―――3.タケル
人質を探す犯人がの目がピタリと一点で止まった。一点―――タケルの元で。
「ったく、ガキのくせにちゃらちゃらと・・・」
銀行に入った時点でいつもの帽子は取っていた。同じクオーターでありながら、兄よりも日本人の知が濃いらしい自分は確かに『金髪に染めた日本人小学生』と見られる事が多い(逆に兄はよく本物の外国人と間違えられる)。小さな頃はそのおかげで周りから妙な目で見られ嫌だったが、今では自分でも納得出来るし、本当に外国人(しかも少女)扱いされ敬遠される兄と比較して実は自分はまだマシだったんだなあと感じてさえいる。―――ちなみに、念のため言っておくが特にこの外見が嫌いな訳ではない。あくまで念のため。
「あ、僕?」
タケルは自分を指しにっこり笑ってみせた。人を小馬鹿にしきったその動作がよほど気に食わなかったか、覆面の上からでもわかる程怒りを露にして犯人が近寄ってきた。
「そーだテメーだ!! さっさと来い!!」
「別にいいけど・・・・・・」
笑みのまま意味ありげに言葉を濁す。が、それにさらに逆上したのかそれとも元から単細胞なのか、犯人は構わず手を伸ばしかけ―――
ガシッ!
突如横から伸びてきた手に腕を掴まれた。
タケルの笑みが一層深くなる。
「―――こういう事になるから気をつけてね」
『手』の持ち主を見る間も、まして何をと問う間もなく、犯人の体は宙を舞っていた。掴まれた腕を捻られ、それを直そうとする筋肉の自然な流れに合わせ足を払われ、顔面から転ばされたのだが―――それがわかったのはやった本人と、その隣にいる親友というか恋人というかまあ何というかの関係の男だけだろう。
倒れた犯人の腕と肩を左足1本で極め、そのまま睨みつけつつ1人の少年が立ち上がった。染色では出しにくい混じりけのない金髪に覆われた彼は、人形のような整った顔を崩すことなく無表情のまま踏んだ足に力を混め、顔に合った甘く低い声にドスを効かせて呟いた。
「俺の弟に汚ねー手で触んじゃねえ」
ボキッ!
肩が外れたのか腕が折れたのか、そんな異音が響き渡る。
明らかにおかしい右腕を抱え転がる犯人からようやく足を外し、彼―――ヤマトは残り6人を見回した。
口の端を僅かに上げ、問う。
「次は誰だ?」
犯人全員の背に冷たいものが疾った。恐らく初めて知ったであろう『殺気』。それに気付けるほど賢い者は何人いるか。
「―――来ねえならこっちから行くぞ」
ヤマトの冷たい宣言と共に―――
犯人達にとっての悪夢が始まった。
* * * * *
「あーあ、ヤマトさん完全にキレたわね〜・・・」
「だからちゃんと言ったのに・・・」
「いーよなータケルはヤマトに想われて。俺なんて完全無視だぜ?」
「あ、太一さん。ついに僕とお兄ちゃんの事認めてくれるんですか?」
「ンなワケねーだろ」
「あの〜・・・」
「何だ大輔?」
「いーんすか? 助けに行かなくって・・・」
「助けにって・・・・・・」
そこでようやく会話が途切れた。
『・・・・・・・・・・・・』
無言で全員顔を見合わせ―――さらに現在も続いている騒ぎの方を見た。
ヤマトの快進撃はとどまる気配を見せない。決して走る事なく銀行内に散らばっていた犯人の元へ歩み寄り、素手でバタバタなぎ倒す。拳銃を向けてくる奴らには、途中で拾ったらしいペンやらを手首のスナップだけでで投げ正確に叩き落す。そのコントロールはさすが元リトルリーグのピッチャー。間に合いそうにない場合はためらいなく近くにいる犯人を生きた盾にし、一瞬の隙をついてやはり双方共に倒す。暗色の上下に長い金髪を躍らせ優雅に舞う姿は、誰もがみな野生の黒豹か黒猫を重ねてしまう。
そんな彼を指差し、
太一は的確な判断を下した。
「・・・・・・必要ねーだろ?」
「確かに・・・・・・」
「むしろ、相手に助け必要そうですね・・・」
「助けるどころか、本気になったヤマトは俺でも止められねーぜ?」
「太一さんですら、ですか?」
「ああ・・・ってそーいや大輔や賢は知らねーか。俺とヤマトは3年前の冒険で、毎日毎日掴み合いのケンカばっかしてたからなあ」
「毎日毎日、ですか?」
「そうそう。もう毎日いろんな理由で。
おかげで太一さんもお兄ちゃんも生傷だらけだったけど、内2/3くらいは敵にじゃなくてお互いに付け合った分だし」
「ま、まあそんな訳だ」
「つまりどういう事で?」
「つまり、ヤマトが俺よりずっと弱かったんなら2・3発殴ってすぐ終わってる。イコール俺とヤマトは互角だって事だ。
今ならあいつバンドばっかやってるから、もしかしたら俺の方が上かもしんねーけど・・・・・・」
「ムリ、でしょ?」
「・・・痛いなタケル。
そーだよな。お前が懸かっちゃあいつはマジで無敵状態だしなー。あ〜あ。俺もそーなりてえ・・・」
「でもお兄ちゃんは私が懸かったら無敵でしょ?」
「そりゃもちろん。けどそれでヤマトと戦り合ったら・・・・・・今度こそ間違いなく死人出るな」
「けどタッグ組んだら最強ねv」
「ヒカリ・・・。頼むから大災害[カタストロフ]は望まないでくれ・・・」
「あはは。確かに最強そう。
―――ところで一乗寺君」
「何? 高石君」
「僕、そんなお兄ちゃんを見て育ったから」
「・・・・・・・・・・・・。
わかってるよ。2度と君には手を出さないよ」
「アリガトv」
そんなこんなをしている内に終わったらしい。血まみれの男達(生死判別不能)が横たわる中、なぜか全くもって穢れる事なくただ1人立っていた大和が、僅かに乱れた髪を直しつつ手を伸ばした。
「じゃ、行くかタケル」
「うん!」
伸ばされた手をタケルがギュッと握り返すと、ヤマトは顔を綻ばせた。その変化に、見る者皆が顔を赤らめる。
(か、カワイイっすヤマトさん・・・・・・)
それは、彼にあまりいい印象を持っていなかった大輔すらも虜にするほどの魅惑的な笑み。
ほんわかする一同の中で、例外は唯2人。
「あーあ、恐るべきブラコンね」
「いや八神さん、君がその言葉を使うのもどうかと・・・」
「何か言った? 一乗寺君」
「ううん、別に・・・・・・」
腕を組みため息をつくヒカリと、目を明後日の方に向け乾いた笑みを浮かべる賢の後ろに、室内にしては明らかに不自然な風が吹いていた・・・・・・。
―――3.タケルfin