―――2.太一
『子ども』というカテゴリーに当てはまったのだろうか、人質を誰にするか見回していた犯人の目が、自分達のところで止まった.中学生2人に小学生4人.親子連れというのも何組かいるが、扱いやすさから考えると自分達くらいがベストか。
そこまで考えた太一は、次に自分達を見た。全員自分達に向けられた犯人の目と、その意味は察しているらしい。怯える賢に、それをかばうように手を回した大輔。「キャ〜怖い〜v」と笑顔で自分とヤマトにしがみつくヒカリとタケル。空いた手で軽く頭を抱えてため息をつくヤマト―――これは(ムカつくが)弟の反応への拒絶ではもちろんなく、予想通りの陳腐な展開に対するものだろう。そして・・・
太一は威嚇するように犯人を睨んだ。犯人の目もまた、自分へ向けられたまま止まる。この時点で太一の心の中での葛藤を記すとこんなものか。
―――ヒカリは絶対人質にする訳には行かない。ヤマトはああ見えて腕っぷし強いからこの程度の相手1人で楽々片付けるんだろうけど、拳銃がある以上油断は出来ないし、第一ヤマトを敵に差し出すなんて真似絶対したくない! 大輔・・・はやっぱ後輩だし、先輩が後輩守るのはま−当然か。賢は、まあいろいろあったけどせっかく仲間になれたんだし、こんなに怯えてるしなあ・・・。こーなったらいっその事タケルでも生贄にするか。あいつ何気にず太いし、どーにでもしそーだし。それに万が一何かあってもヤマトの事は俺に任せて・・・v
・・・はっ! ダメだ!! そんな事したらまずヤマトが暴れる! タケルの事に関しちゃあいつ理性0だしな。で、助けたらどーなる? 姫を助けたナイト。その後やるのはお決まりのパターンか! 感動して抱き締めあってキ―――!!!
ぜってー許さん!! ならやっぱ俺か!? そしたら今度はヤマトが俺の事助けてくれて・・・・・・vv あいつ普段冷てークセにいざとなりゃ優しーもんなーv さすが『友情』の紋章の持ち主。『友』情ってのが気にくわねーけどまーそんなの言葉遊びだし。けどそーいや紋章って大輔に受け継がれちまったっけ。まーいっか。ンな細かい事気にすんなって! よし決定!!
本当に僅かな時間でコレだけの作戦を練り、ついでに惚気と妄想までかました太一のコンピューター並みの頭脳に賞賛を送る者は誰もいないが、かくて彼の思惑通り事は進んだのだった。
「そこの威勢のいいガキ、てめーで決定だ」
(おっしゃあああああ!!)
心の中でガッツポーズを浮かべつつも、それを周りに全く以って悟らせないままに太一は犯人に腕を掴まれた。ポーカーフェイスには自信がある。少なくとも顔ですぐバレるヤマトよりは。
「お兄ちゃん!」
腕にしがみ付き止めようとするヒカリに「心配するなって」と優しく笑いかけ、静かに振りほどく。
(おーっし! これで後はヤマトがー・・・!!)
「さっさと来い!」
(ヤマトがー!! ヤマトがー! ヤマトがー・・・・・・・・・・・・)
引かれるまま中腰になり、
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?)
そこでピタリと止まる。
ギギギッ、と音が鳴りそうな程不自然に顔を動かす。心配そうに自分を見つめるヒカリ・大輔・賢。なぜか―――などと言っても理由はもの凄くよくわかるが―――嬉しそうにこちらに笑みを見せるタケル。そして、
「・・・こんな事態に何か一言でも言う事ってねえのか?」
「ああ?」
太一の言葉にようやく目を向けるヤマト。頬杖を突いたまま、完全に半眼で。
言われて初めてこの騒ぎに気付いたかのように、目だけでぐるりと見回し―――『一言』、言った。
「人質だろ? さっさと行けよ」
「ヤ〜マ〜ト〜・・・」
愛情のかけらもない台詞に、さすがにぶわ〜っと涙を流しつつ太一は上目遣いでヤマトを見た。
そんな太一にさらに追い討ちがかかる。
「よかったね太一さん。選ばれてv さすがだねv 誇りを持っていってらっしゃ〜いvv」
兄の腕に己のそれを絡めたまま、タケルが余った手をパタパタと振った。
「あ、心配しないでv 太一さんがどーにかなってもお兄ちゃんのことは僕が責任もって支えるから。だから安心してねv」
「タケル、お前もか・・・」
この弟と自分の思考回路が完全に一致していた事に、太一は肩を落として再び座り込んだ。
力の抜けた腕にまたかかる重み。
「大丈夫よお兄ちゃんv こんな薄情兄弟放っておいて。お兄ちゃんには私がいるからv」
「あ! 何かなそれ! お兄ちゃんの情が薄い!? こんっなに! 情に溢れる人捕まえてよく言えるね!!」
「あら? それってただのプラコンだからタケル君には優しいだけでしょ? そんな偏執的思考の持ち主に、お兄ちゃんはとてもあげられないわねえ」
口に手を当てオホホと笑うヒカリに、ついにキレたらしいタケルが立ち上がった。
「へんしゅ・・・!! 太一さんこそシスコンなんて変態趣味者じゃないか!! しかもそのクセして手当たり次第手、出すし!!」
「変態!? お兄ちゃんと私の関係をそんな風に示すなんて、タケル君、お兄ちゃんの教育がなってないんじゃない!? しかも手当たり次第って何よそれ!! お兄ちゃんはそんな浮気性じゃんないわ!!」
やはりこちらも立ち上がるヒカリ。タケルは立ち上がった彼女に指を突きつけ、
「空さん命がけで助けて光子郎さん押し倒して挙句にお兄ちゃんには『死んでもこの手は離さない』!? これが浮気性じゃなくて一体なんなのさ!!」
「全部しっかり理由付きじゃない! しかもヤマトさんは自分で誘惑したんでしょ!? いつも澄ましてるクセにお兄ちゃんの前でだけ色っぽく泣いちゃって!!」
「はあ!? お兄ちゃんは僕のために泣いてくれてたんだよ!? それをわざわざ勘違いして魅せられる辺り太一さんキミじゃ欲求不満なんじゃないの!?
―――まあお兄ちゃんの美貌は全人類の宝だし、それに魅せられた太一さんも、それに関しては正常っていえるけどね」
さすがに妙になり始めた会話に、兄らが座ったまま疲れた声で制止をかける。
「なあタケル・・・」
「おいヒカリ・・・」
『お兄ちゃん達は黙ってて!!』
「「はい・・・・・・」」
(怖えー・・・・・・)
よもや自分の弟/妹に抱くとは思わなかった感想と共に、兄2人は上げかけていた腕を下ろした。
見た目天使の2人がなおも見苦しいバトルを繰り広げる。
「何よそれ! つまりその『ビボー』だけが自慢で他はダメって事じゃないの!? 『お台場のアイドル』なんていかにもそう言ってるじゃないの!!」
「お兄ちゃんは見た目だけのアホじゃない! 成績優秀・スポーツ万能・おまけに家事までパーフェクトにこなすお兄ちゃんいそれ以上何を求めるのかな!?」
「スポーツなら私のお兄ちゃんの方が勝ってるわよ!!」
「へ〜知らないんだ。サッカーの腕だったら、お兄ちゃん、太一さんと互角だよ・・・?
残念だねえ。自慢するところが1個消えて。ただでさえ少なかったのに」
―――『上』で騒がしい2人を見る事もなく、太一とヤマトは同時にため息をついた。
「なあ・・・」
「ああ・・・・・・」
「仕方、ねえよなあ・・・」
「他に方法がねー以上なあ・・・・・・」
疲れた目で一瞬見つめ合い、互いに頷く。どうやら考えている事は同じらしい。
太一は今だ自分の腕を掴んだまま凍っている男の腕を逆に掴み返し、ヤマトへと小さく呟いた。
「・・・・・・怒るなよ?」
「・・・別に」
目を逸らしそう呟き返したヤマトは明らかに拗ねていた。やはり顔に出やすいタイプだ。
(こりゃー後でちゃんと謝らねえとな・・・)
そう思う一方で。
―――やっぱ俺ってヤマトに愛されてるよな・・・・・・
それだけで幸せな気分になれる自分を、太一はいじらしく思った。
「何よ1個ぐらい! お兄ちゃんの本領はそのカリスマ性において発揮されるのよ!!」
「何さその『カリスマ性』って!! いかにも怪しげな宗教の創始者っぽいし!!」
叫ぶ2人及びそれを見守る(?)人には気付かれぬ間に、
兄2人の作戦は実行された。
* * * * *
「―――まあまあヒカリ。そんな訳わかんねえ争いも終わりにしてな?」
「そうだぞタケル。せっかく一緒にいられるんだからわざわざ妙な騒ぎに時間を費やす事もないだろ?」
そう言いながら、2人はにっこり笑って互いの妹・弟の肩に手を回した。
「「お兄ちゃん・・・?」」
呟くヒカリの肩を引き寄せ、太一は自分の肩にもたせかけて、
呟くタケルの頭に手を置き、ヤマトはポンポンとそれを撫で付け、
「「という訳で行くか」」
「「うん!」」
殺気立っていた雰囲気も一瞬で霧散し、和気あいあいと4人が出て行こうとする・・・。
「あ、あの・・・!」
そんな4人の背中に、ようやく我に返ったらしい賢が声をかけてきた。ちなみに大輔は今だにどこかを彷徨っている。まあ好きな子からあれだけ激しいものを聞かされたら当然かもしれないが。
「どーした賢?」
「早く来いよ」
「じゃなくて、今銀行強盗の最中―――!」
だが何故か焦って離す賢に向けられたのは、兄2人の爽やかな笑みだった。
「何今更そんな過去の事言ってんだよ?」
「もう終わった事だろ?」
「終わったって―――」
どこが、と聞き消そうとして周りを見回した賢の瞳が―――いや、賢自身が。
ある一点を見たまま凍りついた。
真っ赤なペンキを被せられた人形のようなものが、端で山積みになっている。
「さ〜って、どこ行こっか?」
底抜けに明るい太一の声を聞きながら、
賢は2度と彼らには手を出すまい、と、太陽と真昼の月に向かって堅く堅くそう誓った
―――2.太一fin