―――番外編.タケルとヒカリ
「人質、か・・・・・・」
その言葉に、大輔はピクリと反応した。いくら普段無謀・馬鹿の紋章の持ち主と周りに言われていようが、さすがに『人質といえば女か子ども』といったセオリー位は知っている。
そしてこの場に、それに最も相応しい人間は自分達しかいない。
(太一先輩やヤマトさんならどうにかなりそうだけど、もしヒカリちゃんや賢だったら? ここにはパートナーデジモンもいねーし・・・)
いざとなったら身を張って守るしかない。身を盾にして、拳銃の前に・・・
(けど、出来んのか・・・?)
デジタルワールドで『戦い』は行っているが、『命のやり取り』と言う激しいものはない。先程はまだここまで緊迫した状況ではなかったため拳銃を奪って云々など言えたが、今は心臓が口から飛び出そうな程ドキドキしており指一本すら動かせない。
「なら・・・・・・」
恐れていた最悪の事態が起こった。拳銃を手に見回していた犯人達が、『それ』を見つけたらしく止まったのだ。
それ―――人質を。
2人の犯人の視線と手の中の拳銃は、一方向を向いたままピタリと固まっている。
(タケル! ヒカリちゃん!?)
喉が詰まる。声が出ない。
2人の位置はそれぞれ兄に挟まれ微妙に遠い。自分1人ではどちらかしか助けられない。
(・・・・・・って、アレ?)
何か物凄く重大な見落としをしているような気がして、大輔は動き出しかけていた体を止めた。
何か足りない。足りないが故の違和感。大体なぜ自分は両腕を広げて2人共を庇おうとしている?
(太一先輩? ヤマトさん?)
その場に決定的に足りないものをようやく悟り、下へ下りていた目線を上に上げる。
「なら、その2人を―――」
犯人の言葉は最後まで続かなかった。鳩尾越しに肺にめり込んだ拳の前に、息を搾り出して吹っ飛ぶ。
ガシャアン―――! とガラスを砕き窓枠とシャッターの間にめり込む犯人2人に最早視線を送る事もなく、兄2人は美しいまでの左右対称[シンメトリィ]を描き互いと逆側にいる犯人を見やった。
「太一」
「ヤマト」
静かに呟き、顔の高さにまで上げた拳同士を軽くぶつける。それ以上の言葉はいらない。お互いに何がやりたいのかわかっているから。
目線すら合わせないまま2人は拳を離し、己のやるべき事を始めた。
* * * * *
「おおおおおおお!! スッゲー! スゲーよ太一先輩とヤマトさん!! 完全にジョグってるよ!!」
「ジョ・・・、ジョグってる・・・?」
先程までの緊迫感はどこへやら、まるでサッカーの観戦でもしているかのように盛り上がる大輔と、一方的(にしか見えない)な殺戮劇を繰り広げる太一とヤマトを交互に眺め、賢は額に汗を一筋流した。
(ジョグってる・・・?)
犯人は最初に退場した2人を除き5人。太一側に3人、ヤマト側に2人。子ども2人と油断してかそれとも逆上してか、どちらにせよ彼らの動きは統一性もコンビネーションも何もなくてんでバラバラだ。
一方太一・ヤマトの動きは洗練されたものがある。元々のケンカの強さと、何度も視線をくぐった度胸の良さ。そして何より大事な弟妹に手を出されかけたという怒りが、2人にいつも以上の力を与えているらしい。
が、
「ジョグレスっていうのとは何か違うような・・・」
「何言ってんだよ賢!」
勢い良く大輔が振り向く。
「指示もなし! アイコンタクトすらなしにあれだけ出来るんだぜ!? あれはもう、心が1つになってるとしか!」
言われてもう一度よく見てみる。相手は全員飛び道具有。つまりは直接戦っている人数以上に敵は多いという事になる。実際何度か使われたし、壁といわずカウンターといわず弾痕がある(しかも内一発は自分のすぐそばを掠めていった)。だがお互いの体には全く当たっていない。一方ではヤマト目当てで撃とうとすた男の膝を太一が蹴り潰し転ばせたり、もう一方では逆に太一を狙った拳銃にヤマトがその場で拾った道具を投げつけたり。
互いに背中を預けるというのはこういう事なのだろうか。大輔の指摘通り2人は相手に何もしていない。する必要はないとわかっているからか。
完璧なる信頼。一体化[ジョグレス]といえばそうなのかもしれな―――但し、ある意味では。
「うお!?」
「え・・・?」
なぜだか妙に疲れている賢に、またしても大輔の驚きの声がかかる。
「タケルの奴とヒカリちゃんまでジョグレスかよ!? クソー! 俺もやりてー!!」
「・・・・・・・・・・・・」
見やると、2人揃って胸の前で手を組み『お兄ちゃん、カッコイイ・・・vvv』と瞳を輝かせハモっている。
(ジョグレスの定義って一体・・・?)
さらにどっと押し寄せてくる疲れに肩を落とす賢とは遠く離れた世界(意識的に)で、戦いの幕が下りた。
* * * * *
まだ僅かに意識があるのかピクピク指を震わせ呻く犯人の顔を、太一は軽く蹴飛ばして黙らせた。ゴボゴボ様々なものを吐き出すそれを見ながら、初めて顔を顰め呟く。
「てめーらごときが俺の妹に手ぇ出そうなんざ100万年早ええっつーんだよ」
「全くだな」
相槌を打ち、ヤマトもまた手についた血を見てやっと眉を寄せた。手を振って雫を飛ばしていると、少し小さな手でふわりと包まれる。
「タケル・・・?」
「ありがとう、お兄ちゃん・・・」
柔らかな笑みを浮かべ、そろそろとタケルは両手で包み込んだ兄の右手を自分の口元へ持って行った。手の甲にキスを1つ落とし、ついていた血を舐め取る。
「・・・汚ねえぞ?」
咎めるように、だが全く嫌悪感は表さずヤマトが言葉を口に乗せた。
「いいんだよ。お兄ちゃんが僕のために戦ってくれた証なんだから」
「そっか・・・・・・」
先程までの戦いからは全く想像出来ない優しい仕草で、ヤマトは血の付いていない方の手でタケルの髪を梳いた。気持ち良さそうに目を細め手の甲を舐め続けるタケルを、自分の胸へと引き寄せる。太一の方を見ると、彼もまた妹ヒカリをきつく抱きしめ、項に顔を埋め何か囁いていた。
恐らくそれと同じであろう事を、タケルの手の取りヤマトも囁いた。
―――無事でよかった・・・・・・
* * * * *
兄弟兄妹より一層の愛情を深め合い爽やかに出て行く4人を、賢が何も言わずに見送っていると。
再び隣で大輔が騒ぎ出した。
「あ〜! ホントいーなー! 俺もあんな風に誰かとジョグりてーーー!!」
「いや・・・・・・。ああいう風になら無理じゃないかな。君も・・・・・・僕も」
「あ、そっか・・・。お前兄貴が・・・・・・・。ゴメン」
普通の兄弟なら無理ではないかという意味で言ったのだが、大輔は兄の死んでしまった自分を気遣うようにしんみりと謝ってきた。
訂正しようかとも思ったが、理解してもらえないような気がしたのでそのままにしておく。何となくだが。
「うん。気遣ってくれてありがとう・・・」
上の空で呟き、賢は大輔から顔を逸らした。心の中で目の幅涙を流し、思う事はただ1つ。
(ありがとう治兄さん。貴方は普通の人で・・・・・・)
―――番外編.タケルとヒカリfin