長い夜の終わりに the EVE









 きっかけは、たまたま水道に向かった烈がその会話を聞いたことだった。
 「も〜すぐランキング戦だな」
 「お前もちろん出んだろ? 星馬」
 「そりゃ出んだろ。大会出てーし」
 (豪・・・・・・?)
 わざわざ姿を確認するまでもない。声で一発でわかった。
 (これじゃ盗み聞きだね)
 苦笑する。もちろんそんなつもりもなかったが、この位置では向こうからは(ついでにこちらからも)死角に当たる。さっさと離れるか行くかするべきだろう。
 が―――
 「大会・・・って、やっぱお前兄貴とダブルス組んで出んのか?」
 (・・・・・・・・・・・・)
 進みかけていた烈の足が止まった。豪とこんな感じで話す以上恐らく1年だろう。だがその話し方、特に自分の事を言う時の彼の口調は好意的なものではなかった。少なくとも先輩を敬う、といった感じは全く受けられない。
 今出れば気まずい事になりそうだ。
 「そりゃパートナーだしなあ」
 烈が聞いていることなどもちろん知らない1年3人の会話が続く。
 「つーかなんでお前兄貴とダブルス組んでんだよ?」
 「そーそー。お前ならシングルスでも充分いけるだろ?」
 「むしろダブルスで足引っ張られてねえ?」
 「言えてる」
 あはは・・・
 響く笑い声に、烈は肩を竦めて苦笑した。確かに彼らの目にはそう映るだろう。実際そうなのかもしれない。いや。実際はどうでもいい。重要なのは、自分は豪の情けでレギュラー入りしている、という事。ランキング戦に参加していない自分には本当はレギュラーになれる権利はない。
 (ま、仕方ないか)
 わかっている。自分が周り、殊更1年らにはよく思われていないことなど。次豪がレギュラーに選ばれた時、自分は辞退すべきかもしれない。
 もう―――
 (レギュラーには興味ないしね・・・・・・)
 入部以来張り合っていた親友の転校。ずっと、自分は弟とダブルスが組みたくてここでテニスをしていたというのに、彼がいなくなって以来、それすらもどうでもよくなった。
 (辞めようかな、部活・・・・・・)
 虚ろな目で思う。前から考えていた事だ。このまま堕落と妥協で続けるよりは、すっぱりと止めた方がいいかもしれない。
 ―――などと思っている烈の耳に、さらに言葉が届いた。
 「ま、そーかもしんねーけどさ、やっぱ一応兄貴だし、ずっと組んでたんだしなあ。入れてやんねーと可哀想じゃん」
 「うっわ〜。兄貴想い〜!」
 「泣けるね〜!!」
 倍化される笑いに、
 (・・・・・・・・・・・・)
 烈の顔から笑みが消えた。
 くるりと踵を返す。
 コートではなく、校舎を目指すその瞳には―――
 何も浮かんでいなかった。





 「んじゃあ今日の練習は―――」
 「う〜ん。もうすぐランキング戦だし、その前に練習試合でもしたら?」
 「おし。それで決定」
 「加瀬・・・。お前実は何も考えてないだろ」
 「んなワケねーだろ。俺はいつでも部員たちのことを考えて―――」
 「その台詞は視線を合わせて言った方が説得力あるよ」
 「はあ〜。いちいちうっせーよ。お前ら俺の小姑か?」
 「なりたくない職業第一位だね」
 「職業か・・・・・・?」
 などと実りのある話し合いなのかそれともただのムダ話なのかいまいちよくわからない会話を続ける部長・加瀬、副部長・瀬堂、参謀・三村の3人。メニュー決めという事で顧問も一緒にいたのだが、この程度の脱線はいつものことなので気にせず流す。
 と―――
 「失礼します」
 がらり、と扉が開き、目立つ赤毛の少年が軽くお辞儀をして入って来た。
 「お〜烈。どうした?」
 「先輩、今日のメニュー決まりましたか?」
 笑顔で尋ねる烈に、瀬堂もまた笑顔で答える。
 「もうすぐランキング戦だし、練習試合にしようかな、って考えてたところだけど。あくまで僕は、ね」
 「嫌味かよ・・・」
 笑顔で、しれっと言う瀬堂に半眼で突っ込む加瀬。
 それは気にせず、烈が言葉を続けた。本当に綺麗に微笑んで、
 「でしたらお願いがあるんですけど―――」







・        ・        ・        ・        ・








 「というわけで、今日はランキング戦に備えて参加希望者はフリーで練習試合。希望してないやつは自主練。なおレギュラーは全員強制でお互い練習試合。以上。何かあるか?」
 いつも通りの部長・加瀬の短い説明に、とりあえず部員全員が頷いた。反論はない。この部長に反論する事が如何に馬鹿馬鹿しいか。入部したての1年ですらそれは身に染みてわかっていた。
 「ねえんなら練習開始。レギュラーは対戦相手発表するからここに残れ。後は解散」
 『ういーっす!』
 その言葉に我先にと離れていくレギュラー以外。まあランキング戦が迫っているとなれば少しでも多く練習したいであろう。
 それを暫し見送り―――
 「んじゃあ対戦相手発表だな」





 4面あるコートの1面を陣取り、行なわれるレギュラー同士の練習試合。やはり部活内で(正確には公式で)最高の実力を持つ者たちの試合となれば誰もが興味をもつ。練習試合を行なう者、そしてその審判を除いては全員の視線が集中する中で・・・
 『――――――!!?』
 初戦でいきなり予想外の結果に、誰もが、おおむね誰もが息を呑んだ。
 「6−0。ウォンバイ烈!」
 さして何も思わず淡々とコールをする審判役の加瀬。隣では瀬堂がやはり笑顔のまま2人の試合を眺め、さらに三村がクリップボードに結果を書き込んでいる。
 「6−0。烈の勝ち。試合時間15分」
 書き込みつつ呟く三村の言葉通り、今の試合、1セットマッチのそれは烈の圧倒的勝利で終わった。1ゲームどころか1ポイントも取らせていない。しかも要した時間は
15分。余程の実力差がない限りこのような結果はまず生まれない。
 そいつもそれがわかったのだろう。ネットを挟んで項垂れる豪を、烈は冷めた目で見やった。
 勝ったからといって嬉しいわけではない。ただの自己満足だ。何をやっているのだろう。自分は。
 周りの驚きの視線を無視してベンチに向かう。
 「嘘だろ・・・?」
 「あいつが・・・・・・?」
 「星馬に勝った・・・・・・?」
 「それもこんなに大差つけて・・・・・・・・・・・・?」
 目を見開く2・3年の中、1年がそんなひそひそ話をする。それにも反応せず、ベンチで汗を拭く烈。
 その後姿を見やり、
 「おっし瀬堂! 次は俺とお前の対戦だ!」
 審判台から下りて肩をぐるぐると回す加瀬に、瀬堂が笑顔で手を上げた。
 「あ、加瀬。僕次の試合棄権する」
 「はあ!?」
 あっさりそんな事を言ってのける瀬堂に、加瀬が思い切り声を上げた。
 「ざけんな! てめーが棄権負けなんか俺がヒマじゃねーか!!」
 「はいはい。君の相手なら後でいくらでもしてあげるから。
  ―――そんなわけだから、いいかな? 三村」
 会話を振られ、ホワイトボードにその旨を書き込もうとした三村の手が―――
 ふと止まった。
 「理由は?」
 「持病のしゃくで」
 笑顔でさらりと言う瀬堂。三村の目が細まり、そしてそれ以上に胡散臭げな目で加瀬がぼやいた。
 「持病? なんのだよ?」
 「ん? くも膜下出血」
 「『持病』か・・・?」
 「なら狭心症」
 「医者に1度はテニス止められた事ねーか・・・・・・?」
 「じゃあ鬱状態」
 「で、5分後には操状態ってか?」
 「ああ、さすがだね。よくわかってるじゃない」
 瀬堂がぱちぱちと拍手を送る。その気の抜けた音を聞き、加瀬は肩を震わせ呟いた。
 「三村。コイツの棄権理由、『生理痛』って書いとけ」
 「了解」
 「ひどいなあ。その理由じゃ僕の女性説のかなり有力な証言になるじゃないか」
 「うるせえ。俺との試合棄権しやがった罰だ」
 「おーぼー」
 「お前のわがままに比べりゃマシなもんだろーが!」
 口を尖らせぶーぶー言う瀬堂。しかしながら目が笑ったままの彼にため息をつき、
 加瀬はその後ろに小さく見えていた人影に呼びかけた。
 「オーダー変更! 烈! お前は5分後から瀬堂と対戦だ」
 「え・・・・・・?」
 突然名前を呼ばれ、烈が振り向いた。そのきょとんとした表情に向けて、文句をたれていたのはどこへやら、瀬堂がにっこりと笑ってみせた。
 「というわけだから、よろしくね」
 「え・・・と・・・・・・」
 「お前なら持久力あるし、2試合連続くらい軽いもんだろ? なにせ2時間ぶっ続けで試合続けたヤツだし」
 「あ・・・・・・」
 加瀬の言葉に、烈が視線を下にずらした。2時間ぶっ続けの試合。去年の秋、新人戦の出場をかけてのかの親友との対戦。お互い一歩も引かずに全力でぶつかり、終わった途端安心して2人で倒れた。
 あの頃からもうどれだけ経ったのだろう。えらく長く感じる。自分がそんな興奮を忘れてから。
 「―――わかりました」
 思い出したからといって興奮が戻ってくるわけでもない。返事する烈の表情は、先程試合していた間となんの変わりもないものだった。







・        ・        ・        ・        ・








 レギュラー同士の第2試合、烈と瀬堂の対戦にて。
 『――――――!!?』
 再びの驚くべき事態に、無音の叫びが広がる。試合の流れは先程と逆のものになっていた。
 現在3−0で瀬堂のリード。どころか烈は1ポイントたりとも取れていない。
 「さすが瀬堂副部長・・・・・・」
 「レベルが違う・・・・・・!」
 囁かれるそれらの言葉に、再び(ヒマなため)審判を務めていた加瀬が鼻で嘲った。
 「おいおいおめーら。あんま瀬堂の事バカにしてんじゃねーよ」
 「え?」
 「あいつにとっちゃこの程度お遊びレベルだ。それで感心されちゃあいつもたまんねーよ」
 「これで・・・遊び・・・・・・?」
 「強すぎる・・・・・・」
 「そうか?」
 「そ、そりゃ加瀬部長ならそう言えるかもしれませんけど・・・・・・!」
 抗議の声に耳を傾け、しかし目は今、先程の彼の弟同様屈辱にまみれた視線で瀬堂を睨む少年に向け、軽く笑って肩を竦めた。
 「別に俺に限った事じゃねーけどな」





 3−0でのチェンジコート。肩を激しく上下させ息をつくなどという珍しいことをやっている烈に、こちらは息1つ乱さずごく普通にコートを出ながら瀬堂が笑った。先程までの、柔和な笑みではない。くすり、と、完全に人を馬鹿にした笑み。
 「たかだか単純に攻めただけで僕に勝てるとでも思ってるの? いくらなんでもそれは『無謀』って言うんじゃないのかな?」
 「〜〜〜!!!」
 この上ない侮辱の言葉だった。『無謀』は自分へ向けられるべき評価じゃない。自分はいつだって冷静に考えてプレイして。いつだっていつだって・・・・・・!
 その『いつ』がどの時点を指すのか、遥か過去の事なのか、それともつい最近までの事なのか、それすらももうわからない。だがそれでも、それが自分の中では『いつもの事』だったはずだ。
 拳を握り締め、歯を噛み締める烈に―――
 さらに目を細めた瀬堂が言葉を続けた。
 「そんなんじゃ所詮
No.4止まりだね。ご愁傷様」
 決定的な一言だった。
 烈の中で今までの陰鬱な気持ちが全て消え去る。
 ―――全てを押しのけ最後に浮かんだのは、それこそ『単純』な怒りだった。
 (ムカつくムカつくムカつく〜〜〜〜〜!!! あの馬鹿
絶対殺す!!!)
 もちろん烈が見ているのは瀬堂の姿ではない。彼にダブって映る、かつての親友。
 今と同じ状況になったら、やはり笑みを浮かべて同じ台詞を言うのであろう元
No.3に向かって滅殺宣言をし、大股でずがずがとフェンス外の水道へ向かって歩く烈。その迫力に引いた部員たちが道を開ける中、
 「あ〜あ。ガキが拗ねてんぜ、瀬堂。どーすんだ?」
 「さあ。まあいいんじゃない? その方が面白いし」
 台に座ったまま上半身を回して水道を見る加瀬。頭を突っ込んで勢いよく水を流す烈ににやにやと笑う彼に、瀬堂も元の笑みで答えた。
 「それに―――」
 「あん?」
 「―――これ以上バカにされるのは僕もたまったものじゃないからね」
 先程の会話。加瀬の言葉にさらに重ねる。
 「ま、そりゃそーだな」
 あっさり頷き、加瀬が審判台から飛び降りた。





 ずぶ濡れにした頭をぶんぶん振って戻ってきた烈。俯くその顔からは何を考えているのかわからない。
 雫をぽたぽたと垂らしながら、それを拭くでもなく自分のバッグからペットボトルを取り出し、無言のままストローを口に含む。


 『お前暑いの弱いやろ?』
 『え? 何で?』
 『汗掻いとらんやん。汗掻かへんやつは暑いの弱いんやで』
 『・・・・・・凄い偏見だなあ』
 『けど少なくともお前に関しちゃ間違っとらへんやろ? 汗掻かへんから熱外に出せん。せやから暑いとすぐバテる』
 『バテて・・・はないと思うけど・・・・・・』
 『バテとるわ。動き遅い。反射鈍い。狙い甘い。短時間で終わるよう無理矢理攻めとる。これでバテとらへんのでなんなんや?』
 『う〜ん・・・・・・。そんなに出てたかなあ・・・?』
 『出とるわ。ほら見い。先輩たちも変な顔して見とるで?』
 『変な・・・って、それはさすがに失礼じゃ―――』
 『ってホラ! 飲みもん飲んどらへんやん! せやから汗掻かへんのやで!?』
 『けどねえ。そんなに喉渇いてないし・・・』
 『飲まへんから汗掻かん。汗掻かんから喉渇かん。悪循環になっとるで』
 『とは言われても』
 『一気に全部飲めとは言わへんから。何度も少しずつ飲んでみ。その内慣れるわ。あと自分で専用のペットボトル持っとく事。いつでも飲めるようしとき。
  ああ、あと汗は掻くときやのうてそれが蒸発する時熱奪うんや。掻かへんのやったら水かぶったりスプレーしたりするんもええで。ただし筋肉いきなり冷やさんようにな。痙攣起こすわ』
 『はあ・・・。相っ変わらず詳しいねえ・・・』
 『まあこの辺はめちゃめちゃ基礎やし。
  けどええなあ。「水も滴るええ男」かいな。まあお前の場合は男っちゅーより美女―――』
 がん!


 確かこの会話は結局自分が彼を殴って終わったような気がする。だがこれ以来身についた習慣。おかげでなのかそれ以降は以前ほど暑さに弱くなくなった。
 ストローから顔を上げる烈。今までとは打って変わって微かに笑みを浮かべる彼の頭に―――
 ぼふっ。
 「うわっ!?」
 上から降って来たものに突然視界を遮られ、左手を払う。手に触れたもの。それは慣れた感触だった。
 「帽子・・・・・・?」
 以前はずっと被っていた緑の帽子。いまはもう被らずにロッカーに置きっ放しだったはずだが・・・・・・
 ツバを持ち上げ見上げた先に、加瀬の、こちらはこちらで常に人を馬鹿にしたような笑みがあった。
 「烈、瀬堂がヒマだってよ」
 「でしょうね」
 しれっと答える烈。あっさりと自分が―――少なくとも先程までの自分が彼の相手には役不足だったと認めた。
 そんな烈に、加瀬がくっくっく、と肩を震わせ笑った。帽子越しに烈の頭を乱暴になで、
 「だったらさっさと行って来い!」
 「はい!」
 力強く押し出す加瀬に笑顔で応え、瀬堂が、そしてその向こうに彼が待っているコートへと駆け出す。
 数歩進んで、その足を止めた。
 「加瀬先輩」
 「ん?」
 烈がくるりと振り向く。
 帽子のツバに手をかけ、笑った。にっこりと―――かつてよく見せていた、毒舌を言う際特有の彼の笑み。
 「反対ですよ。帽子」
 笑みから軽い驚きの表情になる加瀬に心の中で軽く舌を出し、ツバが後ろに来るよう帽子を被り直す。
 その瞳は、もう屈辱にまみれたものや虚無を湛えたものではなかった。
 静かな中に闘志を燃やした強い光。それを内包した眼差しで、コートの反対側にいた瀬堂を見る。
 帽子を取り、烈が頭を下げた。
 「今まで申し訳ありませんでした」
 これだけで充分意味は通じるだろう。顔を上げる烈の前で、瀬堂もまた楽しそうににっこりと笑い、手を振った。
 「どうする? 0−0からやり直す?」
 「いえ。このままで構いません」
 「そう?」
 「ええ。負けた時の言い訳になりますから」
 「あはは。じゃあ僕は絶対に勝たなきゃね」
 先程までとは一変した明るい雰囲気についていけず首を傾げる一同。その中で一歩遅れて審判台に戻った加瀬が、
 「おらおらだったらさっさと続けろ。お前らのせいで後つかえてんだからな」
 「だったら君がさっさとコールかけなよ」
 「そうですよ先輩v」
 「うあ、コイツらグルか。くっそ〜。マジで今日いい事ねーじゃねーか」
 「日頃の行いの賜物だね」
 「てめーにゃ言われたかねーよ。
  ―――ゲーム0−3! 烈サービスプレイ!」







・        ・        ・        ・        ・








 結局その試合は2人の宣言どおり瀬堂の勝利で終わったのだが・・・
 「6−2か。後半だけ考えれば3−2。本気の瀬堂相手にこれだけやれれば、まあ及第点じゃないのか?」
 「うん。以前に比べてそこまで落ちてないね。これだけ出来れば当てていいんじゃない?」
 「まだ、だな。まだ足りねえよ。
  ―――答えはランキング戦で、だな」







・        ・        ・        ・        ・








 数日後、ランキング戦にて。
 「今日からはランキング戦だ。今日の予選で選ばれた8人が都大会行きのチケットを手にするワケだ」
 いつもどおりの加瀬の口上に、部員の何人かが目を細めて加瀬を、そして烈を見やった。今の言葉、正確に言えば間違いだ。そしてその『特例』がここにいる・・・・・・。
 そんな感じで2人を見つめて―――というか睨んでいた何人か、そしてそれ以外にも当然彼の話を聞くため視線を向けていた部員たちが眉を潜めた。加瀬があからさまに一方向―――烈だけを見ている。
 軽く首を傾げるアクションを見せる烈。自分が見られている事はわかっているという表示。
 説明のため持っていたポインターを烈に向け、
 「ところで烈。お前がランキング戦にすら出場してないクセにレギュラーなのはずるいと苦情がきてるぞ」
 あっさり言う加瀬に、周りがざわめいた。確かに特に1年中心で大抵誰もがそんな事を思っている。が、ここまで直接言う事はなかった。当り前だが。
 だが、それらの視線を一身に浴びながらも、烈は優雅に微笑んでみせた。
 「で? でしたらどうします? レギュラーにはなるな、と?」
 まるでその選択肢は絶対に選ばれないと確信した笑み。周りのざわめきがより一層大きくなる。
 が―――
 その答えに、加瀬の笑みが深くなった。
 「いいや逆だ。お前は今回ランキング戦に出ろ。これは部長命令だ。逆らうなら退部しろ。やる気のねーやつはうちの部活には必要ない」
 「それはまた」
 「で、参加したなら総合3位にまで勝ち残れ。そしたらレギュラーとして都大会に出してやる」
 『3位!?』
 驚きの声があちこちで上がる。最初に加瀬自身が言った通り通常なら予選を勝ち抜いて8位までに入ればレギュラー入りだ。その中でも補欠やら『特例』やらで何人か大会に出れない場合もあるが、せいぜい1人か2人。はっきり言って6位以上を取れば何位であろうと『レギュラー』である事には変わりない。そこまで上を目指さずとも―――それがほとんどの部員の考え。上を目指す者はまずいない。『上』の者を除いて。
 加瀬や瀬堂を始めとしてこの学校のシングルス陣はやたらと強い。完全にケタ外れだと言える程に。なのにその中で負けられるのは僅か2人だと言う。
 ―――ほとんど絶望的とも言える条件。やはり加瀬も烈をレギュラーにはしたくないのか。
 「ちなみに4位以下でしたら?」
 「何位であろうとレギュラー落ちだ。改めて9位のヤツに渡す」
 「なるほど」
 全く動じず頷く烈。レギュラー落ちを既に覚悟しているのか、それともどうせいざとなったら入れてくれるだろうという甘えか。
 ざわめく中、冷静だった2・3年の何人かがふと『それ』に気付いた。
 「3位? となると加瀬・瀬堂の下、か・・・?」
 「え? けど烈って最高4位だろ・・・?」
 「その
No.3が今はいないんだぜ・・・?」
 「じゃあもしかして・・・・・・」
 「烈が本当に『墜ちた』んじゃないなら可能、ってワケだ・・・・・・」
 「なるほど。そういう事か・・・・・・」
 ひそひそと呟く何人か。彼らの口には一様に笑みが浮かんでいた。この間の烈と瀬堂との練習試合を見ていたならわかる。彼は間違いなく今回レギュラー入りするだろう。自分の実力で。
 「他に質問ねーなら始めんぞ!」
 加瀬の言葉とともに、ランキング戦が始まった。この後の何人かの運命を変える、ランキング戦が。







・        ・        ・        ・        ・








 そして、ランキング戦が終わり・・・
 「さて・・・。で?」
 「何がだ?」
 「終わったけど、どうするの?」
 「ああ・・・・・・」
 後ろからの瀬堂の質問に、横向きに引っ張り出した椅子に座って足を組んでいた加瀬が、めんどくさそうな声を上げた。
 「そういやそんなんもあったっけ」
 「とぼけ?」
 瀬堂がくすりと笑う。隣では立ったままの三村がため息をついてクリップボードを加瀬に手渡した。
 今回のランキング戦、その結果の全てが載った1枚の紙。その中の一人、今回のランキング戦で加瀬・瀬堂に続いて第3位にランクインした後輩の対戦成績もまた。
 それを目を細めて暫く見やり―――
 「―――ま、これだけ出来りゃ合格だろ」
 「それじゃあ―――」
 「烈は都大会準々決勝、千城学園戦はシングルス3で決定だ」
 「つまり烈と当てる、と?」
 「元
No.3と現No.3。どっちが勝つか楽しみじゃねーか」
 「そのために千城戦、負けたとしても?」
 さらりと言われた言葉に、瀬堂と加瀬、2人が机に肘をついて三村を見上げた。
 鋭く目を細めた加瀬、相変わらずの笑みを浮かべた瀬堂。表情こそ違うものの同じ意味を込めた視線に、三村は淡々と続けた。
 「単純に勝つことを考えるなら
S3は瀬堂か加瀬にするべきだ。それに烈はダブルスから外すべきじゃない。あそこがダブルスが強いのは2人もよく知ってるだろ? こちらも少しでも強いダブルスをぶつける必要がある。烈と豪以外にいるか?」
 「お前ら兄弟は?」
 「俺はともかく直也は落ちただろ? 相変わらずお前が予選で俺に当てるから」
 「だったら直也君レギュラーに上げたら? 君の言い分なら部員も納得するんじゃないかな?」
 「部員はともかくあいつが納得しないさ。あいつにとっては実力だけが全てだからな。コネなんて以ての外だ」
 「は〜。真面目だなあ。お前ら兄弟は」
 「う〜ん。烈君がダブルスがいいって言うのはわかったけど、じゃあ
S3に僕か加瀬っていうのは?」
 わかってて『とぼけ』る瀬堂に、三村もまた肩をすくめて軽く言った。
 「別に。単純に実力の問題だ。お前たち2人ならあいつにも余裕で勝てるだろ? ダブルスで勝てないんならシングルスで3連勝する必要がある。あいつさえ潰せれば残り2人は何とかなるだろ?」
 「烈じゃ不満、か?」
 「確実に勝てる方法があるのにあえてそれを捨て勝負に挑む。この上なく不毛な争いだな」
 「負けねーだろ。少なくともそう簡単には、な」
 頭の上に手を組み、体を反らせて空を見上げる。呟いた彼の声は果たして誰の元へ届いたか。
 少なくとも、自分を見下ろす話し相手には届いたらしい。
 「簡単に負けるなら反対してるさ」
 「―――反対してねーのか?」
 「してないさ」
 この話の最初同様さらりと終わらせる三村に、さすがに顔を戻して加瀬が尋ね返した。
 「んじゃ今のは?」
 「あくまで確認。どっちかというと烈の代わりに誰をダブルスに入れるのか、そっちの方が聞きたい」
 「ああ、それだったら僕が豪君と組んで出るよ。どうせその様子だと
S1・2は君たち2人でしょ?」
 「出来んのか?」
 「出来るんじゃない? 僕と烈君は全体のプレイパターンが似てるからね。それに烈君のことならずっと見てたから大体わかるし」
 「ま、お前がそういうんなら大丈夫だろ。
  じゃ、オーダーも大体決まったし、今日は解散、と」
 「決まったか・・・・・・?」
 「まあ、とりあえず一番厄介だったところくらいは・・・・・・」
 半眼で問う三村に、瀬堂が苦笑する。
 さっさと椅子を片付け外へ出ようとしていた加瀬が、扉を開けて振り返った。
 そんな2人を見やり、
 「烈は今後関東・全国に行くんなら、それに俺たちが引退したあとには絶対必要な人材だ。今のうちに活入れとかねーとな。活入れんのがあいつならまさにうってこいだ。
  それに―――」
 「それに?」
 尋ねる2人に、にやりと笑う。
 「どうせ関東へ進めんのは5校。そこで負けても5位決定戦[コンソレーション]で勝ちゃいーんだよ」
 「後ろ向きか・・・・・・」
 「やだね。こんな人が部長の部活なんて・・・・・・」
 「うっせーな。いーんだよ。楽しけりゃ」
 ぱたぱた手を振って、加瀬はその手にまだ持っていたものに目を落とした。部活中、試合中のちょっとした出来事も全て記されるクリップボード。彼はこの後、ここにどんなものを載せさせてくれるのやら。
 「眠れる獅子の咆哮、ってか。さぞかしうっせーだろーな」
 「文法があからさまに違う」
 「それじゃ獅子寝っ放しじゃないか。ただのいびきだよ。確かにうるさい事には変わりないけどさ」
 珍しく叙情的な気分に浸っていたところで即座に突っ込みが入る。
 「本気でうっせーよ」
 「獅子が?」
 「お前らがだろ? マジで俺の小姑になるつもりか?」
 「嫌だね」
 「断る」
 「・・・・・・・・・・・・。そりゃよかった。俺も同意見だ」
 「何かな? 今の間」
 「そこまで気持ちよく断言されるとかえって返事には困るもんだな」
 「曖昧に答えれば答えたで嫌うだろ?」
 「そりゃこんなギャグに真面目に答えられてもな」
 「じゃあ次から真面目に答えよv」
 「やっぱそーいう展開かよ・・・・・・」
 などなど。結局今日も実りのある話し合いなのかそれともただのムダ話なのかいまいちよくわからない会話を続ける加瀬・瀬堂・三村の3人であった。
 果てさて、加瀬曰くの『眠れる獅子の咆哮』。都大会準々決勝では何が起こるのか。それは本番のお楽しみである。
 なんにせよ―――夜明けは近い・・・・・・。


―――『その前夜』 終わり












・        ・        ・        ・        ・        ・        ・        ・        ・

 さって始まりました新シリーズ。まあ今までレツゴでは『シリーズ』として位置付けたもの特にないんですけどね。これからは『シリーズ』ものとしてこれと高校生ver中心に、短編ものが時折ちまちま出てきそうです。
 異様なまでにオリキャラの多いこの話。多分読者皆様の受けはすばらしく悪いと思うのですが、どうっしても最強烈兄貴に見合う強い攻が書きたかった(爆)!!
 ―――まあそんな魂からの叫びはおいておきまして、イメージが掴みにくいでしょうので絵がつきました。そしてよりわかりにくくして下さい(2度目の自爆)。
 まあそんなのは放っておきまして(やはり2度目)、ではこれからもこの変なシリーズ、嫌わずにいてやってくれるととても嬉しいですv

2003.5.26


P.S.しっかし、確か加瀬部長が最強のはずだったのに・・・・・・気が付いたら瀬堂先輩の独壇場になってたような・・・・・・。