いんたーばる みっしょん!





SCENE

<パシフィック・クリサリス>にて。
展望甲板でトラブルの報告を受けた宗介。かなめと別れようとしたところで等身大
AS<アラストル>に遭遇。現在逃走中。
一方クルツ。こちらは本編通り貨物室にてアラストルと遭遇。ホールへ駆け込み急いで陣高生を避難させているところだった。
逃げる宗介とかなめ。どうやら狙いはかなめの捕獲らしい。ならば、とかなめが囮作戦の提案をした。それを宗介が渋る間に、2人を追っていたアラストルの1機が突如床を突き破って下へ飛び降りてしまう。下は丁度陣高生たちのいるホール。避難はまだ終わっていない。標的を発見したアラストルが怯え、固まる少女へと向かおうとし―――






 「な・・・・・・!?」
 「ひゃっ・・・・・・」
 クルツとその女生徒の声はぴったり同時に発せられた。先ほど自分も襲われたあのロボットが、今度はただの少女を襲おうとしている。
 「くそ・・・・・・!!」
 受け取ったばかりのサブマシンガンを急いで向ける。が、
 (撃てねえ・・・・・・!!!)
 間は
20メートル程度。射程距離には十分だ。倒すことは出来なくても当てて一瞬気をそらすことは出来る―――撃つ事が出来たならば。
 射軸にはまだ避難していない生徒や教師がいた。撃てば確実にそちらに当たる。いくらクルツの腕が良かろうが隙間なくごった返されていれば撃つのは無理だ。
 「逃げろ!!」
 無駄とわかっていながら呼びかけ、全力で走る。いきなりの事態にその生徒はただ固まって目を見開くことしかできていなかった。
 「―――!!!」
 絶望的な考えが頭をよぎる。鍛えられた人間ですら素手ではまるで歯が立たない。ましてやあの少女なら―――!!!
 アラストルの腕が少女に伸びる。
 (ダメだ間に合わねえ・・・!!)
 と―――
 先ほどアラストルが降って来た穴から、再び何かが降って来た。
 「逃げなさい! 早く!!」
 (女神・・・・・・?)
 思わず棒立ちになるクルツ。今度降って来たのは少女だった。今襲われているのと同じ。だが、その姿はまるで戦の女神を彷彿とさせるかのように気高いものだった。







・     ・     ・     ・     ・








 戦の女神ワルキューレことロボットに続いて飛び降りてきたかなめは、アラストルの肩に着地すると同時に後ろからフードを剥ぎ取り、頭の付け根、装甲の隙間に先ほど宗介からもらったスタンガンを突っ込んだ。
 「せやっ!!」
 スタンガンの電源を入れる。ほとばしる
20万ボルトの電流。この程度で壊れはしないだろうが、少なくとも一瞬の足止めにはなった。
 「下がれ! 千鳥!!」
 「言われなくても!」
 自分の出てきた穴からかかる声。それとほぼ同時にかなめは曲げていた脚を伸ばし、思い切り後ろへ飛び退いた。
 受け身を取って着地―――するよりも早く。
 アラストルに向かって銃弾が降り注いだ。上にいた宗介のフルオート射撃だ。
 「・・・・・・ってバカ! 自爆する・・・!!」
 顔面を蒼白にして悲鳴を上げるクルツ。だが、この程度ではさほど大したダメージにはならなかったのか、アラストルは多少ぎこちないながら再び動き出そうとしていた。
 止む銃声。姿勢を立て直したかなめに、上から身を乗り出して宗介が声をかけた。
 「大丈夫か!? 千鳥!!」
 「平気!! それよりあんたは上からここまで回り込んで!! アレやるわよ!!」
 「な・・・!! しかし―――!!」
 あれ―――囮作戦。確かに他の者に危害が加わる可能性が減り、なおかつ効率的な作戦だが・・・・・・。
 「駄目だ! 危険すぎる!!」
 怒鳴る宗介。出来るなら今すぐ飛び降りて彼女の援護に入りたい。現にあの1機だけではない。さらに2機、ホールには入り込んでいるのだ。
 が、
 「あたしのせいでみんなが巻き込まれてんのよ!? 今だって殺されそうになってた!! そんなの耐えられるわけないでしょ!? こうなったら囮でもなんでもやってあげようじゃないの!!」
 「千鳥・・・・・・」
 「あんたも! わかったらさっさと動きなさい!! それともあたしにムダ死にしてほしい!?」
 怒鳴りつけながらも僅かに震えている。本当は怖いのだろう。当り前だ。たとえ殺されない、とわかっていてもその作戦で最も危険なのは彼女なのだから。
 だがあえて彼女はその道を選んだ。その烈しさ、その雄雄しさ、そして何よりその神々しさはまさしく戦の女神―――。
 「―――了解」
 いつものむっつりへの字口を僅かに吊り上げ、宗介が穴から離れた。時間との戦いだ。あのロボットが彼女と認識し、連絡を取り終える前にこちらも中尉に作戦を伝え、下に移動しなければ。







・     ・     ・     ・     ・








 天井を突き破ってのロボットの乱入に、いきなりの銃撃戦。展開についていけずに、生徒や教師が避難も忘れ固まる。アラストルの1機は現在突如現れたこの珍入者が自分達の捕獲すべき対象か否か調べているようだったが、残り2機は動かない他の人間に襲い掛かろうとしていた。
 (やってあげようじゃないの・・・・・・!!)
 先ほど宗介に怒鳴ったのと同じ言葉を胸の中でも繰り返し、かなめは『全員』の注意をひきつけるべく怒鳴った。自分の胸に手を当て、
 「センサー感度マックスにしてよく聞きなさい!! あたしが<ウィスパード>の千鳥かなめよ!? あんたたちの探してるのはこのあたしよ!! わかったならさっさと来なさい!! あんたたちの『任務』はあたしの捕獲じゃないの!?」
 「カナメ!? 何やってんだよ!!」
 かなめのしている行為―――ほとんど自殺行為たるそれに、慌ててクルツが駆け寄ろうとする。話はもちろん聞こえていた。声からして上にいたのが宗介だともわかっていた。だが―――
 「黙ってて! ちゃんと聞こえてたんでしょ!? 何の訓練もしてない女の子が進んで協力してあげようって言ってんのよ!? 感謝しなさい!!」
 宗介と同じ事を言おうとしたクルツを、かなめが手だけで押し止める。視線はアラストルに向けられたまま。そして―――アラストルのセンサーもまた。
 こうなったらもう作戦に乗るしかない。
 「・・・ったく。あの朴念仁の策じゃねーな、こりゃ。君の案かい?」
 先刻は確認し損ねた弾倉をチェックしつつ、クルツがかすかに苦笑する。この突飛な案。あの宗介の慌てっぷり。これはかつて何度も彼女に助けられた時と同じだ。
 「そう。ただし詳しい作戦は知らないけどね。
  ―――詳しくはソー―――じゃなくて、あの『こだわりのある革命家の集い』の代表者っぽい人に聞いて」
 「お〜スッゲ〜。ちゃんと名前覚えてんの多分君だけだぜ?」
 ぱちぱちと響く拍手に、さすがにかなめの目がそちらを向いた。
 「どーでもいいところで感心してないでよ!! ていうかなんなのよこの名前は!? どのあたりに『こだわり』があって何を『革命』したいのよ!!?」
 「う〜ん。まあこのチーム名はあいつの独断だからなあ。やっぱセンスねーヤツに決めさせんじゃなかったぜ。せ〜っかく俺が『栄光ある騎士達[グローリー・ナイツ]』とかそんな感じのか〜っこいいの考えてたのに」
 「テロ屋のどこに『栄光』があんのよ!? そもそも『騎士』じゃないでしょ!?」
 「いーじゃんかっこよく聞こえりゃ。そんな細かいこと気にするやつなんていねーって」
 「・・・っていうかあいつはあいつでなんで『こだわりのある―――』って長いわよ! 『コダ革』に略すけど」
 「お。いいねえ。『コダ革』か。俺も聞いてて『なっげ〜』とか思ってたからなあ」
 「それはともかくなんであいつはそんなヘンな名前思いついたのよ!!」
 「あ〜。それこそ長い歴史があってな。実はそのテロ屋、実際にあったりしたんだよな〜」
 いや〜凄かったぜ。何せパンティーストッキングで武装してるわ人質にバニーガールの格好させるわあげくに―――と続くクルツの言葉を遮ってかなめが悲鳴を上げた。
 「こんなのが!? どーなってんのよこの世の中!?」
 「世の中・・・って。いや、あいつらだけだろンなの。てゆーかカナちゃん。今俺達のことも同列に扱ってただろ・・・・・・」
 「え? 何のことかしら? はっはっは」
 「視線そらすなって。
  まあとりあえず俺とあいつと姐さんが始めてチーム組んだ時の相手だからな。あいつもよく覚えてたんだろ」
 しみじみ頷くクルツ。ほとんど初めて聞く宗介の過去話にかなめもついつい聞き入りそうになって・・・・・・
 ふと首を傾げた。
 「ちょっと待って。そのわりにはあいつもあんたも名前間違ってなかった?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「―――だからあんたも視線そらすの止めなさいよ。
  それはともかく! というわけであの戦争バカが今お偉いさんと作戦話し合ってるから。クルツ君はそれに従って!」
 「お〜。カナちゃん、凛々しいね〜。よっ! 男前!」
 「あたしは女よ!!」
 「わーってるって。軽いジョークってやつ? ホラ。緊張感和らげんのにジョークが有効だってよく言うし」
 「和らげてどーすんのよ!!」
 「けどホラ。緊張しっぱなしじゃ疲れんじゃん」
 「だから落ち着いてたら死ぬでしょーが!!」
 「怒りっぽいな〜カナメは。
  あ。さてはアノ日だな? だから怒りっぽ―――が!?」
 「ネタが下品すぎ!!!」
 かなめがぶん投げたハリセンに頭を直撃され、あえなく倒れ込むクルツ。
 「ちょ、ちょっとタンマ! 今のハリセン! どっから出したのさ!?」
 「やかましい!! 対戦争バカ必須アイテムよ!!」
 「俺も『戦争バカ』の一員かよ!?」
 などと2人がやっている間にも、確認は終わったのかアラストルから出る機械音が僅かに変わった。ばかばかしい話をしていても注意はそちらから外さなかった2人がそれに気付かないわけがない。
 「カナメ・・・!?」
 「しっ! 待って! まだお互い連絡とってる最中よ!」
 「ンな事―――!!」
 「わかるわよ」
 ウィスパードとしての知識が告げる。各種照合にかかる時間。他の機体への通信接続。連絡する内容。交換する情報。それらにかかる時間。総合するとまだ攻撃には早い。
 「まだ・・・。まだよ・・・。まだ・・・・・・」
 呟き、カウントダウンを取っていく。下がる数値に比例して体が熱くなっていく。
ASで言ったらエネルギー上昇中、か。とにかくこれから起こる戦闘に向けてテンションが上がっていく。
 (来た・・・!)
 カウント0。
 「パーティースタート!!」
 右手を頭上に上げ鳴らす。ぱちんと鳴る小気味よい合図と共に、かなめの背後にあった扉が勢いよく開かれた。
 「千鳥! 走れ!!」
 待機し、合図を待っていた覆面男―――宗介が飛び込んでくる。反射的に体を反転させていたかなめが、宗介の構えたサブマシンガンを見て左に跳んだ。
 かなめの後を埋めるように、一直線に弾丸が彼女に向かおうとしていたアラストルに撃ち込まれる。
 「うおっ!? たっ!! たっ!!」
 そして同時にその後ろにいたクルツにもまた。
 「危ねーだろお前!!」
 ロボットの機体の陰に隠れてどうにか弾をやり過ごすクルツ。銃撃が収まると同時に宗介に怒鳴りつけた。
 「心配ない。他の人のいる方向へは撃っていない」
 「俺がいただろーが!!」
 「なおさら心配ない。作戦中の負傷なら危険手当がもらえる。よかったな」
 「よくねーよ!! 第一味方の明らかな『誤射』ならンなモンもらえねーよ!!!」
 「それは残念だ。だが結局怪我はなかったのだろう? なら話し合うだけ時間の無駄だ」
 「あ〜くっそ〜。このガキめちゃくちゃ殺してぇ・・・・・・」
 小さくぼやいて話を終わらせる。こんなことをやっている場合ではなかった。
 その間にも宗介の元に到達したかなめ。宗介が小さい声で何かを指示し、その背中を出口に向かって押しやる。かなめに当たる危険がなくなり、アラストル3機も遠慮なく宗介に向かって発砲してきた。
 「で!? 隊長殿! 俺たちゃこれからどーすりゃいーんだ!?」
 発砲音にかき消されぬよう大声で怒鳴るクルツ。自分も外へ向かおうとしていた宗介が一瞬だけ止まり、告げる。
 「奴らを誘爆させる! 3機目が出たらお前は後ろから攻撃しろ!」
 「あいよ! カナメは任せた!!」
 「言われずとも」
 敵の目の前での作戦会議。相手が人間なら馬鹿な行為と思われるだろうが、今回は小型
AS。たとえミスリルの所有する最先端のものを基準としたとしても、通常のASの積むAIに会話からその内容を判別するような高度な知能はない。ロボットだからこその弱点を突いた短いミーティングを終え、宗介が部屋から出て行った。
 それを追うアラストル3機。かなめが見つかった以上ここの連中には用はない、という事か。
 さらに続いてクルツが出口のある方向に向かった。直接出口にではなく、平行になる位置まで最短距離を進んで足を止める。最後の1機が右に方向を変えようとしていた。
 「さっきの礼だ! しっかり受け取れよ!!」
 コート越しに膝関節を狙う。体勢を崩すアラストル。近付きつつ、さらに弾を撃ち込み続けた。
 「自爆すんぞ!!」
 先に走っていったであろう宗介とかなめに怒鳴り飛ばし、内開きの扉を
90度開いてその影に隠れる。
 轟音。
 前の2機がどうなったのかはわからないが、とりあえず扉と壁が盾になってくれたおかげでクルツは無傷だった。
 「残りの人質急いで誘導しろ!!」
 クルツの怒鳴り声に、先に我に返ったミスリルのメンバーが教師や生徒を慌てて逃がす。その中で、クルツに銃と弾薬を渡した男が声を上げた。
 「軍曹! あの少女に任せて大丈夫なのでしょうか!?」
 宗介とかなめ、そしてかなめとクルツの会話を聞いて察したのだろう。この中で主導権[イニシアチブ]を握っているのは一体誰か。
 その言葉に、壊れた扉を捨てて出ようとしたクルツがぴたりと止まった。
 心配げな顔をする男に、にやりと笑って親指を立てる。
 「天使[エンジェル]の作戦[ごかご]は信じろ。そうやって俺達は何度も生き延びてきた」
 まあ突発的すぎんのが難点だけどな、と続けるクルツに何を感じたか、男が微笑み軽く敬礼した。
 「そうですか。
  ―――幸運を」
 「天使がついてりゃ怖いもんナシだけどな」
 軽口を叩いて出て行くクルツ。それを見送ることもなく、男もまた人質誘導に専念した。







・     ・     ・     ・     ・








 (カナちゃん・・・・・・)
 あれからどれくらい経ったのか、『テロリスト』の人たちに誘導された先で、恭子は両手を握り締めて友人の安否を気遣っていた。恭子も先ほどホールに残されていた者の1人だ。何がどうなっていたのかはさっぱりわからなかったが、とにかくかなめがみんなと違って危険な目に遭っていることだけはわかった。現にここには陣高生の中でかなめだけがいない。まるで以前のハイジャック時のように。
 (カナちゃん。どうか無事でいて・・・!!)
 と―――
 ばん!
 激しい物音と共に部屋の扉が開き、何かが中に転がり込んできた。さらに中で2・3転してようやく止まる。
 銃を向ける『テロリスト』の一同。悲鳴を上げるみんな。その中で、それの正体を最初に見抜いた恭子が周りとは違う悲鳴を上げた。
 「カナちゃん!!」
 ぼさぼさに飛び散る長い黒髪。ぼろぼろながらすらっとした手足に、自分と同じ制服姿。間違いなく、それは今も無事を願っていた親友だった。
 駆け寄ろうとし―――近くにいた覆面男に抱きとめられる。
 「カナちゃん! カナちゃん!」
 押さえつけられ、半乱狂になる恭子。無理もない。転がり込んでからかなめは一切動いていなかった。うつ伏せで、髪に顔の隠れたその姿からは生死すら判断できない。
 「落ち着くんだ君! 何があるかわからないぞ!!」
 その一方で先ほどクルツと話していた男は冷静にそう判断した。やはり囮作戦には無理があったのか・・・・・・。
 一般人、それも未来溢れる若者を巻き込んでしまった事に嘆く男だったが―――
 彼の判断は正しかった。
 ほとんど間をおかず、今度はクルツが中に飛び込んでくる。
 「軍曹・・・・・・!!」
 ここは最終防衛線より遥かに後ろ側だ。最前線で戦っているはずの
SRT要員がここまで下がってきた、という事は・・・・・・。
 嫌な汗が背中を伝う。だがそれを本人に聞くよりも早く―――
 ばん!
 入るとき同様クルツが後ろ手で荒々しく扉を閉めた。ほとんど間をおかず振動が全員を襲う。
 「は・・・・・・、くっそ・・・・・・あのヤロ、マジでンなトコで自爆させやがって・・・・・・」
 扉にもたれて大きく息をするクルツ。激しい戦闘と、機械相手に生身でという慣れない―――どころか初めての状況での緊張感に、既に心臓は限界を迎えようとしていた。
 そしてそれはこちらも同じ。
 「・・・・・・って・・・、クルツくん・・・・・・」
 今までピクリとも動かず何とか呼吸を落ち着けようとしていたかなめがむくりと上半身を起こした。
 「あたしこれでも・・・・・・一応女の子なんだから・・・・・・、扱い、もうちょっと考えて・・・・・・」
 「ソーリーソーリー、ミス・カナーメ・・・・・・。
  けど・・・ンな事考えてたら2人で死ぬって・・・・・・、イヤまじで・・・・・・」
 「そりゃ・・・あたしだってわかってるけど・・・・・・」
 「だろ・・・・・・?」
 「けどね・・・・・・」
 短時間ながらどうにか息の落ち着いてきたかなめが、思い切り酸素を吸い込み―――怒りと共に一気に吐き出した。
 「むしろ許せないのはあの戦争バカ!! あいつは一体何考えてんのよ!! あたしがそばにいるってのに平気で鉄砲ばんばん撃つわ手榴弾は投げるわ挙句に自爆までさせるわ!! 今日のあたしの『死にかけました数』の8割はあいつのせいよ!!!」
 「カナメはまだマシだって!! ちゃんと安全だってわかった上でアイツだってぶっ放してんだからよ!
  俺なんて思いっきり木偶どもと一緒に撃たれたぞ!! しかもアイツ『作戦中の負傷なら危険手当がもらえる。よかったな』とか言いやがって!!
  こーなったらぜってーあとでアイツから慰謝料請求してやる!! 最低ラインで
100万ドル!!!」
 「・・・・・・でね」
 クルツが座ってわめいている間に立ち上がったかなめがそちらへと近づいていっていた。
 バーテンダーの衣装の胸元をつかみ、激しく前後に揺さぶる。
 「あたしあんたにも殺されかかったんだけどこれはどー言い訳してくれるわけ!!?」
 「あ〜。あの股抜きショットか。なかなかの芸術だっただろ? 間違ってもカナちゃんのそのきれ〜なおみ足を傷付けるような真似はしない―――で!?」
 「だからネタが下品って言ってんでしょ!?」
 揺さぶられながらものんきに話すクルツを踏みつけ、かなめは大きくため息をついて再び上がった息を落ち着けた。
 「大体何なのよあのロボット。人執拗に追いかけて。ストーカーじゃないんだから」
 「・・・・・・ってそういう風に仕向けたのカナメじゃん」
 早くも立ち直ったクルツが突っ込む。この手の制裁ならばマオとのやりとりで慣れていた―――全然嬉しくなかったが。
 それを無視してかなめのぼやきがさらに続いた。
 「あ〜も〜本気で付けねらわれる女の子の気持ちが良くわかったわ!」
 「・・・今までわかってなかったわけ?
  ていうかカナメはやっぱマシなレベルっしょ。俺らなんて会ったら即攻撃されるし。出会い頭に首締められたぜ。第一印象は最悪だな」
 「それでも反撃できる武器なりなんなりがあるんだからいいじゃない。あたし捕らえられたらラストだし」
 「そっか? カナメなら十分渡り合えるような・・・・・・」
 「どういう意味?」
 「いんや何でも」
 険悪に睨み付けてくるかなめに、クルツは視線をそらして立ち上がった。外ではまだ続く戦闘音。そろそろ加勢しないとあいつでもヤバそうだ。
 「ぐ、軍曹・・・・・・」
 危険はなさそうだと判断したか、やはり先ほどの男がクルツに近付いてきた。
 「どうしたんですか・・・・・・?」
 「あ〜弾切れ弾切れ! くそ! あいつら相手にどんだけ使わせるってんだよ!」
 「―――弾切れ? お前が? そりゃ珍しいな。『スマート
&エレガント』が流儀じゃなかったのか?」
 同じく部屋にて人質の保護にあたっていた別の覆面男が茶化す。
 「んなモンやってられっかっての! 効きゃラッキーの力押しだよ、ダッセえけどな」
 「そんなに手強いってのか?」
 「手強いどころじゃねーよ。しかも学習までしてやがる。このまんまじゃ全チーム弾切れでやられんぜ。
  ―――てワケだからお前ら全員あり弾全部よこせ」
 『はあ!?』
 クルツの無茶な提案にミスリルのメンバー全員が大口を開けた。
 「無理です! それじゃ人質を護れないじゃないですか!」
 人質の安全は最優先事態だ。そのために今どのチームも死闘を繰り広げているというのに、わざわざそれを放棄するかのようなこの要請。いくら彼の方が位が上かつ最も武器の必要な立場であろうが、そればかりは呑む事は出来なかった。
 が、
 今までどことなくふざけた様子だったクルツの声色が変わる。
 「いいか。この作戦を始めた時から俺たちの『最終防衛線』はカナメだ。カナメが捕らえられたり死んだりしたらもうあの木偶どもは止められねえ。
  ―――わかったらさっさとよこせ。時間がねえ。外であいつ1人粘ってるがさすがにいくらあいつでもそろそろ弾切れだろ」
 「―――そういえばあいつって、一体どこにあれだけ武器隠し持ってるわけ? 前々から思ってたんだけど、もしかしてびっくり人間?」
 「びっくり・・・・・・って」
 「うわすっげー言われっぷりだなアイツも」
 かなめの『素朴な疑問』に今までクルツと話していた覆面2人が静かに突っ込んだ。まあ今の状況ですら1人武器を遠慮なく使って(かなめの見立てではクルツの優に3倍は使っていた)今だに切れていないらしい。戦闘服ならともかく今回彼は普通のバーテンの服装であり、なおかつどこか不自然さは全くなかった。というか宗介の普段の武器の所持量から考えれば彼女の疑問も当然ではあったりするのだが。
 「ああ、あのムッツリ自爆男、元から隠れる・隠すが得意だからなあ。特技がしっかり『偵察』だし」
 「ええ? けどあの服装であれだけ? ちょっといくらなんでもムチャない? この間見たけど制服でもスゴかったし」
 制服についた埃やら煤やらをぱんぱんと落としつつかなめが軽口を叩いた。もちろん今この状況を忘れたわけではない。だが、
 『緊張しっぱなしじゃ疲れんじゃん』
 クルツの言葉にそのまま賛成するのもなんだが、特に自分はこう言った状況に慣れてはいない(一般の人と比べるとかなり慣れた方だとも言えるが)。自分から進んでやった事とはいえ、息抜きしないと発狂しそうだ。
 (それに、これがあたしだしね)
 思い出す。初めて事件に巻き込まれたとき―――初めてアイツに会った時からこうだった。
 わけのわからないまま攫われて、むかついて暴れて。助けに来た宗介には思いっきり怒鳴り飛ばした。
 夜の学校では敵の銃の前で人質に飛び掛って、あの生意気なガキをずっと挑発し続けていた。
 そして香港。敵を焙り出して殺されそうになって、いきなり知らないやつにキスされて、レイスを脅して―――それで、ようやく会えたあいつをまずは殴り飛ばして。
 ハードボイルドサスペンスの映画とは大違いだ。これだけで立派なドタバタコメディーだ。
 今だって変わりない。自分で囮なんか引き受けて。なのになんでかこんな所でコントを繰り広げて。
 『かかる事態に直面したとき、なにができたか。その行為が、いかに困難であったか』
 かつてミスリルの戦艦にて号令係のおじさん―――その正体は後に宗介に聞いたが―――に言われた事が頭の中を巡る。かっこ良くなんて決められない。ヒロインなんて絶対ムリ。
 自分なんてせいぜい
B級アクション映画に出て来るお騒がせ娘程度がお似合いだ。だが―――それならそれでいいじゃないか。
 (困難かなんて知らないけど―――やってやろうじゃない!)
 このままここにいればもしかしたら安全なのかもしれない。少なくともロボットに追われて戦争バカに殺されかかるよりはマシだろう。そんな思いももたげる。
 (けど、あたしに『できる』ことはこれしかないんだから!)
 待ってるなんて性に合わない。人任せなんてごめんだ。スゴい事をやってるつもりはない。ただ、これがあたしなだけだ。
 「クルツくん!」
 「おいよ」
 武器の調達を終えたクルツに呼びかける。気楽に返事する彼に、かなめは力強く微笑んだ。
 「
Are you ready?」
 言いながら、握り拳をかかげてみせる。
 「
Year
 にやりと笑ってクルツも銃を持っていない方の手を振り上げた。
 ごつ、と2人の拳が合わさる。
 休憩は終わった。扉を開ければまた戦場だ。自分を狙ったロボットがうようよいて―――でもってあいつが待ってて。
 いくわよ!!
 ―――ノブを掴み、そう言いかけたかなめの体が、突如がくりと硬直した。
 「へ・・・・・・?」
 思わず呆気に取られてクルツも止まる。
 「カナメ・・・・・・?」
 呼びかける。が、一切反応はなし。おかしい。前を向いているのにかなめの目はどこも見ていない。
 (こりゃあ・・・・・・)
 朝鮮・平安と、そして東京・有明で。かつて2度見た事態に似てる。ぶつぶつわけのわからない事を呟くその様はまるで精神病者。
 ぞっとして―――急いで起こそうとする。が、
 「テッサ・・・・・・?」
 「―――!!」
 大声で呼びかけようとしたクルツが、かなめの呟いたその一言を聞いて無理矢理息を肺に押し戻した。この場面でなぜ彼女の名前が出て来る?
 (いや、違う・・・・・・)
 僅かなイントネーションの違い。ただの呟きではない。これは―――
 (話してる・・・・・・?)
 どういう理屈なのか、それは知らない。だがかなめの言葉はテッサ本人かあるいは彼女を知るものと話しているか、さもなければ呼びかけているか、だ。
 クルツの根拠のない確信を裏付けるように、
 「テッサ・・・・・・!?」
 かなめが再び呼びかけた。今度は先程より緊迫した声で。
 (やっぱりテッサと・・・・・・?)
 テッサが襲撃者に連れ去られているらしい事は知っている。女子トイレの無線機を使って先ほど一度連絡が取れたとは聴いていたが、その後の行方はわかっていない。もしかなめが本当にテッサと話していたとしたら・・・・・・?
 「おいクルツ!」
 動かない自分達を不審に思ってか男の1人が近付いて来て―――かなめの様子に気が付いた。
 「こりゃ、一体・・・・・・」
 「黙ってろ」
 かなめの肩に手を乗せかけた同僚を一言で押し止め、クルツもまた彼女の襟首を掴んでいた手を離した。
 その間にもかなめの『会話』は続くが・・・・・・様子を見る限りどうもいい話ではないようだ。
 「テッサ!?」
 びくりと目を見開き叫ぶ。開いた目の―――焦点が戻った。
 「ああ! くっそ! 完全に切れた! こっちからの共振の仕方なんて知らないってのに!!」
 放心状態から戻るや一転して勢い良く吐き捨てる彼女に、クルツと同僚が思わず2人して引く。その2人、いや、とりあえずミスリルの要員らしい人のいる方を見て、かなめは今テッサに聞かされた事を勢い良くまくし立てた。
 「あのちんたら娘攫われたっぽいわよ! 急いで
C16の展望甲板に人やって! あとA21の右舷側の通路で怪我人ですって! 衛生兵よこして! 輸血用の血もいっぱいいるみたい!!」
 「ちんたら・・・って、大佐殿[カーネル]か?」
 「君! そんな事一体なぜ・・・!!」
 「いいから! さっさとどっかのお偉いさんに連絡して!! あの子この様子じゃ連絡してるヒマなかったわよ!!」
 かなめの鬼気迫る表情を見て、しかしさすがにすぐには信じられず誰も動けなかった。
 その中で、クルツが今言われた事を頭の中で反復させた。
C16A21。ミスリルが独自に決めた区画番号。知らないはずだ。かなめなら
 (おいおいマジかよ・・・・・・)
 テレパシーなどファンタジーの世界の産物だ。この世界にある訳はない。
 だが、そう思ったのはこれが初めてではない。そして何より―――そう思った事は全て現実だった。現実としてこの世界にあった。ならば―――
 「聞こえたろ!? だったらてめーらさっさと動け! 『ちんたら』2号にされっぞ!!」
 固まる男達に、急いで命令する。その頃にはかなめは扉を開いて外に出ようとしていた。
 「カナメ!?」
 「あのバカにも伝えてくる! あの子助けんのはあいつの役目でしょ!?」
 意外と言葉はすっと出た。自分だってピンチなのだ。ここに残って助けて欲しい。
 (けど―――)
 テッサは友達だ。自分のわがままで見捨てたりなんて出来ない。
 「大丈夫よ! ロボットが狙ってんのはあたしでしょ!? だったらあいつに伝えた後あたしが引き付けるから! そしたらその隙に行けばいいわよ!!」
 「カナメ・・・・・・」
 隠しているつもりであろうが―――いや、もしかしたら本人も気付いていないのかも知れないが―――かなめの宗介に対する気持ちは外からはバレバレだった。同時にテッサのも。
 彼女は今どのような気持ちでこの台詞を言ったのか。
 (まったく。強い子だねえ、カナメは)
 苦笑いして―――クルツはベストの下から銃を取り出した。先ほど自分の命を救った
FNハイパワー。一体なんでか『この場にいる全員のあり弾全部』の中にこれに合う弾があったのだ。
 「カナちゃん!」
 急いでマガジンに詰め直し、先行くかなめに放り投げる。
 「え・・・・・・?」
 「いざと言う時にお守りだよ。使い方は―――まああの『びっくり人間』いつも見てんなら知ってんだろ? 倒したりなんかは出来ねーけど一瞬気ぃ逸らすくらいなら出来る」
 先刻『武器がない』と嘆いていたかなめに『武器』を渡す。素人が銃を扱うなど危険極まりないが、何もなければ更なる危険に襲われるかもしれない。そこは彼女の運の良さに賭けるしかない。
 が―――
 放られた銃を暫し見下ろし―――かなめはそれをクルツに投げ返した。
 「いいわ、やっぱ」
 驚くクルツに、スカートのポケットから取り出した万年筆型のスタンガンを見せた。
 「あたしにはコレがあるしね」
 宗介にもらった『クリスマス・プレゼント』。ほとんど使い捨てのそれだが、本気で何を考えていたのかさっき一度使った後、合流した宗介にまたもらったのだ。『予備だ』と言っていたが・・・・・・じゃあ一体何本持っているのか。
 それを見て、ついでにそれが使用された彼女の戦いぶりを思い出してクルツの苦笑いがさらに濃くなった。
 「最近の女子高生ってのは武装してんのが当り前になったのか?」
 「それもこれも全部あの戦争バカのせいよ!!」
 「へいへい」
 再び怒りを露にしたかなめを軽くなだめ、外を一通り確認してからクルツは彼女の肩を押して外に出た。幸い今ここは戦場になってなかったようだが、もしまだここで戦闘が行なわれていたらアウトだっただろう。特に先に身を出しかけていたかなめは。
 「んじゃ、行ってくるぜ」
 振り向きぴっと指を払って敬礼する。
 「ですが軍曹に連絡なら無線を使えば・・・!!」
 「天使のご命令だ。従わねーワケにもいかねーだろ。
  それに―――」
 既視感。前回と同じような展開に、やはりクルツはにやりと笑った。
 「『かよわい』天使にゃ騎士[ナイト]がつくってのがお約束だ。たとえ『仮』でもな」
 言い、堪えきれずにくつくつと噴き出す。
 「今宵の騎士は大変だねえ。天使に女神、2人の乙女が星に祈ってら。『助けて〜vvv』って―――おわ!!」
 「あたしは言ってないわよそんな事!!!」
 両手を組んでオーバーに演技するクルツの後頭部を衝撃が襲う。スカートがまくれるのも気にせず思い切りハイキックを決めたかなめが、
 (ああ、やっぱあたしは本気でヒロインになれそうにはないわ・・・・・・)
 と心の中で涙していたことは・・・・・・もちろん彼女だけの秘密事項である。



―――コメディーFin













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 さてフルメタ長編最新巻『踊るベリー・メリー・クリスマス』より、でした。ちなみにこの後の展開は―――


 〜宗介と合流したかなめ。テッサのことを伝え、今すぐ助けるように言うが、なぜか宗介はすぐには行かなかった。どころかかなめの手を引き『一緒に来い』と言う。わけがわからずただ引っ張られるままのかなめ。アラストルの攻撃をかわしながら、宗介は無線に向かって何か相談している。そしてたどり着いたのは屋上の甲板。2人を追い詰めたアラストルを、待機していたアーバレストが一気に倒す。そして改めてテッサ救出に向かう宗介。ちゃんと見捨てず最後までいてくれた。『帰ってきたら、聞いて欲しい』とだけ言い残す、その後姿にかなめは『ありがとう』と小さく呟いた・・・・・・〜


 まあこんな感じかと。とりあえずこれで本編に戻しました。ちなみにここらへんほとんど本編まんまな上、シリアスになりそうだったのでここで切りました。が・・・・・・
 かなめ
&クルツサイドばっか書いたおかげで肝心の宗介の活躍が全くといっていいほどなかったなあ。まともに姿現したの1シーンしかなかったし。
 さて初フルメタにしてなぜか主役の宗介をほっぽってかなめとクルツの絡み。別にこの2人の
CPがいいとかいう訳でもないのですが、さりげにこの2人ってよく一緒にいるイメージが。というかハイテンション×ハイテンション。いいですねえ。他の話、大抵みんな片方、あるいは両方ローテンションだから新鮮です。一応デジアドの太ヤマは両方ハイテンションっぽいですけど。
 では。

2002.4.913