白雪姫


〔白雪姫=烈  妃=ミハエル  従者=シュミット  小人(『こびと』と読んでも『こども』と読んでも可=その他エキストラ)

注:白雪姫と妃の配役は変更しても良い。ただしその場合の従者はエーリッヒに








 小人たち、そして自分の食事を作りながら、かつて白雪姫と呼ばれた少女・烈は小さくため息をつき唇を軽く噛んだ。 
 (ここにお世話になって―――もう3ヶ月か・・・)
 『姫』と呼ばれるのは伊達ではなく、烈はとある貴族の娘だった。呼称にふさわしい白く透き通る肌、夕日のように紅い髪、そして同色の大きな瞳。15という年齢にしては小柄で華奢な体はよりその愛らしさを誇示していた。
 烈自身は自分が可愛いなどと思った事は1度もないのだが、母ミハエルは違った。何でも1番でなければ気の済まない彼女は、美において烈に負けたと知ると従者であるシュミットに烈の暗殺計画を持ちかけたのだ。その計画はシュミットを『母との話は聞いていた。テープにも録音しておいて、それは自分の知り合いに預けておいた。このまま自分が行方不明になればテープは役人に届けられる。さて何年牢屋行きになるかな?』と脅し、知り合いの名前と引き換えに命を助けろという取引をもちかける事で失敗になった。が―――
 (とりあえず今のところは何もやって来ていないけど・・・)
 娘としてミハエルの性格はよく知っていた。シュミットも自分の面子がかかっている以上取引の事を妃には報告しないだろうが、あのミハエルの事だ。いつ知られてもおかしくはない。
 「なー烈。どうしたんだ?」
 思考の渦にハマっている間に、いつの間にか小人たちが帰ってきていた。いつもなら笑顔で出迎えてくれる筈の烈が、台所で微動だにしていなかったため不審に思ったのだろう。
 服の裾を掴んで不思議そうな顔をする小人に烈は笑みを浮かべた。
 「何でもないよ。ごめん。ちょっとボーっとしちゃって」
 「そっか。ならいーんだ」
 小人は笑みを返し、仲間たちの方へと走っていった。それを見送り烈は全ての考えを振り払うように首を左右に振り、包丁を握ったまま止まっていた手を再び動かした。







 話は30分前に戻る。
 「さああああって、どうしようかなあ?」
 ミハエル邸にて、鼻歌混じりに笑みを浮かべるミハエルを、シュミットは怯えた目つきで見ていた。如何なる方法で調べたのか、烈が生きていることを知られてしまったのだ。
 つい先程呼び出され、洗いざらい吐けと言われ、取引の言についてしどろもどろに話している間、ミハエルはずっと笑ったままだった。ある者には天使のように、そしてまたある者には死刑判決を下す裁判官のように見える笑みで。
 「ところで―――」
 突然くるりと振り向くミハエル。ビクリと肩を震わせながらも、シュミットは何とか笑顔で答えた。最も―――こちらは大分引きつったものだったが。
 「その『証拠のテープ』って・・・・・・結局あったの?」
 興味津々とった感じでミハエルが小首を傾げた。多分、いや絶対にあった事は確信しているのだろう。親としてミハエルもまた烈の性格はよく把握していた。
 「ええ、ありました。すぐ処分してしまいましたが」
 「そうなんだ。ぜひ聞いてみたかったな」
 「内容はほとんどそのままでしたよ。一応確認だけはしましたが」
 「ほとんど?」
 「最初の一部だけ切れていました。恐らくデッキを用意していたのでしょう」
 「ふーん・・・」
 それだけ言うと、再びミハエルは今まで向いていた方―――魔法の鏡の納まっている位置へと顔を向けた。魔法の鏡とは、別名『知識の宝庫[ラビリンス]』。過去から現在、そして未来に至るまでの現象、人々の感情や心理など、質問すれば何でも答えてくれるものだった。が―――
 人差し指で、その表面をとんと軽く突く。
 (でも、訊きはしないよ。これからの事は、ね・・・)
 ミハエルが訊くのは常に現在までの事であり、ただの確認事項に過ぎなかった。
 (僕がやるから楽しいんだよ)
 冗談でも意地でもなく、ミハエルはこれから起こる―――自ら起こすであろう、烈との対決を楽しみにしていた。
 「それで、やはり私が責任を持ってまた・・・?」
 恐る恐る尋ねるシュミットに、ミハエルは人差し指を振り、片目をつぶって悪戯っぽい笑み―――天使の笑みを浮かべた。
 「いや。君の手には負えなかったんだから、今度は僕がやるよ―――」







 切り終えた材料を鍋に入れたとき、ノックの音がした。
 「はい・・・?」
 烈が扉を開けると、そこには(人の事は言えないが)小さな少年の姿があった。10歳くらいだろうか、金髪に翠の目をした可愛らしい少年だった。
 「こんにちは。僕、ミハエル。物売りだよ」
 「あ、こ、こんにちは。僕は烈って言います」
 いきなりにこやかに挨拶してきた少年―――ミハエルに、烈は同じ笑顔で返す。
 (さ〜ってレツ君、どう出る?)
 この少年、正体は名乗った通りミハエルなのだが、『ミハエル』という名前も、金髪翠目も刺して珍しいものではない。偶然、たまたまといった事態は、起こる確率こそ低いものの決して0ではない。だからこそあえてそのままの名を使ったのだが・・・。
 一方列は―――
 (ミハエル、ねえ。ウワサをすれば、かな? タイミングとしては本人が薬を使って変身したって考えるのが普通だろうけど・・・)
 そうではない可能性も遺されている以上、面と向かって訊く事は出来ない。一挙動一投足見逃さないよう注視していた烈は、ふとある言に気付いた。
 (この子の足・・・・・・なんでこんなに綺麗なんだろう・・・?)
 別に変態趣味ではない。言葉通りミハエルのズボンも靴もほとんど汚れていなかったのだ。ここ媚との家は山奥にある。具体的にどこだが知らないが、自分を殺すため従者は人気のないところまで連れて行き、さらに取引後自分は彼とは逆方向、さらに奥へと入って行った。この生活に慣れている小人たちは出かけるのに登山用の服装をしているが、それでも時々小さな傷をつけて帰って来る。初めて媚との家に辿り着いた時の自分は単なる普段着だったため、特に足に傷を多く作り、中には今だに消えないものもあった。
 「このクシなんだけど・・・・・・」
 取り出したものをみせるミハエル。だが烈はそれに気付かず、考えを続けていた。
 (だいたいなんで物売りがここに来るんだ?)
 何故自分や小人たちに傷がつくのか、その理由は極めて単純なものだった。まともな道がないのだ、ここには。小人たちが毎日歩く獣道は存在しているが、お世辞にも『道』とためらいなく呼べる代物ではない。ましてや馬はともかく馬車で通るなど論外だ。そしてこの事実が証明するように、ここには周りに家がない。それは小人たちの『俺たち以外で人間を見たのが烈が初めてだ』という言葉で立証済みだ。ならば物売りも危険を冒してまでここに来るより、ふもとの街で働いた方がずっと得だ。
 「―――どうしたの?」
 突如かけられた声に考えが中断する。烈は気付かなかったようだが、ミハエルはクシを片手にあれこれ説明していたのだ。
 「え? あ・・・何だっけ?」
 「ええ? 聞いてなかったの? ひどいなあ」
 「ごめんごめん」
 「まあいいけどね。このクシなんだ、今日売りたいのは」
 「クシ?」
 言われて烈はミハエルの手に握られた物を見た。クシ。ごく仏の木製物件。強いて特徴を挙げるならば、目が細かいといったところか。ミハエルの手に隠れてよく見えないが、もしかしたら持ち手の部分に何か装飾がなされているのかもしれない。
 「クシっていってもただのクシじゃないよ。1品1品手作りなのは当り前。そのおかげで機械では出来ないなめらかさを生んでいる。それに木製だから通常のプラスチックより髪を傷めないし、目が細かいから髪の細い人やストレートの人に正にピッタリの品だ。レツ君・・・だよね、君の髪なら丁度いいんじゃないかな?」
 (そう、君には打って付けのものでしょ?)
 笑みの中に外からはわからないほどの冷たいものを浮かべ、ミハエルは烈を見た。ここにいる小人は自分の調べた限りでは全員男。となればさほど化粧道具などはないだろう。おしゃれに気を使っていないとはいえ烈はまだ15。いくら基が良くとも手入れをしなければ落ちていくだけだ。
 そんなミハエルの思惑通り、烈は自分の髪を一房つかみむ〜っと唸った。
 (まいったな〜。ここにはクシないし。一応手で梳いてはいるけど最近まとまってくれなくなったもんなー。このままボサボサに―――ってそれは絶対イヤだし・・・)
 「なんだったら少し試してみる? 僕、解いてあげるよ?」
 言いながらミハエルは烈の腕を掴んだ。後ろを向いてしゃがめ、という意味らしい。
 (クシにつけたのは経皮性の薬。これから梳かす1回1回が君の命のカウントダウン。最後にキレイにして死ねるんだからなかなかいい死に方だよね)
 サディスティックな笑みを烈からは死角の位置で浮かべる。と、
 「あ、ちょっと待って」
 掴んだ腕に逆に力をかけられ、ミハエルは危うく転びそうになりながらも、なんとか堪えて烈を見上げた。
 「ほかのデザインのクシとかってあるの? 出来れば全部見せて欲しいな」
 (わざわざ解いてくれるなんてサービス良過ぎ。後ろ向いた瞬間なんかやってくるんじゃないの?)
 だとすると一番怪しいのは手にしているカゴだろう。上に布を被せているため中身の見えないそれは、ナイフなどを容易に隠せる大きさだった。
 「うん、いいよ」
 (・・・って来ると思ってね―――)
 ミハエルはためらいなく布を取り払った。すると、その中には大きさ・デザインの異なるクシが何本も並んでいた。
 (安心して。毒は全部に仕込んでおいたから・・・・・・)
 カゴの中のクシを見て、一瞬烈はやっぱり考えすぎかな、と思った。が、油断は禁物である。
 (あ、そーだ・・・・・・)
 「ところでさ、梳いてもらうのもいいと思うんだけど、やっぱり実際梳いてみて手触りとか知りたいし」
 と、ちらりとミハエルのほうを見て、
 「君の方が、髪長くてキレイだよね。梳いてみたいんだけど、いいかな?」
 「え・・・?」
 烈の予想外の言葉に、一瞬ミハエルの笑顔が凍りつく。全てのクシには毒がついている。自分でつけたのだから確実だ。だがヘタに断ったりすれば烈に疑われる事は目に見えていた。
 「うん、いいよ。そんな事なら」
 頷いて、ミハエルは懐からハンカチを取り出し、クシを拭った。
 「どうしたの?」
 「お客様に使ってもらうんだからね。少しでも気持ち良く使ってもらいたいし」
 拭い終わり、ハイと烈に手渡すと背中を向ける。自分のクシが自分の髪をなぞる。皮膚に触れる感触にもミハエルは一切動じなかった。
 (よかった。クシの表面だけにつけておいて・・・)
 2度3度ミハエルの髪を解き、クシそのものにもミハエル自身にも変わったところのない事を確認すると、烈は満足してクシを見つめた。
 (ふーむ。使い心地もいいし、特に毒とかもついてなさそうだし)
 にっこりと笑い、持っていたクシをミハエルの前にかざすと、
 「で、いくら?」
 「380円だよ」
 「へえ、思ったより安いんだ」
 エプロンのポケットに入れておいた財布を取り出し、代金をミハエルに渡した。
 「どうもありがとう」
 「どういたしまして」
 手を上げ軽く挨拶して、ミハエルは家から離れた。が、数歩歩くと足を止め、体半分ほど烈の方に向けた。そして先程、シュミットに見せたものと同じ笑みを浮かべる。
 「これからもよろしくね、レツ君」
 それだけを言い、去るミハエルを暫く呆然と見送り、烈は呟いた。
 「『これからも』・・・?」







 一方、烈から見えなくなる位置まで歩くと、ミハエルはこらえきれないように肩を震わせ笑った。
 「さすがだね。ホント、面白いよ。君とやりあうのは・・・・・・」
 そして短い呪文を唱え、ミハエルはその場から姿を消した。










 その後もミハエルは度々烈の基を訪れるようになり―――
 今でも2人は商売の駆け引きにいそしんでいらしい。




―――HAPPY END









・     ・     ・     ・     ・

 白雪姫です。誰がなんと言おうと。そして配役に『王子』がいないの読んだとおりです。出ようがないからです。
 本当はこの話、ネタはりんごで『ピカピカりんご=ワックスついてんじゃない?』とかいうノリをやりたかったために書いたのですが・・・・・・挫折しました。そこまでいく気力がなく。というか胸紐で詰まりました。ちなみにりんご話のオチは、タイミング良く帰って来た小人たちがりんごを持ってきていて、冷たい空気の中
END、ってな感じでした。
 ああ、従者がエリ公ではなくシュミ様なのは、烈兄貴がエリ公脅すのはムリ、ってかむしろ逆に脅されそうだ、などと思ったからなんですけどね。その割には私の中でレツゴ最強キャラは1位=烈・2位=エーリッヒ・3位=ミハエルだったりするんですけどね。その割には数週間前までは2位と3位が逆転してたり。つくづくわからんなあ、私の中でレツゴ最強キャラが誰なのか。
こういった頭脳戦、私は大好きです。なので書いてて楽しかった・・・・・・。




write2001.1月近辺





さってそして2年。やっぱ最強キャラはこの辺りですね。しかし自分、レツゴにハマリ始めた頃にはもう烈兄貴が最強キャラだったのか・・・・・・.
話はほとんど手直しせず
Upしました。なので今と比べるといろいろ変わってるかもしれませんね。書き方。どっちがいいともいえないので―――というか文章書く能力が昔に比べて上がったとは思えないのでそのままにしてみました。



2003.3.25