悪鬼羅刹






act1.せなのバアイ(+状況説明)

   


 自分の横で荒々しい息をつく銀行強盗犯の1人。それを囲むように扇状に広がり緊迫した雰囲気を撒き散らす警察官数十名。さらに後ろに、少しでもよく見ようと興味津々の野次馬たち。そして―――こめかみに突きつけられた拳銃と、恐らくかなり大多数の人々の注目を集めているであろう人質の自分。
 それらを客観的に眺めつつ、せなは軽くこめかみ(もちろん銃があるのとは逆側)に指を当てた。目を閉じくりくり押すと少し気持ちいい。
 なんでこんな事になってしまったのか。偶然と必然が積み重なった結果ともいえるが、一番簡単に示すならば『自分たち4人だから』だろう。今も銀行内で散弾銃を持った男たち相手に最も落ち着いているであろう友人の言葉が蘇る。
 (確かに・・・私たち4人で1日平和に過ごそうなんていう考えが甘かったのかしらね・・・・・・)
 既に朝一番に破られた希望を思い返し・・・・・・せなはもう一度1人静かにこめかみを押した。





・     ・     ・     ・






 「悪いんだけれど、銀行に寄っていっていいかしら?」
 最初にそう言ったのは自分だった。アルバイトの給料日は昨日だったのだが、時間の都合で行きそびれ、今日下ろさないと晩御飯が卵1個になるという程緊迫していたのだ。
 「別にいーんじゃねえの? まだ行くトコ決めてねえし」
 「銀行ならすぐそこですし」
 「けど大変そうだね。完全自活って」
 「そんな事はないわよ? 家庭教師は結構メリットがあるし。給料の高さとか、食事頂けたりもするもの」
 口々にそんな事を談笑しながら銀行に入ったのが、今から
40分前の事だ。





 銀行強盗発生時、実のところ自分たちは逃げようと思えば
120%完全に逃げ出せた。それはそうだろう。発生前には既に予想がついていたのだから。
 『異変』に最初に気付いたのは、機械脇で入り口を眺めていたジュンだった。
 「あ・・・・・・」
 ほとんど誰にも聞こえなさそうな声。だがそれを聞き取ったのか、近くで退屈そうにあくびをしていた豪がぴくりと反応した。隣では烈も剣呑そうに目を細め、闖入者たちを視線で追っている。とりあえず引き出した現金と通帳の確認を済ませてから、せなも3人に倣ってカウンターの方へと目を向けた。
 全員揃って濃い黒のサングラスに、顔を覆い隠さんばかりに深く被った帽子。手にはあからさまに怪しい形状をしたバッグ。
 まあこの手の『客』のやりそうな事くらいは予想がつく。そして―――自分たちがどう対応するかも。





 防犯ベルが鳴り響き、シャッターが全て下ろされたのはそれから1分後の事だった。そしてせなは、
 ―――彼女自身の予想通り、シャッターの内側で人質として捕らえられたのだった・・・・・・。





・     ・     ・     ・






 (別にいいけれどね。ほぼ全員がトラブル好きであったとしても)
 シャッターが閉まるまでの1分間、自分のしたのはとりあえず手に持っていたものをバッグの中に収める事だった。自分の横では少年少女が手だけで小さくガッツポーズを作り、そのそばで少年の方の弟が頭を抱えため息をついていた。
 1つだけ言えるのは―――『行く所』はともかく『やる事』は出来たという事か。
 ―――実のところせな達が来る
20分前に烈もまたほぼ同じ意味の台詞を言っていたのだが、それを知る訳もなく彼女は胸中で呟いていた。
 その後どういういきさつで自分が人質代表となったのか・・・・・・・・・・・・そこには恐ろしくなさけない途中経過があった。





・     ・     ・     ・






 《犯人グループに告ぐ! ただちに人質を解放し出頭しろ!!》
 警察の陳腐極まりない文句を前に、『犯人グループ』の考えた事もまた極めて陳腐なものだった。即ち―――人質を盾にこの場を切り抜けよう、と。
 「人質か・・・・・・。さて、誰がいいか・・・・・・」
 呟く犯人その1と、野次馬根性丸出しでじぃ〜っと彼らの様子を見ていたジュンの目が―――
 ぴたりと合った。
 「―――お前で決定だ」
 「ええ〜!? アタシ!?」
 男同様ジュンもまた自分の顔を指す。
 「けどぉ・・・・・・」
 もじもじ指を絡ませ視線を上下させるジュンに、男の忍耐があっさり切れた(ようだ。あくまで推測だが)。
 「いいから早く来い!」
 怒鳴り、ジュンの腕を掴み無理矢理立たせようとした男への彼女の返事は―――凄まじい悲鳴とこめかみへの一撃だった。
 「いやああああああああああ!!!!!!!!!」
 ガスッ!!
 男の引く力を利用したとはいえ、中腰姿勢からは信じられないほど綺麗な回し蹴りが決まり、男はその場で昏倒した。
 一同が呆然と見守る中、顔を真っ赤にしたジュンの怒りの声だけが響く。
 「サイッテー!! いきなり触ってきてどういうつもりよ!! アンタは男だからわかんないかもしんないけど、満員電車で知らないオジさんと密着した時の女の子の気持ちとかちゃんと考えなさいよ!!」
 なおもフーッ!!と唸り声を上げるジュンの肩を、せなはどうどうと叩いて鎮めた。別に彼らの安全を考慮したわけではない。だがこのまま騒動を発展させても、無意味に危険度がアップするだけで意味がないと思ったからだが。
 とりあえず少しは落ち着いたらしいジュンを再び座らせてから、髪の毛を優しく撫でつつ口を開く。
 「あの、人質の件ですけど・・・・・・、私が代わりに行きましょうか?」
 苦笑と愛想笑いを足して2で割ったような笑みを浮かべ、そう提案してみた。
 「何・・・?」
 「もちろんこのままでも構いませんが、そうすると彼女本気でキレますよ? これ以上暴れさせたりすれば尚更不利になるばかりかと思いますが」
 「―――そうですね。僕もそれに賛成します」
 自分の案にあっさり同意してきたのはもちろんこの人烈。せなは今度こそ苦笑を浮かべ尋ねた。
 「私の身の安全は考えてくれないのかしら?」
 「全員の身の安全を考慮した上での最善策がそれだって思ったから賛成しただけだけど?」
 にっこりと笑って彼が応じる。恐らく彼もまた自分と同じ考えに至ったのだろう。
 だがそれだけでは意味がないのだ。その事を犯人グループに理解してもらわなければ。それも早急に。
 「―――もちろん、犯人も含めて」
 冷笑を浮かべさらりと流した一声に、彼の―――そして自分の思惑通り『犯人』たちも喰らいついてきた。
 「どういう事だ?」
 詰め寄る犯人たち。対して烈は自分の作ったレポートを発表するかのように淡々と、しかし僅かに口調を早めて説明した。
 「間違いなくこのままだと後1・2分もしない内に警察が強行突入をかけてきますよ」
 『な・・・・・・!?』
 驚く男たちが再び詰め寄るより早く、烈が次の言葉を紡ぎ出す。そう、それはまさしく予め決められていた模様を織り込むかのように。あるいは予め知っていた物語を語るかのように。
 「シャッターが閉じられ全く中が見えない中、警察の方々などは何を使ってここの様子を探るのか―――『音』であること位、少し考えればわかるでしょう?
  ならば今の彼女の声、聞き逃すと思いますか?」
 「い、いや・・・・・・」
 「中で本当は何が起こったのかわからない以上、悲鳴イコール危険と考えるのは極めて一般的な事。
  『人質に危害が加わる』という最悪の事態の起こる可能性があるからには、多少の危険を冒してでも早急に解決しよう―――こう警察の方々が思ったところで不思議はないでしょう?」
 「ああ・・・」
 烈の話にのめりこむように、カクカクと頷く犯人たち(と人質たち)。中には生唾を飲み込む者もいた。
 「突入されればあなた方が無事に逃げ切れる保障は恐らく0。人数の差でほぼ間違いなく取り押さえられるでしょう。
  それを回避する方法のひとつとしては、先ほどあなた方の考えられた通り人質を1人盾にして外に出る事です」
 「何でだ?」
 「警察に対する先制になります。その状態ではもちろん突入は出来ませんし、無傷な人質は警察への安心材料になります。
  もちろんその人質以外の人間に危害を加えたのではないかと訝る方も出てくるでしょうが、その時は正直に『加えていない』と仰ってください。警察側には肯定も否定もする材料はありませんが、もし否定するようなら『そんな事をすればこちらが不利になるだけだ』と言えば済む事です。
  頭の状態が正常で、まともな判断が下せる事はご自分の言動で説明なさってください」
 なるほど・・・と一同が納得する中、腑に落ちないらしい犯人の1人が眉根を寄せた。
 「だが・・・・・・なぜお前は俺たちを助けてくれるかのようなアドバイスを出す?」
 なかなか核を突いた質問だ。一応こんな犯人グループの中にも頭の切れる者は存在するらしい。
 しかしながら、この質問は極めて意味のないものだった。理由をわからない者は男同様首を傾げるしかない。そして理由をわかる者―――つまりは烈と自分の2人は・・・
 ―――徹頭徹尾、笑みを浮かべるだけだった。
 「言ったでしょう? 『全員の安全を考えて』って。突入戦なんて始められたら一番危ないのは武器も逃げ場も無い僕たち人質ですからね。
  ―――あと人質代表に彼女を薦めたのは、彼女自身の言った理由にプラスして女性である事、長身である事、そして落ち着いている事よりです。女子どもの方が『被害者』としては何かと説得力がありますし、盾が大きければ大きい程身を守るには適しているでしょう。それに・・・・・・落ち着いている事に関しては今更言う必要もないでしょう?」
 今だ目を覚ましそうにない男を尻目に、烈は全く邪気のない笑顔でそう答えた・・・・・・。





・     ・     ・     ・






 「だから言ってんだろ!? 車だ! 車を用意しろ! 大型のワゴンでナンバープレートのついてないヤツだ!! 早くしろ! この人質がどうなってもいいのか!?」
 『大型のワゴン』の指定でおおよその人数がバレ、ナンバープレートのついていない事が逆に目印になったりもするのだが、先刻からの警察側の対応のじれったさに沸騰寸前のこの犯人にそれを理解しろというのは無理な話。ついでに烈のアドバイス―――『頭の状態が正常で、まともな判断が下せる事はご自分の言動で説明なさってください』―――を思い出せというのも。
 「わかっている! だが準備するのに時間がかかる! その間にせめて女性と子どもだけでも解放しろ! 少し位人質が減ったところでさして問題はないだろ!?」
 時間を稼ぐ作戦はいいが、こちらはこちらでなだめたいのか逆撫でしたいのか、微妙にどちらとも判断し難い言葉が飛び出す。
 ―――結論から言うなれば、双方共に素人といったところか。素人の自分が言うのもおかしいが。
 (あるいはこれが警察側の手なのかしら?)
 たまには前向きな考え方もしてみる。確かに苛立たせて犯人から冷静さを奪わせる作戦としては大成功だろう。『冷静さを奪われた犯人』がまず間違いなく最初に危害を加えるであろう標的が自分でなければ、それを賞賛してもいい。
 (つまり、自分の身は自分で護らないと駄目―――という事ね)
 心の中で呟きながら、せなはこめかみに当てていた指を下ろした。ついでに少々顎を下げ、前髪で目元を隠しながらちらりと横目で犯人の男を見る。
 「ンな事言って、人質全部逃がしてから俺たち捕まえる気だろ!?」
 「そんな事はない! ただ我々は純粋に人質を解放してもらいたいだけだ!」
 「だから! 解放して欲しかったら早く車用意しろ! さっきっからそう言ってんだろ!?」
 以下、最初に戻り延々繰り返し。
 (まさに首尾一貫ね。自分の尻尾を飲み込んだ蛇。メビウスの輪―――むしろただの輪っか[ループ]と呼んだ方がいいかしら?)
 呆れを通り越し、尊敬の眼差しで犯人を、さらに交渉役である(らしい)警察を交互に見やった。どうやら本気で頼れるものは自分自身だけらしい。
 と、
 さすがに自分たちのやっている事の不毛さに気付いたか、2人の叫び声がパタリと止まった。単に騒ぎ疲れたのかもしれないが。
 何にせよ、これを利用しない手は無い。せなは長くため息をつきつつ左手を上げた。
 こちらを向いている銃身に軽く手を乗せ、呟く。
 「―――人質の使い方を思い切り間違っているわ」
 一陣の風に撫でられたかのように、喧騒がぴたりと収まった。
 中心にて、せなは銃身は掴んだまま目を閉じ顔も上げずに続けた。
 「いきなり殺そうとしてどうするのよ。人質は相手へ要求を突きつける材料になるのと同時、己の身を守る唯一の盾なのよ? 過失であろうと故意であろうと、もし万が一貴方が私を殺せば警察はためらわずに貴方を撃つわよ。死んだ人質は何の役にも立たないもの」
 彼女の言葉に、犯人だけでなく警察も耳を傾けていた。結局のところ警察も犯人逮捕のきっかけが欲しかったのだろう。上手くいけば犯人が油断してくれる―――少なくとも見苦しい言い争いをこのまま続けるよりは可能性が高いだろう。
 (まあ、だからといってそれに任せる気にはならないけれどね・・・・・・)
 可能性の話を続けるならば、警察に任せるよりは自分で事を進めた方が遥かに無事である確率は高い。
 かつてここまで警察に反抗的だった人質がいただろうか、と表に出さず苦笑する。
 「狙うなら脚か腕、もしくは耳。致命傷ではないけれど、放っておけば死ぬかもしれない箇所、あるいはより人質への同情心を誘う所。これにより警察は焦り、自分たちの要求は受け入れられやすくなる」
 言葉と共に、銃身を腕、太腿、そして耳へとゆっくり動かしていく。
 (これでいきなり撃たれたりしたら笑い話ね)
 銃を持つ男の指先は今だ危険部位[トリガー]にかかっている。ちょっとした気まぐれで自分が言った言葉をそのまま実践するハメになってしまう。
 「あと人質を取るなら銃よりむしろナイフの方が向いているわ」
 心の中の動揺は一切出さず―――というよりその動揺すら他人事のように捉えつつ―――せなは静かに息を吐いた。
 「ナイフと拳銃における最大の違いは手加減が出来るか否か。まあよほど銃の扱いに慣れた人ならばじわじわいたぶるといった行為も可能でしょうけど、普通の人ならまず無理な話。理想としては拳銃により最初に威嚇。その後ナイフを用い・・・・・・後はご自由にどうぞ。
  ―――尤も無いもの強請りは最初からするべきではないけれどね」
 何を想像したか思わず納得する無責任な野次馬一同。彼らの頭の中ではきっと自分がいろいろされる姿が浮かんでいるのだろう。
 自分でも思い浮かべ―――見た目ではわからないよう首を振る。そんな事になったら治療費が払えないではないか!
 という理由により、
 「例えばこんな感じで」
 せなは耳に当てられていた銃身をとんと手で払った。
 あまりに何気ない仕草。静か過ぎるそれに対処できず、犯人も警察もただぽかんとするだけだった。
 払われた手に合わせ、男の重心が僅かに手前に泳いだ。手首を捉え、足で払いをかける。もちろん拳銃は先に奪い。
 何の抵抗もなくころりと転がる男。奪った銃を向け、
 「さようなら」
 一言呟き、
 トリガーを引く。
 「がっ・・・!!」
 仰け反り・・・
 一言遺し、男は動かなくなった。
 静まり返る周り。誰も何も言えない。
 その中で―――
 「―――だから言ったでしょ? 『全員の身の安全を考慮した上での最善策』だって」
 声と共に、シャッターが開いた。今まで閉ざされていたそれが。
 奥から、ここに入る前と何ら変わらない姿の烈が出てくる。
 「あら烈君。もう出てきたの?」
 「これでも一応君に合わせてのんびりしてたんだけど?」
 それこそのんびりと会話する『人質』ら。
 「ところで祝☆初射撃の感想は?」
 「つまらなかったわ」
 「だろうね」
 言葉通り心底つまらなさそうなせなのため息に、烈がくつくつ笑う。それはそうだろう。撃っていないのだから
 犯人も警察も相当に間抜けなものだ。確かに犯人もまたせなもトリガーに手はかけていた。が、
 ―――撃鉄を起こしていなかった。
 安全装置がかかりっぱなしの状態では、いくらトリガーを引こうが弾は出てこない。拳銃とナイフの決定的な違いその2。手加減が出来ない代わりに効かない時はとことん効かない。厳密には鈍器として殴る事が出来るのだが、拳銃をそういう形で使おうと思いつける人は少ない。
 自分が限りなく安全な状況にいるとわかっていたから、せなもこんな暴挙に出たのだ。本当に撃たれる危険性がある中であんなに銃を動かすわけがない。
 恐怖心だけであっけなく倒れた根性なしは無視して、
 「じゃあお金も下ろし終ったし、今度こそ遊びに行こうか」
 「そうね」








act2.ジュンのバアイ

   


 人質といえば婦女子。そんなわけで『婦女子代表』としてジュンは犯人に銃を向けられ人前にさらされるという屈辱を味わうハメとなった。
 (っていうか何で誰も庇ってくれないワケ!? 普通こういう時は『自分が代わる』って言うモンでしょうが烈と豪!!)
 何で誰も交代を申し出なかったのか。上の2行でその理由は明らかだろう。この状況を『恐怖』ではなく『屈辱』と捉えるほどに肝の据わった者になぜ代理が必要なのか。
 唯一わからず悪態をつくジュンの体を、
 犯人が後ろから拘束した。
 「――――――!!??」
 全身が総毛立つ。はっきり言って恋人いない歴年の数。モテないわけではないし実際告白された事も何度もある。しかしながら身の回りにこれだけいい人材が揃っていれば自然とお目も高くなるもの。しかも恋愛が大変であるというのは主に豪とか豪とか豪とかを見てしっかりインプットされた。
 活動的な外見に反し(偏見)、ジュンは純粋純潔清純である。友達が恋人とキスしたと聞くだけで真っ赤になる。
 さてそんな彼女が見も知らない男に抱かれた。どんな反応を見せるか、
 ―――先程の様子からおおむね誰でも予想はつくだろう。
 「動くなよ警察ども!! ヘンな事しやがったらこの人質がどうなるか―――!!」
 「だから触んないでって言ってんでしょーが!!」
 ごすがすどごすっ!!
 「ごはっ・・・!!」
 不意打ち頭突きで拘束を解き、仰け反る犯人の腹を強肩が支える拳でパンチ。倒れかけたところで回し蹴り再び炸裂。哀れ2人目は硬いブーツのつま先とシャッターの間に頭を挟まれ、台詞の途中ながら強制退場となった。
 気絶した犯人をなおもげしげし蹴りつつ、
 「ヘンな事してんのはアンタでしょ!? 今何やったワケ!? 立派にレイプじゃない!!」
 それは違うんじゃ・・・と突っ込める無謀家はいなかった。一同は犯人に気の毒げな視線を送り―――
 ―――それで終わらせた。実に賢明な判断だ。
 「まあまあジュンちゃん、落ち着いて」
 いつの間にか出てきていたせなが再びジュンを取り押さえる。
 「先輩! 信じられます!? 今アタシみんなの目の前でレイプに遭いましたよ!? しかも警察までそれ黙認したんですよ!?」
 おおむね誰もが反論したいであろう彼女の言い分。しかしながら、
 「そうねえ。それは困ったわねえ」
 受けるせなは、完全容認した。
 「お、おい・・・・・・」
 伸ばしかけた警察の手を振り払う勢いでさらにまくし立てるジュン。
 「こんなんアリなんですか!? アタシもー警察信用できません!!」
 「確かにねえ」
 「でしょ!? そうでしょ!? 普段ニュースとかで話題になってる警察の不祥事も『これはただの一部だ全体的にはしっかりやってるんだ』的考え方で収めてたんですよ!? 一気に裏切られました!!」
 「せっかく信用してたのに残念ね」
 ひたすらわめくジュンとひたすら頷くせな。ここでヘタに反論すると物理的に何をされるかわからないからこその賛成なのだが・・・・・・





・     ・     ・     ・






 この後3時間に渡って『警察不信論』を並べ続けたジュン。この様子は『事件解決!』と他番組を中断してずっと流されていた。
 以降―――
 ―――一般の人々の警察不信は益々強まっていったとかいないとか・・・・・・。








act
3.烈のバアイ

   


 「で、僕が人質代表に選ばれた理由についてぜひ知りたいんだけどなあ」
 「・・・・・・はあ?」
 警察と犯人グループの押し問答が毎度恒例見事膠着化したところで、烈が笑顔で口を開いた。
 呆気に取られる一同。もしこの場に彼の知り合いがいたなら気付いただろう。今現在自分達が機雷原のど真ん中に放り込まれているという事に。
 しかしながら、犯人はもちろんわからなかった。
 「確率幾分かの1でお前になったんだろう?」
 ―――そう無難に流せるほど気が利いているワケもなく。
 「人質っつー事でそれっぽいヤツを」
 最悪の返事をした。
 「『それっぽい』? つまり?」
 「だから―――」
 『理解の悪い』烈に苛立つ犯人。ため息をついて、
 細かく詳しく解説してやって下さった。
 「人質っつったら
婦女子だろーが。しかも見た目がなよなよしけりゃさらに同情心煽れんだよわかったか?」
 「ふんふん。つまり僕は『
見た目なよなよしい婦女子』だと?」
 「そりゃそうだろ
誰が見たって
 「ちなみに、あの銀行の中他にもそれっぽい人いなかった?」
 「
いねえよ。お前が一番それっぽかっただろーが」
 「へええええええ・・・・・・」
 最終警告終了。どうやらこの男はぜひとも自分に殺してもらいたいらしい。
 にっこにっこにっこにっこ満面の笑みを浮べたまま、
 「わかったよ。よ〜くわかった。うん。ありがとうね」
 宣告する。銃を持った男に真正面から向かい合い、額にぐり・・・と銃口を抉りつけ。
 「そうか。やっとわかりやがったか。つーか勝手に動くなよ」
 「ああごめんね。つい動いちゃった。でも大丈夫。
  ―――次から動くのは君だから
 言い、
 烈はいつの間にか上げていた手で男の頭を横から鷲掴みにした。弾みで引き金が引かれる。意外と反射神経がいいようだ。もちろん当たりはしないが。
 体を捻って銃口から顔を背け、そういえばそのまま撃つと後ろの野次馬に当たるなともう片方の手で銃口を弾き上げる。悲鳴は広がったがただ驚いてだろう。
 捻りも利用し、男の顔をシャッターへと押し付ける。
 がしゃん!!
 「ぐがっ・・・!!」
 白目を剥く男。感触と音からして確実に頭は割れただろう。血が流れる前に、連続で横腹に膝蹴りを叩き込む。もちろん胃液その他諸々を吐かれても大丈夫なように、さらに勢いを生かして正面からは移動して。
 「げふっ!!」
 予想通りの事をやり、男の体からだらりと力が抜ける。マズい。気を失ったかもしれない。
 動揺はせず、頭を掴みっ放しだった手に力を篭める。みしみし鳴り響く音。
 「う・が・あ・あ・あ・・・・・・」
 広がる呻き声。よかった。意識を取り戻したようだ。
 再び真正面になるよう持ってきて、烈はにっこりと微笑んだ。
 「で、もう一回だけ聞いてあげるけど、
  ―――僕が
何だから選ばれたって?」
 「それ・・・は・・・・・・」
 「ああ、ちなみにここで君は選択肢を誤ると、取り返しのつかない何かが壊れるね。
  で?」
 『何か』って何なんだよ・・・? といったような冷静な突っ込みは、最早誰にも入れる事は出来なかった。
 ただ誰もが願う。災厄のスイッチを押さないように、と・・・・・・。
 願いが通じたのか、男は真っ白な頭と裏返った目で答えた。
 「何・・・・・・となく、選ばれた・・・・・・」
 ああもーダメだ・・・・・・。
 辺りからそんな呻きが広がる中、
 「なるほど『何となく』。
  ―――とても良い答えだね」
  ((ええ!!??))
 当事者はなぜかそれで満足した。
 笑顔でうんうんと頷き、
 「じゃあ君はもう用済みだね」
 どすっ!!
 「が、はっ・・・!!」
 肩を掴まれ鳩尾に膝蹴りを叩き込まれ、ようやっと男は気絶をする事が出来た。
 いらなくなった男をぺいと捨て、烈は爽やかな笑みで手を叩き払った。
 「よし! 一件落着だ」
  ((そうか・・・・・・?))
 いろいろ思うが誰も何も言えな―――くはなかった。
 がらっ!
 「―――あー! 何だよもー片付いちまったのかよ!?」
 騒ぎつつ、豪がシャッターを開け出てきた。
 「せっかく兄貴は俺が助けるはずだったのに〜〜〜〜〜〜!!!」
 「お前が遅いから解決し終わったぞ?」
 「早さ遅さの問題かしら・・・?」
 次いで出てきたせな。見た目だけ瀕死の重症を負った(実際は負っていないだろう。烈はそこまで馬鹿ではない)男を見下ろし、小首を傾げた。
 (このいたぶられ方からすると、どうせまた烈君の逆鱗にでも触れたのでしょうね。人質代表に選ばれた時も不服そうだったし)
 ・・・・・・そこまで予想がついていながら、代行どころか警告すらしてあげないのが、彼女が影で『あれで性格が良かったら完璧なのに・・・』とボヤかれる所以である。
 そしてそんな冷たい彼女が耳を塞ぎ顔ごと視線を逸らす後ろでは、なおもこんなやり取りが行われていた。
 「このヤロー!! なんでもっと粘んねーんだよ!!」
 げしげし!!
 「何やってんだよ豪! 自分に原因があるクセに文句つけて八つ当たりなんて可哀想じゃないか」
 「烈・・・。アンタにそれ言う資格あんの・・・・・・?」
 「ん? 何かなジュンちゃん。それじゃまるで僕が悪かったみたいじゃないか」
 「・・・・・・・・・・・・。
  そーね。まあ、そんな成りで生まれてきたのはアンタのせいじゃないわね。
  ・・・・・・この人もホント〜に可哀想に」
 「ちきしょ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」








act
4.豪のバアイ

   


 「動くなよ警察ども!! 動いたらこのガキの頭吹っ飛ばすからな!!」
 と拳銃を突きつけられて、豪はため息をついた。
 「あのさあ、1つ言っていいか?」
 「ああ!? 何だよ!!」
 怒りながらも律儀に聞いてくれるらしい。感謝は・・・全くしなかった。
 (聞くんならもうちっと前から聞いててくれ・・・・・・)
 「アンタさあ、今すぐ逃げた方がいいぜ? つーか2度と中戻んねえ方が」
 「ああ・・・?」
 「なんつーか、
  ―――絶対しちゃいけねーミスしちまった、って感じだな」
 「・・・・・・?
  何が言いてえんだ?」
 「だから―――」
 眉を顰める男に、
 豪は自分の後ろを指差した。後ろ―――銀行内を。
 見やる。何の変哲もないシャッターだ。その中では今頃も、銃を持った犯人一同に人質は怯え苦しみ・・・・・・
 わああああああ!!!!
 ひぎゃあああああああ!!!!!!
 鬼だ!! 悪魔だ!!
 助けて!! 助けてくれ〜〜〜〜〜〜!!!!!!
 ずばだだだだだだだだだだだだ――――――!!!!!!
 『・・・・・・・・・・・・』
 ・・・・・・中から響く音に、全員で静まり返った。
 その中で、豪が言う。
 「俺、一応こん中じゃあ唯一の歯止め役・・・だったんだけどな」
 「はあ・・・・・・」
 頷く。男の言葉はこれが最後だった。
 どかん!!
 シャッターが内側から吹っ飛び倒れ、男が下敷きになった。
 間一髪で自分は避難した豪。尻餅をついて中を窺うと、男ごとシャッターをぐしゃぐしゃ踏み現れた。怪物が―――じゃなくてもちろんかの最強兄貴が。
 「何やってんだ豪? そんなところに座り込んで。マナーが悪いって怒られるぞ?」
 「・・・多分兄貴よりはいいって思うんだけどな」
 「お前が俺より?
  あはははははは!! な〜に言ってんだよ? 俺はお前と違って品行方正に生き、だから生徒指導室の常連になったりしてないだろ?」
 「ひ・・・ひんこーほーせー・・・、ですか・・・・・・」
 「何だよ? 意味がわからないのか? それとも漢字か? どっちも小学校でやっただろ?」
 「いやそーじゃねーけど・・・
  ・・・・・・もーいい」
 へたり込む豪の両肩に、それぞれ手が乗せられた。
 「ご愁傷様」
 「まああれも個性だと思えば受け入れられるわきっと。頑張ってね」
 「・・・・・・・・・・・・ありがとな」
 ジュンとせなの手の重みに負け、結局豪は崩れ落ちたのだった。








まとめ.放置しておいて一番危険なのは?

   


 「動くなよ警察ども!! 動いたらこのガキの頭吹っ飛ばすからな!!」
 と拳銃を突きつけられているのは――――――なぜかガッツポーズした豪。
 (これで!! 烈兄貴が助け出してくれたら何かいー感じか!?)
 彼の性格からすると逆を望みそうだが、あまりに日々愛しの烈に苛められ過ぎたようだ。最早少しでも関係が向上するのなら、手段など選ばなくなっていた。
 そんな豪をあまりに哀れに思ったのか、神は彼の願いを叶えてくれた。
 キィ―――
 シャッターが開く。中から、赤い髪、赤い目、そして赤い手の少年が出てきた。
 「烈兄貴〜vv」
 ・・・と喜べたのは豪1人。他は―――現れた彼の異様な姿に引いていった。全身血まみれの彼に。
 引かれた事にも気付かないか、出てきた烈は辺りを一瞥し、
 ため息をついた。
 「なんだ豪。まだそんな事やってたのか」
 「『そんな事』って・・・。
  いやあのだから!! 俺ってばめちゃくちゃピンチだから烈兄貴に助けて欲しいな〜♪ な〜んて・・・・・・」
 指を絡め上目遣いでお願いしてみる。返ってきたのは―――
 ―――さらに冷たい視線だった。
 「何寝言ホザいてるんだ?」
 「あう・・・」
 「まだ時間かかるんだったら先行ってるぞ? こっちの用事は終わったからな」
 「う・う・う・・・」
 それだけ言い残し、
 本当に烈は行ってしまった。
 「う・う・う・う・う・う・う〜・・・・・・・・・・・・」
 「何か今、すっげーお前に同情したくなったな」
 だばだば涙を流す豪に同情する犯人。
 「まあ強く生きろよ」
 と肩を叩かれ、
 振り向く豪の瞳は完全に据わりきっていた。
 「それもこれもテメーが悪りいんだあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
 「ひぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・!!!!」







 こうして、事件は解決した。



―――










・     ・     ・     ・

 やはり最強は烈兄貴で(断言)。

2004.11.282006.5.4(1のみwrite2001