「選択」 Grave






 私は今、パースエイダー片手にモトラドに乗って旅をしている。きっかけは私のいた国に来た1人の旅人。あの人が今の私を見たらどう思うだろう? 意外そうな顔をするだろうか? それとも、ああやっぱり、と頷いてくれるだろうか?
 私とその旅人―――キノさんとの出会いは今から1年位前のことだ。





 「キノさん! 旅するコツって何ですか?」
 「え・・・・・・?」
 この国にはとても珍しい旅人の訪問。私が知る限りその時が初めてだった。国中で歓迎する。その中で、私はたまたま我が家の経営しているレストランに来てくれたこの旅人さんに、こんな事を訊いてみた。
 「コツ?」
 「そりゃキノならもちろんがめつく生きることでしょ」
 ごん!
 きょとんと首を傾げるキノさん。その隣にスタンドを立てて立っていたモトラドのエルメスさんが茶化してきて、そしてキノさんにタンクをぶっ叩かれていた。
 「なんで、また?」
 質問した私に、キノさんは逆に訊き返してきた。
 「えっと、その・・・・・・」
 実のところそんな事を訊いたのは理由があったからだ。私も旅に出てみたい、という願いが。
 でもそれはまだ誰にも言っていなくて。多分言えばみんなに止められるから。ここは凄くいいところだと思う。治安もいいし、高みを目指さなければ平穏だけど安定した生活が送れる。みんないい人だ。ちょっとおせっかいだと言えるかもしれないけど、人の事も自分の事みたいに真剣に接してくれる。
 けど、だからこそ外の世界を見たいというのもある。外はここと全然違うのだろうか? それとも同じなのだろうか?
 若気の至り、そうかもしれない。
 不満じゃないならなんで外になんて出るの? もしこれが私自身のことじゃなければ、きっとそう言っているだろう。
 「だからその・・・ちょっとした疑問というか、話題切り出しの一つというか・・・・・・」
 「話題切り出しでいきなりそんな事聞くの? 変わってるね」
 「エルメス」
 「はいはい。冗談ですって」
 真っ赤になってしどろもどろに答える私。変な言い訳に突っ込むエルメスさんを、キノさんが今度は言葉で止めた。エルメスさんもあっさり止める。もしかしたらキノさんもエルメスさんもわかっていたのかもしれない。何で私がこんな事を訊いたのか。
 「う〜ん・・・・・・」
 いきなりの質問に、キノさんが腕を組んで悩みこんだ。
 そのまま暫くたって、
 「まあ、コツって言うほどじゃないけど、とりあえず必要なのは慣れる事、じゃないかな?」
 「慣れる、ですか?」
 「ああ。つまり水たまりにタイヤ取られてモトラドごと転倒して、でもってぐっちょぐちょの状態で辿り着いた国にたとえ温かいシャワーが置いてなかったとしても、すぐ諦めて近くの川の冷たい水で洗い流せるだけの慣れが必要だ、と、そういう事だね?」
 「まあ・・・・・・」
 またも茶化したらしいエルメスさんに、キノさんは曖昧に頷いて肩を竦めるだけだった。
 「あれ? 殴ったりとかしないの?」
 「殴る、ってそれじゃまるでボクが暴力的な人に聞こえるじゃないか」
 「キノはいつも暴力で解決してるじゃない」
 「時と場合によって、だよ。例えば相棒のモトラドが勝手に1人で話を進めていったりしたときとかね」
 「さいで。今のは違うの?」
 「言いたい事は大体合ってたからね。まあその例もどうかと思ったけど。
  そんなわけで、コツは早めに『旅』に適応する事ではないかと。国によってはここのように整ってはいないかもしれませんし、逆にもっと発展しているかもしれません。さらに旅の途中、国につかない間は野宿が当り前ですし、携帯食糧やテント生活に慣れる事をお勧めします。出来なければ旅は難しいかと。
  あと―――」
 ここでキノさんは言葉を切った。私はテントを張って、焚き火のそばで携帯食糧を食べる自分を想像してみた。キャンプと同じで、でも違って。そこは安全だと予めわかっているところではない。全てをレクチャーしてくれる大人はいない。わいわい一緒に騒ぎ立てる友達もいない。でも、
 面白そうだ、と思った。全てを1人で行なう、その充実感。国の中にいたなら味わえないであろうその感動。
 「あと?」
 目を輝かせて促す私に、キノさんは言葉の続きを言った。
 「これは旅だけに限らず全てにおいて言えると思いますが、捨てられるものと捨てられないものの区別はきっちりつけておいたほうがいいですよ」
 「ああ、旅は身軽じゃなきゃ出来ませんからね」
 納得して、頷く。頭を下げた私の耳に、ぼそりとした声が届いた。
 「まあ、外だけじゃなくて中もだけどね」
 「え・・・?」
 「いいや。このくらいかな。ボクから言えるのは」
 「はい。ありがとうございました。とてもよくわかりました」
 「いえいえ。こっちもごちそうさま。料理、とてもおいしかったよ」
 「ありがとうございます」





 あれから、私の旅への憧れはますます強まり、ついに私は旅へ出ることにした。今まで稼いだお金で必要なものを買い、愛用のモトラドとハンド・パースエイダーと共に止める周りを無視して生まれて初めて出国した。
 これで私も『旅人』なんだ。そう実感すると感動が沸き起こってきた。キノさんたちみたいに、私も自由にいろんな国を回ってみよう。いろんな国で、いろんな人を、いろんなものを見てみて、ひとまわり大きくなって帰ってみよう。みんなきっと驚くだろう。そしたら私はみんなに旅の先で起こった事を言うんだ。キノさんみたいに、しっかりした目で。
 感動を噛み締める私に、背後から声がかかった。
 「よお姉ちゃん。なんかぼーっとしてるみたいだけど、ヒマなら俺達に付き合わねえ?」
 「え・・・・・・?」
 振り向く。その先にいたのは男が5人。モトラドとバギーに分かれて、なぜか話し掛けてきた1人除く4人が私にパースエイダーを向けてきていた。
 「あ、追いはぎ・・・です、か・・・・・・?」
 粘つく舌を何とか動かして、私は尋ねた。どくどくと鼓動は早くなっているが、大丈夫だ。震えはきていない。
 「おいおい。そんなにびびるなよ。俺達はそんな身包み剥いでそこらに転がしとくような野蛮なヤツとは違うぜ」
 「そうそう。アンタくらい可愛い子なら大切に可愛がってやるよ」
 「悪い条件じゃねーだろ? 俺達といりゃ贅沢し放題だ」
 手にまだ何も持っていない一人が、モトラドを下りて私に近付いて来た。距離が2メートルくらいになったところで、
 「動かないで」
 私は背中から抜いたパースエイダーをその男に向けた。何も出来ない男達。早撃ちは得意技だった。小さい頃、友達たちと撃ち合い遊びをやっていた頃から負けた事はない。それに旅に出る事を思い立った時から練習は欠かさなかった。旅先では何があるか分からない。
 実際に国内で何かを撃つ練習もした。小動物なら1発で仕留められる。大口径のリボルバー。人間も1発で殺せる。
 殺せ―――
 そこで、ふと私は止まった。殺す。小動物なら殺した事がある。では人間は?
 的はいつも人型の木だった。ためらいなく頭のど真ん中を狙って、2メートル程度の距離なら百発百中で撃てるようになった。でも、それはあくまで人形で。実際に人を『撃つ』のは―――撃とうと決意したのはこれが初めてだった。
 (撃てるのか? 私に)
 分からない。
 『撃つ事』は出来る。簡単だ。トリガーにかけた人差し指に少し力を込めればいい。反動と共に打ち出された弾が男のこめかみから頭に入り、脳みそと後頭部を道連れに向こうへ抜ける。その間自分は何もしなくていい。その男は勝手に死ぬ。そして自分は他の4人にも同じ事をする。
 そして、自分は男5人の死の上に旅を続ける。
 (出来るのか? 自分に)
 もう一度問う。そして思う。自分のいた国はなんて平和だったんだと。
 人が殺される姿など見た事がない。あの国で人が死ぬのは不慮の事故かさもなければ病気かだ。警察が駆け回るのはせいぜい食い逃げの追っかけ位。それも噂では仕事がなさ過ぎるからだいう。実際、された側はしょうがないわねえ、と簡単に見逃していた。
 人に殺される。どんな気分だろう。怖いのか? 悔しいのか? 悲しいのか?
 それとも―――殺したやつを恨むのか?
 銃を向ける。この上ないチャンス。驚き、固まる男達。今なら全滅させるのも・・・とはいかなくても、1人を撃って逃げ出す事もできるだろう。
 なのに―――
 「こ、コノヤロ・・・・・・!」
 「逆らうってのか!?」
 「殺せ! 殺せ!」
 銃を向けたまま、私は結局動けなかった。
 私に向かう無数の弾。痛みも何も感じないままゆっくりと体にめり込むそれらに押され、後ろに吹っ飛びながら、
 私はようやくあの時キノさんが言った言葉の意味を悟った。
 ―――『捨てられるものと捨てられないものの区別はきっちりつけておいたほうがいいですよ』
 私は・・・ちっとも出来ていなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







・     ・     ・     ・     ・








 「キノー」
 「なんだい? エルメス」
 「これって、以前会った人だよねえ」
 「そうだね」
 昼下がり、適度に舗装された道を走っていたエルメスが、そしてエルメスに乗っていたキノがそれに気付き、1人と1台はそれがよく見えるところで停車した。
 血まみれで地面に横たわるもの。手足は吹き飛び原型はよくわからなくなっていたが、なぜかその中でほとんど傷付いていなかった顔は、見覚えのあるものだった。
 1年前立ち寄った国で、旅のコツは? と訊いてきた少女。
 あの様子では旅に出るつもりなのだろうと思ってはいたが、
 「あっけなかったね。あの国からまだほとんど離れてないじゃない」
 「そうだね」
 「あ、パースエイダー持ってる」
 「そうだね」
 「弾、使ってないね」
 「そうだね」
 「何で撃たなかったんだろう?」
 「そうだね」
 「やっぱりキノの解説の仕方が悪かったんだよ」
 「・・・そうかな?」
 「そうだよ」
 逆転する台詞。同じ言葉が同意から肯定になったところで、背後から声がかかった。
 「よお姉ちゃん。なんかぼーっとしてるみたいだけど、ヒマなら俺達に付き合わねえ?」
 「ああ・・・」
 振り向く。その先にいたのは男が5人。モトラドとバギーに分かれて、話し掛けてきた1人除く4人がパースエイダーを向けてきている。
 「追いはぎ・・・ですか」
 「なるほど。こうやってあの人は殺されたんだね」
 あっさりと頷くキノ。隣でエルメスが面白そうに言った。
 それをどう思ったか、男達が口々にこんな事を言ってきた。
 「おいおい。そんなにびびるなよ。俺達はそんな身包み剥いでそこらに転がしとくような野蛮なヤツとは違うぜ」
 「そうそう。アンタくらい可愛い子なら大切に可愛がってやるよ」
 「悪い条件じゃねーだろ? 俺達といりゃ贅沢し放題だ」
 「それとも―――腿のそれで俺達に歯向かうつもりかい?」
 「やめといた方がいいぜ。そいつみたいになりたくなけりゃ、な」
 手にまだ何も持っていない一人が、モトラドを下りて近付いて来た。距離が2メートルくらいになったところで、
 「動かないで下さい」
 キノが右腿に下げていたハンド・パースエイダーのカノンを男達に向けた。
 大口径のリボルバー。人間も1発で殺せるそれ。
 そして、それを持っていても殺された人が後ろに1人。
 「おいおい。てめえも逆らうつもりか?」
 「やっちまえ!」
 その言葉とともに、辺りに轟音が響き渡った。





 「ねえキノ」
 「ん?」
 「あの時さ、なんであんな曖昧な言い方したの?」
 「ああ、あれ?」
 ―――『捨てられるものと捨てられないものの区別はきっちりつけておいたほうがいいですよ』
 あの時少女に言った言葉が蘇る。
 「そう。はっきり『撃つ時はためらうな』って言えば良かったじゃん。いつもみたいに『他の生き物じゃなくて、自分が生き残る事を最優先にしろ』ってさ」
 「エルメス、ボクそんな高飛車な言い方してないよ・・・・・・」
 内容だけでなくわざわざ口調まで変えてくるエルメスに、キノが大きくため息をついた。
 「理由は特にないよ。ただね」
 「ただ?」
 「ただ・・・一番大切なものって何かな? って思って。人によってはもしかしたら自分の命よりも大切なものがあるのかもしれない。それのためなら自分の命を投げ出す事なんて構わないくらいの」
 「ないよそんなの」
 「そうかな?」
 「そうだよ」
 またさっきと同じ繰り返しになったところでキノは言葉を止めた。ではなぜあの時『キノ』は『私』を助けたんだろう・・・・・・?
 「まあそれはいいとして、そろそろ行こうか、エルメス」
 「そうだね」
 そして、再び走り出すモトラド。彼方に去り行くその後ろでは、
 地面に適当に横たわった男5人と、地面の脇でハンド・パースエイダーを墓標に立てられた簡素な墓があった。

















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 最近結構話を書くのが好きなキノの旅。他と違ってキャラがそこまで濃ゆくないもとい自己主張が激しすぎないから回りの設定までやりやすい!
 そして・・・・・・
 ・・・・・・オカン様申し訳ありません.リクをこなさないまままたしてもわき道に入りまくっております。そして徐々に登場人物[ひとともの]の台詞回しがぐっちゃぐちゃになってきました(爆)。・・・ちゃんと原作確認しようよ自分・・・・・・。
 ではこれにて。

2003.8.5