8月1日。今年もまた、俺達はあのキャンプ場にいる。
「あれからもうけっこー経ってんだな・・・」
「ホント・・・。でも、まだ昨日の事みたい・・・・・・」
「懐かしいですね。デジモン達・・・・・・」
「みんな、どうしてるかしら・・・・・・?」
「向こうでも・・・・・・って、彼らからしてみたら向こうが普通か・・・・・・、元気にしてるんだろうね」
「でも、本当に不思議な体験だったわね・・・・・・」
「うん・・・。実際あった事だけじゃなくて、それ以外にも、みんな、僕達にいろんな事を教えてくれた・・・・・・」
「確かにな。アイツらに出会わなかったら俺達って今、どうなってたんだろうな?
―――お前もそう思うだろ? なあ、ヤマト」
「え・・・?
ああ、そうだな・・・・・・」
突然話題を振られて、頷きつつも、
俺は別のことを考えていた。
―――『アイツらに出会わなかったら俺達って今、どうなってたんだろうな?』
俺は・・・・・・
お前に出会わなかったら、今、どうなってたんだろう・・・・・・?
懐かしい目で思いを馳せる。それは―――
旅立ちの日。1999年8月1日より少し前に起こった事・・・・・・。
ちょっと昔の出来事
その日、1年ぶりに石田・高石両家が会うことになった。別に何かある訳ではない。ただ、毎年恒例の行事となっているだけだった。
それも今回で4回目。回数そのものには意味があるともないともいえた。即ち、両親が離婚し、家族がバラバラになってからの年数を知るには役に立つが、だからといってこの数がある一定以上になれば戻るなどという保証があるはずもないという事だ。皮肉げに言うなれば、絶望と諦めと、そしてため息を誘発させるにはもってこいのカウント、といったところか。
(こんな感じでな・・・・・・)
心の中で陰鬱に呟くと同時にため息をついて―――あるいは逆か。まあどちらでも同じ事だが―――石田ヤマトは意識を現実へと戻した。左手には繋ぎっ放しの弟の手の体温。胸元には見学人用のフジテレビ内フリーパスチケット。1家4人で会うはずが、今この場にいるのはヤマトと弟・高石タケルの2人だけだった。両親はいない。父親の急な仕事により場所は彼の仕事場であるここになり、母親もまた知り合いの人に挨拶してくるからと2人を残して行ってしまった。お昼は一緒に食べようと約束したが、果たして守られるかどうか。
(そうだよな。約束なんて―――誓いなんて、意味はねえんだよな・・・・・・)
『病めるときも健やかなる時も共にいる』―――神の前で誓ったそれはあっさり破られた。
ならば、神とですら守られない『約束』を、ただの子供の自分達相手に守ってくれるとは到底思えない。
「―――お兄ちゃん?」
手をくいっくいっと引っ張られ、ヤマトはようやく通路のど真ん中で立ち止まり、物思いに耽っていた事に気付いた。
(いつの間に・・・?)
「あ、ああ。タケル、何だ?」
「どうしたの?」
何事もなかったかのように笑顔で取り繕ってみたが、やはり無駄だったらしい。首を傾げて尋ねて来るタケルの頭を帽子ごとポンポンと叩き、今度はいつも通りの笑みを落ち着いて浮かべた。せっかく1年ぶりに会えたのだから、嫌な事のない楽しい1日にしたい。
「何でもないよ。それより、どっか行きたいトコあるか?」
「う〜ん・・・・・・おもしろそうなトコロ!!」
ヤマトの気持ちを察したわけでもなかろうが、あっさりと納得したタケルが元気よくアバウトな提案をする。にっこり笑うその様子を微笑ましく見ながら、ヤマトは繋いでいた手を上に上げ(もちろんタケルの上げられる高さを考慮してだが)明るく言った。
「よし! じゃあおもしろそうなトコ探そうな!」
「うん!!」
・ ・ ・ ・ ・
とはいっても、外からでは中で何をやっているのかわかるわけもなく、2人は並んだスタジオに片っ端から入るしかなかった。
ここもそんな1つで・・・
「何もやってないね、お兄ちゃん」
「ああ、そうだな・・・・・・」
スタジオ中心には部屋(の一部)のセットが2つ。それぞれいろいろ違うが、まあ一般的な家の一般的な部屋、とひとくくりにしても問題はなさそうな部屋だった。
それを囲んでカメラやら各種機材やらそして人やら。整っていながらも雑然とした雰囲気から察するに『スタンバイOK。ただしトラブルにて待機中』といったところだろうか。
「・・・・・・つまんない」
「だな。じゃあ、次行くか」
『不満』を体全体で表現するように口を尖らせるタケルを、少々羨ましいと思わなくもない。自分だってつまらない。なのに自分は軽いため息1つで終わらせ、ふてくされる弟をなだめている。
感情は全て理性でねじ伏せる。求められるのは『いい子供』。そして『いいお兄ちゃん』。これ以上捨てられないために。これが生まれて11年で身につけた処世術。
と・・・・・・
「―――君達、見学かい?」
ドアを開けようと手を伸ばしたところを後ろから声掛けられた。ヤマトがゆっくりと振り向いている間にも、人見知りしないタケルが先ほどとは打って変わった笑顔で答える。
「うん。そうだよ」
「よく似てるね。兄弟?」
「そう。僕がタケルで、こっちがヤマトお兄ちゃん」
「ははは。君小さいのに頭いいね」
「そんな事ないよ! 僕もう2年だもん」
ほのぼのと続く会話。相手は30代くらいの眼鏡をかけた男。一体自分達に何の用なのだろう。それともただヒマなだけか?
何にせよ知らない人とそう長々話すつもりは毛頭ない。
「行くぞ、タケル」
少々強引だが、まだ話しているタケルの腕を掴み、再びドアに手をかけようとする。
が、やはりその少し前に。
「ちょっと待って! 見学ならついでに面白い事してかないかい?」
「おもしろいコト!?」
「おもしろい、事・・・・・・?」
弾んだように訊き返すタケルと、胡散臭げな目で見るヤマト。この差は兄と弟だからか、育った長さの差か、それとも―――『捨てられた子』と『選ばれた子』の差、か。
そんな2人の反応を気にする事もなく男は続けた。
「そう! そこのセットでお芝居するんだ。ちゃんと台詞とかもあるし、後でテレビで見せてあげるよ」
「え? ホント?」
無邪気に飛び跳ねるタケルを横目で見ながら、ヤマトはつと目を細めた。元々切れ長(別名『目つきが悪い』)の目は、ただ見ているだけでも相手に睨んでいると勘違いされる。あえてこんな事をやったのは警戒心を相手に見せつけるためだ。
「―――つまり?」
既に声変わりしたヤマトのドスの利いた低い声に、男の浮かべていた笑みが消える。
男は目を閉じ数秒黙考し―――結局浮かんできたのは笑みだった。但し、今度は苦笑。
説明する相手をヤマト1人に絞ったのか、男は彼に向き直ると頬をポリポリと掻いた。
「いやあ、実は、今回のCMに予定していた子役の子が、突然仕事キャンセルしてきちゃってね。今手の空いてる人総出で替わりの子を探してるんだけど・・・なかなか見つからなくて。このスタジオも、今日1日しか借りられないから急いで見つけないと・・・・・・」
「それを俺達にやれってのか・・・・・・?」
聞いた内容に、ヤマトは(珍しく)目を丸くして唖然とした。身内が業界の人間のため『ここ』が他と多少違うのはわかっていたが、まさかここまでだったとは・・・!
「わかってんのか? 俺達はただの見学者だ。子役じゃねえ」
「わかってるよ。けど芝居と言ってもほんの少しだし。ね?」
両手まで合わせそれこそ『子供』っぽくお願いしてくる男に、断る理由は多々あった。忙しい。素人の俺達にテレビ出演なんて無理。等々。だが同時に打算も働く。ここは父親の仕事場だ。もし今自分達が何かすれば父親にも何らかの形で影響が行くかもしれない。
長く短い逡巡の末、ヤマトの意志を決めたのは瞳を輝かせて自分を見つめる弟・ダケルだった。全身から出る『やりたい!』オーラに、ヤマトは苦笑し、首を縦に振った。
「俺達に・・・出来ることだったら・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・
「―――というのがCMの内容だ。わかったかい?」
「うん!」
「一応・・・・・・」
それは電話会社のCMだった。遠距離通話料金の安さをうたい文句にしているその会社らしく、設定は単身赴任をしているお父さんと子供が電話でやり取りをするというもの。今回は子供が2人という事で、少々変わって離婚した夫婦の子供同士の電話、という事になった―――皮肉にも。
キャッチコピーは『離れていても、心はひとつ』。馬鹿馬鹿しい。1つだったらそもそも離婚などしていない。それとも子供だけ心を1つにしろと言うのか?
「じゃあ・・・・・・ヤマト君、だったね。君が電話をかける。番号は受話器についてるから、そのままね。それでかけるとちゃんと繋がるから。そしたらいつも通りの会話をしてね」
「はい・・・・・・」
頷く、と、俯く、の中間のような動作をする。男はそんなヤマトに少々不審げな顔をしつつも、さっさと離れてしまった。本気で時間がないらしい。かなり慌てた様子で今度はタケルにレクチャーしている。
別の人に連れて行かれた『部屋』の中で、またも現れた皮肉にヤマトは口を吊り上げ、嗤った。『いつも通りに』。あの男は、普通に同じ家に住む子供同士の会話、という意味でいったのだろうが、自分は―――自分達は、そんなもの知らない。しているのは今と同じ、1ヶ月に1度程度する電話での話し方。そして年に1度会っては、また『綺麗な思い出』を築くために造られた平穏な会話。それだけだ。なんと自分達にピッタリな役柄だこと!
嗤いは止まらなかった。ヤマトは本番が始まるまでずっと嗤い続けた―――心の中で。
・ ・ ・ ・ ・
静かな物悲しい曲の中、部屋の隅の方に置いてある電話に手を伸ばすと、ヤマトはたどたどしい手つきでカメラからは死角に鳴っているであろう位置についていたメモどおりの番号を打ち込んでいった。
プルルルル、プルルルル、と家のものとは少々違う機械音に続いて、受話器を取る音がする。
『もしもし・・・・・・』
タケルの声にいつも通り返事をしかけ―――そういえばそもそも役名すら聞かされていなかった事を思い出した。なにせ緊急処置だ。服装も、胸に下げていたカード以外はそのまま。しかもいきなりぶっつけ本番。思い切りの良さは最早呆れを通り越して感心せざるを得ない。
(まあいいか。ダメだったらすぐに止められるだろうし・・・・・・)
半ば開き直り、ヤマトは『いつも通り』でいく事にした。
「あ、タケルか?」
『お兄ちゃん?』
意外な事にクレームはつかない。ヤマトはいつもそうしているように壁にもたれて座り込んだ。両手で電話を包み込む。まるでタケル本人を抱いているように。
「久し振りだな。元気か? 今どうしてる?」
『ウン。元気だよ。今お母さんは仕事でいないから僕1人。お兄ちゃんも?』
自分の声を聞いてからタケルの声が少し明るくなった。演技ではない。習慣だ。絶対の―――安心材料。
「ああ。今日も親父仕事で遅いってさ。遅せーのはいいけど飯食うのか食わねーのかそれくらい連絡してくれりゃいいのに・・・・・・」
『なんで?』
「そーるりゃ余計に作らずに済むだろ? それに1人だったら手ぇ抜けるし」
『そっかあ』
明るく笑う2人。響く互いの笑い声だけが、耳に心地良く響く。そして―――
『お兄ちゃんの手料理かあ。僕、食べてみたいな・・・・・・』
「それは―――」
返答に詰まる。会えるのは1年に1回だけ。会う時はいつも外。タケルはまだ小さいからお台場まで電車を乗り継いでは来れまい。かといって自分がタケルの家に行くのも・・・・・・できない。
『―――お兄ちゃん?』
訝しむようなタケルの声。自分はどの位考えに耽っていたのだろう。
ハッと気付き、ヤマトは急いで言葉を返そうとした。が、
「はい! カーット!」
スタジオ中響く先程の男の声と共に流れていた曲が止まり・・・・・・そして、電話からのタケルの声も聞こえなくなった。
「あ・・・・・・」
一切何も音を発しなくなった受話器を見つめ呆然としたヤマトの頭上で、今まで薄暗くしかつけられていなかったライトが明るく灯る。スタジオ中がスタッフたちの明るいざわめきに包まれた。
「ご苦労様」
「ありがとう。もういいわよ」
「凄く上手かったわよ。もしかして役者希望?」
かけられる言葉が遠くに感じる。ヤマトは痺れた頭でフラフラと立ち上がった。
突然切れた電話。まるで家族の絆のように。
いや、前兆はあった。絶える事のない両親の言い争い。
だが子供[オレ]たちには? 俺とタケルの間に何かあったか?
いや、なかった。
むしろ両親の不仲を補うように、俺とタケルは近付いていった。
なのに―――
別れてしまった。突然。
切れてしまった。子供たちの意志とは関係なく。
あたかも今の撮影のようだ。周りの、大人の都合だけで終えられる。
子供にできるのは―――
ただ、全てを受け入れ、それに慣れる事・・・・・・。
「――――――ぅわああああああああああああああん!!!!!」
「タケル!?」
少し離れた、隣にある部屋から聞こえてきた泣き声。突然の事に反応できずとまどうスタッフたちを押しのけ、ヤマトは熱に浮いた意識の中、弟の下へ駆けつけた。
「タケル!!」
そこにあったのは、あまりにも痛々しすぎる光景だった。
受話器を持ったまま痙攣を起こしガクガクと振るえる幼い四肢。焦点が合わず宙を彷徨う藍色の瞳からは止め処もなく涙が溢れ、大きく開かれた口だけが別人のもののように意志を持ち声を―――意味のない音を吐き出しつづけていた。
「タケル!!」
叫んで、抱き締める。その胸の中で、ようやく呪縛の解けたタケルが意味のある叫びを紡ぎだした。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん――――――!!!」
抱きつき、壊れたレコードのようにその言葉だけを繰り返すタケルを、ただただヤマトはきつく抱き締めつづけた。自分の存在を―――自分の温もりを知らせるために。
「大丈夫だタケル。俺はずっとここにいるから。俺はずっと―――お前のそばにいるから」
言いながら、背中に空寒いものを覚える。
約束なんて守られない。
誓いなんて破られる。
全て・・・・・・・・・・・・
――――――詭弁でしかない。
・ ・ ・ ・ ・
安心したのか、疲れて眠るタケルを抱いて思う。
こいつが羨ましい、と。
結局、泣けなかった。
4年前から―――『1人』になったその日から、一度足りとも泣いていない。
いつか―――
だた願う。
――――――――――――いつか、自分も泣ける日が来るのだろうか・・・・・・
○ ○ ○ ○ ○
(俺は、お前の前で何回泣いたんだろうな・・・?)
自分を見て、力強い笑みを浮かべる太一を見ながらヤマトはそんな事を思った。
あの日、デジタルワールドに飛ばされ。
自分は、
かけがえのないパートナーと、
自分の居場所を手に入れた。
たとえこの先何年経とうとも、
この日は絶対忘れる事はないだろう。
今もこうして、
自分の隣で自分に微笑みかけてくれるこの親友がいる限り・・・・・・。
―――Fin
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
はい。1日遅れのデジ8月1日記念でしたv あっはっは。予想以上にレツゴで詰まった(爆)。
この話、中間はともかく最初と最後は何年後設定でもオッケーです。もう10年後くらいにしようかな、とも思いましたが(ってよくよく考えたらデジモンたちと共存するようになったのって何年後から・・・?)、無印と02の中間あたりでもよさそうだな、と。あ、ちなみに最初に話してたのは一応イメージとして、太一・空・光子郎・ミミ・城・ヒカリ・タケル・再び太一、そしてヤマトの順です。まああくまでイメージですが。
で、この話。実は日付どおりメインの中間部分を1年以上前に仕上げ、最初と最後をHPにUpするに当たって付け足しました。なにせ本当は記念話にするつもり0でしたから。
そんな管理人の都合はどうでもいいとしてこの話、というか石田高石両家。実は無印を2回は全編通して見たクセに今だに内容把握してないという恐るべき記憶力の悪さのおかげでかなりテキトーもといMy設定っぽいのが入ってます。特に離婚の理由と子供の振り分け方。
ちなみにそのため今回このような下地の元、彼らは動いてます。
・離婚の原因は仕事の忙しさからのすれ違い。
・時期はヤマト7歳、タケル4歳の時(これは実際ツノモンがアニメで言ってましたしね)。なので今年(?)で離婚4年目。
・子供の振り分け方については、まだ幼いタケルをずぼらな裕明には任せられないとナツコが『選び』、だが忙しい身、2人とも養うのは無理だし、年齢の割に大人びて冷静な(誰のせい、あるいはためかはあえて考えずに)ヤマトを、父親の世話を任せるという形で『残した[すてた]』
多分デジ話は全てこんな設定で動くと思います。ただし確認し次第少し(かな?)は変わるかもしれません。
しっかしこの話、高石田兄弟の話なのか、それとも太ヤマプレリュードっぽい話なのか。謎は深まるばかりだ(いやアンタが深めるなよ・・・・・・)。
2002.3.14 & 2003.8.2
ラストに補足:この話、読むにあたって気付かれた方おそらく0でしょうが、他の話と違って(多分。もしかしたら間違って一部こっちにしたかもしれないけれど)、『こども』という表現を、『子ども』ではなく地の文も『子供』と全て漢字で書いてます。『供』とつけるといかにも『大人のお供』っぽいからと差別に繋がるためあまりいい書き方では無いのですが、あえて『大人の勝手で分けられた』ヤマトの心情そのままにいってみました。突き詰めると『子』という漢字も良くない云々とあるんですけどね、あくまで自暴自棄ちっくのヤマトに合わせてv
・・・って無理か。