ぴくりとも動かない弟を暫し見下ろし―――
 にやりと烈が笑った。
 「な〜んてな」
 「は・・・・・・?」
 先ほどと同じ声で、やはり先ほどと同じように目を見開く豪の前に、ひらひらと手を振った。
 その手に握られた、2枚のチケットを。
 「さって冗談も程ほどにしてそろそろいくか。丁度開園時間だし」
 「兄、貴・・・?」
 「ほら行くぞ。何そんなところにうずくまってんだよ」
 「お、おう!」
 (おっしゃマジで兄貴と遊園地デ〜〜〜〜〜〜〜ト!!!!!!!)
 早くも入り口前でこちらを振り向く烈。本当に入るらしい、その姿に、早くも立ち直った豪が握り拳を作った。この程度でいちいちウジウジ堪えていてはこの兄と付き合うなどとてもできやしない。
 わかりやすく立ち直る豪を見ながら、烈は目を細めて呟いた。
 「せっかく金かけてんだからな・・・。しっかり楽しませてもらおうか・・・・・・・・・・・・」
 僅かに吊り上げていた唇をにっこりと微笑む中に隠し、チケットを豪に手渡す烈。果たして今日、勝ち残るのはどちらか!?





○     ○     ○     ○     ○






 「じゃあ、まず何乗りたい?」
 「へ? 俺が決めんのか?」
 「当り前だろ? お前の誕生日なんだから」
 「んじゃあ―――まずは盛り上げ様に、あれ!!」
 と、笑顔の豪が指差す先―――
 「―――わかった。やっぱりお前に任せるのは止めよう」
 「何でだよ!! 俺の誕生日だろ!?」
 「いくら誕生日だからってあんなのに乗れるか!!」
 両手を戦慄かせて烈が怒鳴るのも無理はない。メリーゴーランドを指していた弟の手を思い切りはたき、ついでに掴んで別のほうへ引っ張っていった。
 「盛り上がるんなら何でもいいんだろ? じゃあアレな」
 「あれ・・・って、コーヒーカップ?」
 烈の歩く先に見えるもの、やり様によってはゴーカートと共に最も盛り上がるであろうもの―――なにせ客が能動的に行なえる遊園地のアトラクションなど大抵この2つに尽きる―――を見やって、豪が尋ねた。確かに『盛り上がって』はいる。グルグルと、モロに遠心力が働きそうな勢いで回るカップたち。調子に乗って回していたらしき者が、下りた後カップのみに飽きたらず自分もまた回っている。
 「盛り上がるだろ?」
 「おっしゃまかしとけ! めちゃめちゃ盛り上げるぜ!!」
 ―――などという豪の宣言どおり・・・・・・・・・・・・・・・





 「あ〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」
 「おえ・・・。キモチ悪・・・・・・・・・・・・」
 コーヒーカップを終え、全力で回るカップに他の客同様悪酔いする豪。そしてそれを指差し涙を流して大爆笑する烈。
 「お前ホンット! 馬っ鹿だな〜!! 気持ち悪けりゃ途中で止めればよかったのに!!!」
 「止めただろーが!! 兄貴が気にせず回し続けただけで!!!」
 「まあまあ豪v そんなに怒るなよv ちょっとしたサービスだろ?」
 「サービスじゃねえ!!!」
 「せっかくお前が盛り上がりたい、って言ってるみたいだから『盛り上げて』あげたじゃないか。ホラ、だからこんなに盛り上がってるだろ?」
 「盛り上がってんのは烈兄貴だけだろーが!!!」
 豪の叫びを軽くいなして、烈は涙を拭いつつ近くのベンチへと誘導した。
 「じゃあお詫びにジュースでも買ってきてやるから」
 ベンチにへたり込む豪の頭をポンポンと撫で、バッグを置くと中から財布だけを取り出し、烈がどこかへと走り去っていった。
 それを焦点の合わない目で見送り、
 「なんだかんだ言っても―――てかやっても、やっぱ兄貴は兄貴だよな〜・・・・・・」
 面倒見なところ、昔から変わっていない。少し悔しくて、少しくすぐったくて。以前は下に見られてるみたいで反発してたけど、例えどんな関係になったとしても、やっぱり兄の中で自分は弟なワケで、多分それは死んでも変わらない事。
 そんな事を豪がのんびりと考えている頃―――





 「可愛いそこのお嬢ちゃん」
 「1人? だったら俺達と遊ばない?」
 「あ、もしかして2人かな? ならその娘も一緒にさv」
 店で飲物を2人分買った烈は、毎度恒例ナンパ男達に絡まれていた。確かに今日着てきた服は
Tシャツにハーフパンツをサスペンダーで吊って、といった男女どちらが着ても不思議ではなさげなボーイッシュスタイル。まああからさまな男子の制服である学ラン姿でも間違えられた経験がある以上服装はあまり関係ないようだが。そして自分の身長は高校生男子としてはちょっと低めの171cm。底の厚いブーツを履いているが(念の為言っておくが、別にシークレットブーツの類ではない。機能美重視のその構造上底が厚くなっただけだ)それでも175cmよりは低い。長身の女性も増え、尚且つピンヒール付サンダルなどを履いていればこの程度の身長は珍しくないか。ついでに彼らにとっては幸いな事(だろう)に、彼らは全員弟の豪ほどとまではいかないが180cm近くの長身―――と、それらの解説はもういいだろう。さらに今日はキャスケットなどを被っているおかげで髪の長さがわからず、またハーフズボンから覗く適度に筋肉の付いた弾力性ある脚は、女性に全く引けを取らない脚線美であった(自画自賛ではないのであしからず)。望んでやった事ではないとはいえ、自ら余計にそう見せる要素を増やしたようなものだ。
 (やれやれ・・・・・・)
 単細胞なようで、実は今回さりげに頭の回るらしい(少なくとも内1人は)男達に、烈は静かにため息をついた。飲物を―――少なくとも持って歩けるペットボトルの類ではなく紙コップに入ったものを持っている時点で自分が1人ではないと判断するのは容易であろう。ではデートなのか、それとも友達(自分を女と間違えてる相手側とすれば自分と同性たる女子の)と遊びに来たのかは―――『女』である自分が飲物を買っているという事実から推測したのだろう。男女差別ではないが、得てしてこういう場合、なにかを買いに走ったりするのは男の役目だ(と一般では思われている)。
 ある意味では
100%正解のこの推測。自分と豪はもちろん同性だ。だからどっちが飲物を買いに来たところで不思議ではない。女同士と同様に。その上自分のこの服装の気の抜けっぷりでは、到底デートとは判断されないだろう。
 (う〜ん。けど惜しいな。推測がまだ甘い。こういった場所の場合、デートの相手が具合悪くなるなんて事よくあるのにね)
 冷静にそんな評価を下し・・・・・・
 (さてどうしよう)
 どうするか。答え簡単だ。断ればいい。ナンパ慣れしているならすぐ諦めて、新たなターゲットを見つけるだろう。
 (問題は、素人の場合・・・・・・)
 慣れないヤツはひたすらに迷惑だ。引き際がわからず、しつこくウザい。その上跳ね除けつづければ逆上する。遊園地などというハイテンションになりがちなところでは尚更。
 (そうなると飲物こぼすしなぁ・・・・・・)
 そう。問題は紙コップに入った飲物。乱闘騒ぎになればかなりの確率でこぼす。周りに置き場所はない。両手に持っているため手が使えない。片手で持ち直してもいいが、間違えて潰したりした日には本気で泣けてくる。
 ―――などと考える烈の奸計を潰すかのように、またしてもこの人が乱入してきた。
 「烈兄貴!!」
 ごっ! がっ! どっ!!
 数分前までへばっていたヤツの動きとはとても思えないなめらかな動作でその場にいた3人を叩き伏せる豪。ワケがわからずぶっ倒されながら、男達が最期の力を振り絞り、呟いた。
 「『兄、貴』・・・・・・?」
 「男・・・だったのか・・・・・・?」
 (ああ、そういえば)
 最近この手の騒動が多く、その上このように口より先に手や足がよく出る
弟のおかげで(強調。決して自分ひとりの血の気が多いわけではない)すっかり絶対権力即ち暴力を振るうのが前提となってしまったが、よくよく考えてみれば自分は男だとまだ彼らに言っていなかった。
 1人納得する烈の近くで、
 豪はだらだらと冷や汗を流していた。
 なかなか戻って来ない兄。とりあえず何とか立って歩ける程度には回復したため、探しに言った先で今の騒動を目にしたのだ。脊髄反射で駆け寄ってしまったが、考えずともこの兄がこの程度のやつら相手に押されるわけがない。しかもプライドの高い兄は女性に間違えられる以上に自分に『護られる』事をとことん嫌う。今回のように手を出し、その後『俺はお前に助けられるほど弱くはないからなv』ととびっきりの笑顔と共にそれを『証明』されたのは1度や2度ではない。そして自分が臨死体験をしたのは
80%以上がこの兄の手によってだという事を・・・・・・もちろん忘れてい(られ)るわけはなかった。
 「あ、あのさ、兄貴・・・。これはその―――」
 ぐわんぐわんと回る頭で何とか必死こいて言い訳を考える。
 「単純にああ兄貴が危ないなって思っただけなワケでだからその―――」
 「さんきゅ」
 「だから別に兄貴が弱いとか―――って、へ?」
 「だから、『
Thank you』って」
 「いや、そんな正確な発音で言い直さなくても・・・・・・
  ―――って、
  ええええええ!!??」
 (あの兄貴が!? よりによって俺に!!? しかもこーゆー事柄みで礼を言ったぁ!!??)
 あまりの予想外の展開に、さり気に失礼なパニックを起こす豪。そんな彼に―――
 烈は『期待通り』の行為に出た。
 「おかげで飲物が零れずにすんだ」
 「・・・・・・。だよな。そーだよな」
 はい。と手渡される爽やかな
100%オレンジジュース(柑橘系のものは胃をより活発に動かす事から、実はこの行為は立派な嫌がらせである)を飲みながら、豪は安堵しつつもどこか気落ちした様子で頷いた。
 「?」
 「いや・・・。
  ―――んじゃ次行くか!」





 「ここかよ・・・・・・」
 「そりゃもちろんv」
 先ほどの気持ち悪さはどこへやら、明るく豪が頷く一方で、今度は烈が逆にウンザリと呻いていた。目の前にそびえ立つ、『ホーンテッド・キャッスル』だか何だか、つまるところお化け屋敷を見上げて・・・・・・。
 「おっしじゃ〜行くぞ!!」
 「はいはい・・・・・・」





 そして中に入り―――
 ヒューーー・・・・・・
 「・・・・・・・・・・・・(ドキドキ)」
 ギャー! ギャー!
 「〜〜〜〜〜〜・・・・・・(ビクビク)」
 バン!
 「―――ッ(ビクッ!)!!」
 (カ、カワイイ・・・・・・vvv)
 よく知るものに対しては強いのに、『わからないもの』にはめっぽう弱い、超現実的(かつそれはそれで非科学的)な烈。今も涙目で周りをおどおどと見回す姿は子どもの頃とちっとも変わっていない。それでも悲鳴を上げるのは僅かに恐怖心に打ち勝つ理性[プライド]が許さないのか、両手でしっかり口元を抑え、懸命に堪えている。それがより可愛らしさを引き立てているとも知らず。
 「兄貴・・・・・・」
 「な、なんだよ・・・! うるさいな・・・。べ、別に怖がってるわけじゃ―――!!」
 グワッ!!
 「〜〜〜〜〜〜!!!???」
 上目遣いで見上げてきたかと思えば、突然飛び出してきたゾンビの模型に無言で大絶叫し―――
 「は、はあ!!!???」
 次いで豪が有言で大絶叫した。ここにいるお化けたちなどよりも遥に怖く、遥に嬉しい事態の勃発。なんとついに恐怖心が勝ったらしい烈が、目をぎゅっと閉じて豪の腕にしがみついてきた!!!
 「烈、兄・・・貴・・・・・・」
 呆然と、心の中でハトでも飛ばしつつ呟く豪。その呼びかけに我を取り戻したか、烈が手を離した。
 「ほ、ほら豪! さっさと行くぞ! 何そんな所で休んでんだ!!」
 「いや俺兄貴に今張っ倒されたんだけど・・・・・・」
 「そ・・・んな言い訳言うんなら置いてくぞ・・・!!」
 声を完全に裏返らせつつも、それでも威勢良く(内容のみ)言う兄に、
 (マ、マジかわい過ぎ・・・・・・vvvvvv)
 やはり心の中でクラッカーを鳴らしつつお赤飯を炊きつつ・・・・・・ちょっとからかうべく、豪がにやりと笑った。
 「へ〜。『置いてく』ねえ・・・。兄貴1人でこの先行けるワケ?」
 「な・・・!!」
 完全侮辱の台詞に、顔を紅く染め烈が激怒した。
 「行けるに決まってんだろ!? 馬鹿にするな!!」
 と、本当に豪を置いて行ってしまう。
 (あ〜あ・・・。可愛かったのに・・・・・・)
 肩を怒らせ、暗闇の中ずんずんと進む兄。その後姿を見送り、豪もまた肩を竦めて歩き出した。まあこの兄はこれで普通だ。



 が―――



 歩き出した豪が烈と再び合流したのは、それから僅か
20m先での事だった。その間一体何があったか、しゃがんで泣く兄に。
 (だ・・・だからそれはかわい過ぎる・・・・・・!!)
 鼻血を噴出さない自分に拍手を贈りたい。周りに誰もいなければ問答無用で押し倒す可愛さだった。
 「あ、あのさ、兄貴・・・・・・」
 「なんでちゃんと来ないんだよ!?」
 烈が涙に濡れる顔を上げ、すっばらしく自分勝手な台詞を吐く。普通の相手ならここでぶち切れるであろう。だが、
 (うわ〜vvv マジでンな事言ってるよ・・・・・・vvv)
 日々冷遇される事に慣れすぎ、通常感覚が完全に麻痺した豪にはむしろこのような台詞は感激の対象にしかならない。
 ―――が、ここで感激を露にすればまたしてもこの兄はへそを曲げるであろう。感涙むせび泣きたいのを脇に放り捨て、豪はしゃがみ込んだままの烈へと手を差し出した。
 「ん・・・んじゃあとりあえず行こうぜ。ほら、いつまでもそうしてても仕方ないし。な?」
 涙目で、豪を見上げ、手を見やり。
 結局烈は豪の服の裾を掴んで立ち上がった。
 (まあ・・・素直に手掴むわきゃねーってわかってたけどさ・・・・・・)
 手を離し、赤い顔をキャスケットのツバで隠し間を持たせるようにお尻をはたく烈。小さくため息をついて、豪は先に歩き出した。変な甘やかしやら気配りやらが完全無意味なのは今見た通り。
 今度はさすがに素直に付いてくる烈を肩越しに見て確認する。やはり怖いらしく、相も変わらず手で口を押さえて―――
 (ん・・・・・・?)
 つんつん、と服の袖を引かれる。何か言いたいのかと後ろを向くが、烈は今だ警戒心剥き出しでおどおどと周りを見回すだけ。自分には一切気を配っていない。
 (ってことは―――)
 そっと躰を捻って掴まれている部分を見る。完全に無意識らしいが、最初は本当に裾の裾を2本指で摘む程度だったのが、今では左手全体でしっかりと掴んでいる。
 (こ・・・これは・・・・・・!!!)
 男として生まれたからには1度はやってみたい(素晴らしい偏見)、『頼りになる男』的シチュエーション。よもやこの兄相手にそれが実現するなど夢にすら思えなかった・・・!!!
 (なのに! それなのに!!)
 ビバ誕生日!! おめでとう自分!! ありがとう自分!!
 徐々に近付く2人の距離。自ら寄り添ってくる烈の後ろに手を回し、そっと肩を抱き寄せる。普段なら手が後ろに回りかけた時点でがら空きの脇に肘打ちを喰らうこの行為。しかしながら、今の烈はただされるがままに自分の肩に抱かれ、その上さらに胸元にぴったり頭を付けてきた!!
 相っ変わらず注意は周りにばかり向けられていたが、それでも今度は服の胸元を握り締めて震える烈に、
 豪は空いた左手を顔に当てつつ視線をそらした。
 (ヤベ・・・。マジで鼻血噴くかも・・・・・・)
 などと思う豪に気付いているのか否か、
 結局烈は出口ギリギリまで豪に抱かれたままであった・・・・・・。





 「あ〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」
 「うるっさいな////!!! いいだろ!!?? 苦手なものは苦手なんだから!!!!!!」
 お化け屋敷を出て、今度は豪が指を指して涙を流しつつ大爆笑した。指される先には、もちろんこの人、顔を真っ赤にして怒鳴りつける烈の姿が。
 「だ・・・は・・・!!! 他はともかくあんなん全部作りモンじゃねーか!!! それ本っ気でビビってるし!! しかも俺にまで泣きついてるし!!!」
 「うるさいうるさい!!! いちいち笑うな!!!」
 先程の仕返しというのもあるが、それ以上に自分が兄をからかっているなどというこの構図の珍しさに、豪は腹筋の力を駆使して笑いまくり―――
 ごす! がす!! どすどすどす!!!
 「ほら次さっさと行くぞ!! こんな無駄な事に時間使ってられないんだからな!!」
 ―――そして、完全に沈黙した。





 その後はまあ、一応順調なものだった。絶叫系マシンに乗りながら古今東西をやってみたり、ゴーカートで相変わらずクラッシュする豪を他所に烈がコーナリングの貴公子らしく無免許のクセにやたらと上手いハンドルさばきで最速タイムを記録したり。ゲームセンターではパンチングマシンで豪が
150キロの時速を叩き出したかと思えば次いで烈が「こういうのはコツがあるんだ」という台詞と共にその細腕で200キロ台をマークしたり、さらにシューティングゲームでは拳銃片手にやはりやたらと慣れた手つきで百発百中の命中度を誇る烈に周りの女子男子から黄色い声援が飛んできたりと。
 そして―――





○     ○     ○     ○     ○






 「面白かったな。今日」
 「だよな〜。いろんな意味で」
 「・・・・・・どういう意味だ?」
 「いや別に」
 夕暮れ時、再び遊園地前にてなされる会話。照りつける夕日に眩しそうに目を細める烈を見ながら、豪もまた、眩しそうに目を細めた。
 (やっぱ・・・キレーだよな、烈兄貴って・・・・・・)
 一面橙に染まった世界で、全くくすむ事もなく一際強い光を放つ兄の赤。それはこの世のどの光よりも綺麗で―――
 「? どうした? 豪」
 「え? いや、別に・・・」
 「そっか?」
 兄貴に見惚れてました、と言うのはさすがに恥ずかしい。
 先ほどと同じ空返事をする豪。目を逸らすその耳に、くすくすと笑い声が聞こえた。
 「ま、何はともあれ、誕生日おめでとう」
 「え・・・・・・?」
 すっかり忘れていた事実に、きょとんと向き直る。そんな豪の目の前で、
 烈がふんわりと笑った。
 何よりも、誰よりも大好きなその笑顔で。
 「さん、きゅ・・・・・・」
 夕日のせいだけではなく顔を赤らめる豪の胸に、ぽすんと重みがかかる。
 「兄・・・貴・・・・・・?」
 自分の胸に軽く、しかししっかりともたれかかってくる烈。外では―――いや、2人っきりであろうがまず為されないそんな動作に、今度こそ豪は夕日程度では誤魔化せないほど顔を真っ赤にした。
 (こ、これも誕生日プレゼント・・・・・・////!?)
 だとしたら嬉しすぎる。まさかこんないいものをこの兄がプレゼントしてくれるなどとは・・・・・・!!!
 (よ〜っやく! 兄貴も俺のこと想ってくれるようになったんだな・・・!!!)
 などと烈の腰を抱き寄せつつ心の中でエンジェルにラッパでも吹かせつつ大感激する豪の耳に・・・・・・。
 「黄昏時・・・。魔が跋扈するこの時間・・・。この世とは別の世界が重なる時・・・。現実と夢想の区別は曖昧となり、人は弱い心を持ってただ誘[いざな]われるままに溺れつづける・・・・・・・・・・・・」
 「は・・・・・・?」
 ぼそぼそと囁かれる言葉に、さすがにどこかに飛んでいた意識が戻ってきた。が、
 「れ、烈兄貴・・・////!!?」
 今度こそ完全に意識を吹っ飛ばして硬直する。腕の中で見上げてくる烈。どことなく潤い溢れる紅い瞳。伸ばされた手が、まるで蔓のように頬を捕らえ、引き寄せる。
 かかとを浮かせ、瞳を閉じる烈に、豪もまた片手を烈の後頭部にやって目を閉じていき―――
 暗闇の中で、最初に感じたのは唇に触れる軟らかく温かい触感―――ではなく、全てを引き裂く無遠慮な、それでいてやたらと聞き覚えのある声だった。





 「あー!! 豪の浮気現場発見!!!」
 「は!?」





 声と共に強烈なフラッシュを浴びて一瞬目が眩む。ごしごし擦ってなんとか回復した目が見たものは―――
 「れ、烈兄貴!!??」
 なぜか自分とは3mほど離れた位置にて、デジカメ片手にこちらを指差しにやにや笑う烈。
 そして―――
 「へ・・・? じゃあ―――」
 恐る恐る胸元を見やる。そうだと思っていた兄は向こうにいる。しかし腕の中の存在はなくなっていない。ではこれは―――
 と驚く豪の手を離し、あっさり脱出する『烈』。
 「ああ、面白かった」
 本当に楽しそうにいい、キャスケットを―――そしてその下につけていた赤髪のカツラを取った。
 その下から現れる、さらりと長い緑濃色の髪。
 「せ、せな!!??」
 「こんにちは、豪君。それと―――改めまして、お誕生日おめでとうv」
 「ご苦労様、せなさん」
 「いえいえ。じゃあバイト代は服を返すときね」
 「うん。ありがとうv」
 「じゃあね」
 短い言葉で、そのまま去っていく彼女。その姿が完全に消えた頃、ようやく豪の意識が戻ってきた。
 「ど・・・どーゆー事だよ烈兄貴!!」
 混乱する豪に向けて、
 烈が可愛らしく小首を傾げる。
 「え? 何が?」
 「だから! 今の!! 何でせなが兄貴のカッコして!!??」
 「ああ・・・・・・」
 頷いて・・・・・・1本指を立てる。
 「誕生日ドッキリ」
 「はあ!!??」
 「この間の王冠の仕返しにちょっとからかってやろうと思ったんだけど、いや〜、予想以上の効果だったな。本気で乗せられてるし」
 「な・・・//!! あ、あんな事やられりゃのって当然だろ!!??」
 「だからせなさんが親切に言ってくれたじゃないか。『黄昏時は現実が曖昧になるから気を付けてね』って。あれで気付くんじゃないかと思ってひやひやしたよ」
 「ンなので気付けるワケねーだろーーーーーー!!!!!!!」
 そんな豪の心からの叫びも、またしても烈の大爆笑でかき消された。
 ひとしきり笑いまくる烈を見ながら、
 「だよな。そーだよな・・・。いっくらなんでも今日の兄貴はおかしかったよな・・・・・・」
 思い出すのはお化け屋敷。あんな『可愛い』兄などまずありえない!!
 が―――
 「ん? せなさんと変わってもらったのはラストだけだけど?」
 「へ・・・・・・?」
 (じゃあ・・・・・・・・・・・・)
 あの兄貴は、ホンモノ・・・?
 と、豪が尋ねるよりも早く。
 「さあな」
 そんな返事だけを返してくる烈。にやりと笑うその笑みを見て。
 (あ〜。や〜っぱ兄貴には勝てねえな・・・・・・)
 徹頭徹尾、振り回されっぱなし。からかわれて、甘えられて、またからかわれて。
 でもどの烈も好きだと思う辺り、自分は端っから負けているのだろう。
 「まあ何にしてもお前がせなさんと浮気しようとしてたことは厳然たる事実なわけだし」
 「ちょっと待て!! あれはただの事故―――!!」
 「さ〜豪。行くぞ!!」
 「え!? 行くって、どこに・・・?」
 遊園地内を指して言う烈に、豪が眉を寄せた。ここはもう遊園地の外。今から中になどまた―――
 思う豪の目の前に、再びひらひらとチケットが振られる。
 そして、告げられる、残酷な宣言。
 「同日なら再入場可」
 「うげ!! まさか・・・・・・!!!」
 「さあ! 罰としてこの遊園地名物『ウインド・クライミング』にでも乗ろうか!!」
 「止めてくれ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 『ウインド・クライミング』。『風を登る』のその名の如く、このアトラクションは高さ数十mまで一気に上昇して下降するといったもの。観覧車に比べれば確かに『上』にいる時間は少ない。が、
 「あ〜安全ベルトのみが命綱か〜v さぞかし、スリルがあるんだろ〜な〜vvv 足もブラブラ触れるしvvvvvv」
 「いやだああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!」





○     ○     ○     ○     ○






 8月1日。自分の誕生日。
 この日俺は―――
 「お〜い豪。大丈夫かv?」
 「死ぬ・・・・・・・・・・・・」
 人生もう何度目になるんだか分からない臨死体験を、いつも通りするだけだった・・・・・・。



―――Fin









○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○     ○

哀里:「さてそんなワケで豪の誕生日SS。とみせかけ遅れまくる辺りだめっぽいわ私」
烈:「『ぽい』んじゃなくて正真正銘ダメなんだよ。君は」
哀里:「ぐ・・・・・・。また痛いところを・・・・・・。
    あ、それにしてもこの話、わざととはいえ烈兄貴書いてて寒気走ったわ。特にお化け屋敷。あ〜んな乙女ブリブリの烈兄貴―――」

どすがすごすごすがす!!!

烈:「あっはっは。哀里のタワゴトはまあ無視しておいて」
哀里:「ふう・・・(今回は復活早し)。
    え〜。なお烈兄貴はお化け屋敷にて本気でびびってたってワケではなく―――」
烈:「当り前じゃないか。なんで僕がお化けごときにビビらなきゃいけないのさ」
哀里:「いいけどさ・・・。
    『入れ代わってる』という芝居を利用して普段出来ないあ〜んな事やこ〜んな事をやってたりしてたわけで」
烈:「うん。いつも同じじゃワンパターンになっちゃうしね」
哀里:「うっふっふ。そーいうのを名目にして甘えちゃったりしたワケね。あ〜かわいい―――vvv」

どす!! がす!! ごす!!

烈:「何いってるのかな? 哀里。
   ―――あれ? なんでか動かないね。今度こそ完全に。
   ま、いっか。
   ああ、そういえば話では言いそびれたけど、」

豪、HAPPY BIRTHDAY!!

2003.8.12