最強は誰だ!?

―――2'.太一再び



 「人質だろ? さっさと行けよ」
 そう恋人は冷たく言い放つ。

 「よかったね太一さん。選ばれてv さすがだねv 誇りを持っていってらっしゃ〜いvv」
 彼の弟がさらに明るく打撃を与えた。

 それにもめげずに。

 「ひっでーな〜。それって恋人に言うセリフか〜?」
 太一は空いていた方の手でヤマトの腕を掴んで拗ねてみせた。とりあえず弟の方は何を返されるかわからないため無視。
 「は? 何言ってんだよ?」
 一瞬赤くなった後、返すヤマトの口調は先程より遥かに冷たくなっていた。せっかくの兄弟水入らずを計画的『偶然』によって邪魔され、ただでさえ苛々していたところでのこの台詞。彼の逆鱗に触れるには十分だったらしい。



 空気が6人の周りだけ凍る。(気分的に)3℃ほど下がり、その寒さにヒカリは自分の腕をこすった。
 一触即発。その言葉がヤマト除く5人の頭をよぎる。



 それを緩和しようと頑張ったのは賢だった。ヤマトは最早何も言うつもりはないらしい。太一・タケル・ヒカリ、誰が何を言おうとこの事態を悪化させるだけであろう事は目に見えている。むしろタケルやヒカリはそれを望んでいるようにも思われる。ならば2人が行動を起こす前に何とかしなければならない。だが大輔が鈍いのは既に実証済み。残るは自分しかない。そう思い発言したのだ・・・が・・・・・・

 「でもまあ太一さん、ヤマトさんが何も心配しないのは、太一さんなら大丈夫だろうと信頼しての事で・・・は・・・・・・」
 (しまった・・・・・・)

 賢の位置からは普通に全員が見える。太一を窺うように笑みを浮かべていた賢だったが、周りの空気が変わった事に気付き声をしぼませていった。
 とりあえずヤマトの怒りはまぬがれた。が、タケルとヒカリのそれには触れたらしい。しかも太一に至ってはさらに別のものを刺激したらしい。
 いつもなら絶対しない失敗だった。だが先程からの異様な雰囲気に、脳のどこかが犯されていたようだ。取り返しのつかないミスに、賢は頭を抱える事も忘れ、自分をただひたすらに呪った。

 「どういう事かなあ、一乗寺君・・・・・・v」
 「そうよ、何その『シンライ』って・・・・・・v」
 「え、と・・・その・・・・・・」

 タケルとヒカリが『笑み』で迫る。なんというかその雰囲気だけでアカデミー賞総なめの恐怖映画が作れそうだ。
 あまりの恐怖に泳いだ目が、2人の後ろでノロける太一を捉える。



 「そっか〜v ヤマト俺のこと信頼してくれてたのか〜v そ〜だよな〜v 俺とお前の仲だしvv」
 『・・・・・・・・・・・・』



 2人の身に纏うオーラが激しく揺れた。
 (あああああ! 太一さんお願いですからそれ以上何も言わないで下さい!!)
 そんな賢の涙目での訴えが―――
 ―――当然通じたわけもなく、太一はさらに3人怒りを煽った。

 「な〜んだヤマトv 最初っからそ〜言ってくれればいいのにv 相変わらず恥ずかしがりやだなあvv」
 2人の首が
180度グルリと回った―――のではないかという程の激しい動きで太一の方を向いた。自分からやっと逸らされ、賢が荒い息をつく。普段の端正な顔が面白いほど引きつり、顔だけで収まりきらなかった汗がポタポタと床に落ちた。

 「太一さん何勝手に妄想しちゃってるの・・・v?」
 「お兄ちゃんそんな決め付けはヤマトさんに悪いわよ・・・v?」
 語尾につくハートマークすらも恐ろしい。メルトダウン寸前の原子炉でももう少し涼しいのではないのだろうか。
 「何言ってんだよタケル・ヒカリv これでお前達も晴れて義兄弟だぞv よかったなvv」
 一点の曇りもない太一の言葉に、見事に2人の中の何かが切れた。

 「何でそんな話になるのさ! 僕は太一さんを『お義兄さん』なんて認めるつもりはないからね!!」
 「何だよタケル。3年前はあんなに可愛く俺に泣きついて『僕を太一さんの弟にして下さい』なんて言ったクセに」
 「それとこれとは話が違う!!」
 「そうよお兄ちゃん! 私はヤマトさんの事を『お義兄ちゃん』なんて呼ぶつもりさらさらないわよ!!」
 「別に呼び方なら今まで通りでいいんじゃねえのか? 急に変えなくても」
 「私はお兄ちゃんとヤマトさんの交際を認めるつもりはない、って言ってるのよ!!」
 「・・・・・・。何が不満なんだよ? 容姿も良いし、勉強もスポーツも出来るし、おまけじゃねえけど家事も完璧。お前だって俺の作ったオムライス美味いって言ってたじゃねーか。あれだってヤマト直伝だぜ?」
 「わ、私だってそこそこに男子にはモテるし勉強もスポーツも出来るし料理は〜・・・・・・まだちょっとしか出来ないけど・・・・・・けどまだまだ今も修行中なんだから!!」
 「第一それだと太一さんがお兄ちゃんに吊り合ってないじゃないか!!」
 共に色白な顔を真っ赤にして怒鳴る2人に、太一は突き出した指をチッチッチと振った。
 「そんなの平気に決まってんじゃねーか」
 「・・・・・・?」
 訝る2人にピシリと親指を立て、あまつさえウインクなどしつつ。



 「俺たちには
あ・いがあるから!」



 ブチリ、と―――
 その場にいた全員が、何かが切れるその音を聞いた。



 「うっせーぞ!! 太一! てめー人質だろ!? さっさと行け!!」
 「ちょ・・・! 待てヤマト・・・!」
 立ち上がると同時、ヤマトは太一(と彼を連れて行くべく腕を掴んだままオロオロしていた男)の後ろ襟をまとめて片手で掴むと、2人の首が絞まるのも構わずズルズルと引きずりつつ大股で扉へと近付いていった。
 鍵のかかったドアをバキリという音付きで引き開け、下りていたシャッターをやはり同じ音と共に開け、突然の事に驚く警官や野次馬の前に2人を蹴り出した。
 「2度と戻ってくんじゃねー!!」
 捨て台詞を残し、再びシャッターをピシャリと―――いやぐしゃりと閉める。
 激しく上下する肩をゆっくり吐く一息で落ち着かせ、両手で丁寧にドアを閉めると、静かになった店内に振り向いた。
 誰よりも綺麗ににっこりと笑い、

 「ヒカリちゃん。俺たち用事終わったから帰るけど、ヒカリちゃんたちこの辺りゆっくりしていきなよ。せっかくの『兄妹水入らず』なんだし。
  ―――タケル、それでいいよな?」
 「うん。全っ然いいよ? もー家でのんびりまったりゆっくりしてようね。2人っきりで
 「そうだな。で、ヒカリちゃんは?」
 優しく尋ねると、僅かに涙のにじむ瞳で、それでも気丈に彼女は微笑んだ。
 「はい! ちなみにこの辺りというのは、自宅含む行ける範囲但しお2人のいるヤマトさんの家は除く、ですね!?」
 
120%完璧な回答に、ヤマトは満足げに頷いた。
 ヒカリも笑顔のまま大輔と賢の方を向き告げる。
 「ごめんね。大輔君も一乗寺君も今まで邪魔しちゃって」
 暗に『だからもうついてくるな』と言っているのを感じ、賢は何か言いかけた大輔の口を両手で塞ぎ笑みを造った。
 「そんな事ないよ? けど、僕たちはまたいつでも会えるし。
  八神さんも高石君もヤマトさんも、たまには兄弟水入らずで楽しんで下さい」
 『ありがとう』
 和やかな雰囲気で全てが終わりかけたその時。



 ガコォン―――!!



 銀行全てを震わすような轟音が響き渡った。







*     *     *     *     *








 外に放り出され『2度と戻ってくるな』と恋人に不条理な別れを告げられた太一の額にもまた、青筋が浮かんでいた。元々ぶつかり合いの中で生まれた友情、そして愛情。こんなところであっさり引っ込むような付き合いは一切していない。
 放り出されたままの姿勢で座り込んだまま数秒間呆然とした後、太一はやおら立ち上がると銀行を取り囲み陣を描いていた警官達の中で一番近くにいた奴へと歩み寄った。その手には拳銃対策だろう、金属製の頑丈な盾が握られてるいる。
 「ちょっと借りる」
 一言言って手を伸ばすと、その警官はあっさり了承してくれた。もちろん完全に据わったこちらの目に恐れをなしカクカク頷いただけなのだが、ありがたくそれに甘える事にした。もちろん貸してくれないようなら殴り飛ばすつもりで握りしめていた拳も解いて。
 同じく放り出された犯人の横を通り、先刻かの恋人が無情にも閉めていったシャッターのすぐ手前で立ち止まると、太一は肩幅に広げた足を固定し静かに息を吸った。合わせ、盾をゆっくり持ち上げる。
 吸い終わった空気で肺を固めると同時、閉じていた目を開き全てを爆発させた。



 「てめーヤマト!! 何ワケわかんねー事で俺追い出してやがる!! さっさと中入れねーか!!」
 ガコォン―――!!



 振り下ろした盾により、強固に造られているはず(なにせ先程ヤマトは素手で壊した)のシャッターが僅かに凹み、両腕に痺れが疾る。
 だが太一は小さく舌打ちするだけでそれを無視し、再び盾を振り上げた。

 「大体うっさくしてたのはタケルやヒカリじゃねーか!! 何で俺だけ追い出すんだよ!?」
 ドゴォン―――!!

 2撃目。周りにいた警官や野次馬、その上犯人までが包囲網を半径2m程度広げたようだが、そんな事は気にしていられないと太一は3撃目の準備をした。なにせまだ怒りは全然収まっていない。

 「そもそも何ンな陰険な事やってんだよ!! 文句あんなら直接言いに来い!!」
 バゴォン―――!!

 何度も盾を叩きつけられたシャッターは、少しずつ変形こそ激しくなるものの今だに開かれない。
 「こ・・・の・・・・・・!!」
 こめかみにさらに青筋の数を増やして、盾を振り上げる太一。怒りで筋肉制御[リミッター]が外れたか、ガクガクに震えながらもまだ体は倒れない。力の込め過ぎで何箇所か手が指が切れ、流れる血による滑りがさらに力を加えにくくしているが、それを拭う事すらせず続ける。



 「ヤマトー!! いい加減開けやがれ〜〜〜〜〜!!!」
 ガコォン―――!!







*     *     *     *     *








 「・・・なんか太一さん、本気でキレてるね」
 当然の事ながら、少々分厚いシャッターとはいえ防音処理まではしていないため、外の声(+音)はよく聞こえる。

 「あの馬鹿が・・・」
 せっかく収まりかけた雰囲気をぶち壊しにする太一の暴動に、一度はなくなった額の血管が1本また1本と復活していく。

 ヤマトはつかつかと、先程と同じ場所兼現在の轟音の震源地へと歩いていった。シャッターを再び上げるため腰を下ろしかけ、ふと先刻言おうとして邪魔された言葉を思い出す。
 「ああヒカリちゃん」
 「はい、何ですか?」
 突如呼ばれる彼女。目元に微かに残った涙の跡を見つけ、ヤマトは薄く微笑んだ。



 「料理だったら俺が教えてやるよ。成長期にいろいろ食わせたおかげであいつの味覚、変にいじっちまったし」



 涙の原因を、女なのに男のヤマトよりも料理が下手と太一に言い切られた(直接ではないがそう解釈しても無理のない展開だった)せいだと考え、そんな提案をしてみる。実際週の1/3はヤマト作の料理を食べさせている太一を満足させようと思ったら、八神家プラス石田家の味付けをマスターする必要があるだろう。
 (・・・なんて、ちょっと押し付けがましかったか・・・?)
 なかなかヒカリから返事がない。確かに考えてみれば、ヒカリからしてみれば恋のライバルである(あくまでヒカリから見てみれば。自分は一度たりともそんな事を思った覚えはない)自分のお世話にはなりたくないのかもしれない。

 「・・・・・・じゃあ」
 暫しの後、俯いていたヒカリがようやく顔を上げる。
 今までとはどこか違う笑みを浮かべ、



 「お願いします」
 「ああ」



 こちらも苦笑で返すと、ヤマトはシャッターに手をかけた。外ではまだ騒ぎが続いている。

 『ヤマト! お前は俺たちの仲を何だと思ってる!? 3年前固く手を繋いで「俺は死んでもこの手は離さない」って誓った―――!!」
 「うるせーっつってんだろ!? しかも何周りが誤解するよーな言い方してんだよ!!」
 少々赤らんだ顔を誤魔化すべく太一の胸倉を掴み上げ、続けて怒鳴る。
 「だいたいだな太一! てめーが今だに一番わかってねーみてーだから今ここでハッキリ言っておく! 俺はてめーの『恋人宣言』に頷いた覚えもましてやてめーの事が好きだと言った覚えもねえ!!」
 そのまま放り投げようとしたが、それより早く盾を捨てた(ちなみにそれは思いの他よく飛びギャラリーの1人を直撃したが)太一が、逆にヤマトの襟を掴み返してきた。
 「じゃあお前は今までの俺たちは何だって言うんだよ!?」
 「『親友』だ!! それ以上でも以下でもねえ!!」
 「だったら―――!!」







*     *     *     *     *








 尚も見苦しくわめくバカップル2人を銀行内から見つめるタケルとヒカリの目は、揃って半眼だった。

 「あーあ、やってらんないね・・・」
 「ホント、もーごちそうさまって感じね」
 「あの・・・、止めないでいいのかな・・・・・・」

 オズオズと手を挙げ尋ねる賢に、2人は爽やかに笑ってみせた。本当に爽やかに、最早そこには一片の闇も見せず。

 「僕が? ゴメンだね。僕は往来で堂々と『友情』について語り合える程熱い人じゃないし」
 「私もゴメンだわ。人前で大声で愛を叫ぶ『勇気』は私にはないし」
 「それってつまり・・・・・・」

 大輔が嫌な予感を胸に抱えた。ところどころに散りばめられた単語が痛すぎる。

 「ああ、大輔君に止めて欲しいなんて言わないよ? あの人たちが特殊すぎるだけだし」
 「あれはもう、紋章以前の問題よね」



 アハハと笑う2人を見ながら、

 この兄らにしてこの弟妹あり、などと考えてしまったのは―――賢だけの秘密である。







*     *     *     *     *








 ちなみに強盗事件の方は、あの後裏口から強行突入した警官隊の手によってあっさり片付いた。犯人を逮捕した後の警官は、インタビューを求めた記者たちに『とある民間人』の協力により『犯人らの戦意を効果的に喪失』させ、結果『奇襲』に成功。『迅速』に逮捕出来『けが人も極めて少数』だったと答えた。
 犯人逮捕に最も協力した『民間人』2名は―――



 「てめー
TPOってモンを知らねーのか!? ンな所でンな恥ずかしい事言ってんじゃねえ!!」
 「つまり2人っきりで静かな夜いー感じの雰囲気の所だったらいくらでもいいって事か!?」
 「誰がンな事言った!?」



 今だに銀行入り口で争ったままである。おかげで野次馬集は、今だとっくに事件が解決している事を知らない。



―――2'.太一再びfin