「流行」 We like EVERYTHING






 春。
 私の国に訪れた若い旅人は、コートを羽織りその下はジャケットにズボン、短い黒髪をゴーグルのついた帽子で覆い、腰にはパースエイダーを吊っていた。
 乗っていたモトラドから降り入国させてくださいと申し出る旅人に、入国審査をしつつ一応尋ねた。
 「失礼ですが、貴方は女性の方・・・ですよね?」
 ええ、と旅人が答える。
 「で、その格好でずっと旅を・・・・・・ですか?」
 ええ、と再び旅人が答える。ほらキノ、その格好じゃとても女の子には見えない―――とモトラドが言いかけ、旅人にぶっ叩かれた。
 何か、問題があるんですか? と訊いてくる旅人に、
 「問題・・・というほどの事でもないんですが―――
  この国に入国される場合、格好を変える事をお勧めします」
 私はためらった後、そう答えた。今言わずにも、後で大変な思いをするのは旅人の方だろう。
 なぜですか? そう訊き返される事を前提に、さらに続ける。
 「この国では女性といえばロングヘアです。それもちょっとウェーブなんてかかってるとなお良し。ただし絡まってるのは問題外。
  服もせっかく春なんですからその陽気に合わせてロングスカート。髪と共に風になびくその姿は美の女神の降臨! 振り向かない男などいません!!」
 拳を握り熱く語る。旅人はあまり賛同してくれなかったらしい。中に入ってから改めて考えてみます、と言い、中に入っていった。
 まあ中に入ればよくわかるだろう。そう思い、私は仕事に戻った。





 旅人は申請した3日を待たず、入国後3時間で出国を申し出てきた。
 「ホラ、やっぱり女性といえばロングヘアにロングスカートでしょ?」
 誇らしげに問う私に、旅人はげんなりした様子でそうですね、と答えた。
 モトラドに跨りエンジンをかける旅人を、私は手を振って見送った。
 「よい旅を」





 「『よい旅』、か・・・・・・」
 「髪の毛ふわふわスカートひらひら。さぞかし『よい旅』が出来そうだね、キノ」
 「スカート絡めてコケて欲しいのかい? エルメス」
 「う・・・。それは嫌だな・・・・・・」







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 夏。
 私の国に訪れた若い旅人は、ベストにシャツ、下はズボン、短い黒髪をゴーグルのついた帽子で覆い、腰にはパースエイダーを吊っていた。
 乗っていたモトラドから降り入国させてくださいと申し出る旅人に、入国審査をしつつ一応尋ねた。
 「失礼ですが、貴方は女性の方・・・ですよね?」
 ええ、と旅人が答える。
 「で、その格好でずっと旅を・・・・・・ですか?」
 ええ、と再び旅人が答える。ほらキノ、その格好じゃとても女の子には見えない―――とモトラドが言いかけ、旅人にぶっ叩かれた。
 何か、問題があるんですか? と訊いてくる旅人に、
 「問題・・・というほどの事でもないんですが―――
  この国に入国される場合、格好を変える事をお勧めします」
 私はためらった後、そう答えた。今言わずにも、後で大変な思いをするのは旅人の方だろう。
 なぜですか? そう訊き返される事を前提に、さらに続ける。
 「この国では女性といえば確かにショートカットです。ですがせっかくショートカットにしたのにそれを見せなくては意味がない。帽子はせいぜい日光から目を守る程度のサンバイザーまでです。
  服もせっかく夏なんですからその陽気に合わせてノースリーブに短パンを。日光に照らされ輝く小麦色の素肌は健康美の象徴! 男を虜にするのはこれしかありません!!」
 拳を握り熱く語る。旅人はあまり賛同してくれなかったらしい。中に入ってから改めて考えてみます、と言い、中に入っていった。
 まあ中に入ればよくわかるだろう。そう思い、私は仕事に戻った。





 旅人は申請した3日を待たず、入国後3時間で出国を申し出てきた。
 「ホラ、やっぱり女性といえば素肌を見せた健康美でしょ?」
 誇らしげに問う私に、旅人はげんなりした様子でそうですね、と答えた。
 モトラドに跨りエンジンをかける旅人を、私は手を振って見送った。
 「よい旅を」





 「『よい旅』、か・・・・・・」
 「手足キラキラおへそチラチラ。さぞかし『よい旅』が出来そうだね、キノ」
 「虫刺され掻いてる間にバランス崩すよ? エルメス」
 「う・・・。それは嫌だな・・・・・・」







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 秋。
 私の国に訪れた若い旅人は、ジャケットにズボン、短い黒髪をゴーグルのついた帽子で覆い、腰にはパースエイダーを吊っていた。
 乗っていたモトラドから降り入国させてくださいと申し出る旅人に、入国審査をしつつ一応尋ねた。
 「失礼ですが、貴方は女性の方・・・ですよね?」
 ええ、と旅人が答える。
 「で、その格好でずっと旅を・・・・・・ですか?」
 ええ、と再び旅人が答える。ほらキノ、その格好じゃとても女の子には見えない―――とモトラドが言いかけ、旅人にぶっ叩かれた。
 何か、問題があるんですか? と訊いてくる旅人に、
 「問題・・・というほどの事でもないんですが―――
  この国に入国される場合、格好を変える事をお勧めします」
 私はためらった後、そう答えた。今言わずにも、後で大変な思いをするのは旅人の方だろう。
 なぜですか? そう訊き返される事を前提に、さらに続ける。
 「この国では女性といえばセミロングです。それも内巻きで色は栗色〜茶色限定。さらに眼鏡などかけているとポイントは高いです。ああ、ゴーグルは除いて下さいね。
  服もまあズボンはいいしても全体的にもっと暮れ行く日、落ち葉に合わせセピア系統に。そんな姿で本など持ち並木道を歩く姿は賢さをより強調します! 今の世で女性に求められるものは外側の美しさだけでなく内から溢れる知性です!!」
 拳を握り熱く語る。旅人はあまり賛同してくれなかったらしい。中に入ってから改めて考えてみます、と言い、中に入っていった。
 まあ中に入ればよくわかるだろう。そう思い、私は仕事に戻った。





 旅人は申請した3日を待たず、入国後3時間で出国を申し出てきた。
 「ホラ、やっぱり女性といえば知的美人でしょ?」
 誇らしげに問う私に、旅人はげんなりした様子でそうですね、と答えた。
 モトラドに跨りエンジンをかける旅人を、私は手を振って見送った。
 「よい旅を」





 「『よい旅』、か・・・・・・」
 「眼鏡かちゃかちゃ本パラパラ。さぞかし『よい旅』が出来そうだね、キノ」
 「片手運転は危険だよ? エルメス」
 「う・・・。それは嫌だな・・・・・・」







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 冬。
 私の国に訪れた若い旅人は、厚手の防寒着を羽織りその下はジャケットにズボン、短い黒髪をゴーグルのついた帽子で覆い、腰にはパースエイダーを吊っていた。
 乗っていたモトラドから降り入国させてくださいと申し出る旅人に、入国審査をしつつ一応尋ねた。
 「失礼ですが、貴方は女性の方・・・ですよね?」
 ええ、と旅人が答える。
 「で、その格好でずっと旅を・・・・・・ですか?」
 ええ、と再び旅人が答える。ほらキノ、その格好じゃとても女の子には見えない―――とモトラドが言いかけ、旅人にぶっ叩かれた。
 何か、問題があるんですか? と訊いてくる旅人に、
 「問題・・・というほどの事でもないんですが―――
  この国に入国される場合、格好を変える事をお勧めします」
 私はためらった後、そう答えた。今言わずにも、後で大変な思いをするのは旅人の方だろう。
 なぜですか? そう訊き返される事を前提に、さらに続ける。
 「この国では女性といえばおだんごです。一見適当に、しかしそれでもだらしなくない程度に縛り家庭的に見せる。これが基本です。
  服もせっかく冬なんですからその陽気に合わせて何重も布を合わせたスカートにひざ掛けを。その姿で猫などを抱き編物をしたり! 母性を感じるその姿に男はイチコロです!!
  というか旅などもっての他! 今の女性に求められるは家庭的温かさです!」
 拳を握り熱く語る。旅人はあまり賛同してくれなかったらしい。中に入ってから改めて考えてみます、と言い、中に入ろうとし、
 そこでいきなり国の外から盗賊らしき男達が攻めてきた。城門が開いた今がチャンスなのだろう。
 私は慌てて警備隊に連絡しようと詰め所内の電話を取ろうとした。電話がライフルに撃たれ粉々になる。
 震える私を他所に、旅人は吊っていたパースエイダーを手に取った。





 旅人は盗賊をたった一人で倒し、危ないからと入国を取りやめてきた。
 「待って下さい! ぜひお礼をさせてください!!」
 縋り付く私に、旅人はひとつ頷きそうですね、と答えた。
 「でもボクはおだんごでもスカートやひざ掛けもありませんし、相棒はコイツだけですし編物も出来ません。家庭的温かさとは無縁ですよ?」
 そう謙遜する旅人に、私は大きく頷いた。
 「大丈夫です! これからは貴方のような強い女性がもてはやされるようになります! いえむしろそうさせます!!」
 「そうですか・・・・・・・・・・・・」





 「なんか・・・・・・どうやって流行りってものが出来るのかよくわかる国だったね」
 「いい社会勉強になったんじゃん、キノ? この調子で広げていけば、キノがいずれは最先端になれるよ」
 「それはやめておくよ、エルメス。それじゃ国がなくなる」
 「う・・・。それも嫌だな・・・・・・」
 そんなやり取りをしつつ、モトラドは走り去っていった。














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おまけの「流行」


 再び春。
 私の国に訪れた若い旅人は、緑のセーターを着て助手席には犬を乗せていた。後ろには細長い包みが置かれている。
 乗っていたバギーから降り入国させてくださいと申し出る旅人に、入国審査をしつつ国の特色を言った。
 「現在この国では男女問わず強さが最高の魅力とされています。より強い者ほど憧憬、平たく言ってしまえば惚れる対象となります。
  ―――お1人で旅をなされるのならば、それ相応に腕には自信があるのでは?」
 ええ、と旅人が答える。後ろの包みから、刀を取り出す。
 「一応、これで自分のみを守れる程度には」
 思った通りの答えを返してくれる旅人に、私は審査そっちのけで中へ促した。
 「素晴らしいです! 貴方こそまさに我が国の求める存在です! ささ、中へどうぞ。国中上げて歓迎いたしますわ。
  それと・・・・・・私などいかがでしょう? 貴方の妻に。このようにパースエイダーなど持ち、日々国の安全のために尽くしておりますの」
 頬を染め熱く語る。旅人はあまり賛同してくれなかったらしい。中に入ってから改めて考えてみます、と言い、中に入っていった。
 まあ中に入ればよくわかるだろう、私が1番あの方の妻には相応しいと。そう思い、私は仕事に戻った。





 旅人は申請した数日を待たず、入国後数時間で出国を申し出てきた。
 「ホラ、やっぱり私が1番でしょう?」
 誇らしげに問う私に、旅人はげんなりした様子でそうかもしれませんね、と答えた。
 「ですが私はまだ妻をめとる気はありませんので。残念ですが」
 「そうですか。それは残念です。また気が向きましたらぜひお越しください。いつまでも待ってますわ」
 バギーに乗り込みエンジンをかける旅人を、私は手を振って見送った。
 「よい旅を」





 「『よい旅を』、か・・・・・・」
 「強い妻と旅を共にするのもまた『よい旅』ではないでしょうか、シズ様」
 「また私がいいように遊ばれる姿を見たいか? 陸」
 「それもまた、生き方のひとつかと」
 「まあ・・・・・・それもそうか」

















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 何となくまたもキノの旅ブームです。そしてシズ様のストーカーブームです(爆)。
 この話、最初は違ったのですが最終的に書いてみると単行本6巻に収録されている『入れない国』に構成というか展開がかなり似ていたりします。キノの季節ごとの服装はここからパクりました。ただしそれだけだと哀しいのでおまけにシズ様も入れてみたり。おかげでシズ様ストーカー(だからクドいって)。
 では、流行というものに全く無縁な管理人が世の中の流行んてこんなもんサともの凄い偏見を元に書き上げた『流行』話でした。余談としてキノに接していた審査官は男性、そしてシズに接していた審査官は女性です。

2004.4.8