Cool before hot after
雨戸を閉めようとして、ヤマトはふと空を見た。黒い夜空一面に降り注ぐ白い雪。今日は一日雪だった。
(オヤジはこの様子じゃ今日も泊まりだな)
テレビ局の人間なら数年ぶりに降った12月の初雪など打って付けのネタだろう。おかげで昨日から泊まり込みで雪を待っていた。確か雪は今夜がピーク。この様子では止むまで帰って来ないかもしれない。
(ま、どっちにしろ帰って来るのは無理か)
お台場と外を唯一繋ぐモノレールはこの雪で運休。お台場は事実上又も完全に隔離されてしまった。
(・・・・・・夕飯、どうしようかな)
1人だと何となく食欲が湧かない。以前は理由のわからなかったこの症状。今ではわかる―――寂しいから。1人では寂しいから。
気付いてしまった自分に苦笑する。
「俺は・・・・・・弱くなったのかな・・・?」
数ヶ月前のデジタルワールドでの冒険。今まで目を逸らし続けていた問題に仲間と、パートナーと、最高の相棒と立ち向かい、勝利した。そして、自分は確かに何かを手に入れたはずだ。眼に見えるものよりも、遥かに大切な何かを。
「これも・・・・・・その1つ、か・・・・・・」
『弱くなった』ことが不満なのではない。むしろその逆だ。ようやく全てを受け入れる事ができるようになった。母・ナツ子と弟・タケルはいない。たとえ雪が降るこんな中であろうと父親は帰って来ない。そして――それらを今自分は寂しいと思える。全てを否定し、自分ただ1人を守り続けていた以前とは違う。自分は弱くなり―――そして強くなった。
「・・・・・・サミ・・・」
開けっ放しだった窓を閉める。そんなに長く物思いにふけていたのか、いつの間にか厚手のYシャツにはうっすら雪がついていた。
「―――で、夕飯どうするか、だよな」
何か論点がずれたような気がするが、まあとりあえず今現在差し迫った問題はそこに尽きる。
「冷蔵庫は・・・・・・うあ、空っぽだな・・・・・・」
そういえば昨日残り物を全て使ってしまった。まさか今日ここまで雪が酷くなるとは思わず、明日買いに行けばいいかと思っていたのだ。
「マジかよ・・・・・・」
一食位抜いてもどうにかなりそうなものだがそこは成長期男子。カップ麺の買い置きはあったと思うがそれを食べるのは専ら父親であり、自分はあまり好んでいない。
「あ〜あ、こんな時太一のやつが夕飯でも持ってきてくれたらな」
この事態を引き起こした原因の一端―――つまりは昨日ともに夕食を食べていった親友の顔が頭に浮かぶ。鶴の恩返したる昔話があるが、人間なら受けた恩を返すのは当り前だろう。
「大体最近どれくらいアイツに食費食われてるんだ?」
父親が帰って来ないことを口実にしょっちゅう上がりこんできては夕食・風呂・寝床、あげくに朝食まで用意させられる。宿泊費を取るとしたら既に十万は軽く越えているだろう。
と、
ピンポーン
「え・・・・・・?」
(チャイム・・・・・・?)
聞き間違い様はなく、それはチャイムの音だった。が、
(誰だ?)
首を傾げる。父親は十中八九帰らない。こんな費に尋ねて来る非常識なヤツも―――
「いた・・・・・・」
魚眼レンズを除き、ヤマトはがっくりとうな垂れた。噂をすれば影、というべきか、そこには先ほど考えていた親友がなぜか全身を痙攣させて立っていた。
「ヤ〜マ〜ト〜〜〜。早く開けてくれ〜〜〜!!!」
「はいはい・・・・・・」
カギを開け、ドアチェーンを外す。ドアを開けてやると待ちかねたのか太一が中へ転がり込んできた。
「うへ〜、さみ〜〜〜!!」
夜だというのに両手を擦り合わせてどたばた騒ぐ親友を追い出すべきか否か、本気で悩むヤマト。
(まあいいわけくらいは聞いてやるか・・・・・・)
「で? どーしたんだよ、こんな日に」
「あ、そーそー!」
ヤマトの言葉にようやく何かを思い出したか、太一が両手に持っていた物を掲げてみせた。
「ヤマト、鍋しよーぜv」
「はあ?」
・ ・ ・ ・ ・
場所は変わって石田家のリビング。
そこでなぜか鍋の用意をしつつヤマトは太一に疑問をぶつけた。
「で? なんで鍋?」
「え? 冬だろ? んで雪。
となりゃこたつで鍋だろうが。あ、もちろんミカンも持ってきたぜ!」
その言葉を自ら裏付ける様に,太一が今いるところはこたつの中である。寒がりのヤマトが12月に入ってすぐ用意したものだが、もちろん鍋のために用意したものではない。
「けど男2人っきりで鍋って―――なんか虚しくねーか?」
「ま、まあいいじゃねーか。とりあえずやっちゃダメって言われてるわけでもねえし」
(・・・・・・少しは思ったのか)
自慢の耳をかけて今一瞬のどもりを聞き逃すはずはない。ため息をついて鍋の用意を再開した。
「ぅあっち!」
「ってお前まだそれ入れたばっかだろ!? しっかり煮えたの食えよ!!」
「そんなん待ってらんね―よ。んじゃこっちは?」
「な!? 俺の肉!! 勝手に取んじゃねえ!!」
「ヤマトの肉? へ〜、そりゃ悪かったな。けど名前なんてどこにも書いてなかったぜ?」
「このやろ・・・・・・」
「へっへ〜♪ ってげ!! 俺が入れといたもちが!!」
「ザマミロ」
「ヤマトてめー! きたねーぞ!!」
「どっちがだよ・・・・・・」
「やんのか〜!?」
「望むところだ!!」
・ ・ ・ ・ ・
「は〜、食った食った」
「さすがにもう入んねーな・・・
―――で?」
「ん〜?」
「今日、どうするんだ?」
「どうするって、そりゃ泊まってくに決まってんだろ? こんなに雪酷くなっちまったのに帰れるわけないだろーが」
「徒歩たかだか1・2分だろ? だらしねーな」
「あ〜! そういう事言うか!? だったら今から外出てみろよ!!せっかく暖まったってのに一発で冷めちまうぞ!!」
「俺は外に出る理由ないからな」
「くっそ〜・・・・・・!!!」
結局毎週恒例のお泊まりになった。その日は一日中騒ぎっ放しで、雪が降っていることも、お台場が隔離されている事も――そして自分が少し前まで一人だった事もすっかり忘れていた。
夜中なんとか帰ってこれたらしい父・裕明に「一緒の布団で寝てるお前たちを見ててほのぼのした気分になった」と次の日言われ、ヤマトは目を逸らして
「まあ楽しかったからな」
と答えた。
その頬が微かに赤く染まっていた事を知っているのは、そんな事を言った裕明だけだった。
―――fin
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
うわあ、消化不良の見本っぽい話ですね。太ヤマ恋が芽生える5秒前ってトコで。苦しい? それまた失礼しました。
しかし鍋。お前らオヤジか? とツッコミを入れたくなります。偶然ですが我が家も今日は鍋でした。関係ありませんが。ちなみに彼らが何鍋を食べていたのかはご想像にお任せします。では!
2002.12.9