その時シオンは、
 最早何時間ぶりだか数える気も失せるほど久しぶりの眠りについていた。





Dreaming

           −だんご帝国への道しるべ−





 深い深い眠りの中、夢さえ見ないはずのその空間で、
 シオンはなぜか広大な草原にいた。
 見渡せば―――見渡しても、背の低い草しかなくて、遠くの方にはかろうじて山脈や森が。見上げれば蒼い空と白い雲。そして・・・・・・
 自分の隣には、遠く離れた場所にいる筈のライナとフェリスがいて。
 自分達3人は、この広大な草原で、
 ―――だんごパーティーを開いていた。





 「は〜。のどかだ・・・・・・」
 だんごをもしゃもしゃ食べながら空を見上げ、ライナがそう言う。
 「うむ。だんごパーティーには実にいい」
 フェリスもまた、綺麗な金髪を風になびかせ頷いた。
 それを聞き・・・
 シオンはこれが夢である事を知った。
 (のどか、か・・・・・・)
 今のローランドに、いや、今の世界に『のどかな場所』などどこにある?
 小さな幸せは、大きな戦乱の前になんの意味も持たず。
 弱き人々は、ただ世界の作り出す強大な渦に巻き込まれるしかなくて。
 ライナを見る。フェリスを見る。
 上を向いたままだんごを食いつつ寝るなどという窒息死確実の神業をやりそうなほどに緩んだライナの瞳。とりあえず実践すると本気で死にそうだからその前に起こすべきか。
 いつもの無表情でだんごを食う―――丁度だんごを置きお茶を手に取ったところだが―――、しかしながら微妙に嬉しそうなフェリスの瞳。どれだけ各国だんご食べ歩きをしようとやはりウィニットだんご店はまた格別か。
 こんな2人を見ていると、むしろ世の中に争いがある事の方が不思議に思う。
 誰もが笑って暮らせる世界。それはひどく遠いようで・・・・・・
 ・・・・・・もしかしたら、こんなにも近いのかもしれない。
 (なんて、ホントにそうだったら俺も楽なのにな・・・・・・)
 現実はそんな上手くいくわけもなく。
 この2人だっていろいろある中でのつかの間の休息のつもりなのだろう。
 だからこそ、それを十二分に堪能する。
 「・・・・・・って、おーいシオンー」
 ぺちん。
 緩みきったライナの声と、抜けまくった頬への平手打ちと。
 意識を戻せば、いつのまにかだんごを食い終わり串を片手にこちらを向くライナと、これまたいつの間にかお茶からだんごに戻りぱくぱく食べながらもこちらを向くフェリスがいた。
 「なーにお前は辛気臭い顔してんだよ」
 「ふむ。あれだな。悪逆非道にして陰険な王はこのような空の下でもまた、如何にしてお前を苛め日々の鬱憤を晴らすかそんな妄想をしているのだ」
 「って俺限定かよ!?」
 「当然だ。妄想しながらそんな暗い顔になる相手などお前以外誰がいる?」
 「・・・・・・・・・・・・ちなみにお前の場合は?」
 「私か? この天上天下唯我独尊たる美貌を誇る私を思い浮かべたならば誰しもがあまりの幸せさに顔を赤くし息を荒げ涎を垂らし―――」
 「ちょっと待て!! 微妙にシャレになってねえから止めとけそこで!!」
 「む・・・。
  そんなわけでこのように日々危険な思想を抱いている王はこの色情狂ともども一度頭を冷やした方がいい。ついでにこの大空を飛べたりなどすればそのような邪念は振り払われるだろう」
 と、どこにあったか木の腰掛けについたままで、フェリスが腰の剣をきゅいんと引き抜き思い切り振りかぶる。そのまま振ると、丁度座ったままのライナとシオンの首が刎ねられるコースだ。
 「だから待てっつってんだろ!? 何で俺までいっしょくたなんだよ!?」
 「って俺だけ見捨てる気かライナ! お前のやる気無しビンタならともかくフェリスのノリだけで首刎ねなんて避けられるワケないだろ!?」
 「知るか!! 俺だって避けらんねーよンなモン!! そもそもアイツはお前ンとこのだろ!? 責任持ってお前が殺されろ!!」
 「今じゃお前の相棒だろうが!! 相棒の手にかけられて死ねるんならそれがいいだろ!?」
 「全っ然!! よくねえよ!!!」
 「―――どうやら話はまとまったようだな。2人ともそんなに私に殺してもらいたいか。止めようかとも思ったがそこまで頼まれては私も断れない。では私もその強い思いに応え、一息でスパッと―――」
 『なんでだあああああああああああ!!!!???』
 のどかな筈のところに、悲痛極まりない2人の声が響き渡る・・・・・・。





 なおも暫しなだめ、すかし、おだて、謝り、何もやってないのに何で俺たちはこんな事をやってるんだろうとボヤき振り出しに戻り・・・・・・。
 ようやく場が再び落ち着いたところで、ライナがシオンにだんごを1本差し出した。
 「ま、何考えてんのか知んねえけど、とりあえずこれでも食えよ。いい天気に美味いだんご、食って昼寝でもすりゃ最高だ。悩みなんて吹っ飛ぶぞ」
 「ならばこの茶も飲め。古今東西だんごに茶はかかせないものだ。なにせだんごは茶のため、茶はだんごのため、そして2つは私のために存在するのだから」
 「まったお前は・・・・・・。さりげに今のはだんご職人にも茶の職人にも失礼だろ・・・・・・」
 「ん? 何か言ったかライナ?」
 「いえ何も。ですからお願いですから茶器振りかぶるのは止めてください。お前にぶつけられると茶器の前に俺の頭蓋骨が割れそうです」
 「そうか。ふふ」
 「ってお前今俺のこと思いっきり笑っただろ!?」
 「違う。思い切り笑うというのはこういうものを指すのだ。
  『ははははははははははははははははあはははははははははははははははははっははははははは』」
 「うわお前の無表情でやられるとすっげームカつく。しかも途中で微妙に変えやがって・・・・・・!」
 握り拳を震わせるライナが・・・・・・ふと眉を顰める。
 「ん? そういうわりにお前けっこーよくだんごだけ食ってねえか?」
 敵に追われたり、逆に追ったりする際、確かフェリスはだんごとあと剣しか持っていなかったはずだ。
 フェリスもなかなか痛いところを付かれたのか、む・・・と一声呻いた。
 「確かにどうしようもない緊急事態の場合は止むを得ず両方セットにはならないことがある」
 「へ〜。お前も一応戦闘中はそれなりに緊張してたんだ」
 ちょっぴり感心しつつ言う。が、
 「何をわけのわからない事を言っている? 私はただ、村や町を遠く離れた場所ではだんごが手に入らないため仕方無しに茶のみを飲んでいるという話をしているのだが。地方によっては長期保存に向いただんごというのもあるそうだが、あの弾力と粘りがないようなものはだんごとは呼べん。だからこそ私たちの道中には徒歩1時間置きにだんご屋を作ることを推奨する。王」
 「いや・・・。さすがにそれは無理だろ・・・。というか今お前らいるのローランドじゃないだろ・・・・・・?」
 いきなり振られた話題というか無茶な要求に、シオンが引きつった笑みで答える。と、
 「ちっ。役立たずが・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 今、もの凄く理不尽な理由で見下されたような気がするのは気のせいだろうか・・・・・・。
 ため息をつき、そして・・・・・・
 「はあ・・・。じゃあ平和になったらその暁には各国にそう掛け合ってみようか」
 もしもそれが実現したとしたら、どんなに素晴らしいことだろう。各国の王へと、陥れるために同盟を結ぶのでも、牽制するために訪問するのでも、ましてや戦争を仕掛けるために宣戦布告するのでもなく、ただだんご屋を作ってくれ、それだけを頼みに行く。そんな事を、頼みに行けるほどに、どこも平和で。
 それに、フェリスが大きく頷いた。
 「うむ。それがいい。そうすれば各国はよりよいだんごを作るのに忙しくなり戦争どころではなくなり、それを食べた者たちには等しく幸せが訪れ、そして貴様の首もまた繋がる」
 「・・・・・・っておーい。出来なかったら俺殺されるの決定?」
 「当然だ。何のために貴様を王にしたと思うんだ?」
 「陰謀か!? これはエリス家の陰謀なのか!?」
 「その通り。なにせ私がこの提案を出したところ、兄様も笑って賛成した。極めて珍しいことだ。兄様が私の案を受け入れるなど。やはりだんごの力はそれだけ大きいのだ」
 「ル〜シ〜ル〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 無償に泣きたくなる。まさかあのルシルがこんな理由で自分を王に据えたのではないとは思うが・・・・・・あの全く読めない男を思うと、実はそれが理由だったと言われても納得出来るような・・・・・・。
 「は〜。もういいよ。
  くっそ〜・・・。平和になったら絶対そこら中だんご屋だらけにしてやる・・・。まずはローランドから・・・・・・!!」
 「その意気だ、王。期待しているぞ」
 「あ〜。なんかローランド帰りにくくなってきたな。俺らの・・・ってかお前のせいでローランドの歴史変わりそうじゃんヘンな方向に」
 「どこがだ? だんごに支配される国。素晴らしい歴史始まりの予感ではないか。我々はそのきっかけを作ったとして国に帰れば英雄扱いだ」
 「本気でそう思ってる辺り怖すぎだよお前・・・・・・」
 「というか、そんな英雄を祭り上げる国ってどんなのだよ・・・・・・」
 ライナと共に突っ込みを入れ、シオンは差し出されたものを見下ろした。フェリス曰く両方一緒ではないといけないらしいだんごと茶を。
 右手を伸ばし、なんとなく思う。国とはこういうものかもしれない。右手で取れるのは片方だ。時と場合によって、どちらを取るか考えなければいけない。どちらを取るか―――どちらを捨てるか。
 だが、
 だんごだけでは口が甘ったるくなるし、第一詰まったらどうしようもない。
 お茶だけでは喉は潤されるが口は物足りない。
 だったら・・・・・・、
 「んじゃ、も〜らいっ」
 宣言して、右手でだんごを、左手でお茶を受け取る。
 「うわお前セコッ!!」
 「なんて欲張りな王だ。こんなのが王なのではローランドの未来はさぞかし危うく―――」
 「あれ〜フェリス。だんご屋を作る時は隣にお茶屋を、って思ったけど・・・ああ別にだんご屋だけでいいのか〜。まあ俺も2軒ずつセットでなんて頼みにくいしな〜。そっちの方がずっと楽でいいな〜」
 キュイン―――
 「ライナ! 貴様はなんという事を言った!? 貴様が余計な台詞を付けたせいで全世界の人々の望みが断たれそうではないか! やはりお前は人類に災害を及ぼす悪魔―――!!」
 「うわあああ!! ちょっと待てえええ!! 確かに先に言ったのは俺だけど! お前だろうが決定打打ったのは!! ってかだんご屋とお茶屋スケールでか過ぎ!!」
 「問答無用!」
 「うぎゃあああああああ!!!!!!」
 『のどかな場所』は本気でどこへやら、地獄絵図と化したその辺りをほのぼのと見やり、シオンはだんごを食いお茶をすすった。単独でも美味しいが、両方セットだとさらに美味さが上がる。
 いいじゃないか、両方欲しがったって。
 確かに現実はそうはいかなくて。片方を生かせばもう片方を殺さなければならなくて。
 でも、だからこそ・・・
 だからこそ、両方欲しい。
 だからこそ、両手を伸ばして。
 この両手は何のためにある? 両手を伸ばせば、届くものはどれだけある?
 届くのならば、伸ばさない手はないだろう?
 (確かに、俺は欲張りなのかもな・・・・・・)
 「ライナ〜。頑張れよ」
 「てめシオン! てめえだけのんびりのほほんとだんご食いやがって・・・!! 後で絶対殺して―――だあああああああああ!!!!!!!!」
 「む。私の壮大な夢を叶える下僕に殺害宣言とは。やはりお前をこそ今ここで殺害しておくべきか」
 「もういやだあああああああああ!!!!!!!!」





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ








 朝―――だかどうかはわからないが、騒がしくなる周りのおかげで眠りから覚めて。
 「つまり・・・・・・、
  まとめると早く戦乱を終わらせだんご屋とお茶屋を作らないと俺は殺される、と。
  ―――なんだかなあ・・・・・・」
 ため息をつき、シオンはベッドから身を起こした。激しい内容の夢だったわりには目覚めはすっきりとしている。
 だから、
 『陛下! 緊急事態です!!』
 そんな、扉の外からの呼び掛けにも。
 「ああ、すぐ行く」
 シオンは即座に答え、淀みない動作で立ち上がった。



―――Fin








 はい。そんなワケで工夫0のあとがき出だしです。いやそこはどうでもいいとして。
 祝!? 初、伝勇伝こと『伝説の勇者の伝説』より、インターミッション的話です。長編最新巻の『伝勇伝5 出来心の後始末』にてフロワードが、ライナはシオンを縛り付ける鎖だと言っていたのを聞くとついつい2人を絡めてみたくなります(現在進行形かい)。別に
CPというわけでもないんですけど、同じく5巻やらなんやらのライナとキファのやりとりのように、のんびりほのぼのライナに気持ち的に助けられるシオンもいいなあ・・・と。
 しかし、なんでフェリスまで加えた途端にのんびりほのぼのどころか2人揃って何度死線を潜り抜けるハメになったんだろう・・・? おかしいなあ。本当はもっとのんびりと、寝転がって空見上げてあくびしてだんご食って喉詰まらせて―――って原因はだんごか!? だんごのせいで争いは起こるのか!?
 ・・・・・・なんだか壊れてきました。なのでここで終わりにします。ちなみにこの話、一体どこに繋がってるのかというと・・・・・・どこにも繋がっていなかったりします(爆)。雰囲気としてはせっかく5巻読んで思ったネタなので、やはり5巻終了後にでも繋がってるのか、なあ・・・・・・?

2004.4.23