それは、バレンタインにおける毎年恒例行事・・・・・・





ばれんたいん・とらっぷ






Act1.“ホットチョコレート”



 今年のバレンタインデーは日曜日だった。部活も午前中で終わりリビングでゴロゴロしていた豪へ、こちらも生徒会の集まりが午前中で終わりリビングでのんびりしていた烈が話し掛けた。
 「豪、ココアいるか?」
 「ん〜? あ、いるいるv」
 「じゃあ作ってくるから」
 「おー。待ってるぜ」
 ごく普通に進んでいく会話。背を向けキッチンへと向かう兄を見送る事もせずゲームをし続けつつも、豪はにやにやと笑っていた。
 兄の姿が完全に消えてから、
 「烈兄貴ってばカワイ〜な〜・・・・・・vvv」
 ココアといえば別名ホットチョコレート。チョコくれチョコくれと年始めからず〜〜〜っと言い続け、常に冷たい視線と「はあ? お前何言ってんだ? 大体欲しいならまずお前からよこせよ」などという冷たい言葉を浴びせ掛けられ1ヶ月と
14日。それでもくれると信じ続けてはいたものの、当日ですら普段と全く変わりない様子の兄に、その希望もかなり潰えかけていたのだが・・・・・・。
 「ホラよ。持って来たぞ」
 「お、サンキュー」
 暫しして、これまた普通にココア―――ホットチョコレートとくどく強調―――の入ったマグカップ2個を持って来た烈に、豪は普通に礼を言いぐびぐびと飲んだ。





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 「―――ってな事があったんだよ〜!!!」
 明けて
15日、今日も生徒会室に乱入してお昼をがっつく豪へ、
 「はぁ〜。烈も意外とベタな事すんのね〜・・・・・・」
 ジュンは台詞通りの兄へなのか、それとも机をバンバン叩いて五月蝿い弟にか、あるいはどころか間違いなく両方へと呆れ返った視線と言葉を送りつけた。
 そして一方、同じく生徒会室にいたメンバー―――間宮・レイ・姫御原・せな・マリナ・佐久許は、
 ―――なぜか全員豪へと気の毒そうな視線を向けていた。
 「さすが烈君・・・・・・」
 「っていうかアンタも気付きなよ」
 「無理だろ豪じゃ。それに一応展開だけ追えばちゃんと豪の言い分も合ってはいるし。根本が間違ってるだけで」
 「ん? 何だ?」
 2年3人のため息混じりの言葉に、ようやくどこかから戻ってきた豪が首を傾げた。
 彼に見やすいように、代表してせなが今まで見ていた本を机から持ち上げる。載っている内容から料理の本かと思われたそれは―――
 「『食品加工学』・・・・・・?」
 「中で面白い説明があるんだけれど、要約すると―――
  『カカオの種肉を磨砕したものをカカオペーストといい、圧搾すると脂肪分であるカカオバターとカカオが得られる。カカオを粉末にしたのが“ココア”、カカオペーストにカカオバター、砂糖などを加えたものが“チョコレート”である』
  ―――まとめると、ココアはカカオの種子を脱脂したもの、チョコレートは脱脂しないで加工したもの、という事」
 「・・・・・・・・・・・・だから?」
 察しの悪い豪へ、さらにため息の三重奏がかけられた。
 「だから、ココアを別名ホットチョコレートなんていうけど、製造過程追うとむしろココアとチョコレートは別物、なワケ」
 「え・・・・・・?」
 「つまり、
烈は本気でただココアを渡しただけであって、別にお前にチョコを送ってはいないって事だな。他に何にも貰ってないんだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 完全に灰になった豪に全員で黙祷を捧げ、
 「だから烈はわざわざチョコから作ったんだろうな」
 「相変わらずタチ悪いな、烈は」
 「さすが烈さんですね」
 今度は3年3人が、それこそ今度はミスター嫌がらせ王[キング]たる兄へとため息オプションつきの賞賛を送った。
 生徒会の集まりは休みすらも潰して行われる代償として、菓子や飲み物などを自由に買っていいという特典がついている。
 昨日の事。珍しく買出しを自分がやると言い出した烈。買って来た物の中に、明らかにこのシーズン用に安売りされていたであろうチョコが含まれていた。それだけはみんなに渡さずいそいそと鞄にしまい込む彼を微笑ましげに見ていれば―――しっかりと代金は生徒会費として加えられていた。
 まあそれはそれで微笑ましいのでいいとして。
 一見これだと烈がウソをついたようだが、彼を嘘つきとして訴えるのは難しいだろう。なにせココアだと告げられた豪はその時点において今せなが説明したことを知らなかった。彼の頭の中では必然的に『ココア=ホットチョコレート』と変換される。牛乳で伸ばしてはいるだろうが本当に温めたチョコを渡した烈は、豪の中では『言ったとおりの事をやった人』だ。
 裏の裏をかく。実は最初に感動した豪が1番正しかった。
 わかっていながらわざと突き落とす2年3人と、そんな彼らによって、そして何より全て予想した上で文字通りの“ホットチョコレート”を渡した当人によりどこまでも落とされる豪にもまた、
 人生の先輩たちは微笑ましげな視線を送った。



―――Fin













Act2.銘菓 “白●恋人 ××××”



 2月
14日、この日、豪は実に不思議な体験をしていた。
 「豪・・・・・・あの・・・・・・」
 「兄、貴・・・・・・?」
 伏せがちな瞳。髪色が反射したのではない理由でほんのりと朱に染まった頬。何か言いたげに少し尖った唇。胸元で軽く両手を握り、時折上目遣いに見上げてくる。むしろ目線の上下動は瞳そのものよりその度に揺れる長い睫毛で観察された。
 豪はそんな兄・烈と向き合い、僅かに顔を赤くした。
 「きょ、今日・・・、バレンタインだから・・・その・・・・・・」
 「うん・・・・・・」
 「あ〜・・・、えっと・・・・・・、この日にはチョコ渡すっていうのが常套手段でだからその〜・・・・・・」
 「うん・・・・・・」
 「これ・・・・・・が、俺の気持ちだからそんなワケで受け取ってくれたりくれなかったりしてもしなくてももちろんいいかななんて思ってみたりみなかったりどっちであろうととりあえずせっかくわざわざ買ってきてやったんだから受け取れ馬鹿野郎とかそんな事は絶対言わないからついでに何も言わずに極めるとか落とすとか沈めるとかそんな実力行使に出ることもないからもちろん豪の馬鹿ぁぁぁなんて叫んで夕日に向かって走ることもないしそりゃ今真昼間な上曇ってんだからそもそも現実的に考えて無理だけど―――」
 「・・・・・・・・・・・・」
 だんだん何かを外れていったような気がしなくもないような気がする、と兄のしゃべりっぷりが移ってきた辺りで、豪は肺活量とか窒息とかそんな問題を綺麗さっぱり無視して淡々延々と話し続ける烈の胸元に手を伸ばした。
 胸元にある、綺麗にラッピングされた小さな包みへと。
 「さんきゅ。嬉しいぜ」
 「豪・・・・・・」
 「開けていいか?」
 「ん・・・・・・」
 小さく頷く烈。さらに赤く染まる頬と、微かに緩んだ口元を見て、
 豪は胸の中で天使にラッパを吹かせつつそれは表に出さないままに包みを開いた。
 ゆっくりと、包みそのものからプレゼントなのだと言わんばかりにゆっくりと開いたその先に出てきたのは・・・・・・
 「・・・・・・・・・・・・『白●恋人 ブラック』?」
 「と、いうのが俺の気持ちだから」
 「いや『ブラック』って・・・・・・」
 既に『白』じゃないじゃん。そう突っ込もうとした豪を遮り。
 「実際売られてるから」
 「・・・・・・。さいですか」
 (わからねえ・・・。この世の中・・・・・・)
 でもまあとりあえずクッキーに挟まれているとはいってもこれもチョコ菓子。バレンタインにこの兄がチョコを送ってきてくれたことには変わりない。
 名称の疑問は置いておいて、いそいそと袋を開ける。元のものとは逆に白を地とした包み袋。
 ぴりり・・・と開けて、
 「――――――!!!」
 硬直する豪へと三度届くはこの言葉。
 「と、いうのが俺の気持ちだから」
 「うわ・・・。確かに兄貴だ・・・・・・・・・・・・」
 他に何も言いようはない。真っ白いクッキー(厳密には端が少し焦げて狐色に色づいてはいるが)に挟まれた黒いチョコ。ミルクかスイートだろうが、周りの白さと対比すると―――というかこの名称だからだろうが―――恐ろしく黒く見える。
 人間で例えるなら―――
 「ん? 何かな豪。まさかお前、俺が腹黒猫かぶりだとか言いたいんじゃあないよな? ん〜?」
 「いえ滅相もございません・・・・・・」
 可愛らしく首を傾げる恋人から目線を逸らし、豪ははくりと一口食べた。クッキーのサクサク感。チョコの甘さ。そこらへん辺りは普通に食べればおいしいのだろう。実際ブラックではなかったがこの銘菓はおいしいと思う。
 が、
 (怖ええ・・・。ンな菓子が平然と出回んのか、今の世の中ってのは・・・・・・)
 歯や舌に当たりあっけなく砕けるクッキーがむしろ嵐の前のなんとやらにしか思えない。チョコのとろける甘さが薄ら寒く感じるのは何故だろう?
 しゃくしゃくもぐもぐと食べる豪の顔は、
 土気色で汗がダラダラ出ていたというのが一部始終を見ていたかの恋人の談。



―――Fin












 まるで北海道の方々にケンカを売っているような内容でしたが、私は好きですブラックというか白●恋人。ただし見れば見るほど烈兄貴を思い出し大笑いしますが。
 そんなこんなでレツゴ的というか豪烈的というかつまるところ最強烈兄貴的バレンタイン話でした。バレンタインどころかホワイトデーすら遠い過去の事になってはいますが、なぜか昨日いきなりこんなネタを思いついたので本能の赴くままに書いてみました。
 
Act1でのココアとチョコレートの違い、最初はココアパウダー使わないココア(さ〜ってあるのか否か)にしようかと思ったのですが、調べてたらこんな感じの事が判明したのでこちらにしました。ただし加工法が違うだけでカカオ使って途中までの行程は同じですし、まあイコールで結んでもさして問題はなさげな気もしますが。しっかし経費で買った安物のチョコを送る兄・・・・・・。この時点で既に大問題のような気が・・・・・・。
 
Act2では兄貴が壊れてます。しかも最初は普通に壊れるだけだったのにだんだん書いてる私が「やってられっかぁ!」と壊れた結果兄貴も違う方向に壊れましたが。
 はい、バレンタインとくれば次はホワイトデー。烈に散々やられた豪の3倍返し! 書けるかなぁ・・・・・・。

2004.3.22