2人―――3.森の中で






 町から少し離れた森の中で、豪は樹に背を預け今だ目を覚まさない相手を自分にもたせかけた。地面に横たわらせてもよかったのだが、さすがにそれはマズいかと思いとどまった訳なのだが・・・。


 「―――まさかンな裏があったなんてなあ・・・」


 情けない声で呟き(というよりボヤき)、豪は静かに寝息を立てる赤髪の剣士―――烈をちらりと見た。まだまだ目覚める気配はない。帯の上からだったし何より男だからいいかと割と思い切り蹴りつけたのだが・・・。


 「まあ、血とか吐いてねーし、多分大丈夫だとは思うんだけどなあ・・・」


 自信なさそうに眉を寄せて首を傾げる。と、


 胸元で微かに烈が身じろいだ。


 「お!?」


 先程までとは打って変わって明るい声を出す豪。どうやら自分が思っていた以上にこの相手は頑丈だったらしい、などと考えてみたりする。しかしながら烈が目を覚ます様子はなく―――


 「ん・・・豪・・・・・・」


 小さな寝言を呟き、再び寝息をたて始めた。


 それはいいのだが、


 「〜〜〜〜〜〜///」


 豪は真っ赤になって口をパクパクと上下させた。寝言もさる事ながら烈は豪の着物の胸元を握り、すがるようにそこに顔を押し当て眠ってしまったのだ。烈の体がずり落ちないようにと腰に緩く両腕を廻していたことも災いし、2人はあたかも抱き合っているかのような格好になった。


 息を吸えば何の香を使っているのか爽やかな香りと汗の匂いが交じり合って鼻孔を刺激し、口を開く度柔らかな髪が唇をなでていく。密着しているのだから当然の如く着衣越しにほんのりと体温が伝わり、引っ張られたせいで開いた胸元には規則正しく寝息がかかる。


 (どーしろってんだよ、コレ・・・)


 男としてのサガでつい抱き締める手に力を込めたり髪を撫でたりしてしまってはギリギリのところで踏み止まる。いつもの凛とした涼やかな雰囲気はなく、代わりに烈の顔には安心しきった緩んだ笑みが浮かんでいた。


 「ん〜・・・・・・」


 鼻にかかる甘え声に豪は見開いた目をさらに血走らせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 (って、これじゃー拷問じゃねーか!!)


 涙をだくだくと流しての心の中での叫びは、しかしながら静まり返った森の中に響くことは決してなかった。






〆   〆   〆   〆   〆








 「んー・・・」


 呻き声を上げ焦点の合わない目を手の甲で擦る烈は、ふと自分の周りの状況を考え首を傾げた。


 「・・・?」


 自分を包み込むほのかな温かさと自分の寄りかかる硬い―――だが石や木とは明らかに違う感触。


 寝ぼけていた頭がゆっくりと稼動を始める。最初に見えたのは黒い着物の襟とそこから覗く筋肉のついた胸だった。汗ばむその胸から記憶の中の凄まじく懐かしい匂いを嗅ぎ取り、危うく再び寝そうになった頭を無理矢理動かし視線を少しずつ上にずらす。と、


 驚く程間近にあった青い目とぶつかる。


 「あ、おはよ〜・・・」


 吸い込まれそうな位深い蒼を見つめたまま烈は優しく笑いかけた。そこに全く不自然さはない。が・・・


 やられた方はたまったものではなかった。


 「え・・・?」


 自分を抱く腕に力が込められ、烈は成す術もなく前のめりに倒れ込み―――ようやく完全に目が覚めた。




 「うわあああああ!!」




 悲鳴を上げ、辻斬りの―――豪の体を思い切り突き飛ばした。


 「な!? な!? な!? な!? な!?」


 ずりずりと足で後退しながら烈は壊れたレコードのようにひたすら同じ言葉を連発する。


 「って〜〜〜・・・!」


 突き飛ばされ樹に打ちつけた頭をさすり、涙目で豪は叫んだ。真っ赤な顔で遠ざかる烈の着物の裾から白く細い脚が見えたりもしたが、ズキズキと痛む頭にはさすがにどうでもいい事だった。


 「テメー、いきなり何しやがる!?」
 「それはこっちのセリフだ! お前今まで何やってた!?」
 「オメーがいつまでも起きねーから看てたんじゃねーか!!」
 「じゃあなんでいきなり抱き締めたりするんだよ!?」
 「こっちはずっと我慢してたんだぞ!? やっと起きたって油断してたところでンな事しやがって!!」
 「はあ・・・?」


 何を我慢してて何を油断したのか。今の騒ぎでさすがに脳の眠気も吹き飛んだがやはりそれでもわからない。


 「―――にしても・・・」


 眉を寄せ訝しげな上目遣いをする烈をニヤニヤと笑いながら豪は観察した。




 「女顔で凄腕の役人って聞いてたけど―――まさか本当に女だったなんてなあ・・・」
 「―――!!」




 体を強張らせる烈。僅かに息を飲む音が豪の耳にも伝わる。
 胸元を隠すように片手で着物の襟を正しながら、烈は相手の心を探るように豪を睨みつけた。


 「なん、で・・・それを・・・?」


 声が震える。これでは肯定したも同然だが、自信満々な態度を見る限り否定しても無駄だろう。


 だがそんな思い詰めた烈の気持ちを完全に無視する形で豪はあっけらかんと答えた。


 「そりゃあまあ、幾ら隠してあったって、さすがに抱き上げりゃ感触で―――っておわっ!?」


 「そーゆーヘンな言い方するな!!」


 袖に入れてあった小刀[ナイフ]を投げた姿勢のまま、真っ赤な顔で烈が怒鳴った。刃も黒く塗りつぶされたそれが豪の頬を掠め、後ろの木で甲高い音をたてながら振動している。
 頬から一筋流れる血と耳元で震える小刀を感じ、豪は思わず息を止めていた。3メートル程度の距離とはいえ、ロクに照準もせずしかも座り込んだ不安定な姿勢からの一撃でこの精度と威力。恐らくその気になれば肋骨を避け相手の心臓をつくのも簡単であろう。


 「危ねーじゃねえか! 当たったらどーするつもりだったんだよ!?」
 「うるさい! お前が悪いんだろ!?」


 反論できないのか不満げな顔ながらも黙り込む少年を見て、烈はやれやれと立ち上がった。着物についていた土を払い、ついでに裾を直してみたりもする。怒鳴り合うには丁度良い位の距離だが、約3メートルは話すには遠すぎる。


 「で?」
 「・・・は?」
 「我慢とか油断とかって何なんだよ?」


 実は先程までの事で既に予想はついていたのだが、あえて訊いてみる。あまつさえ座ったままの相手の前にしゃがみ、目を覗き込むように顔を近付けながら。


 「う゛・・・」
 「何?」


 明らかな挑発―――というか誘惑というか―――に豪はたじろいだ。にっこりと笑みを浮かべる少女に一度は消えた危険信号が再び点る。


 (あ、けど今ならいっか・・・)


 眠っている間は自分が気絶させたという負い目もあり遠慮していたが、目覚めた今ならば関係ない。いつも使っていた短刀は自分の太刀と共に近くに置いたままだし、そうそう何本も刃物を持っている訳ではないだろう。体重の差から純粋な力比べならばこちらに分がある。


 「こういうコトv」


 烈に合わせるようににっこりと笑って押し倒そうとした豪だったが―――その顔が驚きに変わる。




 「へ・・・?」




 何をされたのか脳が追いつけない一瞬に、逆に押し倒されていた。うつ伏せの背中で右腕が極まる。


 「―――だろうとは思ってたけどね。これはさっきからヘンな事いろいろやっててくれたお礼だよ」


 豪の背中にちょこんと乗った烈が少しずつ体重をかけていく。


 豪の絶叫が夜の森に木霊した。










4.呪縛






 「―――それで?」


 しかめ顔で痛そうに腕をさする豪に、小さな呟き声が届いた。すぐ隣に腰を落ち着けた烈が、目の前を見ながら口を動かした。


 「なんで、殺さなかったのさ? 僕を」


 答えに詰まり口を曲げ、前を向いたままの烈を暫く眺めていたが、烈がそれ以上何も言う気配がない事を感じ、豪ははふっと息をついて空を見上げた。


 「気になったから、かなあ?」
 「何を?」


 今度は烈が豪の横顔を見る番だった。


 「あんたの事。噂でいろいろ聞くけど―――なんで辻斬りばっか狙ってる? 辻斬りだけ、全部殺してんだろ?」
 「別に、そんな事・・・・・・」


 ボソリと洩らし、烈は視線を足元に落とした。構わず豪は続ける。


 「それになんで男のフリなんかしてんだ? 役人が男でなきゃダメってわけじゃねえし、役所ならまだ男女平等だろ?」
 「・・・・・・」


 烈は動かない。豪は最後の質問を口にした。




 「それと―――『豪』って誰だ?」




 初めて烈が反応らしい反応を見せた。カタカタと震える肩をかき抱く烈を見ながら、豪は1週間前の事を思い出していた。ただの辻斬りと役人という関係が崩れたのは、確かに烈がその名を呼んだ時からだった。


 「関係ないだろ、お前には」
 「関係ないって、ンなワケねーだろ? 俺の顔見てそいつの事思い出したんだろ? でもってだから俺が殺せねーんだろ?」
 「うるさいなあ。関係ないって言ってんだろ?」


 口調こそ僅かに苛立った程度だが、烈の全身から放たれる怒気に気圧され、豪は口をつぐんだ。外方を向く烈には見えないだろうが、口を尖らせ駄々をこねるように呟く。


 「だって、なんか俺が呼ばれたみたいだったんだもん・・・・・・」
 「はあ?」


 驚いてこちらを振り向く烈に、豪は種明かしをするように悪戯っぽく笑ってみせた。




 「俺の名前も『豪』っての。今は名字はねーけどな」




 暫く言われた意味がわからず目を見開く烈だったが、自分を指差して笑顔を向ける少年―――『豪』を見て、盛大に吹き出した。


 「うっわ〜! すっごい偶然! へ〜、そんな事ホントにあるんだ〜!!」


 笑い転げる烈を豪は暫く呆気に取られた様子で見ていた。本当に今日は色々な表情[かお]を見る。いつもは凛とした―――荒野に咲く一輪の花のような気高さしか見せていなかったのに、泣き叫び、脆く崩れ、体全体で怒り、そして・・・・・・


 「弟だよ、豪は。僕の弟。正確には弟『だった』」
 「だった?」


 先程の言葉が蘇る。―――『わかってる。豪はもう死んだって・・・』




 「そう。『だった』。
  豪はもういない。3年前死んだんだ。辻斬りに遭って、ね・・・」




 ゆっくりと言葉を紡ぎながらも、力のない笑みとは逆に握った拳が小さく震えていた。それに気付きつつも、ふと豪は関係ないことを訊いた。

 「3年前? ってことは、
123位か?」
 「僕が
14で豪が13の時。本当はね―――」


 言いながら烈は人差し指を立て、体をつーっとなぞった。左肩から右脇まで一直線に。


 「本当は、辻斬りに遭ったのは僕だったんだ。そのときの傷は今だに残ってるよ。体にも―――心にも」


 豪の蒼い瞳に今はいない弟の姿を映し出して、血が滲むほどに握り締めた拳をほどく。


 「あの時はね、たまたま仕事で遅くなった僕を豪が迎えにきたんだ。いつもは逆で、仕事が終わった僕が豪を迎えに行ってたんだけどね。あんなに仕事で帰りが遅くなるなんてめったになかった・・・・・・・・・・・・のにね」


 たまたま。偶然。確率としては限りなく0に近いもの。だが決して0ではないもの。


 「その頃僕たちのいた町では今みたいに辻斬りが出没してて。あんまり遅いから心配して来てくれたんだ。まあ一緒に帰るのは日課みたいなものだったんだけど」
 「それで辻斬りに遭った、ってワケか? で、その弟が殺されちまったから辻斬りに復讐? けどだったらなんで男のカッコなんてしてんだよ? それにあんたの腕なら簡単に倒せたんじゃねーの? しかもそれじゃなんで死にたがってんだよ? あんた」


 一気に疑問をまくし立てる豪から目を逸らし、烈は俯いた。弟の幻が消える。


 泣かないように制御して、両腕で体をかき抱き烈は言葉を吐き出した。


 「君の言う通りだよ。僕は辻斬りに遭った。巻き添えで豪は死んだ。僕が殺したようなものだよ」
 「・・・どういう意味だよ?」
 「僕が今、なんで生きてるんだと思う?」


 面白そうにくすりと笑う烈を見て、豪は首を傾げた。何で生きてるのか―――もちろん殺されなかったからだろう。烈の言葉からすると、斬られたのは左肩から右脇、普通に考えれば十分致命傷だろうが、殺されなかった以上そうではなかったのだろう。


 「辻斬りがヘボだったから?」
 「はずれ。辻斬りの腕は超一流だったって言えたと思うよ。最もその頃の僕は、どのくらい出来れば腕がいいのかなんてわからなかったけどね」
 「はあ・・・・・・?」


 疑問に答えてくれるどころかどんどん増えていく。そのまどろっこしさに苛立ち始めた豪。気付いた烈が苦笑した。


 「ごめんごめん。何せこの話を人にするのは初めてだから、どうやって話せばいいのかわからなくって。ちゃんと言い直すね。
  小さい頃から僕と豪は逆だった。男女の差っていうのもあるかもしれないけどね。僕は元々武術なんて興味なかった。豪は反対で小さい頃からホント体動かしたりするのが好きだったんだ。一番の遊び道具が木刀だったりするんだから筋金入りでしょ?」


 同意を求める烈。だがやはり豪は別の事に疑問を覚えた。烈の腕は文句なく一流だ。むしろこの年齢でそれだけの技量を身につけている事自体、信じ難い事だというのに―――


 口を開きかけた豪を、烈が片手を上げ制す。その問はまだ早いという意味か。


 「さっき、いつもは僕が豪を迎えに行ってたって言ったよね。豪は刀術の道場に通っててね。凄かったよ。何もわからない僕の目から見てもあいつは強かった。今でも僕は豪の足元にすら及んでいないだろうね」
 「ンなに強えーのか!?」
 「本当にね。もう何十年も修行してた人たちだって簡単に倒してた」
 「そんな強えんだったらもうやる必要ねえんじゃねえの?」
 「僕もそう思ったよ。だから訊いてみたんだ。『そんなに強くなってどうするつもりだ?』って」


 烈の笑みに僅かに影が走る。




 「豪は―――あいつは笑いながら言ったよ。もっともっと強くなって、僕を護るんだって」




 沈黙は、1分以上続いた。




 「・・・・・・馬鹿だよね。そんな事ある訳ないって思ってた。だから僕は笑ってはぐらかした。まさか本当にそうなるなんて思ってなかったんだ。
  さっきの答え言うとね。僕が今生きてるのは寸前で豪が気付いてくれたから。いきなり横から突き飛ばされて、そのおかげで刃がそんなに深く入らなかったんだ―――僕には」
 「その身代わりに弟が斬られた、ってか?」
 「そうとも言えるし違うとも言える。斬られたのは豪の右腕。君と同じく太刀を使ってた豪には致命傷だったよ。
  だけどあいつは戦ったんだ。左腕1本で太刀を使って」


 刀使いの中には、二刀流として片腕で刀を扱う者もいる。だが刀とは、扱った事がない者が考えるよりも遥かに重い。純粋に刀そのものの質量に加え、振り回せはさらに勢い[スピード]という力がかかる。そのため成人男子といえど、長大な太刀を片腕で操れる者は少ない。ましてや
13歳ならば成長途中。筋肉もまだまともにはついていなかっただろう。


 「さっき君は僕に、『辻斬りに復讐してる』って言ったよね。違うんだ。そんなのじゃない。だって―――
  ―――その辻斬りは豪に殺されたんだから」
 「な・・・!?」
 「相討ちだったよ。けど豪は倒れずに、立ってる事だって不思議なくらいボロボロだったのに、僕のところに走ってきて・・・・・・」


 喉が熱い。鼻の奥がツンとする。


 「僕を抱き起こそうとして・・・、自分こそ全然平気そうじゃないのに『大丈夫か?』って・・・・・・。僕が豪の名前呼んで手を伸ばすと・・・・・・豪は『良かった』って笑って、僕を抱き締めたまま倒れたんだ・・・・・・。僕は豪の体を抱きしめて・・・・・・、だんだん息がゆっくりになっていくのを感じながら気を失った・・・・・・」


 烈は言葉を切って残りの息を細く吐いた。スッ―――と、爆発しそうだった感情が収まり、冷たくなっていく。


 「目覚めたのは1週間後だった。僕は役所にいた。たまたまあの後見回りをしていた役人が僕らを発見したんだって」


 役人の仕事は主に治安だが、その範囲は割と幅広く、今烈の言ったように病院を務める場合も多い。


 「動けるようになって、僕は役所の共同墓地へ行ったんだ。役所内に僕らを知っている人がいてね、その人の計らいで豪はそこに入れてもらったんだって。
  花を添えて、僕は初めて泣いた。凄く後悔したよ。なんで僕はこんなに弱いんだろう。なんで僕は豪に護られるだけしか出来なかったんだろう、って」
 「けどその豪って、ちゃんと約束守ってのことだったんだろ? だったらあんたがそんなに思い詰める必要なんてねーんじゃねえの?」
 「けどもしも僕が弱くなかったら? もしも僕が豪に護られなくてもいい位強かったら?
  だから僕は今までのもの全部捨てた。『女』である事もこの時にね。それでこの町に来て役所に入った。
  他には何もいらなかった。ただ強くなりたかった。誰にも護られる事のない強さ―――僕はそれを求め続けた」


 烈の言葉を聞きながら、豪は何も言わなかった。強くなりたい―――理由は違っていても、その気持ちはよくわかった。


 「ただがむしゃらに修行だけ続けて、そんな時に仕事が入った。初仕事は―――」


 空気が怯え、震えるほどの殺気が烈から噴出す。




 「―――辻斬りの捕縛」




 豪の背中に冷たいものが疾る。初めて烈と会った日、喉元に短刀をつきつけられたあの時に感じたものと同じ、本物の殺気。


 「最初は仕事通り捕縛しようとした。けど出来なかった。気が付いたときには・・・・・・僕は辻斬りを殺してた。いや―――」


 烈が首を左右に振り苦笑する。小さな身体から発せられていた殺気[プレッシャー]も霧散した。


 「わかってた。自分が辻斬りを殺してるって。でも止められなかった。止まらなかった。復讐ですらない。ただの八つ当たりの人殺し。
  そいつが死んだのを確認して、僕は笑ったよ。もう1人でも大丈夫だって。あとはもうドロドロ。辻斬りを見ては見境なく殺した。殺して―――笑い続けた」




 「―――けど死にてーんだろ?」




 静かな声に烈はピタリと止まった。揺れる瞳で少年を―――豪を見上げ、手を伸ばし・・・・・・だが着物に触れる寸前で止め、力なく落とした。視線も同時に下へ落ちる。


 「・・・・・・辻斬りを殺す度、僕は汚れていった。復讐ですらない人殺し。単なる自己満足。もしかしたら僕自身に対する復讐だったのかもしれない。
  僕への復讐。豪の冒涜。豪が命懸けで護ってくれた僕を、僕は自分で汚してる。
  だから僕は死にたかった。これ以上汚さないように。豪の中の僕を。僕の中の豪を」


 「それで俺に殺させようってのか?」


 微かに怒気のこもった声。烈は顔を上げ、豪の瞳を真っ直ぐに見つめた。


 「そうだね。豪がせっかく助けてくれたのに、それを君に殺させるのはあいつに対する最大の侮辱だと思うよ。
  けどね―――」


 今までとは違う優しい笑み。今まで堪えていた涙が流れる。


 「けど、こんなに汚れた僕はもう豪のところへなんて行けないよ。だからせめて君の手で殺して欲しいんだ・・・・・・」


 豪は太刀ではなく足元に置いておいた短刀を手に、その持ち主と向かい合った。俯き目を閉じる烈。豪は短刀を振り上げ―――


 足元につき立てた。




 「――――――断る」




 迷いのない返事に驚いた烈が顔を上げる。


 「さっきあんたは俺を殺さなかった。だから俺もあんたを殺さない」


 「けど、それとこれとは―――」


 「おんなじ、だよ。
  俺も死にたかった。けどあんたは殺してくれなかった。だから、俺もあんたを殺してやる義理はねえ」


 え? と子どもっぽい仕草で首を傾げる烈を、豪は苦笑しながら眺めた。


 「俺にもいたんだよな、兄貴が。スッゲー強え剣士でさ。言っちゃ悪りいけどあんたなんかより全っ然強かった。
  けどなんか似てんだよな。あんたと兄貴。雰囲気っつーのかな? 見た目全然違うけどさ」
 「―――名前は?」
 「烈―――」
 「―――!?」
 「―――なんつったら笑えるけどさすがに違うぜ」
 「なんだ。・・・・・・そういえばなんで僕の名前・・・?」
 「言っただろ? あんたの事は噂でいろいろ聞くって。まあそんな大した事でもないけどな。
  で、兄貴も殺された。3年前。やっぱ辻斬りに遭って」
 「それで辻斬り? なんか僕以上にメチャクチャじゃないか?」
 「ンな事ねーよ。まああんまマトモでもねーけどさ。
  兄貴は役人だったんだ。で、さっき言った通りスッゲー強かった。となりゃ役人としては重宝されるだろ?」
 「・・・・・・だろうね」


 今の自分を振り返って、烈は深く頷いた。


 「だから仕事も多くってさ。兄貴、真面目だったし人に任せんのも嫌だって自分1人でいろいろやってたんだよな。そんで疲れて、それでも無理して.それで―――」


 小さく肩を竦める。小馬鹿にしたような態度だが、浮かべるものは烈と同じ力のない笑みだった。


 「俺の剣は兄貴仕込みだ。あんたとは違うけど、俺も強くなりたかった。強くなって―――少しでも兄貴の力になりたかった。少しでも兄貴を楽にしてやりたかった。だから・・・・・・」


 豪は足元から太刀を拾い上げ、座ったまま抜刀した。美しい曲線が月明かりの下、鈍く輝く。


 「だから俺は役所の連中が許せなかった。兄貴をあんなムチャさせて。それでも仕事押し付けて。
  それで俺は辻斬りになった。兄貴を殺した辻斬りに。後はあんたと同じだな。役人殺しては笑った。兄貴の敵討ちだって。ンな訳ねーのにな。正にあんたの言葉借りれば『兄貴の冒涜』だよ。くだらねーよな。兄貴敵に回したみてーなもんだよ、これじゃ・・・・・・」


 虚ろな目で刀を見つめたまま呟き続ける豪を烈は抱き締めた。母親が子どもにやるように、優しく、全てを包み込むように。


 豪もまた、太刀を置き烈を抱き締めた。互いの温もりが伝わり、凍り付いていた心が溶ける。


 縋りつきたいのか、それとも包み込みたいのか。ただ1つ言えるのは、互いが互いを必要としていた事。


 互いの腕の中で、2人は泣いた。初めて『泣く』事を知った・・・・・・。










5.過去[むかし]と現在[いま]と






 「烈兄貴―――!!」


 仕事も特にない日、街中をふらふらと(当然の事ながら袴姿で)うろついていた烈は、突如後ろからかかった声に思い切り眉を寄せた。見なくとも声の主はわかっている。が―――


 「何なんだよ? その『兄貴』って」


 半眼で烈は駆け寄ってきた豪に尋ねる。


 「え? だって先輩は敬わねーとなー」


 件の事件から1週間。烈は役人として豪を捕縛せず、結局事件はうやむやのままで終わりを迎えようとしていた。それはそれとして。


 「先輩? 何のだよ?」
 「ああ、俺役人になる事にしたんだよ。兄貴の仕事見てたからある程度はわかるし、腕の立つ奴なら大歓迎だろ?
  それとも―――『姉貴』って呼んで欲しかった?」


 ニヤニヤ笑う豪の頬を、




 血が一筋伝った。




 「次はカミソリ仕込んで殴るからな」


 先程豪の頬を掠めた拳を手でさすりながら烈が冷たく告げた。


 「・・・・・・って今のマジで何も仕込んでなかったのかよ!?」


 反論する豪に、烈はにっこりと爽やかな笑みを浮かべる。


 「当り前じゃないか。無差別に刃物振り回すなんて僕はそんな辻斬りみたいな事しないよ」


 殊更『辻斬り』の辺りに力を込められ、豪はあえなく撃沈された。


 「で、なんでまた役所なんかに?」
 「ん〜。兄貴の後継いで、ってのもあるし、それに―――」
 「それに?」




 「烈兄貴の事、『護る』んじゃなくて『見張る』んならいいんだろ? 烈兄貴ほっとくと何するかわかんねーし」




 「〜〜〜〜〜〜!!! 大きなお世話だ!!!」


 大声を上げ追い回す烈と逃げる豪と。


 誰にも過去は変えられない。


 それでも未来は変えられるから。


 2人の中で過去[いままで]と未来[これから]は違うものとなるだろう。


 そんな2人を見届けるかのように、


 今日も太陽が2人の上に輝いていた。





 

――了







〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆   〆


 今回ついに初挑戦! といいつつ実のところ御伽噺パロディで極めて普通にやっていた。何の事か・・・・・・つまるところ女体化ですな。最初は『女顔で凄腕の剣士』そのままでいこうと思ったのですが、何となくそれが実は本当に女だった的展開に惹かれたもので。
 しかしこの話、いつにも増して豪の口調がめちゃめちゃです。兄貴が他人だったりするもので、なんか口の聞き方がさっぱりわからんなあ・・・と(爆)。兄貴の『僕』『君』も豪相手だと相当に違和感がありますね。
 さて話。元は烈サイドでのみやろうと思っていたのを3パターンに分けてみたのは、豪サイドを本人の台詞のみで片付けるのもなんだかなあと思ったから・・・・・・・・・・・・というのが建前で、実際のところは『邂逅』と『接触』、どっちを使うか決められなかったからという理由だったりします。いや本気で。あ、ちなみに今回烈が少女なので、烈視点での話では一切性別を示す表現はしていない―――ハズ!!
 なんか着物着たり刀持ってたりで少し前の日本っぽいですが、違います。その証拠にみんな髪型そのまま(烈は腰まで伸ばしてましたけどね)です。そして裏設定。本当はこれシリーズにして何本か書こうと思ったんでいろいろ考えてたんですが―――というか私が話作ると無駄に余計なことまで考えてしまうので―――、結局書けないま今日まで来てしまったので設定のみ上げときます。コレ、ないとみんなの行動
&台詞の意味が一部不明になってしまうもので。

1.  役人烈の弟は豪ですが、では辻斬り豪の兄は―――実は鷹羽兄、というか鷹羽リョウだったりします.
2.  この町に来る前、3年前まで烈&豪・リョウ&豪・そしてJのいた町は同じ所です。
3.  ↑より、かつて豪が通っていたという剣術の道場、そこにはリョウ・Jも通っていました。実力は、1位=リョウ・2位=豪(烈の弟の方)・そして3位=J。ついでに今も含めると、4位=烈、5位=豪(リョウの弟の方・・・ってややこしい)となります。そしてそんな理由でリョウは自分の弟に「お前によく似た奴がいる」と話題にしてたりした、などという小ネタもあったり。
4.  Jは以前の町でも役所に勤めていました。なので烈の『役所内に僕らを知っている人がいてね』という言葉は彼を指します。ついでになのでJは烈が女だと知ってます。だから冒頭で謝ってるんですね。女を捨てた烈に女の換わりになれ、なんて命じた訳ですから。
5.  今の役所、黒沢以外にもレツゴメンバーがいたりします。MAXよりマリナ&ミナミ。マリナは薙刀使いで、ミナミは空手やってますので身1つで。実力はマリナの方がミナミを若干上回って、女子ではダントツ。烈より僅かに落ちる、といった位。この対辻斬り囮捜査、最初はミナミの役目でした。ですがまあ内容どおり豪に殺され、マリナが復讐の炎を燃やしていました。が、薙刀。お世辞にも囮捜査にてさりげなく隠せる物件ではない、という事で烈にお鉢が廻って来たワケですな。
6.  そうそうJ。豪は役人になるに当たって(もちろん)辻斬りだった事は隠しましたが、実はJは知っていたりします。というか事件発生当時からその正体は。リョウの剣術をずっと見て来て、その太刀筋と被害者についた傷が同じなのでわかったんですな。だからこそ烈に謝ったのにはこの辺りも含まれてます。この話にて、Jとリョウのみ全員の事を知っていました。
7.  3年前、烈が襲われ豪が殺した辻斬りと、リョウが殺されたという辻斬り、実は同一犯です。そんなに強い辻斬りが同じ町中にゴロゴロしててもなあ・・・・・・(爆)。
8.  烈の実力。というかある意味では今回の囮捜査に選ばれた理由。役人の標準装備は刀ですが、烈は大抵何でも使いこなせます。短刀から槍・薙刀・普通の刀に太刀・そして肉弾戦も得意だったり。冗談抜きで手にカミソリ仕込んで戦ったりもします。ぶっちゃけ自分の得意分野わからずがむしゃらに何でもかんでも吸収した結果、なのですが・・・・・・・・・・・・



 実はこの話、まだ
Upしてませんがとある話とクロスします。今度は烈&豪が弟の話で。ちなみにそのとき出てくるのは問題の3年前、現在(もうちょっと未来か? 豪が役所に入って以降、烈とも打ち解けてから)、そして―――さらに2年前、みんな生きてた頃です。そしてその時の烈『兄貴』が8で挙げたようにオールマイティーだったりします。それを見てこの少女・烈は真似をした、とも捉えられたりします。
 なんて御託を並べてないで、さっさとその話も
Upしないとなあ・・・。先は長いなあ・・・・・・

2003.3.26write2001.4.815

 あ、烈と豪の姉弟。お互い相手の事を想っていました(ただし烈は無意識、豪は意識して)。が、特になにかしたかったり相手にして欲しかったりしたわけじゃなくて、ずっとこのままでいたいなあ、といった想いでした。なので相手にその気持ちも一切言ってません。あ〜しかしその辺り含めて裏で書きたいなあ。せっかく辻斬り豪に捕らえられてなんてオイシイ―――もとい面白い状況なんだし・・・。しかしそれだと暗く終わりそうだなあ・・・。