静から動へ Crush


<後編>







 部活途中で―――
 「あ・・・・・・」
 「どないした? 烈」
 「ガット・・・切れちゃった」
 のんびり呟く烈。目の前に翳したラケットのガットは確かに1本切れていた。
 隣で覗き込み、不来がにやりと笑う。
 烈の肩に手を置きやれやれといった感じで首を振り、
 「あかんなあ。物は愛情もって接せんと」
 「念のため言っておくけど別に手入れサボってるとかそういう理由じゃないからな。瀬堂先輩にカウンター教わってた時強度[テンション]下げたところどっかの誰かが力任せにばこばこ打ってきたから消耗したっていうだけで」
 「お前自分の失敗弟になすりつけたらあかんで」
 「お前だお前!! とりあえず加瀬部長に話を持って行かなかった根性のなさは好感持つけど!!」
 「うっさいわ!! そこは突っ込むなや!! あの人ヘタに話題に上げたら何返って来おるかわからんやん!!」
 「―――まあまあ2人とも。しっかり話は周りに聞こえてるから烈君も構わず交換してきなよ」
 「そうですか。ありがとうございます」
 仲介役に入った瀬堂へ後ろめたさ0で礼を言い、烈はぱたぱたと部室へ向かっていった。





 部室に向かう兄を横目で見送り、
 「あ、やべ。タオル忘れてきた」
 「はあ? お前もドジだなあ。さっさと取って来いよ」
 「サンキュー」
 打ち合いをしていたヤツに軽く手を上げ、豪もまた部室へと向かった。





 「―――ところで君も行く? 部室」
 「・・・・・・なんで俺まで行かなあかんのですか?」
 「だって気になるでしょ?」
 「・・・・・・・・・・・・別に」
 「じゃあ僕行って来よう♪」
 「ちょい待って下さい先輩」
 「君も行く? 部室」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  行かせていただきます」







・        ・        ・        ・        ・








 「ガットが切れた、か・・・。やれやれ。瀬堂先輩のレベルにはまだまだ程遠いな・・・・・・」
 ガットが切れるのは余計な力がかかっていたからだ。天才たる瀬堂ならば決してそんな失敗はしないだろうに。
 手にまでその負担が行っていないかと、こきこきと手首を鳴らしつつ烈が左手で器用にラケットを取り出す。それ様には調整されていないラケット―――本来の自分のラケットを。
 「まあ、僕は凡人だからね。凡人は凡人のやり方で行けばいいか」
 元々完全に彼の真似が出来るとは彼自身も思っていなかっただろう。いや、真似だけならば出来るのか。そこから自分のものとして発展できないだけで。
 だが教わった事は決して無駄ではない。無駄にするような愚行を犯すつもりはない。完全には無理でもアレンジすれば十二分に自分のテニスにも取り込める。それが見様によっては今回の対戦での一番の成果か。
 などなど考え、テニスバッグを片付け立ち上がろうとして―――
 「―――豪?」
 振り向いた先、意外と近くにいた弟に烈はきょとんと首を傾げた。ロッカーは利便性を考え学年順に並んでいる。別に自分がいつまでもいたせいで物が取り出せなかったなどということもないだろうに。
 「どうした?」
 完全に立ち上がり、体も豪の方へ向ける。物を取りに来たのでないのならば後やる事はひとつ。
 いつも通りの微笑で話を促す烈。意を決されたように、豪もまた顔を上げた。
 上げ、問う。
 「兄貴さ、アイツ―――不来とどういう関係なんだ?」
 「え・・・・・・?」
 動揺が、走る。
 昨日までならためらいなく答えられた。「全力を持って滅するべき相手だ」、と。
 思い出すは昨日の事。



 ―――『これが・・・、俺の気持ちやから』
 ―――『うん。僕もだよ・・・・・・』




 一瞬触れた唇同士にこの言葉。結論はもちろん1つしかないわけで。そしてそれを『肯定』した自分と彼はいわゆるところの『恋人同士』となるのだろう。
 思い出した上で―――
 「何言ってんだよ? ただのライバルだろ?」
 烈は笑顔を崩す事無くそう答えた。
 「ライバル? 他には?」
 「他? 何があるんだよ?」
 「だから、その・・・・・・」
 真っ直ぐ見つめていた瞳が逃げるように逸れていく。それを戻したくて、
 「後あるとしたら・・・・・・親友、かなあ?」
 悩んだ振りをして、烈はあっさりと言い放った。
 「ホントか!?」
 ぱああ・・・と花の咲き乱れそうな笑顔で豪が詰め寄ってくる。
 両肩を掴まれ、その本当に嬉しそうな笑顔に烈もまた妄想にすらならなかった願望を胸に抱く。
 (まさか・・・・・・)
 先の展開を予想し、歓ぶ烈には罪悪感など一片足りともなく。
 「俺・・・俺烈兄貴が好きなんだ・・・!!」
 不器用な告白と共に近付いて来る顔をさらに引き寄せ―――
 豪と唇を重ねる。一瞬では終わらないそれ。気持ち良さに、瞳を閉じ・・・。
 どれだけ経ったのだろう。離れていく弟の頬を優しく撫で、ふんわりと笑い、
 「俺も好きだよ、豪」
 今度はためらいなく答える。
 顔中に、体中に喜びを表す豪。烈の事をきつくきつく抱き締め、
 「よかった・・・・・・」
 ただそう、ぼそりと呟いた。
 震える背中をぽんぽんと叩いてやる。頬擦りしてくる豪に幸せを感じ―――
 豪がぱっと離れた。真っ直ぐな目でこちらを見つめ、














































 「じゃあさ兄貴、兄貴はずっと俺のモンだよな?」

















































 「え・・・・・・?」
 再びの戸惑いの声。上げながら・・・・・・、
 ――――――無意識の内に、豪を突き飛ばしていた。
 「兄、貴・・・?」
 軽くたたらを踏んで、それ以上の軽さで首を傾げる豪。
 そんな彼に、
 覚えたのはもう歓びではない。
 「いまお前、何て言った・・・?」
 底冷えする寒さで問う。誰よりも、自分自身が。
 それでも見た目だけは平静さを保っている。自分を演じるのには慣れたものだ。豪には気付かれてはいまい。
 実際―――
 「え? だから、『兄貴はこれからずっと俺のモンだよな?』って」
 どうやら聞き間違いではなかったらしい。若干台詞は増えていたが。
 きょとんと聞いてくる豪を、
 烈は拳を固め、思い切り殴りつけた。
 がん!!
 見た目で誤解されやすいが、これでも体術には自信がある。最もアメリカにて一緒に護身術を学んだこの弟ならばよく知っているだろうが。
 逆側ロッカーまで吹っ飛んでいく豪。蹲る弟を冷めた目で見下ろし、
 「さっきの言葉、訂正する。
  お前の事は好きじゃないよ」
 「な・・・んでだよ!!?」
 聞かされ、
 豪が起き上がり、詰め寄ってきた。
 伸ばされた手を、
 ぱしりと振り払う。
 「お前で考えろ。じゃあな」
 全く感情を感じさせない声で別れを告げ―――
 烈は豪に背を向けた。





 喜んだり黙り込んだりケンカしたりとひたすら急がしい兄弟漫才をドア越しに聞きながら、
 「・・・・・・・・・・・・」
 不来は無音で扉から2歩3歩と後ろ向きに遠ざかっていった。







・        ・        ・        ・        ・








 (豪の・・・バカヤロ・・・・・・)
 唇を噛み締め、泣き叫びたいのを堪える。『兄』としてのプライドか。この場では、そうしたくなかった。
 俯いたままドアを開ける。振り向かないよう後ろ手に閉め、
 「―――お? どないしたん烈? ずっと俯いとって。小銭でも落ちてたん?」
 向こう側から歩いてきた存在に、烈はゆっくりと顔を上げた。
 「不来・・・・・・」
 呼びかける。咎めるように。
 決して彼に非があるわけではない。彼はたまたま通りかかっただけだ。そう、わかってはいても・・・・・・
 上げた視線が、落ちる。投げ上げたボールが重力に従い落ちて来るような動き。だとすれば『重力』というのは彼への罪悪感か。自分はもう、彼の隣にいる資格はない。
 再び俯き、横をすり抜けようとする烈。すり抜けたところで―――
 「眼鏡汚れてもうたわ。拭かなあかんなあ」
 そんな呟きが聞こえた。
 ふいに気付く。今部室に入ればそこにいるのは・・・
 「待っ・・・!!」
 しかしながら、そんな烈の懇願を無視するように、
 がちゃりと、やけに重い音を立ててドアは閉められた。







・        ・        ・        ・        ・








 中へ入った不来。そこにあるのは―――まあ別に変わった光景ではなかった。
 ロッカーに背中を預け、項垂れる豪。ドアの開閉音に、期待を乗せた瞳を上げ―――
 ―――入って来たのが目的の人物でなかった事により、あっさり興味を無くし下がっていった。この辺りの動かし方はさすが兄弟。
 気にせずのんびりロッカーに―――豪の方に近付きながら、
 不来は歩み以上にのんびりと呟いた。
 「残念やったなあ。せっかく告白したんにあっさり振られおって」
 「お前聞いてたのかよ!!」
 詰め寄ってくる豪。相手こそ違うものの、先程と同じ展開に、
 不来はやはり烈同様、伸ばされた手をぱしりと振り払った。
 振り払い―――逆に襟を掴み上げる。そのまま豪をロッカーに押し付け、
 烈以上の冷めた目で、言葉を発した。
 「お前烈舐めるんもええ加減にせえよ」
 「何、の事・・・・・・」
 苦しげに豪が問いてくる。理解の悪い彼に、掴み上げていた手にさらに力が篭る。
 「ぐ・・・あ・・・・・・」
 怒りよりも酸欠で赤くなっていく顔。抵抗が弱まったところで、不来は手を振り払った。
 部室の床を転がり咳き込む豪を見下ろす。烈を侮辱された苛立ちはとてもこんなものでは収まらない。しかしながら―――
 不来は転がる豪に近寄り、再び襟を掴んで引き上げた。また何をされるのかと震える豪だったが、
 次に不来から来たのは、直接的な暴力ではなく言葉によるそれだった。
 「お前烈の事何やと思とるん?」
 「何・・・って、そりゃ俺の兄貴で好きなヤツで―――」
 「でもって、お前の所有物か?」
 「な・・・?」
 「言うたやろ? 『お前は俺のモン』っちゅー感じの台詞」
 「それは、そういう意味じゃ―――!!」
 「ないんか? ホンマに違うんか? 言葉のアヤや言い切れるん?」
 「言い切れるに決まってんだろ!?」
 会話している間に回復したらしい。今度は豪が不来の襟を掴んだ。
 体勢の問題というだけではなく、やけにあっさりと倒れこんでくる不来。男女どちらだとしても勿体無いほどの綺麗な顔が、折り重なるほどの至近距離に寄って来る。
 ―――が、そこには微塵の甘さもなく。
 「ほお。つまりお前は烈を自分と同じく独立独歩の人間やと認めるっちゅー事か?」
 「そりゃもちろん―――!!」
 「せやったら―――
  ―――なして今日告白したん?」
 「は・・・?」
 わからず豪の勢いが止まる。畳み掛けるように、不来が言葉を続けていった。
 「俺が出てきたからとちゃう? 俺が出てきて、烈取られる思たからとちゃう?
  それこそお前が烈を自分のモノや思とる証拠なんとちゃうか? おもちゃ取られて怒る子どもと同じやで、今のお前」
 「俺は、そんな事―――!!」
 「思とらんのかホンマに。口先だけで否定するんは簡単やで? 心の中でも、本当に思とらんのか?」
 「〜〜〜〜〜〜!!!」
 唇を噛み締め俯く豪。どうやら思い当たる事はあるようだ。
 力の抜けた豪の手をどけゆっくりと起き上がると、不来は目的どおりロッカーへと向かった。
 何事もなかったかのようにロッカーから眼鏡拭きを取り出し、汚れを拭き取っていく。今見た全てという、汚れを。
 眼鏡をかけずに、もう一度振り返る。どちらであろうと映る光景は同じ。当り前だ。何より汚いのはどうやっても拭き様のない自分自身なのだから。
 それでも―――
 あえて不来は、汚れた道をさらに一歩踏み出した。それは烈と自分、果たしてどちらのためなのか。
 「もう一度だけ言うたるさかい。
  お前烈舐めるんもええ加減にせえよ」
 言い、
 不来は外へと出て行った。狭い鳥籠の中の、見た目だけの外へと・・・・・・。







・        ・        ・        ・        ・








 雰囲気出しなのかなんなのか、見た者にはどう映るのだろう。
 とりあえず自分としては会話のタイミングを遅らせるため、不来もまた俯いて部室から出た。後ろ手にドアを閉めてから、顔を上げる。横向きに。
 予想通り、そこには壁にもたれて烈が立っていた。
 「聞いとったんか?」
 「わかってるくせに」
 不来の茶化しに、烈が薄く笑って応える。先程は無視したのに。
 機嫌が上昇した―――のではもちろんない。表面だけに笑みを張り付かせ、無理矢理平静さを保っている。
 あるいは爆発寸前で何とか堪えていると評するべきか。だからこそ笑みが浮かぶ。上がったテンションの捌け口として。
 軽くため息をつく。さて自分はどうするべきか。
 手を差し伸べるか、それとも無視するか。尊重するのは自分の望みかそれとも烈のプライドか。
 考え、
 苦笑する。
 今更何をいい人ぶっているのだろう、自分は。
 この限りなく汚い手で、邪魔者を突き落としてきたばかりだろう?
 誰でも持つただの嫉妬心を、逆に利用した。互いに少し考えれば気付いただろうに、自分はその機会を奪った。
 同じ手を、差し伸べればいいだけだ。今の烈ならば、その手はさぞかし綺麗に映るだろう。誰よりも綺麗な烈ならば。
 苦笑したまま、
 不来は烈の頭を帽子越しにぽんぽんと叩いた。
 茶化し口調のまま、続ける。自分を偽る事はもう慣れてしまった。
 「お前の弟にはしっかり反省させたさかい。もうお前の事そないに軽くは見いへんよ。ほなな」
 軽く手を上げ、歩き去る。綺麗な彼を、汚染する前に。
 と―――
 「待って!」
 言葉と共に、ポロシャツの裾を掴まれた。
 振り返りが一瞬遅れる。動揺が現れた。
 「・・・なん?」
 務めて平静に問う不来。だがその心配は無用だったらしい。
 不来以上に動揺していた烈は、振り向いた後も何を言えばいいのかわからないらしく、なおも裾を摘んだまま手先で弄くっていた。
 暫くし、
 ようやっと、意を決す。
 「怒らないの・・・? 僕の事・・・・・・」
 「何でや?」
 「全部・・・・・・聞いてたんでしょ・・・?
  僕は、君を利用した・・・。離れたくないから、好きだって言って・・・・・・なのに、何もないフリして君の事ただの親友だって言った・・・・・・」
 「まあ、『全力を持って滅するべき相手』からランクアップしたんは喜ばしい思たけどなあ」
 「ふざけんなよ!!」
 感情の制御に失敗したらしい。泣きそうな顔で怒鳴ってから、落ち着けるように何度か呼吸をする。
 客観的に観察出来るのは、恐らく自分自身をもまた離れた場所から見ているからだろう。それこそ茶番劇だ。今考えている『自分』は客として成り行きという脚本により作られた劇を見るだけ。
 劇が続く。落ち着いてきたらしい烈が口を開いた。
 「僕は・・・・・・君にこんな事してもらう資格はないよ・・・? 今すぐ怒られて、嫌われて当然なのに、なんで・・・・・・」
 (『資格』、なあ・・・・・・)
 だとしたら自分こそ烈のそばにいる資格はないというのに。せっかく作り上げた友情という宝石を、恋愛感情などという汚いもので粉々に砕いた。彼の気持ちがどこに向いているのかなど、最初からわかっていた上でなのに愛し続けた。その上、見返りを求める。
 そして―――全てを隠す。
 なんで怒らないのか。なんで嫌わないのか。答えは簡単だ。それこそ『資格』がないから。
 そして・・・・・・・・・・・・それすらも隠す。
 烈の頭へ再び手を伸ばす。今度は撫でてみて。
 「烈」
 囁きかける。優しさだけを湛えた声で。
 呪文のように続けられていた懺悔が、ぴたりと止まった。
 「自分苛めてもオモろないやろ? 泣きたいんやったら泣きいよ」
 汚い手。触れてきたのは烈の方・・・・・・
 「でも、だから僕は―――」
 なおも抗う烈へと、決定打を打ち込む。
 それこそ呪文。翼をもぎ取り、がんじ搦めにする呪縛のための文言。
 「俺の前でやったら気にする事あらへんやろ? お前のヘンなトコならいくらでも見慣れとる。むしろそないしゅんとなられる方が張り合いなくて気ぃ抜けるわ。
  ああ、安心しい。泣いてデロデロになったお前は後で指差してぎょうさん笑い飛ばしたるさかい。もちろん証拠写真は忘れんよ。でもって汚したポロシャツのクリーニング代は3倍請求な」
 「何だよそれ・・・。大体ポロシャツなら手洗いで充分だろ・・・?」
 くっくっくと烈が笑った。
 笑って・・・
 ―――ぽすり、と、胸の中に倒れこんできた。
 制御から外れた感情。檻の中という絶対安心空間で、ようやっと解き放たれたそれが自由に翼広げ舞い踊る。
 くしゃりと握られたポロシャツ。涙で濡れ、肌までそれが浸透する。冷たさと、熱さが。
 「好きだったんだ・・・! 本当に好きだったんだ・・・!! 一生届かなくても、それでもいいって思ってたんだ・・・!!
  アイツに好きだって言われて、嬉しかったんだ・・・! 嬉しかったんだよ・・・!?
  なのに・・・・・・・・・・・・!!」
 顔を上げてくる。熱い涙で飾られた顔を。
 「ねえ・・・、アイツにとって僕って何? 1人の人間として見てもらいたいって、僕のワガママ?
  所有物としてでも愛されるなら、そっちの方が幸せだったのかなあ? 僕はどっちを選ぶべきだったの・・・?」
 答えるべき答えを、知っている。
 答えてはいけない答えもまた、知っている。
 さあ、どちらと答える?
 (そんなん簡単やな。





  ――――――どっちとも答えん





 豪のところへ戻れとも、自分のところにいろとも。
 選ぶのは烈自身だ。自分が導く権利はない。
 何も答えず、
 不来はただ烈をそっと抱き寄せ頭を撫でるだけだった。
 恋人ではなく、さりとて親友にも戻れない自分達。果たしてこれからどうなるのか。それはもう誰にもわからず。
 ただ、
 ―――今だけでも、一緒にいたかった。
 静かな空間に、烈のしゃくり声だけが広がる・・・・・・・・・・・・。





 部室にて、全てを聞きながら・・・
 「なあ兄貴・・・。
  俺たちは、どっから間違っちまったんだろうな・・・・・・」
 豪は独り、顔に手を当てぽつりと呟いていた。













































・        ・        ・        ・        ・








 「あ〜っはっはっはっはっは!! お前白目まで真っ赤!! ホンマうさぎさんやん!!」
 「・・・・・・・・・・・・本気で笑われてるししかも指差されて」
 しゃくり声の収まった部室前では、今度は笑い声と呻き声が広がっていた。
 「痛〜!! 腹痛ぁ〜!! 黒目のヤツそないなりおってもああ充血しとうなあ思うだけやけど、赤目のヤツがなるとホンマうさぎなんやな〜! オモろ〜!! 今度直也でも試してみよか〜!!」
 「・・・・・・そりゃ慰めてもらったとか利用してたとかいろいろあって結果的に借りになってるわけだから僕は何も言わないけどさあ」
 「あ〜でもお前の泣き顔っちゅーんも珍しいモンやったなあ。もっと鑑賞しとけばよかったわ」
 「・・・でもさすがに限界ってものがあると思うんだ。借りだって無限にあるわけじゃないし」
 「なあ烈、また泣いてくれへん? 今度はじ〜〜〜っくり鑑賞するさかい」
 「そろそろキレてもいいか(にっこり)?」
 「あ! 何やったら啼き声でも可―――」
 どごすっ!!
 期限終了。
 蹲り、二重の意味で痛めた腹をさする不来を見下ろし、烈はそれっぽい雰囲気を出しながらぱんぱんと手をはたいた。
 「よし」
 「何が『よし』じゃあ!!??」
 頷く烈に、再起不能と思われていた不来ががばりと身を起こしてくる。
 「何だ不来。生きてたのか」
 「おう生きておったわ!! ちゅーかお前のために地獄の底から復活してきたわ!!」
 「地獄に落ちた事理解してんならそれでいいだろうが。何復活してんだよ?」
 「俺が地獄行きやったらお前も同罪やろが!! 連れてくために復活したんよ!!」
 「僕が? 品行方正な優等生君で通してるこの僕が?」
 「『通してる』言う時点で実際は違うのの証明やろが!!」
 「ちっ・・・」
 「何やねん今の舌打ち・・・」
 「気にすんなよv
  で? 何だって?」
 「痛ったいわあ!! 何すんねん!!」
 「しっかり事前予告しただろ!? それでもなお止めなかったお前の責任だろうが!!」
 「それ言うんやったらお前こそ、最初に俺宣言したやろ!? 『泣いてデロデロになったお前は後で指差してぎょうさん笑い飛ばしたるさかい。もちろん証拠写真は忘れんよ。でもって汚したポロシャツのクリーニング代は3倍請求な』って!!」
 「ンなのさらっと流せ!! 一字一句間違えずに覚えてんなよ!!」
 「お前も覚えとるやん!! 覚えとる時点で誤魔化しは聞かんで!!」
 「さあ〜。何のことだかさっぱり」
 「聞かん言うたやろが!!」
 「聞けよちょっと位。頑固だなあ」
 「何お前1人で拗ねとんねん! そないに口尖らしても聞かんモンは聞かへんからな!!」
 「『不来はやはり頑固』、と・・・」
 「ちょお待ちい!! 何メモっとんねん!! そのメモ帳見せい!!」
 ばっ!
 「あ・・・」
 何もなくなった手元を呆然と見下ろす烈。つまりは見られても構わないという事か。本気で見られて困るならこんなワンテンポ遅れた反応は見せない。
 (見られてええ理由は・・・・・・)
 嫌な予感を胸にガンガンに鳴らし、不来はそっと表紙を見やった。ご丁寧にタイトルが記されている。そのタイトルは―――





 《不来の生態調査》





 ばん!!
 ぐしゃ! ぐしゃ! ぐしゃ!
 「何やこのメモ帳は!?」
 「タイトル通りの物件」
 「何で俺が調査されなあかんねん!! しかも『素行』やのうて『生態』なんかい!!」
 「お前の日々の言動にはとても興味深いものがあって」
 「そないなんは三村先輩に任せい!!」
 「実はその三村先輩の依頼なんだけど」
 「み〜む〜ら〜せんぱ〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!」
 「―――呼んだか?」
 「うおホンマ来おったし・・・」
 「そりゃ学校だしな。なかなか2人して戻って来ない挙句部室前でそれだけ騒いでれば嫌でも目に付くだろ」
 「そうですよねえ。迷惑ですよねえ」
 「お前あっさり寝返りおって・・・!!
  三村先輩! 質問なんですけど、このメモ帳何ですかいな!?」
 「見たとおりただのメモ帳だろ? 開いたら爆発とか水に溶ける探偵メモとかには見えないが?」
 「そないな物理的に斬新なモンは求めとりません。
  何ですかそのタイトルと内容は!!」
 「何だ烈バレたのか。調査は秘密裏に行うのが原則だぞ。そうしないとターゲットに行動パターンを変えられる」
 「はい。申し訳ありませんでした」
 「そこ。
FBIとかKGBとかの微妙にスゴそうな団体ちっくな会話止めい」
 「ところで烈」
 「はい?」
 「さらっと無視ですかいな・・・」
 「お前目どうしたんだ? 腫れてるぞ」
 「それがですなあ三村先輩、コイツ―――」
 「不来に苛められたんです。僕もう悲しくって。しくしく」
 「うわめっちゃ棒読みやなあ・・・。そない白々しい台詞よう言えるで。心底感心するわ」
 「え!? それは烈君の一大事じゃないか!」
 「不来! お前烈に何した!?」
 「・・・・・・瀬堂先輩に加瀬部長まで」
 「・・・お前も実はまさか来るとは思とらんかったやろ?」
 「う〜ん・・・」
 「・・・・・・。もうええよ。この先の展開はめちゃめちゃ読みやすい」
 「瀬堂。加瀬。
  どうやら不来が嫌がる烈をその手にかけたらしいぞ」
 「どこまで話進めた結果ですかそれは!!」
 「そ、そんな・・・・・・」
 「不来・・・。お前ついに・・・・・・」
 「信じはるんですか? 信じはるんですか先輩ら・・・」
 パン! ポン!
 「おめでとう不来君烈君!」
 「お前らよくやった!!」
 「今日は赤飯決定だな」
 クラッカーの音にやられたはずの耳(クラッカーの本数はゆうに
30本は越えていた)にも、なぜか彼らの言葉は良く聞こえた。
 紙テープまみれになりながら、
 2人は顔を寄せ合ってぼそぼそと呟いた。
 「ごめん不来。自分で種蒔いといてなんだけどさ・・・」
 「ああようわかっとる・・・。俺もついて行けへんわこの先輩ら・・・・・・」
 「うん・・・。僕もそう思う・・・・・・」







・        ・        ・        ・        ・








 恋人ではなく、さりとて親友にも戻れない自分達。果たしてこれからどうなるのか。それは誰にもわからないけれど。
 それでもただ、





 本当に出された赤飯と、興味深々に2人を囲む部員一同を前に、
 「ま、えっか」
 「そうだね」
 2人は目を交わし、にっこりと微笑み合った。





 それでもただ・・・・・・















































 ――――――――――――この笑顔をずっと見ていたいと、そう願った・・・・・・。







―――『<ハマる>瞬間』 終わり












・        ・        ・        ・        ・        ・        ・        ・        ・

 ぱっと見素晴らしく不来が不幸です。が、よくよく考えずとも横槍入れてきたのは不来ですので、実はこの話不来のみが自分の願いを叶え幸せになっていたり。
 というワケで『
crush』後半。ついに無敵のこの人、烈がハマったようです。そして私は違う意味でハマりました。某別ジャンルでわからん各方言を書いていたら、不来の口調が怪しくなってきました。おかしいなあ。関西弁(ちっく)はまだ楽に書けてたのに・・・・・・。そんなこんなでおかしい箇所があったら申し訳ありません(泣)。
 そして後半書いて2ヶ月か〜・・・。展開考えてからはもうどれだけ経ったか・・・・・・(遠い目)。そしてこの期間が何だか恐ろしい結果を生み出しました。不来が黒い! 最初は片想いでも烈を受け入れる真っ白キャラだったのに・・・!! なぜむしろ烈の方が白っぽい!? なのでこれからは黒不来×白烈となりそうだ。ヤバい! ヘタにライバルとか用意しちゃうと、烈はドツボで落ち込み不来は完全滅殺してしまいそうだ!
 ・・・などと微妙に今後の予告(アバウト過ぎ)をしてみました。今後・・・。さてどうするか・・・。この展開だと当り前の話関東大会突入でしょうが。しかしその前に出張るだけ出まくる他のキャラの補足はすべきか・・・。特に3年トリオ+
web拍手御礼に先直接出した直也。なので、今後は関東目前のインターミッション的話になりそう? です。あるいは読み切り風に出していくか。そして関東・・・。ついに来ました。東京以外に周りの県も出てくるわけですねえついに。どこの強豪が出てくるか―――まあそれこそ某別ジャンル(あくまで名前は出さず)を読まれた方はかなり予想がつきやすいでしょう。ただしパクリキャラは別の人になりますが。
 ではこれからも思いつきで続いていく(開き直り)このシリーズ、末永くよろしくお願いします・・・・・・。



 
PSところでこの話というかこの前の話からですが、書いていて思った事。
 ―――もしや超健全極まりないシリーズになる?
 この様子ではキス1つ持って行くのも四苦八苦合わせて
12苦むしろ掛けて32苦しそうです。いや何かがあって欲しいと望む気持ちがそうあるわけでもありませんが、不来×烈とCP銘打った意味が本気でなくなりそうです。よく言えば友達以上恋人未満。悪く言わずとも他の人にあっさり先越されそうなスローステップ。3歩進んで3歩どころか35歩下がるペースで進行していきそうです。・・・・・・後ろ向いて歩いた方が遥かに早そうだ。

2004.8.2~10.17