マル秘罰ゲーム!
スポーツテスト2日目。今日は生徒の最も嫌がる競技―――長距離走が行われる日である。通常長距離走は各クラスの体育の時間に計るものだが、1学年12クラス以上あるマンモス校であるここ青春学園では全クラス走り終わるのにタイムラグが出る、と生徒には不評であるためこのようなシステムになったのだ。とはいってもたとえグラウンドがそれなりに広かろうと全員いっせいに走るのは不可能である。そこで生徒は以下の4グループに分けられる。
1・2=運動部所属(仮入部含む)男子・女子
3・4=その他の男子・女子〔ただし運動部との掛け持ちの場合1あるいは2に出場すること〕
これだとおおむね4等分され、なおかつ実力の拮抗した者が多い。そして何より部活間のごたごたが平和に片付く、と正に一石三鳥。そしてまた、この区分けはとある理由から生徒及び教員から絶大な支持を得ている。
はてさて・・・・・・
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「―――というわけで、これもみんなのデータとして取るから」
急遽集められた青学テニス部員の前で、乾が愛用のデータノート片手に言い放った。
『・・・で?』
ほぼ全員の声がハモる。それだけのためにわざわざ呼び出されたのだろうか。まあ大抵部活ごとに固まってスタートラインに配置されるからそれはかまわない。が、
「それだけっスか?」
恐れを知らぬ1年ルーキーが代表して尋ねた。これだけで終わりならさっさと解散して準備運動がしたい。
たとえ生意気だろうが才能にあふれていようが、そこはスポーツをやる身。準備運動の大切さは身に染みている。
が・・・
「ああ、本題はここから」
あっさりと言ってのけた乾の言葉に全員が肩をコケさせた。
((なら早く言えよ・・・))
「だから全員が手を抜かないようにペナルティーを用意しておいた」
『・・・・・・・・・・・・』
不穏すぎる一言に全員の思考が180度がらりと変わる。
((言うな言うな言うな―――!))
「とりあえず走行距離は1.5キロだから、1キロ4分を最低ラインとしておいて―――」
((やめてくれーーーー!!!))
「6分以上かかった人には野菜汁コップ1杯―――」
『げえーーー!!!』
『よっしゃーーー!!!』
部員たちの声がグラウンドに響く。前半は特に1年中心のレギュラー以外、後半はレギュラーたちのものである。毎日乾に手ひどくしごかれているレギュラーたちならば、この程度楽勝であろう。
ガッツポーズで喜びかけていた(大小の差は大きいが)レギュラー8人に、先ほど遮られた言葉が突き刺さった。
「あとビリだったレギュラーにはペナル茶ジョッキ1杯」
『何ーーーーー!!?』
響いた声は、ここまでで一番大きなものだった・・・・・・。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「運動部男子、スタートラインにつけ!」
スタートラインに既に着きピストルの準備をしていた教師の声に、ある者は意気揚々と、またある者は沈んだ顔で集まった。
そしてここにもそんな一団が―――
「野菜汁・・・6分で野菜汁・・・・・・」
虚ろな目で呟く池田の隣で、桃城がさらにげっそりとした面持ちでため息をついた。
「いーじゃねーか、まだコップ1杯で。
俺らなんかジョッキ1杯だぜ。ビリだったヤツぜってー保健室行きだっての」
「そうにゃ〜・・・」
後ろにいた英二も、いつもは絶対にしないであろう青ざめた真面目な顔で頷く。
いつもは率先して盛り上がるくせに妙にどんよりと暗い青学テニス部男子に、回りは疑問符を浮かべながらも放っておいた。
「用意―――」
ピストルを構えた教師の合図に、全員(特に以下略)の顔が引き締まる。
「スタート!」
パン―――!
乾いた銃声とともに、一部の生徒の命運がかかったといっても過言ではない競技の火蓋が切って落とされた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「桜乃ーーー!」
「あ、朋ちゃん」
走り終わり、グラウンドの外にいた桜乃は後ろからかけられた声に振り向いた。やはり走り終わった朋香に笑顔を向ける。
「すごいね朋ちゃん、1位だったでしょ」
「まあね、運動部いないし」
「けどいてもきっと凄い順位出してたよ」
弟'sの世話があるという理由で一切部活に入っていないが、運動神経抜群の朋香ならばあながちこの台詞も間違いではないだろう。
「ね! それよりさ。いよいよだね、運動部男子」
「そうだね」
ちなみに走る順序はその他の女子・男子、運動部の女子・男子である。この順序は記録の悪いと予想されるものから―――ではなく、その後の事態を収拾するのが大変だからである。
「リョーマ様の応援に行かなきゃvv」
口に手を当てぐふふと笑う朋香に桜乃は一歩引いたが、周りの女子(一部男子含む)もそんなものである。つまるところ―――
『きゃーv 手塚くーんvv』
『不二君、がんばってーvv』
―――といった黄色い声援がやたらと飛んでいた。
青学の運動部はかなり強豪揃いだが、中でもテニス部は毎年関東や全国へ出ており、なおかつ妙やたらと目立つ存在が多い。となれば部活以外で彼らが勢揃いするというファンには正にサービスデーと言える今日、それを逃すわけはない。ちなみに男子運動部が最後なのはもちろんこれのためである。毎年暴徒の続出するこの競技を最初にすれば続行は不可能となる。
「あれ・・・?」
応援するために最前列に行こうとした朋香の動きがぴたりと止まる。
「どうしたの、朋ちゃん?」
「なんか・・・暗くない、あそこ・・・・・・?」
その言葉に桜乃はきょとんとし―――そして朋香の指差したほうを見て、さらに首を傾げた。
「・・・ホントだ。何でだろう・・・?」
二人の目線の先には・・・・・・当然の如く男子テニス部員がいた。
そして―――レースが始まる・・・。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「トップはもらったーーー!!」
「てめえにゃビリがお似合いだ!!」
スタートと共に猛ダッシュをかけ一気にトップへ踊り出たのは桃城と海堂だった。じゃんけんの結果最前列にいたためだが、まるで短距離走並みのスピードに陸上部含め他の部が唖然となる。
「う〜ん、さすがにあの二人は早いなあ・・・」
「あれに加わるのは難しそうだ」
2列目にいた不二と大石が片や笑いながら、片や難しそうな顔で呟いた。体格のいい2人が怒鳴りながら蹴落とし合いをしているのだ。これをかわすのは容易なことではないだろう。
「へえ〜。じゃあ、あの二人に張り合える人がいたらいいんっスよね」
にやりと笑い、リョーマがどこから取り出したかテニスラケットを隣にいた河村に渡す。
「おチビ、ナイスっ!」
走りながら器用にガッツポーズを取る英二の前で、河村が大暴走を始めた。
「オラオラオラ、どけーーー!!」
さすがにこの声は聞こえたか、先頭にいた2人が同時に振り返る。
「げ!」
「む・・・」
((行かせてたまるか!!))
普段は全くもって反りが合わないが、同じ目的の前では抜群の団結力を見せる2人である。同時に河村の肩を掴んで暴走を止める。と・・・
「らっきーv」
一瞬動きの止まった(ただし足は除く)3人を見て英二が呟いた。得意のアクロバティックで河村の背中を飛び越えトップに立つ。
『な・・・!?』
驚く3人にピースし、お決まりの台詞を返す。
「残念無念また来週〜♪」
「―――なんて言って1人で逃げようったってそうは行きませんよ、英二先輩」
「うにゃ! おチビ!?」
横からかけられた声は間違いなくリョーマのものだった。横を振り向くとなぜか不二までいる。
「いつの間に!?」
「先輩たちがじゃれている間に、ですよ」
「越前君も策士だね。わざとけしかけてトップに出るなんて」
「さらにそれを利用する不二先輩ほどじゃないっスよ」
「そう?」
くすくすと笑う不二の後ろで、ようやく自分たちが噛ませ犬にされたことに気付いた桃城が拳を振り上げ叫んだ。
「こらーー! 越前ーー!!」
それをあっさり無視して走っていると、隣に並んでいた不二が代わりにちらりと後ろを振り向いた。
「すごいねー、みんな真剣に走ってるよ」
むしろこの発言こそ凄いような・・・などと思いつつリョーマは不二を目で見た。どうやら思ったことは同じだったらしく、他の6人も唖然とした表情(はわかりにくいが、そんな雰囲気)で不二を見やった。
「罰ゲームがあれなら普通燃えるでしょ?」
「そう? 僕は別に構わないけど」
「そう思うのは不二だけにゃー!!」
叫ぶ菊丸にうんうんと頷くその他一同。だがこの程度では不二の笑顔は変えられなかった。
「やだなあ英二。それじゃあまるで僕の味覚が異常だって言ってるみたいじゃない」
『おかしい!!』
全員から即座にツッコミが返ってきた。今のところ実際にペナル茶を飲んだレギュラーはいないが、野菜汁でそのマズさは実証されている。飲まずに済んだ幸運な4人も飲んだ側のリアクションで(水飲み場でそのまま3人は卒倒していた)そのマズさはよ〜く分かっていた。そしてそれを平然と飲んだ挙句「けっこうイケる」と言い切った不二のおかしさもまた・・・。
「けどペナル茶って赤かったじゃない。きっと唐辛子とかキムチとかタバスコとか入ってるんじゃないかなあ?」
『・・・・・・』
激辛好きの不二ならともかく、あの毒々しいまでの赤さがもしも本当にそれらのためだったら・・・今度は冗談抜きで保健室送りだろう。
「嫌にゃ〜〜〜!!」
「絶対飲まねーからなー!!」
ヒートアップしたトップグループのスピードがさらに上がった・・・・・・。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
(やれやれ・・・)
ゴール地点にて、ストップウォッチと足元にいろいろと不審なものを置いていた竜崎スミレがため息をついた。乾にペナルティーを聞かされた時から予想は出来ていたものの・・・・・・。
「・・・凄いですね、お宅の生徒は」
隣で同じくストップウォッチを持っていた体育教師が呟いた。タイムを計るのは彼の役割なのだが、今回はテニス部の実力を知るため(という名目で)スミレもここにいたりする。
「もう1キロ走ったのにまだ3分も経っていない」
「まあ、体力自慢が多いからね。それに負けず嫌いも」
「成る程〜、それが青学男子テニス部の強さの秘密ですか・・・」
はぁ〜と感心する教師の横でスミレは再びため息をついた。
(強さの秘訣はね・・・)
速さの秘訣はもちろんあのペナルティーにあるのだが、それは黙っておく。知られると少し恥ずかしい。
「―――それはそれとしても、もう少し何とかなりません、あれ?」
やはり同じく隣にいた陸上部顧問の若い女性教諭が不満もあらわに言った。
「あれじゃ他の生徒の走行の妨げになります」
実際に邪魔されているわけではないのだが、あれだけ騒がれれば確かに集中力は低下するだろう。
現に今も―――
「さっさとあきらめてトップ渡せー、越前!!」
「桃先輩こそ辛いならリタイアしたほうがいいんじゃないっスか? 足元よろけてますよ」
「お前が邪魔してるから抜けねーんだろーが!!」
「おチビいいぞー! そのまま邪魔しろー!!」
「なに煽ってんスか、英二先輩!!」
―――などなど。
スタート以来落ちるどころかさらに加速するスピードと会話にスミレはニヤニヤと笑った。
「じゃあどう言うかね? あの8人に真面目にやれ、とでも注意するつもりかい?」
1キロ3分以内で走るなどそうそうできるものではない。それをやっている8人を一言で『ふざけている』とは言い難い。
「そ、それは・・・」
口篭もる女性教諭に勝ち誇った笑みを浮かべる。ここまででわかる通り、この2人の顧問は―――というかテニス部と陸上部(ともに男子のみ)は仲が悪い。どちらも関東の強豪と評価されライバル視しているから、というのもあるが、特にここ数年は一般生徒の人気をテニス部が独占しているからというものが大きい。
「まあ、なんにしろもうすぐ走り終わるからねえ、ウチの部は」
その言葉を証明するかのように、テニス部レギュラー8人の『あと1周っ!!』という声が響いた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
ここのグラウンドは1周200mである。残りのこの距離をレギュラー陣はどう走るのか、というと・・・。
((負・け・る・かーーー!!))
目を見開き歯を食いしばり、もはや相手を妨害することもましてや何か話すことも忘れ、ただ一心不乱に足を動かしていた。完璧短距離走の走りっぷりに見ている者全員が息を呑んだ。
そして―――
「ゴーール!!」
なだれ込んできた8人に向かって体育教師が叫ぶ。見事なデッドヒートに彼もまた熱くなっていたようだ―――当然その理由は知らないが。
その掛け声に全員が急ブレーキをかける。
「凄いよ君たち、新記録―――」
『ビリは!?』
全員の鬼気迫る表情と息の合った叫びに教師はおののいて一歩引いた。
「え、えとあのその・・・」
あまりの怖さにまだ若いその教師は歯の根も合わずただ無意味に視線を泳がした。
(しょうがないねえ、全く・・・)
「全員ほぼ同じじゃったよ」
見かねてスミレが助けを出した。特に嘘ではない。英二かリョ―マ位の動体視力でもない限り今のレースに順位をつけるのは無理だろう。
『ほんとっスか!?』
「ああ、また全員よくこれだけ揃えてきたもんだねえ」
『よかった〜』
スミレの言葉に全員へろへろと座り込む。疲れというより安堵感からなのだが・・・。
「―――そういうことになるんじゃないかと思って、今回は対策を練っておいたよ」
『―――!?』
後ろから突如かかる聞き慣れた声に安堵感は一気に吹き飛んだ。
「乾・・・・・・」
「いつ走り終わったんだにゃ?」
「みんながゴ−ルしてから20秒後だよ。ちょうど半周分遅れて走ってたから」
『半周分遅れて・・・?』
みんなの胡散臭げな声がハモる。実力差(笑)でレギュラーこそ落ちたものの、体力ならここにいる8人とさほど差はないはずだが・・・?
「そう、コレがあったからね」
と言いながら乾が手に持ったものを掲げた。手のひらサイズの小型ビデオ。
『まさか・・・・・・』
「写真判定とはいかないけど、これで順位は正確にわかるから」
『えええええええ!!?』
「―――けどその前に・・・」
呟くとスミレから受け取ったクリップボードに何かを書き込んでいく乾。後ろから覗き込んでみたところテニス部員の名簿だった。
「お・・・?」
「あ・・・」
桃城とリョーマが手を打った。そういえばすっかり忘れていたが他のメンバーも走っていた。
5分を回るころにはそろそろ他の部も併せちらほらと走り終わってきた。その中から乾は目ざとくテニス部員を見つけ出してはストップウォッチとクリップボ−ドに目をやる。
「荒井、5分12秒。林、5分16秒・・・」
黙々と―――いやぶつぶつと持っていたシャーペンを走らせる乾の後姿を見ていた不二以外の7人の体は、走り終わった直後だというのに既に冷えていた。
((結局ビリは誰なんだ!?))
乾のことだから決して忘れたわけではないだろう。おそらくそれを言うのは全員が走り終わってから。
「―――走り終わったのなら座り込んでないで整理運動した方がいいよ」
ボードから目を離さずそういう乾に、誰のせいで動けないんだ? と思いながらも全員整理運動を始めた。ここで乾の案(メニュー)に逆らったら、ジョッキ1杯が2杯・3杯・・・と増えていくかもしれない。
「さてそろそろ6分か・・・」
2人1組で整理運動を始めたレギュラー達の耳に、乾の普段と変わりない、それでいて心底楽しそうな呟きが入ってきた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
おおむね全員が―――少なくともテニス部は全員走り終わったところで、乾はスミレから保温袋に入ったペットボトルと紙コップを受け取った。
ペットボトルのふたを開き、中身を紙コップに移すと同時に漂ってきた異臭―――などと言う言葉では表しきれない程の青臭さに、周りにいた者はたまらず5メートルほど後ずさった。
『何、この臭い・・・?』
『さあ・・・・・・?』
どうやらギャラリーの方まで臭いは流れているらしい。運悪く風下にいた人たちから鼻にかかった声が漏れた。
それを平然と持ち歩く乾に誰もが道を空ける。そう―――死刑囚を除いては。
「池田―――」
「は、はいぃぃぃ・・・!」
「6分2秒だ」
簡潔に述べ、『それ』を差し出す乾の顔は逆光でよく見えない。が、その恐怖は池田の可愛そうなまでに引きつった顔を見れば一目瞭然だろう。
「次は―――」
震える池田にコップを渡し、振り向いた乾からテニス部員のみならず誰もが顔をそむける。
((目が合ったら最期だ・・・))
そう本能で悟るも虚しく、当然の事ながら目が合おうが合うまいが6分を超えたテニス部員には、乾直々にタイムの発表と野菜汁の進呈という、全くもってありがたくない栄誉が待っていた。
ごくりとつばを飲む一同の視線の先で、最初の被害者池田が叫び声をあげながら水道へと全力疾走していった・・・・・・。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「―――さて最後に・・・」
―――その言葉が示すとおり6分以上だった者全員に野菜汁を配り終えた乾が、座り込んで待っていたレギュラー達に歩み寄った。手には大ジョッキと保冷袋入りペットボトル。500mlあれば十分であるはずなのになぜか1.5Lサイズを持っていたりする。
コポコポコポ・・・・・・と注がれる謎の赤い半ゲル状物体に、ギャラリー(周りにいた人全員)から悲鳴が上がった。あれが何なのか、知っているのは製作者の乾のみである。が、今までの流れから相当マズいものだということだけは誰しもが理解していた。飲まされた者のうち、半数はその場で今も倒れ付しており、残り半数は絶叫しながら水道のほうへと走っていった。まるで今まで長距離走をしていたのが嘘であるかのように猛ダッシュで。
「いよいよコレの発表だけど―――」
呟かれた言葉にごくりとつばを飲む一同。周りも一気に静まる。
「とりあえず成績上位者から言っていこう。今後の参考になるしね」
つまり最後まで呼ばれなかった者が罰ゲーム決定。かなり嫌な発表のされ方に眉をひそめたり顔をしかめたりするが、今の乾に逆らう根性のあるものはいなかった。
座ったまま上目遣いでじっと見つめるレギュラーたちはなかなかに可愛いものがあり、こんな状況ながら周りに和やかな雰囲気が流れたが―――あいにくと乾はそれで手加減するような輩ではなかった。
「まずトップは―――菊丸、4分8秒58」
「ぃやったーーーーー!!」
最初に呼ばれた英二が両手をあげジャンプした。手も地面につけず反動もなしにそんなことをでき、なおかつそれでよろけない英二の運動神経には凄まじいものがあったが、いまそんなものを気付ける者はいない。
((これで確率1/7・・・・・・))
乾のような思考回路で考える。本当に全員同着に見えたため、誰がビリだか予想がつかないのだ。
「乾〜! ビリのヤツにはた〜っぷり飲ませてねv」
ぎろり、と7人の(だか6人のだか)に睨まれながらも英二はシャカシャカと踊り続け、そして更に怒りを煽り続ける。
『〜〜〜!!』
ある者はこめかみを引きつらせ、またある者は拳を震わせる中、淡々と乾の宣告は続いた。
「2位、越前。4分8秒61」
ほっ、と心底安心したようにため息をつくリョーマ。立ち上がり英二に近付くと、後ろを振り向きにやりと笑った。
「じゃ、頑張ってくださいね、先輩」
『〜〜〜〜〜〜!!!』
生意気なルーキーの生意気極まりない発言にその場の空気がより一層熱くなる。
「3位は同着で手塚と大石、4分8秒82」
((助かった・・・))
言葉には出さないが思うところは同じの2人。自然と視線が交わり、そして気恥ずかしさにすぐ逸らされた。
「5位は河村、4分8秒95」
「え、えとあの・・・」
出来れば喜びたいが桃城と海堂の視線が痛い。不可抗力(?)とはいえ2人の走りを邪魔したのは事実だ。
―――それ以上に邪魔しまくった人物も多いが。
「いよいよ残りは3人だ。確率1/3。誰がそれに当るか」
くくく・・・・・・と乾の笑い声が静かに響く。
(当りたくねーな。当りたくねーよ)
(さ〜て誰が当るのかな?)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
「では6位、海堂、4分9秒02」
ふしゅ〜と海堂が息を吐いた。その長さからすると、もしかして1位発表からずっと息を止めていたのだろうか・・・?
「これで残すは桃先輩と不二先輩だけっスね」
「うにゃ〜。どっちが飲むかなあ・・・?」
「ではいよいよ最後の発表だ」
乾の言葉に誰もがゴクリ、と唾を飲んだ。
「7位は桃城、4分9秒09」
『と、いうことは!?』
「8位は不二、4分9秒13だ」
『いやーーーーーーー!!!!』
ギャラリーから悲鳴が上がる。
(不二君が不二君が不二君がーーー!!)
(いきなり卒倒したり悲鳴上げて水道へダッシュしたり〜〜〜!!)
不二のイメージぶち壊しのそれらに耐え切れず先に卒倒する者も相次ぐ中、そんなものはどこ吹く風と相変わらず笑顔のままの不二が首を傾げた。
「僕がビリか。う〜ん・・・、一生懸命走ったんだけどね」
「とりあえずトップからの差はコンマ50程度だからね。まあこの程度の差なら幾らでも変わるだろうし」
「そうだね」
慰め(?)ながらジョッキを差し出す乾に頷き、立ち上がってジョッキを受け取ると不二は何のためらいもなく一気にそれを飲んだ!
『おおおおおおお!?』
わかってはいたが目の前で見せ付けられ思わず息を呑むレギュラー一同。目を見開く彼らの前で、ジョッキを空にした不二はおいしそうにぷは〜と息を吐いた。
「やっぱりスポーツの後の冷たいものはいいね」
『それだけ!?』
周りのみんなに突っ込まれ、再び首を傾げる不二。眉を寄せ10秒ほど黙考した後顔を上げた。
「今回はかなり気が利いてるよね、氷まで入ってるよ」
掲げられたジョッキの中にはその言葉を証明するように赤い固まりが残っている。
「ああ、飲み物は冷たい方がいいだろうからね」
((氷まで・・・ペナル茶・・・?))
つまり氷で薄めて飲む、という事も出来なかったわけだ。
((危なかった・・・))
難を逃れた全員が視線を逸らして胸をなで下ろす。が・・・
「けど乾、タバスコはもう1本入れたほうが辛さが引き立つんじゃないかな?」
『何ーーー!!?』
朗らかにとんでもない発言をする不二に非難が集中した。
「『もう1本』ってなんなんスか!?」
「そんなに入れたら死ぬにゃ〜!!」
乾の事だ、このままでは今の不二の発言もまたデータとして取り込むだろう。なんとしても撤回させねば!! と躍起になって桃城と英二がわめいた。
と、驚く事に、
「そうだな・・・」
乾も同意見らしく頷いた。
「味の感じ方はともかく、これ以上辛味成分を加えると胃に悪影響を及ぼす」
『体の事考えてたのか!?』
「当り前だろ。俺はマネージャーじゃないけどみんなの体調を考えてメニューを作ってるからね」
「・・・・・・」
胸を張りそう言う乾に石化する者多数。早めに現実世界に戻って来た英二とリョーマがひそひそと話す。
(体の事はともかく・・・)
(精神的には絶対悪影響を及ぼしてますよね・・・・・・)
虚ろな二人の視線の先で―――
変人2人だけがなごやかに会話していた。
終わりにゃ〜v
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
は〜、長くかかってこんな話。結局言いたかったのは変人はやはり変人である、と不二と乾のファンにケンカ売ってるような事っぽいです。いやそんなつもりじゃなかったんですけどね。
最近このメンバーでスポーツテストやったら楽しそうだなあ、というのにハマっていて、これはその第1弾です。走り始めが原作10巻ほぼそのままなのは、あのシーンが好きだからです。ちょっとリョーマと不二が子悪魔ちっくになりましたが、私の中では英二も割と黒いです。けどそう言えば今ってもう長距離走じゃなくて20mシャトルラン!? あれだとイマイチ競争のしようがなくてつまらないし・・・・・・。
では、第2段は何時の事になるのやら! それではさよ〜なら〜(逃)
あ、8.13に追加。ついにファンブック買いました。という訳でこの話書いた時まだみんなの結果知りませんでした。え〜と、結果・・・・・・なんか異様に良くなっちゃってますね。まあこれも野菜汁の効果、という事で。ちなみに公式では全員4分代後半です。私の結果は割とプロの長距離ランナーの記録+αです。男子のプロなら1キロ3分以内だし。それにテニスなら割と持久力も要求されるんじゃないかなあと。というかあれだけ部長に走らされてるんだからそれなりに速いんじゃないかと。
―――公式変えてどないすんねん。重ねてお詫びいたします。
2002.6.10〜7.7