―――Final.そしてバトンはヤマトに渡り・・・
何だかんだで人質代表はヤマトに決定し、現在彼と、彼に拳銃を向けた犯人の1人は銀行前にいた。
「こいつを殺して欲しくなかったら車を用意しろ!」
それに相対するは警察官、そして野次馬[ギャラリー]。犯人らの思惑は見事的中したらしく、拳銃を突きつけられたまま目を閉じ俯くヤマトの姿に心を打たれたらしい観客一同に後押しされる形で、警官らも早くも車を用意していた。
まさか・・・・・・
(テロへの妥協・・・。末期的だな、日本の警察も)
・・・その囚われの人質がこんな感想を抱いているなど想像出来る道理もない。ましてや、顔が青白いのは緊張のせいではなく遺伝のため、大人しく従っているのは恐怖心からではなく好機[チャンス]待ちで暇なため、軽く俯き目を閉じているのは諦念からではなく耳を澄ましているから、などわかる者がいる訳がない。
「わかった! あと少し待ってくれ! もうすぐここに車が―――!」
その時。
(・・・・・・・・・・・・!)
ヤマトが目を見開き―――同時に犯人を突き飛ばして横へとずれた。
衝撃と驚きで引かれる引き金[トリガー]。放たれた銃弾がヤマトの頬を掠り、たなびく金糸数本を道連れに遠のいていった。
『な・・・・・・!?』
突然の人質のアクションに、全員が目を見開く。拳銃を撃ち込んだ犯人すらも、その体勢のまま固まっていた。
そんな中、ヤマト1人が行動を起こした。
若干細めた眼で今まで背にしていたシャッターを見上げ、短く一言。
「始まったな・・・」
え?ときょとんとする犯人に呆れ返りつつ、曲げていた首と共に視線を犯人の方へ戻した。シャッターを軽く握った拳でコンコンと叩き、ため息混じりに説明してやる。
「聞こえねーのか? 中、騒ぎ出してんだろ?」
シャッターの方に向き直る犯人。警察や野次馬も静まり返って耳を澄ます。
「ホントだ・・・・・・」
どこからか上がる感嘆の声。確かによくよく聞いてみれば、ゴトンだのガタンだの聞こえる。だが、
・・・今まで犯人と警察その他諸々があれだけ騒ぎ立てていた中、よく聞き取れたものだ。
尊敬に近い眼差しが集まる中で、全く以ってそれに気付かぬままヤマトは淡々と解説を続けた。
「この様子だと中は乱闘だな。拳銃の音はしねーみてえだけど・・・・・・撃つ暇もねーのか一応人道家一同なのか、あるいは撃つ事すら思い出せねー程アホ揃いなのか」
音楽関係、特に周りへの騒音に気を使うロックに近いものをやる身として、ヤマトは防音設備のたぐいには人一倍の知識を持っていた。先程連れ出された時見た限り、ここのシャッターおよびガラスはある程度の音は遮断してくれるものの、銃声まではとても消し切れないと思われる。あくまでその音量は今までテレビドラマなどで聞いたものを参考にしたのだが―――つい先程の実音からするとあながち外れてはいないだろう。
「ついでに言うと・・・・・・」
呟きつつ、まだほうけたままの犯人へと近付いた。その手に握られた拳銃をちらりと見やり。
「太一ほどじゃねーが、俺も足技は使えんだ」
ガッ!
脚を振り上げ手を蹴りつける。あっさりと犯人の手元を離れた拳銃は空高く舞い、
「え・・・・・・?」
何が起こったか理解しきれない犯人の目の前で、マイクを掲げるように上げられたヤマトの右手にピタリと収まった。
「―――で、どうする?」
得た拳銃をあっさりと捨て、ヤマトが興味なさげに尋ねた。
「あ、あの・・・」
何を言っているのかわからず犯人が言葉に詰まる。泳ぐ目が、道路を横滑りし警官の足に当たった自分の拳銃を捕らえた。
「今すぐそこら辺にいる警官に出頭して助けを求めるか、中に戻って仲間共々地獄を見るか、それとも今ここで俺のウサ晴らしの道具になるか。どれを選ぶんだ?」
わざわざ宣言する義理はないのだが、中で今酷い目に遭っているであろう『仲間』の事を思うとさすがにこの程度の親切心[なさけ]が働く。自分が連れて行かれた時の太一とタケルが醸し出していたものは、紛れもない殺気だった。あの場で暴れてはほかの人質に危害が加わると、目で制止命令を送ってはおいたのだが・・・・・・やはり無駄だったらしい。
「タイムオーバー・・・・・・」
ぼそりと呟くとほぼ同時、シャッターが吹っ飛びそうな勢いで開いた。
「ヤマト!!」
血相を変え飛び出してきた太一に何か言いかけ、ヤマトは口を閉じた。青褪めた太一の顔に朱が刺すのを見て、肩を竦める。
今ここで何を言ったところで彼の怒りは収まりはしないだろう―――自分の頬から一筋垂れる血を親指で拭い、舌で舐めながらそんな事を思う。
「てめー・・・・・・」
ギシリと太一が歯を軋ませる音が聞こえたか聞こえないかの刹那。
振り向いた犯人の体がシャッターにめり込んだ。
訂正。一瞬の事なのでそうも見えたが、正確には太一が犯人の覆面に右ストレートを決め、シャッターへとめり込ませた。
「俺のヤマトに何しやがる!!」
雄叫びを気合代わりに、更に右の膝蹴りが犯人の横腹に入る。鼻・口問わず穴から知を吐き倒れる犯人へ、微塵の容赦も慈悲もない蹴りが贈られた。
(まあ、とりあえず峠は越したか・・・)
観客が悲鳴を上げ、警官らもあまりの迫力に手が出せずにいる中、ヤマトは血の止まった頬を軽く掻き太一の元へと近付いた。
呻きも、痙攣すらも止まった犯人の顔を踏みつけ腹を蹴るそれらの行為は、何というかサッカー部期待のエースストライカーが行うという客観的事実により余計悪質なものに見せてきるような気もするが、そのようなささいな事は気にせず先程同様右手を上げる―――但し今度は握り拳で。
ゴン!
垂直に落とした拳は、下ばかり見ていた太一の後頭部に見事ヒット。頭を両手で押さえ「って〜!」と叫ぶ彼に、ヤマトは苦々しげに呻いた。
「いつどこで誰がお前のものになった」
「ヤマト!」
声に反応し顔を上げた太一にはバレないようにホッと息を吐く。普段周りを見て行動している(いい意味で)せいか、太一は一度理性[リミッター]が外れると逆に完全に周りを無視して暴走する傾向にある。手段のために目的をないがしろにするという言葉通り、その状態の太一ならば『ヤマト』でさえも攻撃目標としていたであろう。
「怪我してんじゃねえか! 大丈夫か!?」
「怪我って・・・・・・」
両肩を掴み心配そうに顔を覗き込んでくる太一を見て、ヤマトは言葉に詰まった。
感動したからではなく・・・
(お前の方が遥かにそれっぽいぞ・・・・・・)
今さっき倒した犯人の返り血が顔と足元にかかっていたが、それ以前に茶色の爆発頭といわず相変わらずな星付きTシャツといわず、全身をまだらな赤黒模様に染め上げていた。さながら用途不明の迷彩柄のように。
何も知らない人が見たら重傷人だろう。だが太一の強さを知っている人には一目瞭然だった―――全て返り血だと。
・・・という訳で、突っ込みは控えて素直に答える。
「別に大した事ねーよ。弾が掠っただけだ」
真剣に見つめる太一の目に照れ、外方を向きながらヤマトはぶっきらぼうに答えた。と、
「良かった・・・」
優しい響きと共に、温もりに包まれる。え?と逸らしていた顔を戻すと、ヤマトを抱き締め安堵した太一の吐息が耳元を撫でた。
「ホント、ヤマトが無事で良かった・・・・・・」
「太一・・・?」
純粋に心配していたのだろう。そう呟く太一の体が震えているのを感じ、ヤマトは宥めるべく腕を彼の背中に回し抱き返そうとした―――が、それが実行に移されるより早く・・・
「―――なああにをしているのかなあ。太一さん、お兄ちゃん」
「タ、タ、タ、タケル!?」
太一が出てきたのと同じ場所から暗く響く声に、ヤマトは顔を真っ赤にして反応した。もちろんその前に抱きついたままの太一のこめかみをエルボーで抉り引き剥がしてから。
「太一さん。いかにも自分1人の手柄っぽく話しておにいちゃんにコビ売るの、止めてもらえないかなあ」
「・・・。
何だよ。過半数倒したんだから別にいいじゃねえか」
「駄目だよ。所詮過半数。しかも4人目はただ入り口に近かったからだけじゃないか。少なくとも2人倒した僕にもお兄ちゃんにアピールする権利はあると思うけど?」
そう言いねちりと笑うタケルの口元へ血が(やはり返り血)流れ込み、見る者に異様な怖さを与えている。両手から下げられたバッグがぎとぎとの血まみれ状態になっているところからすると、こちらは凶器使用らしい。太一に比べれば付いている血の量は少ないが―――2人の話から察するに人数の差でか?―――明るい金髪やまだまだ小柄で華奢な体についた『赤』は凄惨さをより向上させている。
だが恐怖映画さながらのその光景を、
全く気にしない人もいたり。
「そっかv タケル、俺のためにvv」
今度は感動したヤマトがタケルの元へと駆け寄り抱き締めた。タケルも笑顔で兄の首に腕を回し、あっさりカップル成立(誤解含)。
「―――ってちょっと待てよ! タケル! てめーの方こそ手柄独り占めしてんじゃねーか!」
「・・・更に言うと一応1人倒した僕達の立場って、一体何なんだろうね」
やはり入り口から出てきた賢の言葉に、同じくやっと外へ出た大輔が同意する。ちなみに犯人7人の割り振りは以下の通り。
太一:4人。タケル:2人。大輔&賢:1人。ヒカリそしてヤマト:0人。
2人で協力した大輔の拳に少々、賢の革靴にも少々返り血が付いたが、普通人1人を倒すならばこの程度で十分だろう。いかに太一とタケルが徹底的に叩きのめしたかがわかる基準点[テスター]である。それとヒカリが0人な理由は・・・・・・わざわざ言うまでもなかろう。彼女のみ血も浴びず最初に銀行に入った時そのままの綺麗な格好だったりするのだが。
「あっ・・・・・・と、とりあえず、みんなサンキュ」
賢らのボヤきが聞こえたのか、それとも出てきたのが見えたのか、タケルから手を離しヤマトが照れ気味に礼を言った。まあそんな2人と抱き合ったのだから彼もまた見るも無残な状態になっていたのだが、それでも浮かべる笑みは誰をも魅了するものだった。
ほけ〜っとする周りに構わず(気付かず)言葉を続ける。
「じゃ、じゃあその礼も兼ねて昼メシ奢るから、ウチ来いよ。親父もいねーしさすがにこの格好でうろつくってのも何なんだし。
―――あ、けど他に行きたいトコがあるってんなら・・・」
「「行く!!」」
即答する太一とタケル。これでもし反論でもしようものならあの犯人らの二の舞になるだろう―――その思いで一致したらしい残り3人も頷いた。
「よーし! んじゃ、行き先はヤマトん家決定〜!」
『おー!!』
最初と同様太一の鶴の一声で、行き先は石田宅と決まったのだった!!
―――Final.再びヤマトfin