最強は誰だ!?

―――6.賢



 「人質・・・・・・よし、じゃあそこの女みたいなガキ! こっち来い!」
 犯人が言葉を投げかけた先で、中学生
&小学生グループは明らかに困惑していた。
 互いに目を交し合い、思う事は全員同じ。



 ―――該当者が多すぎる・・・・・・。



 中学へと上がり筋力も発達し出した太一はまず除かれる。いかにもやんちゃな少年的イメージの強い大輔もそうだろう。わざわざ女『みたいな』とつけた以上、ヒカリも別だと思われる。
 さて。



 ・・・・・・残り3人を否定する要素が微妙に見つからない。



 常にも増して(当たり前だが)不機嫌気味のヤマト。吊り上がりきった目は、たとえ『切れ長』と称したところで女の子のものではない。が、肩まで伸ばされたサラサラの金髪がそれを覆い隠しているため、見下ろす形の犯人らにはわかるまい。

 タケルもバスケットをやり身長も伸びたとはいってもまだ小学生レベル。その上すぐ終わるだろうと、帽子は深く被りっ放しだったりする。

 賢に至ってはカイザー時代というか天才少年時代の冷たさがなくなり、顔・物腰ともに柔らかいものとなっている。無意識ではあろうが現に今も、大輔の服の袖を摘んで脅える様はまさしく女の子!といった雰囲気だ。

 その困惑が伝わったわけではなかろうが、なかなか出てこない『人質代表』に苛ついたのか犯人が補助的一言を発した。



 「そこの黒髪で脅えてるガキ! テメーだテメー!」
 (よかった・・・)
 果たしてこれを思ったのは誰だったのか。そんな、突き詰めれば周りを不幸に陥れそうな疑問はさておき。



 「さっさと来ねーか!!」
 そう言いつつも犯人自らが業を切らしたか、人質代表―――賢の方へと歩み寄る。



 まず中学生2人に道を譲られ―――
 (まあいつもいつも俺ばっか出張っちゃ悪いよなあ。後輩思いの先輩としては、ぜひ活躍の場は譲らねえとなあ・・・)
By太一
 (なんか大輔に気に入られてねーみてえだし、ここで一乗寺助けたらますます嫌われそーだな・・・)
Byヤマト



 その弟妹の横を通り過ぎ、
  ((・・・・・・・・・・・・)) 判読不能



 そして目的の人物の元へと、腰を屈め手を伸ばす。

 (イヤだ・・・・・・!)
 そうは思っても声は出ず、ただただ大輔の袖を握る手に力を込めるだけの賢。その全身が震えているのを袖越しに感じ、大輔は眉を引き締めた。

 (俺が・・・・・・護らねーと・・・!!)
 胸の奥から湧き上がる保護欲。本能の従うままに大輔は賢の上に覆い被さった。



 「賢は絶対俺が護るからな―――!!」



 2・3発は殴られる覚悟で。犯人が諦め他の人を選ぶまで、この体をどける気はなかった。たとえその『他の人』が別の自分の仲間になろうとも・・・・・・
 それだけの思いを胸に抱き、大輔は次に来るであろう事―――衝撃と痛みを予想して目を固く閉じた。



 ガン! ゴン!



 響いたのは2発。殴るにしてはやたらと固く響いた音に疑問を覚えないでもなかったが・・・。
 どさっ。
 何かの崩れる音と共に自分の上に重くのしかかる存在に、さすがに大輔も目を開けた。普通引き剥がすなら寧ろ軽くなるのでは。それともこの状態で何か次の攻撃をするのか?
 眉を寄せ、とりあえず目の前にいた賢を見る。が、彼の目はこちらではなく自分の肩越しに後ろを見ていて。

 「・・・・・・?」

 大輔もまた顔だけを動かし後ろを見て、やっとおおむねの事情を把握した。自分に凭れる形でうつ伏せに倒れていたのは、先程賢に手をかけかけた(二重の意味で)犯人。どうやら気絶しているらしく、手足が痙攣している。

 それを振り落としさらに見上げた先にあったのは、バッグが2個。これが先程の音の正体だろう。どうりで音のわりに痛みが来なかった訳だ。

 バッグへ伸びた手を伝いその持ち主を探る―――までもなく、誰だかは既にわかっていた。この位置関係でこんなことを出来るのは丁度2人。

 その2人―――タケルとヒカリは、立ち上がった姿勢のままバッグを近くへ放り出し(ちなみに偶然なのか狙ってやったのか、バッグは2つとも倒れた犯人の頭に直撃し完全に昏倒させた)、互いに手を握り瞳を交し合った。



 「ヒカリちゃん・・・・・・」
 「タケル君・・・・・・」



 まるでアイを誓い合うかのように瞳は潤み、頬は上気していた。が、その口から語られるのは、愛の言葉ではなく謎の台詞。

 「やっぱり、君も・・・?」
 「ええ。あなたも・・・?」

 さらに5秒程それを確かめるように見つめ合った後。
 2人はミュージカル並のオーバーアクションで手を広げつつ振り向いた。



  「「お兄ちゃん!!」」
 その口が紡ぐは鳥の囀りにも似たハーモニー。その瞳が語るは2人の純真無垢な想い。そして―――

  「「は、はい!」」
 ―――その迫力が醸し出すは呆けていた兄2人を思わず2・3歩引かせつつ背筋を正しカクカク頷かせるだけの恐怖。



 完全に沈黙した犯人の背に片足ずつ乗せながら、2人の語り[モノローグ]が始まる。



 まず祈るように手を組み、ヒカリ。
 「小さな頃からずっと護られ続けていた私達。その大きな腕の中はとても心地よく、いつもその中で温もりを感じ甘え続けていた・・・・・・」

 次いで拳を握り、タケルが俯く。
 「けどこのままじゃいけないんだ! 僕達はただ甘えるだけの弱い存在じゃない! それを証明したくて、強くなろうと頑張ってきた」

  「「だけど!」」
 2人の声がまたもピタリとハモる。それだけ強く言いたいのだろう。



 再びヒカリ。若干俯き気味に目線を流し、哀愁を漂わせつつ。
 「駄目だったの。私達がお兄ちゃん達に追いついたと思った頃には、もうお兄ちゃん達は更なる高みにいたわ・・・」

 そしてタケル。体勢はほぼヒカリと同じで。ただし右手をヒカリの肩に軽く乗せ。
 「ならどうするのか? このまま僕達は永遠にお兄ちゃん達に庇護されるしかないのか?
  もちろん護られるのが嫌な訳じゃない。けどそれじゃ、僕達は永遠に『弟』『妹』のままだ!」

 「一人前に見てもらいたい」
 「対等に立ちたい」
  「「そう、それが私達の/僕達の願い!」」

 徐々に話すペースが速くなっていく。どうやら盛り上がり[クライマックス]が近いらしい。
 先程の台詞で兄2人にピタリとあわせていた視線を移動させ、2人はまるで鏡のように左右対称の姿勢で指を絡め見つめ合った。



 「私達は同じ存在だった」
 「このジレンマに悩み、決して浄化されない想いを胸に抱え苦しむ同士」
  「「けれど!!」」

 苦悩の表情はそのままに、だが上がった声のトーンと片手ずつをバッと広げたしぐさに2人の希望が、あるいは光が見える。

 「そんな私達でも出来る事があった!」
 「これで全てが解決する!」
  「「そう!!」」

 つまりは盛り上げたいらしい。効果音のつもりか勢いの問題か、犯人に乗せていた足を2人同時に踏み抜くドン!という音が響いた。ついでに犯人の絞り出す、「ぐぎゃ」という雑音も。
 そんな事は一切気にせず、2人は絡めていた手を兄達とは逆の方向へ広げる。その導く先にある『答え』に皆の視線を向け・・・・・・



  「「一乗寺君なら守れる!!」」
 「・・・・・・・・・え?」



 周りの視線が集まる中、賢はその一声を発するのが限界だった。のだが、無情にもむしろ無常にも弟妹によるエセミュージカルは続く。

 「まだまだお兄ちゃん達には届かないけれど!」
 「僕達はもう護られるだけの存在じゃないんだ!」
 「だからお兄ちゃん!」
 「僕達を―――」
 「私達を―――」

  「「妹として/弟として以上の目で見てください!!」」



 しん・・・と静まり返る会場で。
 「ヒカリ!!」
 「タケル!!」
 感動した兄馬鹿2名が、それぞれの妹・弟をぎゅっと抱き締めた。

 「あの〜・・・・・・」

 周りから先程の発言に対する抗議が上がったようだが、完全に自分達の世界に入った4人には聞こえない。

 太一がヒカリを抱き締めたまま柔らかい髪に頬擦りして、一言。
 「そっか。そんな風に考えてたのか。気付いてやれなくてゴメン・・・・・・」

 ヤマトがやはりタケルを抱き締めたまま、片手で頭を撫でつつこれまた一言。
 「けどな、そんなに急いで成長しなくても、俺達はちゃんとお前達の事は1人前として扱ってるつもりだ」



 「だから・・・、今だけでいいんだ・・・」
 「今だけでいい。俺達は、お前達の『お兄ちゃん』でいたいんだ・・・・・・」



 ミュージカルの続きではないけれど、ヤマトの言葉と同時に2人は胸に抱き込んでいた存在を優しく突き放した。子どもの成長の早さは知っている。だからこそ、今この時を大事にしたいのだと。
 そんな兄2人の想いが伝わったのかはわからないが、目線を合わせ、な?と微笑んだ時、
 ―――泣きそうな赤い瞳で見上げていたタケルとヒカリはゆっくりと頷いていた。
 俯いたまま固まる2人の頭を撫で、太一とヤマトは向かい合ってニッと笑った。
 「ンな風に想われてんじゃ―――」
 「ますます頑張らねー訳にはいかねえな」
 がしりと握り合った手が離れた時―――
 ミュージカル第2部が始まる。







*     *     *     *     *








 弟妹2人の想いを受け鬼神にパワーアップした2人に敵う者がいる筈もなく、第2部『乱戦の章』はあっけなく幕切れとなった。
 意気揚々と出て行く4人を見送り、賢は最後まで口に出せなかった抗議を呟いた。



 「高石君だけじゃなくて、八神さんにまで『守られる対象』に見られていた僕って一体・・・・・・」



 「ま、まあまあ・・・」
 笑みを浮かべ宥めようとする大輔を見て、さらに思う。

 (そういえば・・・、本宮もさっき僕の事守ろうとしてたっけ・・・・・・)

 沸々と、込み上げてくる思い。それはタケルやヒカリが感じていたものと同じなのだろう多分。
 思いそのままに叫ぶ。叫ぶしかなかった。



 「それじゃ、僕の人としてのアイデンティティってどうなるのさ〜〜〜〜〜!!!???」



―――6.賢fin