―――1.ヤマト
暗色で少しぶ厚目のYシャツに同じく暗色のズボンと男女どちらが着てもさして違和感のない格好だった自分が悪いのかもしれない。スペースを取らないよう両膝を適当に立て、その上に手を、そして顎を乗せるといった体制が原因だったのかもしれない。
が・・・・・・
「人質か。なら女か子どもか・・・・・・」
そういう男(声からして)の視線が自分を絡めて離れないような気がするのはどうだろう。
男が一歩また一歩と近付くごとに、ヤマトの怒りもまた一歩また一歩と頂点に近付いていった。顔にも態度にも雰囲気にも出さないまま、静かに、静かに・・・・・・。
男がヤマトの目の前に立った。彼を立たせるためか、つぶやきつつ手をヤマトの肩へ伸ばし―――かけ・・・・・・
「じゃあこのガ―――」
「俺は女じゃねえ!!」
「俺のヤマトに手ェ出すんじゃねえ!!」
どがめぎっ!!
膝を立てたヤマトの振り上げた足が男の顎を捉え、更にいつの間に立ち上がったのか全体重をかけた太一の拳がのけぞる男の項にヒットする。同じ場所へ力が浸透したのでない分衝撃を完全に受けたわけではないが(ちなみに完全に受けていたのならば首の骨が折れていたか喉が潰れていたかしただろう)、僅かな時間差があった故に、哀れな男はほとんど無駄なく勢いを吸収する羽目になり―――
あっさりと足元で男が気を失った。舌でも噛んだのかおびただしい量の血を流し、周りにむせ返るような匂いを撒き散らしていたが、そんな事はどうでもいい。脚を下ろす反動でヤマトは立ち上がりつつ太一の胸倉を掴んだ。
「いつ誰がお前の所有物[モノ]になった!!」
「なんだよ改めて確認しちゃって。3年前からに決まってるだろ? ヤマトってばいじらし〜v」
「3年前だろうが今だろうが俺はお前のモノになった覚えはねえ!!」
「も〜照れるなってv 相変わらず照れ屋だなあvv」
「人の話を聞けー!!」
叫びつつ太一をガクガクと振り回すヤマト。そこに援軍が現れた・・・・・・。
タケルもまた立ち上がり、
「ちょっと太一さん! お兄ちゃんがあなたの所有物な訳ないでしょ!?」
「てめータケル! また俺達の邪魔しようってか!?」
「後から出てきて邪魔してるのは太一さんでしょ!! いい!? お兄ちゃんは僕のモノなんだからね!?」
「違あああああう!!!」
びしりと太一を指差しそう高らかに宣言するタケルに、さすがに太一を振り回[シェイク]していた手を放し抗議するヤマト。だが弟に手を上げるのは理性も本能も許さないのか両手を震わせるに止まる。
そこへ更に油が(というより最早石油が)注ぎ込まれた。
「そうよお兄ちゃん! お兄ちゃんには私がいるんだから他の人には手を出さないでよ!!」
「俺の恋人はヤマト1人だ!!」
「だから俺がいつお前の恋人になった!!」
「太一さん独占欲丸出しの台詞は見苦しいよ! 第一恋人なら双方同意の上で!!」
「てめーならヤマトは同意してくれるってのか!?」
「少なくとも太一さんよりは僕の方がお兄ちゃんも『好きだ』って言ってくれてるよ!!」
「ヤマトのそれはブラコンだろーが!!」
「兄弟の神聖な愛を何通俗的な一言で片付けてるかなあ! 兄弟だろうが兄妹だろうが愛だって芽生えるに決まってるじゃないか!!」
「まあタケル君、ナイスな一言v」
なおもぎゃいぎゃい騒ぐ4人にやっと我に返ったらしい脇役ら――ではなく犯人たちが騒ぎを静めようとしてか襲い掛かってきて・・・・・・。
「てめーらいい加減に―――!!」
「だいたい太一! 何俺の弟にいちいちケンカふっかけて虐めてるんだよ!!」
ガスッ!
1人目がヤマトのバックハンドに鼻柱を打たれもんどりうった。
「何好き勝手―――!」
「虐めてる!? イチャモンつけてケンカふっかけてきてんのはお前の弟の方だろーが!!」
ドスッ!
2人目が横腹に太一の回し蹴りを喰らい、床に沈んだ。
「さっさと止めねえ―――!!」
「何!? 僕のせいにするワケ!? 太一さんがお兄ちゃんに絡むのが原因でしょ!?
―――ってちょっとうるさいなあ! 黙っててよ!!」
ゴッ!
タケルの振り回した鞄(中身不明)に頭を打たれ、3人目はあえなく退場となった。
「ふざけるのもいい加減に―――!!」
「何よその言い方! それじゃまるでお兄ちゃん1人が悪いみたいじゃない!! 根本的原因はヤマトさんが事ある毎にお兄ちゃんを誘惑するからでしょ!?
―――だから静かにしててよ! 集中できないじゃない!!」
ガン!
肩から下げる形のヒカリの鞄(やはり以下略)が充分な遠心力とともに4人目の顔を横から殴り飛ばした。落ちた歯が、そしてそれを追う深紅の血と男自身が綺麗な放物線を描いて落下する。
迫る男達には全くもって注意の払われないまま為された一連の行為。目を向けるどころかタケルはヤマトの右腕に、ヒカリは太一の左腕に自分の腕を絡めたままだったりする。まだ一言でも声を掛けた弟妹組の方が優しいのかもしれない・・・。
「俺は一度たりともこいつを誘惑した覚えはねえ!!」
「何を今更! 3年前からあ〜んな事やこ〜んな事してたくせに!」
「何ヒカリちゃん! その『あ〜んな事やこ〜んな事』って!!」
「な、何の事だ! 俺は別にやましい事なんてこれっぽっちも・・・・・・////!!!」
「お兄ちゃん相変わらず嘘下手だね。顔赤いよ」
「な、べ、別にこれは・・・! 大体なんでヒカリちゃんがそんな事知ってるんだ! あの場には俺と太一しか・・・・・・!!」
「へええええええ・・・。やっぱ身に覚えがあるんだ〜・・・。ふ〜ん・・・・・・」
「タ、タケル! 誤解だ! あの時はお前が―――!!」
「ちなみにお兄ちゃんは私には1つも隠しゴトなんてしないでいてくれるのv」
「太一ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「だって本当じゃん」
「だからってわざわざ人の恥バラすんじゃねえ!!」
「何怒ってんだよ? ヒカリだって仲間になれたんだからあった事全部話しておいて当然だろ?」
「話し過ぎだーーー!!!」
「―――おい! お前ら!! これが見えねえのか!?」
横手からかかる男2人のダミ声に、一瞬だけちらりと4人は目を向けた。その手に握られているのは黒い拳銃。
「ガキが大人なめんのもたいがいにしろよ。オラァ!!」
兄弟兄妹対決。上下対決に混戦。完全なスクランブル会話を止めた男の勇気というより無謀さに、太一とヤマトは殺気立った視線で返事をした。その後ろで庇われる形となったヒカリとタケルはやっと腕を外し、鞄の中からゴソゴソと何かを取り出すと「はいv」と笑顔でそれぞれの兄に手渡した。
スチール缶。ほぼどころか絶対100%間違いなしのそれに疑問を覚えることもなく、行動を起こす兄2人。
ヤマトは左足を一歩踏み出し上半身を捻らせた速球の形でそれを持った右手を振り上げ、
太一はエースストライカーとして黄金の右足と称される足にそれを軽く落とし、
「うるせえ!!」
本日1番の叫びと共に、それらは無事最後の男2人を遥か彼方へと送り届けたのだった・・・・・・。
* * * * *
「よ〜し! じゃあいよいよ遊びに行くか!」
「そうだな。こんな所で道草食ってる時間はねえし」
『は〜いv お兄ちゃんvv』
一通り争ってスッキリしたらしい4人が、ニコニコとそんな事を言い、何事もなかったかのように出て行った。
残った者たちの心に『不条理』という嵐を巻き起こしつつ―――
* * * * *
そしてここにもその嵐に巻き込まれた者が2人。
「なあ、賢・・・」
「なんだ、本宮・・・」
「なんでヤマトさんって・・・『子供』じゃなくて『女』に反応したんだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・.
他に何か言いたい事はないのか・・・?」
「何を?」
きょとんとする大輔を見た賢の心に更に激しく嵐が吹いた。
「・・・・・・。いや。何でもない」
(つまり本宮は本気で鈍いという事か・・・・・・)
その一声とため息で全てを流し、賢は4人を追うように大輔を促した。やっと現実[そと]に戻れる事を感謝しつつ・・・・・・。
―――1.ヤマトfin